第三章 山の鍛冶屋と森の鍛冶屋(2)
席に座ったところで、先ほど町の広場でトニが聞いてきた付呪について、フィルが説明してやる。
魔剣――そう呼ばれている特殊な力を持った刀剣は、魔物が持つ魔晶石を核として鍛え上げられる。
単に金属から鋳造あるいは鍛造で作った刀剣では、魔物を殺すことは困難だ。
それは、魔力により硬質化された魔物の皮膚を貫き致命傷を与えるのが難しいということもあるが、魔物が魔力による超回復を可能とするからだ。
通常の武器で与えた裂傷では、ものの数秒~数十秒で傷が塞がるほどの治癒力を持っている。
よって、通常の武器で魔物を倒すためには、一突きで硬い皮膚を突き破るほどの威力を持った攻撃を急所に的確に当てる必要があり、すなわち質の高い武器と技と力が必要となる。
魔剣の歴史は浅く、十年と少しというところだ。
強大な力を持つ魔物の猛威を許し続けていた人間が、魔物の力を逆に利用するという着想により開発された武器となる。
魔剣の優位性は、金属製の武具に『魔力を付与する』ことができることだ。
刀剣が魔力を帯びることにより金属自体に硬質化の作用が働き、殺傷力や耐久力を大幅に上げることができる。
それより更に重要なのは、魔剣は魔物の魔力を『食らう』という点だ。これは単純に、攻撃により魔物の魔力を奪うことを意味する。
そのため、魔物が魔力により得られる治癒力を抑止し、魔物にマトモに傷を負わせることができるようになる。
また、魔物を倒しきった際に対象が持っていた魔力を吸収し、より強い魔力を保有することができる。
魔力の増加が意味するところは、つまりその武具の性能の向上だ。
「とまあ、こんなところだ」
「流石にそれは知ってるよ。それと『付呪』ってのと何が関係あるのさ」
説明するのにも疲れてきたので途中で投げようと思ってしまったのだが、確かに肝心なところを説明してなかった。
「魔剣については今言ったとおりだ。しかし魔剣には、魔剣自体が持つ性能とは別の副次的効果がある」
「それが付呪によって得られる効果っていうわけよ」
フィルが面倒そうに説明しているのに見かねたのか、ディアが代わりに説明を始める。
付呪とは、使用者が魔剣に対しての隷属関係を結ぶための一種の儀式のようなものだ。
魔剣は先の説明のとおり、魔晶石を核として自律的に魔力を吸収して育っていく。
しかし、その蓄えた魔力を使用者に還元するための、言わば『繋がり』を作る手段があり、それが付呪と呼ばれている。
人間は遠い昔には魔力を使えたと言われているが、現在はその力が失われている。
しかし行使できないだけで人間も微小な魔力を持っており、魔剣が魔物から奪い取る魔力を使用者に還元することにより、人間が自身に持つ魔力を増幅させることができる。
魔力を持つといっても、魔物の超回復のような能力を得ることはできないが、無意識的に魔力を使うことにより筋力・敏捷力・視力などの肉体能力、認識速度や五感などの感覚が向上すると言われている。
魔力を蓄えた熟練の傭兵と、単純な戦闘訓練を行っただけの新兵とでは、大人と子供ほどの能力差がある、とも言う。
「とまあ、こんなところね」
フィルの口ぶりを真似てディアが説明を締める。
「要するに俺がこの剣の主人になるための手続き、ってことだね!」
「そうね、そう説明した方が分かりやすかったかしら」
ディアはクスクスと笑う。口調は割と荒い方なのに何故か上品に見える。
フィルは森人の顔見知りがそういないため、上品に振る舞いながらもある時は炉の熱に汗をかきながら雄々しく金属を打つディアが、一般的な森人のそれなのかが分からない。
「もう一つ付け加えるなら、魔剣を得ることによって、失われた古の魔法のような力を使える人もいるわ。私達のような森人なんかに多いわね。勿論、おとぎ話のように火を吹いたり嵐を呼んだりなんかはできないけど、魔物に攻撃を与えられるような小規模な魔法と思ってもらったらいいわ」
「ディアも魔法が使えるのかい?」
「それは……秘密ね。それと、魔法とは言わないけど魔剣を持つことで後天的に特殊な能力を発現する人間もいるわよ。あまり見ないけど」
ディアがフィルの方をちらりと見るが、フィルは何だと言うような目線を返した。
ディアが言う後天的に発現する能力というのは、魔剣の使用者ではない他人からは分からないものである。
他言はしていないが、フィルにも能力のようなものが発現していた。
賊に襲われた時にトニの視線やその感情に勘付くに至った感知能力がそれだ。自身に向けられる人や魔物の感覚を察知できるため、不意の一撃を食らうことがなく、フィルも重宝していた。
それに加え、刀剣の威力を上げるような能力も現れていた。
こっちの方は、単純に魔力を強めた剣がその性能を上げているだけという可能性もあるが、フィルは感覚的に剣の刃先に魔力――と言っていいのか分からないが、力が集中しているように感じることがある。
剣を振るうときにその感触を得た際、硬い魔物の皮膚や肉がまるでバターを切るように感じられる。
原理の分からない感覚的なものであるか、その手応えから一種の能力かと思っている程度だ。
ディアが勘ぐるでもないがフィルの方に視線を向けたのは、フィルの持つ剣の魔晶石が特殊なものであることを知っているからだ。
ディアもフィルも、そして剣を打ったヴォーリでもそれが何なのかは分からないが、魔物を討伐した際に得られるものと比べ、フィルの剣の魔晶石はその色や大きさ、そして魔力量からして異質なものだった。
ディアはヴォーリからの指示を受け、フィルの剣のメンテナンスをしているから知っているわけだが、今までこの店で仕事をしている中でそのようなものを見たことはなかった。
説明も一段落したところで、実際に付呪の作業に取り掛かり始めた。
テーブルの上に鞘から抜いた剣を置き、その前にトニを座らせるよう促し、ディアはまたその横に座った。
「それじゃ始めるわね」
ディアはそう言うと、剣の装飾部分にある結晶の上に左の手を添えるように置き、瞑想をするようにまぶたを閉じた。
数秒そうしていると、結晶の部分がぼんやりと光っているように見える。
トニはその姿を黙って見ていたが、ディアの右手がトニの額当たりに置かれると、ぎゅっと目を瞑った。
そしてまた数秒そのまま静止した状態が続き、誰も言葉を発せず鍛冶場の作業の音だけが響いている。
静止の後、トニが眠りから急に覚めるように目を開くと、追ってディアも目を開いた。
「これで終わりよ。どうだった?」
「……よく分からない」
「まあ、確認してごらんなさいよ」
ディアはそう言って付呪が完了した剣を、手で指し示す。
トニは柄を持って剣を宙に掲げると、刀身や結晶に見入っている。
「どんな感じ?」
「なんだろう、前より馴染んでいるような感じがするかな……」
「付呪は魔剣との契約のための対話とも言われているの。なので、『魔剣は生きている』なんて言う人もいるわ。とりあえず付呪は成功しているみたいね」
ディアはそう言って、額にうっすらとかいていた汗を手の甲で拭った。
魔剣に付呪を行うことができるのは、人間以外の種族である森人や山人、そしてその血を引く者のような先天的に魔法の才能があるものだけだ。
魔法、と言っても感覚的なものらしく、人間と同じく魔法の文化や知識は失われてしまっているため、原理などはよく分かっていないと言う。
「さて、付呪は終わったけどこれからどうするの? ついでにこの剣のメンテナンスもしていく?」
「これから傭兵団のところに行こうと思っているんだ」
「あら、直したほうがいいわよ。この剣、魔晶石は割と上等なものみたいだったけど、荒っぽく使ったのか刀身の状態が悪いわ」
「ディアさん、剣も打てるのかい?」
トニの期待をこめるようなまなざしに、ディアが微笑み返しているのを見て、フィルが言った。
「トニ、お前はここで剣を直していけ。俺達は傭兵団のところに行ってくる」
「えー、俺も一緒に行くよ」
「剣を直すところを見ていく?」
ディアがフォローを入れると、トニの顔がぱっと明るくなった。
「じゃあ俺達は行くからな。剣を直し終わったら中央の広場で待ってろ。金は……自分で払えるな?」
「……分かったよ」
トニが不満と期待が半々といった声で返す。
フィル達と別行動するのが不満な反面、鍛冶作業を初めて見るのが楽しみなのだろう。
ディアに軽く挨拶をして、フィルとゴーシェは扉を開けて店の外に出て行く。