運命の輪
これ、何だっけ?
ほらあれだよ、商店街の福引きとかで、ハンドル握って回したら玉が出てくるやつ。主にアニメとかでよく見る。リアルで見たのは初めてだ。
福引き機、でいいのだろうか。いや福引き以外にも使われるよね。違うかな。
こういうのに限って実はすごいかっこいい名前があったりするんだよ。
一度気になると気になって仕方ない。ググりたいのだが、手元にスマホがない。
というか、服さえ着てなかった。
一糸まとわぬすっぽんぽんトリップだ。今日のパンツもちょっとのお金もない。
「お客さん、早く回したら?」
福引き機(仮)を挟んで俺の目の前にいる、ひどくクオリティの低い天使のコスプレをしたオッサンが面倒くさそうに言った。
「……あの、これ、何」
「福引きだよ」
「だから何の」
俺は周囲を見回した。
無限に広がるかのような花園。少し離れた場所には広い川があり、サラサラと流れる澄み切った水が柔らかな陽光を反射している。
空の色は爽やかに青く、ゆったりと流れる雲を眺めれば、どんなにせっかちなサラリーマンでも今日は有休を取るかという気分にさせられるだろう。
蝶が舞い、花が歌う。
そして俺の背後には血みどろのゾンビ達が地平線まで列をなしている。
「いや、失礼なこと言うなよ。おまえもゾンビだからね、おじさんからみると」
椅子に浅く腰掛け、競馬新聞から目を離さないまま、天使のオッサンは言った。
「ここ、死後の世界ですよね」
「そうだよ。『あの世一丁目昇天街』」
修学旅行で乗った飛行機にトラブルが発生し、目を閉じたところが最後の――最期の記憶だ。あの後すぐ爆発か墜落かしたらしい。苦しまずに死ねたのは幸いだが、ちくしょう、やはり友達もいないのに無理して修学旅行に行くんじゃなかった。家でネトゲのイベントに参加してればよかった。
「それで、福引きで何が当たるんですか。まさか天国行きか地獄行きか決めるんじゃ」
「そうだよ」
オッサンはこともなげに言う。
「そんないい加減な決め方でいいんですか!?」
「これは恩情よ、恩情。だって真面目にやったらおまえら天国行ける奴1人もいないじゃん。地獄が今どれだけ人であぶれてると思ってんの? そもそもおまえら多すぎんだよ。そりゃ『産めよ増やせよ地に充ちよ』って言ったのこっちだけどさ、際限があるでしょうが? もう血の池とか針の山とか無くても、ただ立たせておくだけで通勤ラッシュ時の満員電車を100倍したくらい苦しい思いができるからね?」
それは恐ろしい。俺は机に手をついて崩れ落ちそうになる下半身を支えた。
「……でも俺、そんなに悪いことしたおぼえないんですけど」
「肉とか魚とか食べたでしょ。殺生はよくない」
「ベジタリアンになれば天国に行けますか」
「いや、植物の命を奪ったから同罪だね。地獄行き」
「仙人になれと?」
「霞を食った罪で地獄行きだよ」
「ひどすぎましゅ!」
あまりの理不尽ぶりに噛んだ。というか動物に生まれた時点でアウトじゃねーかそれ。俺に……どうしろというのだ……?
「だからよっぽどの悪人は抜きにして、運次第で天国に行けるようにしてやってんの。感謝してよね」
「ちなみに天国行きが出る確率はどれくらいっすか?」
「君等のやってるアレ、ソシャゲだっけ? あれのガチャ1回だけ回して星5とかSSR+が出るくらいかな」
「ひどすぎましゅ!」
あまりの理不尽ぶりに噛んだ。
だがやらなければゼロ。100倍満員電車地獄が確定する。
やるしかない。俺はハンドルに手をかける。確率なんてただの目安じゃないか、勇気で補えば100パーセントだ。
「うおおおおおおおおお!」
「あーあーいるよねー、力いっぱい回したらいいのが出ると思ってる奴。変わらないからね? いやだから力入れすぎだってちょ、壊れる、壊れるから、やめなさい、やめて」
「むしろ壊してやりたいッ! ――おおおおおおおおおおおおッ!」
――カラン。
銀皿に吐き出された玉の色は、銀色だった。オッサンがカラカラとベルを鳴らす。
「はい、出ました、おめでとー。特別2等『強くてニューゲーム』当たりましたー」
「……は?」
「おめでとう。今の記憶を引き継いだうえ、各種能力補正ありで生まれ変われるよ。転生先がどこかは知らないけどさ、前世より科学水準の低い世界に生まれ変わったらそれだけで文明の父になれるよ、よかったね」
オッサンはポンポンと俺の肩を叩いてきた。
「……ちなみに特別1等は?」
「『強くてニューゲーム、ハーレム付き』」
「つまり俺の来世は非モテ確定……!?」
「いや、生まれた時点で『息子にだだ甘の母ともれなくブラコンの姉妹と幼馴染みの女の子と従兄弟姉妹と伯母叔母がついて加えてクラスの担任が常に女教師になり朝角を曲がるだけでパンを咥えた女子と激突する特典(※男性に生まれた場合)』がついてこないだけだよ」
「その特典、後半罰ゲームになってません?」
「ま、生まれた後の人生は君次第だから。あ、人生って言ったけど人間に生まれるかはわかんないけどね」
「励ます最中にさらっと不安になること言うなや」
「まあなんにせよ、高い能力が保証されてるわけだから波瀾万丈の一生が送れるよ。グッドラック」
オッサンの言葉は嘘ではなかった。
俺が転生したのは剣と魔法の中世ファンタジー的な世界だった。人々はそこで狂暴なモンスター達に命を、生活を、脅かされ続けていた。
常人のレベルを遥かに逸脱した魔力や攻撃力を持って生まれた俺は、モンスターと戦って人々を守り、また前世で得た知識を人々に伝えることで文明の発展に微力ながら貢献した。
そしてついにはモンスターの親玉ともいえる存在、魔王を打ち倒し世界に平和をもたらしたのだった。
まるで童話やRPGの主人公になったよう。
ただ1つ違っていたのは、俺は「選ばれた勇者」じゃなく、「選ばれた勇者に引き抜かれた喋る剣」だったことだ。
「……まさか武器に生まれ変わるとは思わんかったわ」
そういえばあの天使コスのオッサンは「霞を食べても地獄行き」と言っていたっけ。なるほどそれなら金属が魂の宿る場所にカウントされていてもおかしくはない。
魔王を倒した後、俺は元あったように岩に突き立てられた。この世界に産声を上げた(※比喩表現)ときは洞窟の中だったが、今は大聖堂の屋根の下で祀られている。
正直俺としては宗教的シンボルとして崇め奉られるより、俺を振るった勇者やその仲間達と一緒にいたかった。けれど俺は一種の魔剣で、望む望まざるに関わらず契約者の魂を少しずつ喰っていく仕様なのだから仕方がない。
いつしか勇者達が訪れることもなくなり、俺を崇める者も少なくなっていった。大聖堂には蜘蛛の巣が張られ、埃は厚く層をなし、雨漏りで床に水たまりができた。
今となっては扉が開かれることさえ絶えて久しい。
まあいいさ、このまま朽ち果てていっても。前世に比べれば刺激に満ちた『剣生』だった。刀身が蛇腹になったりレーザー発光したりもしたし、力を込めたら鍔がガチャンって開閉するギミックもついたし、アニメでよくやる『あの持ち方』もされた。思い残すことは何もない。鉱物としての寿命を全うしよう。ああでも、食うためでもないのにモンスターをいっぱい殺した俺は、今度は抽選抜きで地獄行きだろうか。
そのうち俺は、考えるのをやめた。
そして1000年の時が流れた。