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グラディウス(刀剣)から。  作者: 伊藤マサユキ
第一部
8/67

第三章 山の鍛冶屋と森の鍛冶屋(1)

 リコンドールの町の中央広場にフィル、ゴーシェ、トニの三人が立っている。


 本来は休みにする予定だったので、ゆっくりと朝を過ごし、昼前に三人で連れ立って広場まで来ているのだった。

 町の中央は大きな噴水がある広場になっており、その噴水の周りに飲食物や生活用品、そして武具などを扱う露天が立ち並び賑わっている。

 リコンドールの町はこの中央広場から東西南北に大通りが伸びており、通り沿いや路地に様々な店が建ち並ぶ。


「さて本当は昨晩話すつもりだったんだが、砦攻略参加の依頼を受けようと思っている」


 フィルが、改めてといった様相で話し始める。


「了解、傭兵団のところにはこれから向かうのか?」

「理由は聞かないのか、ゴーシェ?」

「何の仕事だろうとあまり興味はないからな。それにお前だったらちゃんと損得勘定をしているから大丈夫だろう」


 フィルとゴーシェのやり取りをトニが黙って見守っている。

 トニは昨日は下人げにんと見紛うような薄汚れた格好をしていたが、見かねたフィルが新しい旅装りょそうの服を与えた。

 きちんと湯を浴びたのか、埃にまみれた姿から打って変わり、ぽわぽわと少年らしい柔らかそうな明るい金髪が風に揺れている。


 ゴーシェがすんなり受け入れたのも少々不思議だったが、考えてみればあまり選り好みをしない男だった。


「傭兵団のところには後で向かうが、その前にやっておくことがある。トニの魔剣の付呪エンチャントだ」

「なるほどな。その剣、賊から奪ったんだっけか」


 ゴーシェがトニの腰にある剣をちらりと見やるが、何の話だかよく分かっていない顔をしているトニに、フィルは説明を付け加える。


「トニ、お前が持っている魔剣はそのままだと十分に威力を発揮しない。剣とお前の魔力をつなぎ合わせるために付呪エンチャントをする必要があるんだ」

「フィルさん、何を言ってるんだい? 俺――というか、魔力を使える人間なんていないだろう」

「詳しい話は後でするから、お前の剣として使うための手順がある、とでも思っておけ」


(……何も知らないんだな)


 フィルはそんなものかと思いながら、とりあえず二人を連れて中央広場から南門の方面に歩いていく。


 向かっているのはリコンドール内、南西の外れの方にある鍛冶屋だ。南西地区には鍛冶屋や武具店が多い。

 従来であれば武具を取り扱う店で装備は整うのだが、質の良い魔剣はその特性からメンテナンスを定期的にすれば壊れることがほとんどないため、熟練の傭兵は馴染みの鍛冶屋に足を運ぶことの方が多い。

 また、仮に壊れたとした場合、再度その剣の魔晶石をもとに武器を打ち直す。


 フィル達が向かっている鍛冶屋も馴染みの――というよりは、フィルが八年前に初めてこの町を訪れた時に、魔剣を鍛えてもらって以来世話になっている鍛冶屋である。


 南西地区に入ると、中央の通りに比べて人通りも少なくなる。その反面、金属を叩く音などが賑やかしく聞こえてくる。

 地区に入ってすぐに、向かっていた店――『山人の鍛冶屋』と書かれた質素な看板を出している店に着いた。

 フィルは躊躇ためらいなくその店の扉を押し開く。


「あら、フィルじゃない。いらっしゃい」


 店内に入ると、入口近くにカウンター、石造りの床の広く薄暗い空間が広がっている。

 奥の方にはいくつかの炉があり、何人かが汗を落としながら鍛造を行っている。

 扉のすぐ近くで、打ち終わった剣の点検をしていた様子の女性が声をかけてきた。


「久しぶりだなディア。オヤジさんはいるかい」

「武器のメンテナンス? 店長なら奥で仕事してるわよ」

「こいつの剣の付呪エンチャントをお願いしたくてね」

「あら珍しい。小さなお客さんね」


 フィルとのやり取りの後、ディア――ディアリエンという名の女性はトニに向き直って微笑む。

 ディアはフィルと同じくらいの背丈であり、そして細身な女性だ。

 齢もフィルと同じくらいに見えるが、薄い金色の絹のような質感の綺麗な髪が、年齢より少し若く見せているようにも見える。


「お姉さん、『森人もりびと』かい?」

「その通りよ。そう珍しくもないでしょ? それと、ディアでいいわ」


 トニの問いにディアがさらっと答える。

 ディアは森人という名の種族の出である。


 大陸には人間と異なる二つの種族が存在する。一つは森人という種族であり、フィル達がいるガルハッド国から見て北東方面にある森の中に住まう種族だ。

 人間と他種族は長い歴史の中、数百年もの間を不可侵の協定を結び共存していた。

 種族間で血が混ざることは、どの種族もいい顔をするものではなかったが、文化的な交流はあった。

 現在、魔物侵攻によりガルハッド国と森人領との間は分断されてしまっているが、それより以前にガルハッド国や隣国であるアルセイダ国に移住してきた民族もあり、この国に他種族がいるということもそう珍しいものではない。

 それともう一つの種族が――


「なんじゃフィル、来ていたのか。長いこと顔を見せんで何しておった」

「オヤジさん、久しぶり。真面目に傭兵をやってると忙しくてね」


 店の奥の間からずんぐりとした背の低い男――この店の主であるヴォーリという男が出てきた。

 ヴォーリは大陸に住まうもう一つの種族の『山人やまびと』の出である。

 人間と山人との交流も森人とはさほど違いはなく、住まう場所がガルハッド国の南東方面の遠くの山々であるということくらいだ。

 山人の領地はここガルハッドからは遠く、森人領と同様に魔物侵攻で道が閉ざされていた。

 旧帝国領であったその間の土地が、魔物侵攻以降は未踏であることから、ここ数十年ほど山人領との交流がなく、その安否が危ぶまれていた。


 しかしその豪快な気質のせいか、ヴォーリを初めとしたガルハッドに移住してきた山人たちにあまり気にした様子はなかった。


「口が軽いのは相変わらずじゃな、ゴーシェも久しいな」

「顔見せなくてすまなかったよ、今度メンテナンスをお願いにくるさ」


 ゴーシェの肩――ではなく腰あたりを笑いながらバンバンと叩くヴォーリだが、ゴーシェは痛がってるのか苦笑いを浮かべている。

 ヴォーリは豪快で粗野な山人の中では珍しく、好々爺というような人柄だったが、動作が荒いのは山人ならではだ。


「おやっさんは、山人かい?」

「そうじゃが、何だこのちみっこいのは」


 ヴォーリが自分と大して背丈の変わらないトニを見て言った。


「コイツの剣の付呪エンチャントをお願いしたくてね」

「トニって言うんだ。よろしく頼むよ、おやっさん」

「ああよろしくな。付呪だけか? 剣はあるのか?」


 トニが腰に下げていた剣を鞘ごと引き抜き、ヴォーリに見せる。


「なんじゃつまらん。付呪だけだったらディアにでも頼め」

「店長、そんな言い方はないでしょう」


 笑いながらディアが剣を受け取る。

 ディアは鞘から剣を抜き、刀身や柄に飾られている魔晶石を見て、ふうんというような顔をする。


「それじゃ儂は仕事に戻るからな。フィル、ゴーシェ、時間がある時に顔を見せに来い。仕事中じゃなかったら相手してやる。小僧――トニもな」

「分かってるよ」


 フィルが笑って答えるが、ヴォーリは後ろ向きのままひらひらと手を振って奥の間に戻っていく。

 ヴォーリが入っていった部屋は、入口に『店長以外使用禁止』と力強い字で書かれた張り紙が貼ってある。

 何かこだわりがあるのだろう。


 残された三人は剣の点検と付呪の作業のため、ディアに促されるままに作業机の方に向かった。

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