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 ブースタロットが10枚しかない。

 何故、今まで気づかなかったのだろう。


 スリにあった? いや盗難防止にカードホルダーには魔術的ロックをかけてある。


 だとすれば、何処かで落としたのか。

 タクシー会社、交番、道具屋、質屋――思いつく限りの相手に問い合わせてみたが収穫はなかった。

 来た道を辿って聖堂まで戻る。しかし結果は――駄目だった。


 ブースタロットが近くにあれば、そこが水の中でも土の下でも魔力反応で探知できる。それが駄目だったということは、ただ落としたという線は実質なくなったといっていい。


「だいたい、最初からアレだけしかなかったですよ」


 ニッピオの言うことはアテにならないが、もしそうだとすると俺が眠っている間に誰かが盗んだ可能性が浮上してくる。


 いや、それは考えにくい。ニッピオが接近しただけで俺を起こしたナビ美が、カードを奪おうとする者相手に何もしなかったはずがない。それにもしナビ美を無力化するほどの相手だったとして、何故中途半端にカードを残していく?


「いいじゃないですか残り10枚でも。“恋人”があれば大抵のモンスターはいけますって」


 もう足パンパンですよ、とニッピオがぼやく。


「そういう問題じゃねえよ。あのブースタロットはな、勇者と一緒に苦労して掻き集めた、思い出の品なんだよ!」


 死の直前まで追い詰められたことさえあったのだ。失くしたにせよ盗られたにせよ、あきらめるなんてありえない。


 とりあえず盗られた、という線で考えてみよう。ブースタロットを狙う奴がいて、俺がそいつだったら、まずはどうする?


「……そういや、王都に俺の偽物がいるんだったな。そっちは狙われたりしなかったのか?」

「知りませんよ、王都の事件は王都で聞かなきゃ」

「千年経っても情報化社会が来てねえのかよ、車社会はできたくせに。仕方ねえ、王都に行くぞ」

「え?」


 なんでそんな話になるんすか、とニッピオは首をかしげる。


「ブースタロットを俺が持ってることは勇者の伝説をちょっと調べりゃわかるだろ。で、タロットは聖剣ルクスキャリバーに収納されている。つまり」

「…………」


 俺としては「犯人はまず神殿を襲うわけですね!」とでも返して欲しかったのだが、ニッピオは頭の上に「?」マークを浮かばせている。こいつに打てば響くような掛け合いを期待した俺が馬鹿だった。


「……つまり、神殿を襲う。そこで犯人は聖剣が本物でないと気づき、本物の聖剣、つまり俺を探す。そして俺を見つけ、カードを手に入れた」

「…………で?」

「神殿を襲ったのなら、その時に何らかの手がかりを残してるはずだ。それを辿って犯人に辿り着けるかもしれない。神殿が無事だったり、証拠が残ってない可能性もあるが、まずは調べなきゃ始まらん」

「まあ、よくわかんなかったですけど、ルクスさんとはこれからも仲良くしたいと思ってますし、協力しますよ」

「……そりゃどうも」

「まあ、今日はもう遅いから寝ましょう」


 そういって、ニッピオは横になった。

 ちなみにここは聖堂だった廃墟である。


「ここで寝るのか。風邪引くぞ」

「馬鹿は風邪引かないっていいますよ」

「その迷信、こっちの世界にもあるのか……」

「え? ルクスさんが広めたって聞きましたけど」

「そうだったっけ」


 言われてみれば勇者相手に連発した気がする。やべー、軽い気持ちでしょうもない文化残しちまった。


「そういや、おまえ職業(ジョブ)は?」

「吟遊詩人……または冒険家ってところですね」

「じゃあ何か詠ってみてくれ」

「あいにく、まだ1本も詩を完成させたことがなくて」

「吟遊詩人じゃねえじゃねえか。まさか冒険の方も……」

「チュトリアの森は行きました」

「近所じゃねえか」


 最初の村の近くにあるということから察してもらえるだろうが、ほぼハイキングコースのような森である。


「せ、千年で難攻不落の難所になったんすよ、知らないでしょうけど」

「この状態でもおまえの目が泳いでることはお見通しなんだよ」

「…………」


 やっぱり駄目だ、この男。


「何かやろうとして旅に出たのはいいが、結局何一つ手につかないで放浪してる……って感じか」

「読心魔法はズルいですよ」

「使ってねーよ。というか、おまえみたいな奴がよく行き倒れないでいられたもんだ」

「まあ、困ったときはこう……」


 ニッピオは適当な石を拾って、慣れた手つきでジャグリングをはじめた。


「……上手いもんじゃないか。吟遊詩人とかすぐバレる嘘つかないで最初から芸人っていっとけよ。で、どれくらい儲かるんだそれ?」

「全然です。だから、これに釣られて子供が寄ってきたときに、手の中のお菓子を――」

「おまえ、それ次にやったらベルトの輪の直径半分にするからな」


 ひどい奴を相棒にしてしまった。勇者と旅をしてたときにだって悪人、銭ゲバ、人のクズはいっぱい見てきたが、こんな情けない奴はそうそうお目にかかれない。


「おれが駄目な奴ってのは知ってます。だからおれ、ルクスさんに会えて嬉しいんですよ。こんなおれにも、運が向いてきたって感じがして」

「そうか。勇者が俺を手に入れたときは、嬉しいとも悲しいとも言わなかったな。世界を救うために必要なことをこなした、ってだけで。その点に関しちゃ、おまえの方が人間らしいな」

「どんな人だったんですか、勇者さんって? おれの知ってる話だと、人格面ってよくわかんなくて」


 『桃太郎』で桃太郎の内面が描かれないようなものか。

 それとも後世の歴史家には、奴の人となりなんて興味もなかったのか。


「いい奴だったよ。真のリア充って奴だった」

「りあじゅー?」

「常に他人のことを心配し、誰かの調子が悪けりゃすぐに気づく。困っていれば手を差し伸べ、泣いていれば胸を貸し、怒っていればなだめてくれる。そういうのを自然体でやってしまえる奴だった。そのくせ自分のことは自分1人で抱え込んだり、女心に鈍感だったりするのが悪い癖だったが、今思えばそれは、あいつの中に恋をして幸せな家庭を作るなんて未来図がなかったからだったんだな」

「いやぁー、おすごい。あこがれちゃうなぁー」


 単に当たり障りのない相槌だったのだろうが、心がこもってなさ過ぎて皮肉にすら聞こえる。軽くイラッとさせられたが、年長者の余裕で我慢した。


「憧れなくていい」


 俺を含めて仲間達はみんな思っていた。もっと自分自身を大切にしてほしいと。だけど奴は聞いちゃくれなかった。それこそ、みんなが1番望んでいたことなのに。


「あいつの人生は間違っちゃいないが、誰かがなぞるもんじゃない」

「…………?」

「それより、勇者は最後どうなったんだ? 結局誰とくっついた?」

「さあ? 魔王を倒した後は記録に残ってないです」

「……そうか」

「――ぶえーっくしょーい!!」


 ニッピオは盛大なくしゃみをした。ガクガクと震え出す。俺は苦笑するしかない。


「だから言っただろうに。今ならギリギリ宿屋にチェックインできるだろ」


 その時だった。


「助けてくれえ!」


 老人の叫びが夜空にこだまする。ニッピオはばっと跳ね起きた。安心した。若い女じゃないから見殺しにするとか言い出すんじゃないかと思っていたからだ。


「あっちですね! 行きましょう!」

「馬鹿、言ったろう? 変身してから行けよ!」

「変身してる間に殺されちゃうかもしれないじゃないですか!」

「とか言って、本当は人前で変身したいだけだろう? 現場まで走って変身するより、変身してから走る方が圧倒的に早いよ。おまえが生身でも100メートルを1秒50以内で走れるなら話は別だがな」

「……変身します」


 ニッピオはモタモタと“運命の輪”を探す。今変身させといてよかった。敵の目の前でこんなことやってたら死ぬところだ。今度仕舞うときは変身カードが1番外側に来るようにしろと言っておかなければなるまい。


<♪ホイール・オブ・フォーチュ~ン! ホーイホイホーイ! ウホホノフォ~イ!!>


 魔力で形成された甲冑に身を包んだニッピオは風となって現場に到着。

 牛の頭を持った筋肉質の男が1人の老人にハンマーを振り下ろそうとしているところだった。

 変質者ではない。ミノタウロス――れっきとしたモンスターだ。


「ヘイヤァー!」


 ニッピオの跳び蹴りがミノタウロスに命中する。俺達の接近に全く気づいていなかったらしいモンスターは、予期せぬ方向からの重い一撃にあえなく転倒した。


「ニッピオ、とりあえず爺さんを離れた場所に!」

「わかりました!」


 ニッピオは老人を抱えて100メートルほどジャンプ。そこまではいい。だが。


「おれ、ニッピオです。ベシク市センタ区の――」


 おののく老人に、奴はいきなり自己紹介しはじめた。本名で。


「いやいや、おまえ何自分の正体ばらしてんの?」

「言わなきゃ助けたのが俺ってわからないじゃないですか?」

「わからなくていいんだよ!」

「わからなきゃ駄目でしょうが!」


「1人で何ブツブツ言っとるんだ!?」まさかベルトが喋っているとは想像もつかない老人が言う。「そんなことより、婆さんを助けてくれ! 婆さんがあの中に!」


 老人の指す方向にはミノタウロスによって倒壊させられたのであろう崩れた民家があった。


「わかりました、すぐに――」


 だがミノタウロスが俺達と民家の間に立ちふさがった。ミノタウロスの知能は千差万別で、奴が意図して俺達の妨害をしたのか、それともたまたまそこに立ってしまったのかはわからない。どのみち奴を排除せねば救助は無理だ。


「奴は怪力、近接戦闘は不利だ。一旦爺さんと一緒に遠くに逃げて、スナイパーライフルでとどめをさす」

「駄目ですよ。婆さんを早く助けなきゃ」

「そうだが……」

「カードを調べたときに、いいのを見つけたんですよね」


 ニッピオはカードを全て取り出すと、その中の1枚を残してまた仕舞った。

 そのカードの名は――“力”(ストレングス)


「いくらおれが馬鹿でも、こいつの効果はわかりますよ。パワーが上がるんですよね!」

「まあそうだが……」


 力自慢の奴に力で対抗するとか、スマートなやり方ではない。


<♪ストレングス! グスグス泣かすぜストレート・パワー!>


 ニッピオの身体が甲冑ごと膨れあがった。ボディビルダー顔負けの肉体を誇るミノタウロスにも負けない威容だ。


「しゃっ!」


 あろうことか、ニッピオは正面から吶喊。

 ミノタウロスはわざわざハンマーを捨て、力比べだとばかりに両手を広げ迎え撃つ。こいつも馬鹿なんじゃないだろうか。

 肉と肉がぶつかる音と同時に、ニッピオとミノタウロスは真っ正面から組み合った。力と力が拮抗する。両者一歩も譲らない。いや。


「ヘイヤァーッ!」


 徐々にニッピオがミノタウロスを押し戻していく。持ち上げた。


「セイ! バァーッ!!」


 そしてパワーボム。大地に叩きつけられたミノタウロスは首の骨を折られ、2度と動かなくなった。

 勝者、ニッピオ。


「厳しい戦いだった……」

「相手の得意分野で勝負しなきゃ、もう少し楽に勝ててたと思うんだけどな。まあいいか。婆さん助けるぞ」

「わかってます」


 その時、カンカンと甲高い音が聞こえてきた。半鐘を鳴らしながら、青いジープ――のようなもの――が数台、近づいてくる。その上にはメタルスネイルと戦っていたあの兵士達と同じ格好をした男達の姿があった。


「……後は彼等に任せていいですよね」

「は? いや婆さん助けりゃいいじゃん」

「それでは、さーらばー!」

「なんでこんな時だけヒーローらしくすんだよ!?」


 ニッピオは颯爽とジャンプ。老人と潰れた家はあっという間に見えなくなった。


 何か苦言を呈しておくべきだろうかと思った俺だったが、やめた。ニッピオが兜の奥で泣きそうな顔を浮かべているのを感じたからだ。




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