審判
おれは、知らない場所にいた。
周囲を見回す。
無限に広がるかのような花園。少し離れた場所には広い川があり、サラサラと流れる澄み切った水が柔らかな陽光を反射している。
空の色は爽やかに青く、ゆったりと流れる雲を眺めれば、どんなにせっかちな行商人だって足を休めることだろう。
蝶が舞い、花が歌う。
そしておれの前には、知らない子供がいた。
金色のボタンがついた真っ黒い服を着た子供だった。その子が近づいてきて、手を伸ばす。おれかルクスさんしか開けられないようになってるはずのカードホルダーが開いて、1枚のブースタロットが引き抜かれた。
そのカードの名前は“死神”。
ああそうか、おれは死んだんだなと頭の悪いおれにもわかった。
でも後悔はない。悪い奴は倒した手応えがあった。意識を失う寸前、子供達が笑っているのが聞こえたような気がした。その笑い声はおれのおかげだという確信があった。おれは生きていていいんだって、思えた。
だから、もう充分だ。
「なるほどわかりました。あなたはあの世の渡し守さんか何かなんですね。逝きましょうか」
「早合点してんじゃねーよ」
黒い服の子供は笑った。その喋り方には聞き覚えがあるような気がした。
「あなた……ルクスさん? でもベルトはここに……」
「野暮なこと言うんじゃねえっつうの」
黒い服を着た子供の姿をしたルクスさんは、おれの胸に握り拳を当てる。
「“死神”の本来的な使い方は、行動不能に陥った仲間1体の回復だ。さあ、さっさとそれ使え。“世界”の効力が切れたから、おまえの肉体は強制的に元の世界へ戻ってる。向こうで魂のご到着をお待ちかねだ。おまえはおまえのいるべき場所に帰りやがれ」
なんだかその言い方に、引っかかるものを感じた。
「……ルクスさんも一緒ですよね? おれが有名になる為に、これからも協力してくれるんですよね?」
「…………」
「ルクスさん!」
「……まったく。馬鹿のくせに、嫌なところで察しのいい奴だ」
「えっ……」
「言ってなかったっけ? 聖剣ってのは自称で、俺、種族的には『魔剣』なんだよね」
魔剣とは、持ち主に強大な力を与える代わりに魂や記憶を奪ったり、不幸な運命に引きずり込んだりする武器のことだ。
「え? それじゃ俺も、魂とか取られてるんですか?」
「ヘッ、バ――カ。おまえの魂に取り分けられるほどの余地があるかよ。だいたい、契約の儀式もしてないだろうが」
「だったらどうしておれ、ルクスドライバーを使えたんだ……?」
「勇者からもらった分の残りと、俺自身の魂を食い潰してたんだよ。でもそれももう限界だ。途中からナビ美さえ維持できなくなったくらいだし」
「『なびみ』……?」
「あとはその“死神”を発動させるだけしか残ってない」
「なんで……そんなこと。それじゃ、使えませんよ! ルクスさんが死んじゃうってことでしょう!?」
「使わなきゃおまえは死ぬし、俺もどうせガス欠で長くない。気にするな。生への未練なんてとっくに断ち切ってる」
思い出の品も取り返したしな、とルクスさんは笑った。
「人間の心を持ったままで金属の寿命は長すぎるんだ。……ブースタロットはやるよ。俺がいなくなる分性能は落ちるから、無茶すんなよ」
「……はい」
「…………」
「…………」
ルクスさんが“死神”のカードを差し出す。おれは受け取った。挿入口に突き刺す。
「……いきます、ルクスさん」
「おう」
グリップを、起こす。
<♪デス! デッデッデッデッ、サドンデスゥ~~~~!>
起動呪文はこういう時でも空気を読んでくれなかった。
ニッピオが消えた後、俺はゾンビの作る長い列に加わった。先頭になるまで気が遠くなるほど待った気がするし、あるいは一瞬だったような気もする。
気がつけば俺にとっては懐かしい、あのクオリティの低い天使コスのオッサンが座っていた。その前にはあのクジ引きの機械もある。
「よう、久しぶり」オッサンが言った。「楽しかったかい」
「俺のこと、おぼえてたんですか」
「来た奴全員、おぼえてるよ。たかだか千万那由他人ほど、せいぜい百年ぽっち前だもの。むしろおまえらが忘れすぎなんだよ、おじさんのこと。さびしい」
流石に全員はフカシこきすぎだと思った。
「で、どうすんの、回しとく?」
「いいんですか? 俺、結構殺しちゃいましたよ、モンスターの命」
「おまえらが思ってる以上に神様仏様は心が広いんだよ。楽しみのために惑星2個3個滅ぼしましたとかでもない限り、更正の機会をお与えになってくださいますうー」
「でも地獄には送るんだ……」
俺は福引き機のハンドルを握る。
「ま、前回はかなりいい目を見たと思うし、1人で何回も当たりを持っていくのも他の人に悪いからさ。今回は外れでも文句は言わないよ。まあせっかくだから一応回すだけ回してみるかなー」
「……とか言って力いっぱい回してるよね君? 当たり取る気満々だよね!? だから力入れたって変わらないから! いやだから力入れすぎだってちょ、壊れる、壊れるから、やめなさい、やめて」
「――おおおおおおおおおおおおッ!」
――カラン。
銀皿に吐き出された玉の色は――。
<完>