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正義


『1つ試したいことがあった。“世界”の時空間ゲートは時間すら超える。もし、転生前の聖剣を捕らえ、永遠の牢獄の中に閉じ込めればどうなるか……知りたくはないかね?』


 ゲートの向こうに広がっているのは俺の死後千年経った東京ではなく、俺が死ぬ前の東京だった。ではもしそこで俺が死の運命を逃れれば、今ここにいる俺は――どうなってしまうのだろう?


 1番考えられそうなことは、『聖剣ルクスキャリバー』がこの世界に現れなかったことになる、というものだ。


「向こうのルクスに死んでもらいたいわけじゃないけど……、あなたがこの世界に生まれてこなくなったら、魔王は倒せたのかしら?」

「…………」


 勇者なら1人でも大丈夫だ、と思うのは俺の買い被りすぎだろう。長い旅の中では、お互いがいなければ死んでいた局面なんていくらでもあった。


「おれだって嫌ですよ。ルクスさんがいなくなったら、どうやって目立てば? いやそれどころかおれはスケルトンにやられてるし、あのお爺ちゃんはミノタウロスにお婆さんごと殺されてたし、オーガとか……それに、いっぱい、知らないところで助けた人が助からなくなるじゃないですか!」


 遠回しに死んでくれと言われてるようだが、生まれてきてくれと願われているのだと考えるようにした。


 俺だって仲間達の記憶から自分が消えるのは嫌だ。立場が違ってもそう思う。勇者、戦士、僧侶、魔法使い、遊び人、犬のブッチー。誰1人だって欠けてほしくない。

 たとえ、前世の両親を悲しませることになったとしても。


『この世界に生まれながら、君達が帰る場所として恋い焦がれるのはあくまで前世の世界』


 Dr.グルース、少なくとも1つだけあんたを完全否定できる。この世界も俺にとって立派な『いるべき場所』だ。


「俺はこの世界に生まれてきたい。だから行くぞ、ニッピオ」

「はい!」


 ニッピオはホルダーから“運命の輪”を引き抜く。流れるようにカッコイイポーズ。


「変身!」


 カードがバックルに装填される。グリップをスライド。花のように展開したバックルの中央で、光が弾ける。


<♪ホイール・オブ・フォーチュ~ン! ホーイホイホーイ! ウホホノフォ~イ!!>


 そして御馴染みの脱力呪文詠唱(ソング)


「しゃっ!」


 トリコロールの重装騎士となったニッピオはファイティングポーズをとった。


<♪チャリオット! チャリンチャリ~ン! オットット!>


 バイクにまたがった俺達は、時空の狭間に突っ込んでいった。





 羽田空港――。


 突如空から現れた謎の武装集団による破壊活動により、修学旅行に向かう近くの高校生を乗せた沖縄行753便は学生達を収容したまま待機状態にあった。わざわざ降ろすよりも現状を維持し、状況に変化が起こればすぐさま安全圏まで脱出させるという判断だった。


 幸い武装集団は出現地点から大きく動かず、空港の方向には移動する素振りさえ見せない。飛行機の中はだらけた空気が漂っていた。


 自衛隊も出動し解決の見通しも立ったということで、このまま通常業務を再開してもいいのでは、という発言が出るようになった頃だった。


 武装集団がいきなり進軍をはじめたのだ。その進行方向には空港が入っていた。

 しかも空の穴からは新しい影が現れる。それまでの尾の生えた白い人型とは全く違う、黄金の甲冑じみたシルエットの個体が1体、流星の如く飛び出してきたのだ。


 753便は飛び立とうとしたが、金色の人影の方が速かった。飛行機の鼻先に回り込むと、更に片手だけで押さえ込む。

 自分達が明確な標的になっていることを理解し、それまで高みの見物気分でいた学生達は一気にパニックに陥った。


「これが『ひこうき』か。こんなものが空を飛ぶとは、興味深い……。さて、聖剣君の前世は……と」

「――俺に手を出すな!」

「もう来たか……」


 俺達の乗ったバイクは広い滑走路に着陸、そのまま旅客機に向かって疾走。

 グルースは片手を天に掲げた。魔法陣が滑走路に浮かび上がり、まだ遠くにいたエフェクトルーパーを瞬時に召喚する。

 俺達はかまわずアクセルを全開、敵陣に突っ込んだ。進路上に存在するエフェクトルーパーをはね飛ばす。


「♪サン! 太陽サンサンサンサンシャインンンン!」


 俺達は“戦車”を解除し、代わりに“太陽”を起動。敵陣中央に火球を叩き込む。


「♪ムーン! フルフルフルムムムムムーン!」


 火球に巻き込めなかった者には“月”のブーメランでまとめて一掃。


「♪タワー! たわわに高ぁーい!」


 “塔”で召喚したバズーカが火を噴く。


「♪スター! スタタタタタタタタタッ!」


 まだ動く個体に対しては“星”によるレーザーの雨で掃討する。


「♪ラッバ~ズ! バラバラバラーバ! アモ~~~レ!」


 残った敵を“恋人”のスナイパーライフルで丁寧に仕留めていく。


「♪ストレングス! グスグス泣かすぜストレート・パワー!」


「ヘイヤァーッ!」


 それさえ潜り抜けてきた者に対しては、“力”で強化したパンチとキックで片付けた。


「なんか、前より弱くなってません?」

「複数体を制御すると、1体1体の操作が甘くなるもんだ」


 更に今のエフェクトルーパーにはブースタロットの恩恵がない。攻撃面はブースタロットの使用が前提で、生産効率を優先したのだろう、エフェクトルーパー自体に火や毒を吐く機能は備わっていないようだった。


「……ルクスさん」

「なんだよ?」


 ニッピオの目は旅客機の窓に向けられていた。そこには、窓に顔やスマホのカメラを張り付けて俺達の戦いを見守る学生達の姿があった。不安げな表情の者もいるが、大半は目を輝かせている。特撮ヒーローショーかアクション映画のゲリラロケとでも思っているのだろうか。気楽なものだ。


「……ルクスさん、おれ、聞こえます……。あの子達の声。おれのこと、すごいって。かっこいいって」

「……そうか」


 窓に映る学生達の中に、前世の俺を発見する。眠そうな表情で、馬鹿みたいにぽかんと口を開けている。あの頃の俺はあんなに幼い顔をしていたのか。


「まだ勝った気になるのは早いんじゃないのかね?」


 Dr.グルースが俺達の前に降りてくる。


「御自慢の兵隊は全滅させた! 残るはドクター、おまえだけだ!」

「君達など私1人で充分だ。教えてやろう、魔導鎧の力で強化されているのはこちらも同じだということを! 私もまた、千年の刻を越える大魔道師であることを!」


 グルースが手から炎を放つ。俺は咄嗟にバリアシールドを張ったが、その威力を完全に消すことはできなかった。吹き飛ばされる。ガードした腕装甲は溶けていた。


「ブースタロットなど必要ない。君達を消すくらい、私自身の魔法で充分だ」


 再び、グルースの手から火球。


「♪ハイエロファント! ハーイハイハイハイ! エロイム・ファントーム!」


 “法王”の力で火球を跳ね返す。だが。


「リフレクト!」


 跳ね返された火球をグルースは更に跳ね返す。対応しきれず、俺達は炎の直撃を受けた。身体が燃えるのを転がって鎮火する。


「クッ……! だったら、肉弾戦で!」

「甘いなッ! こんなこともあろうかと、鍛え続けたこの身体ッ!」


 グルースは“力”で強化したニッピオの拳を掌でいなし、がら空きの腹部に正拳を打ち込んだ。間髪入れず回し蹴り。兜が大きく歪み、ニッピオはもんどりうって倒れる。


「ならばッ! 金玉絶潰拳! ヘイヤァーッ!」

「同じ手を2度もくらうと思うかァ!」


 蹴り出した足は弾かれ、軸足が払われる。仰向けに倒れたニッピオの真上から、グルースが垂直に拳を振り下ろした。

 間一髪、ニッピオは横に転がって回避。獲物を逃した拳はアスファルトを貫いた。命中していればとどめを刺されていただろう。


「ククク……よくぞかわした」


 地に手首をめり込ませたまま、グルースが言った。


「だがこれでわかっただろう。この戦いに千年をかけてきた私を倒すなど不可能だと」


 とか言いつつ、相変わらず手首をめり込ませた体勢から動かない。


「……なあ、もしかして抜けなくなったりしてない?」

「は? (ちげ)ぇーし。ちょっと待ってやってるだけだし。抜くとか余裕なんですけどー」

「――今だ、ニッピオ!」

「セイ! バァーッ!!」


「♪ジャッジメント! ジャジャジャジャ邪悪なメンズを根こそぎシンパーン!」


「ふ、甘いわ! 腕は抜けなくとも、魔法を使うのに支障はない! リフレクト!」

「やっぱ抜けなかったんじゃねーか!」


 だが、必殺の特大攻撃魔法を跳ね返されたのも事実だ。俺達は大きく吹き飛ばされる。


「ふ、勝ちを焦ったのが君達の敗因だよ。……ふっ。ふぬっ……!」


 ようやく手首を引っこ抜き、グルースは尻餅をついた。腰をさすりながら起き上がる。

 対して俺達は立ち上がれない。


 いや――。ニッピオは、立った。


「相棒のために頑張るものだ。感動的だな。だが無意味だ」

「悪いけど、ルクスさんのためでもなければ、無意味でもないですよ……」

「ほう?」

「おれには聞こえる。この世界の人達が、おれを応援してくれる声が。立ち上がれ、負けるなって言ってくれてる。おまえさえ倒せば、念願叶っておれは褒めてもらえるんだ……!」


 ニッピオの闘志は、健在だった。だが身体は誤魔化しようのないほどダメージを受けている。震える足は今にも崩れ落ちてしまいそうだ。溶けかけた装甲は煤け、無数に亀裂が走っている。裂け目から血が垂れ、大地に滴った。


「残念ながら君に勝利はない。魔法でも体術でも、私の方が上だと理解してもらえたはずだが」

「残念ながら頭悪いんだよ、おれは……!」

「そうらしいな。来世でもっと良いステータスを振ってもらえるよう祈ってあげよう」


 おぼつかない手で、ニッピオが新たにカードを引き抜く。そこに描かれた絵柄を目にしたグルースは鼻で笑った。


「君はクジ運も悪いらしい。最後の力で手繰り寄せたカードが、よりにもよって“正義”とは。名前こそ大層だが、最も役に立たないカードだよ。効果は『自分の目を曇らせる』というものだ。製作者は皮肉屋とみえる」


 グルースの嘲笑は、もはやニッピオには聞こえていないようだった。荒い息をつきながら、震える手でカードを挿入する。


「♪ジャスティス! ゴーゴーゴージャス! ゴー! ジャスティス!」


 そして――光があふれた。


「なにッ……!?」


 ニッピオの魔導鎧が変化する。トリコロールから虹色に。形状も一回り大きく、鋭角的に。あれほど傷ついていた装甲にはもはや傷1つない。


 グルースが一歩後じさる。


「馬鹿な、なんだこれは!? 発動者によってカードの効果に差があるとはいえ、ここまでとは……?」


――ひとりよがりの正義など、己の目を曇らせるものでしかない。


 誰かの声が、俺の耳には聞こえた。


――だがそれが、真に強き意志と、多くの無垢なる祈りに支えられたものであるならば……。


「……そうか、そういうことか」

「なんだと、聖剣の? 何がわかったというのだね!?」

「こいつは、この男は、ニッピオは、とにかくおまえを倒して褒められたいんだよ。その強い意志と、ニッピオにおまえを倒してもらって修学旅行をエンジョイしたいという高校生達の純粋な願いが噛み合い、“正義”の本当の力を引き出したんだ!」


 千年前、勇者は世界を平和にしたいと願っていた。だけど俺や他の仲間達の願いは、勇者自身が幸せになることだった。噛み合っているようで噛み合っていない。だから“正義”は発動しなかった。

 そして、自分以外は全て操り人形でしかないグルースにも“正義”は微笑まなかった。


「ふざけるな!」


 グルースが火球を放つ。ニッピオは身じろぎ1つしなかった。直撃。

 金色の仮面の下、グルースの目はほくそ笑んでいたことだろう。しかし爆炎の中から無傷のニッピオが現れたとき、奴からそんな余裕は綺麗サッパリなくなってしまった。


 電撃、岩弾、氷結弾、ブラックホール――。グルースの識るありとあらゆる攻撃呪文が叩きつけられる。だがそのどれであっても、ニッピオの歩みを止めることはできなかった。


 ついにニッピオはグルースの目前まで辿り着いた。


「馬鹿め! 如何に鎧が強化されようと、動く以上は関節部を強化はできまい!」


 グルースの手刀がニッピオの首筋に打ち込まれた。ニッピオの首がわずかに傾く。

 だが、それだけだった。逆にグルースが腕を抱えて身をよじる。


「――金玉絶潰拳、最々終奥義! 『アタシ達の最終奥義・新章突入』!!」

「ぬふうぅぅぅ!?」


 ニッピオの拳がグルースの魔導鎧を砕き、身体にめり込む。そして向こう側まで一気に貫いた。

 傷口から火花が吹き出す。歯車が零れ、発条(ぜんまい)が散る。

 機械の身体――それが、グルースが千年の時を生き長らえた秘密だった。


「最初にブースタロットさえ奪われなければ、こ、こんなことには……。お、おまえのような褒められたいだけの小物に負けたのではない……。股間まで機械化できなかった、己の怯懦に負けたのだ……!」

「セイ! バァーッ!!」

「シェリィィィィィ――――!!」


 グルースの身体は爆発四散した。


 爆炎が収まったとき、そこには鎧を解除したニッピオの姿があった。大きく肩で息をする。

 その服は、血で真っ黒に濡れていた。


「――喝采が、聞こえる」


 そう言ったニッピオの口から、真っ赤な血が一筋垂れる。


 ニッピオの視界が青空で埋め尽くされたが、すぐに闇によって塗り潰されていった。



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