第一章 傭兵業(2)
「いるな」
「いるねぇ……。うようよと」
「ゴーシェ、見えるか? 監視台の下のところだ。あれオーガじゃないか?」
「多分そうだな」
昨晩の野営地点を早朝に発ち、森の中の道を進んでいた一行だが、昼前といった頃合で開けた場所に出た。
森を出たところの道は下り坂になっており、眼下に平原が広がる。
その平原の少し奥に見える村――正確には廃村だが、二人は村の中を徘徊する魔物たちを評している。
遠くに見える廃村が今回の目的地である。フィル達は傭兵団から、現在地周辺の調査および魔物が巣食っている場合の討伐の依頼を受けている。
依頼元の傭兵団はかなり規模の勢力を持っており、フィル達がいるガルハッド国からの依頼を受け、魔物に占拠された砦の奪還を行っている最中である。
傭兵団の本隊は、現在フィル達が討伐に向かおうとしている村の、やや北東に位置する砦の攻略に向かっている。
傭兵団がフィル達のような傭兵を下請けとして雇っているのは、魔物の生態――というより行動パターンに起因する。
魔物にもその力の多寡で序列が存在するようで、ある一定レベル以上の魔物が軍隊のような集団を統率することがある。
しかし、多くの魔物は少数のグループ単位で縄張りを持っており、各地に散らばっている。そのため今回、傭兵団が魔物が占拠する地域を侵攻するにあたり、その周辺の魔物が巣食いそうな場所に下請けの傭兵を派遣しているわけである。
フィル達が一つの村に向かっているように、同様な依頼を受けた小規模の傭兵団およびフリーの傭兵が、それぞれ別の場所の調査を行っている。
つまり、本隊となる傭兵団が数百人規模で目的の砦攻略を行っている間、フィル達には目の前の廃村の対応が依頼された、というわけだ。
「で、どう攻めるかね?」
ゴーシェの問いかけに、フィルは少し考える。
「監視台の上に弓を持ったやつがいる。馬鹿正直に正面から行ったら見つかって騒ぎになるだろうな」
「そうだな」
ゴーシェは特に感情もないように肯定するが、面倒そうな素振りを見せるだけで嫌な顔はしない。
村の規模から見て、恐らく敵は三~四十程度の数だろう。さらに見えている中では、複数体のゴブリンの他、オーガが一体だけである。
基本的にゴブリン種はゴブリン種のみ、オーガ種はオーガ種のみ、という集団を形成することが多いが、固体としての強さを持つオーガは自分より下位のゴブリンを統率することもあることが分かっている。
恐らくオーガはいたとしても二、三体程度だろう。
フィルは馬鹿正直にと言ったが、ある程度の規模のゴブリンの集団を真正面から相手取るのは、フィルとゴーシェの二人にはそう難しい話ではない。
少なくともオーガが見えていることをリスクと見て警戒すべきだというのが、無言の中での二人の合意である。
どうしたものかと考える二人にオズモンドが割って入る。
「旦那方、横からすいませんが、あの村は奥側が森に接しています」
「なるほど。となると、後ろから攻めるか? ここからだと森をぐるっと回らないといけないから少し手間っちゃ手間だが」
(夜まで待って闇に紛れて動いてもいいが――)
フィルはふとそう思うが、ゴブリンは人間と比べ夜目が効くため、さほど意味はないだろうと思い直した。
「よし、後ろから攻めるか」
フィルの言葉に二人とも異論はないようで、頷き返す。
「して旦那、私はどうすれば――」
「一緒に来たほうがいいだろう」
「はい……」
フィルが即答すると、オズモンドは諦めたように頷き、三人は開けた平原を迂回するように森の中を歩き始めた。
***
森の中から村を見ると、村の周りに木でできた防護策が巡らされており、尖った部分がこちらを向いている。
前の住人である村人が作ったものかも知れないが、恐らく縄張り意識を持つゴブリン達が後付けで作ったものだろう。
「ここからだと監視台のやつが狙えないな」
「まあ仕方ないだろう。最初は隠密行動でいくから狙えそうだったら狙ってくれ。乱戦になったら……まあ、任せる」
「……了解」
フィルの適当とも思える指示にゴーシェが肯定した。
互いに気ままな傭兵をやっているため、基本的にやり方には干渉をしない方針だ。
「では、旦那方。あたしはここで」
フィルとゴーシェの二人は無言で頷くと、走って柵を乗り越え、家屋の壁に張り付いた。
壁越しに安全を確認しながら、ゴーシェが弓に矢をつがえた状態で先行する。
村の裏側から侵入すると、昼間だからだろうか活動しているゴブリンが少ないように思えた。
かつ、このあたりのエリアへの侵攻は今回の傭兵団の依頼が初めてとのこと――そのためにオズモンドのような案内人を雇っているわけだが――なので、魔物側の警戒も薄いのだろう。
二人は隠れながら監視台が射線に入るところまで向かう。
走っては壁に取りついて、という行動を繰り返した後、壁の向こう側の覗き込んだゴーシェが静止のサインを出す。
フィルが追いつくと、前方に単独で歩いているゴブリンが見えた。
ゴーシェが弓で狙いをさだめたところでフィルがターゲットに向かって走り出した。ゴーシェの矢がゴブリンの頚椎あたりに刺さり、その直後フィルの剣が首元に突き刺さる。
矢の一撃で沈黙するとも限らないため、確実に止めをさしながら進む。
開けた場所でなければ、このやり方で確実に数を削っていける。
廃村になって何十年も建っていないと思うが、家屋は壁が崩れていたりと酷い状態だ。
壊れた壁の隙間から家屋の中を確認しながら進むと、中に眠っているのであろう数体のゴブリンが見えた。
音を立てずに進入すると、フィルとゴーシェのそれぞれが剣を逆手に持ち、静かに敵の息の根を止めていく。
少数で行動をしているものや、家屋内にいたものを屠りながら進み、二十体弱のゴブリンを始末したところで、監視台が狙えるポイントまで来た。
監視台の上にゴブリンが一体、弓を持って周囲を警戒しているようだ。
下には先ほど遠目で見えていたオーガと、八体のゴブリンが見える。それぞれ意味があるとは思えない会話や行動をしているように見えるが、巨体のオーガの脇には刀剣の類であろう巨大な獲物が見える。
壁に隠れながら二人は目で合図し合うと、間を置いてゴーシェが狙いをつけ弓を引き絞る。
監視台の敵を射った際、下の魔物達に気付かれる可能性が大いにあるため、矢を放った後すぐに突入する構えである。
キリキリと弓を引く音がひゅっと風を切る音に変わった瞬間、フィルが家屋の影から飛び出した。
監視台の上のゴブリンは矢を受けた後、台上から落下している。
落下したゴブリンがどさっと地面に叩き付けられた音で異変に気付いた魔物の中の一体が、走って向かってくるフィルの姿を見つけ騒ぎ出した。
オーガ、そしてゴブリン達が立ち上がるが、一本、そしてもう一本と射ち出される矢を受けたゴブリンが倒れる。
ゴーシェは矢を撃ち終え、フィルに追走してくるようだ。
「でかいのは俺がやる! ちっこいのは任せた!」
「了~解!」
弓を背中にしまったゴーシェが抜き放った剣を両手に持ちゴブリンの群れと対峙するが、何体かはフィルの方に威嚇をしている。
向かってこられた時に対処すればどうとでもなるため、フィルは見上げるようにオーガと対峙する。
目の前に立つオーガは巨体だ。人間だったら高いほうか、と言うくらいの身長だが、盛り上がった全身の筋肉――特に肩の筋肉のせいか、ただならぬ威圧感を放っている。
刃渡りが一メートルほどあり、短形――先端が角ばった巨大なナタのような大剣を片手に持っている。
(どこから持ってきたんだ、そんなデカい剣……)
フィルはそう独りごちるが、目の前のオーガは怒号のような咆哮を上げる。
「グオオオオオオオ!!」
荒ぶる仁王立ちの獣を前に、フィルはいつも通り冷静に構えを取った。
横では魔物の群れをするする抜けていくように、一体、また一体とゴーシェがゴブリンを切り捨てていくのが見える。
先ほどまでフィルを警戒していたゴブリンもゴーシェに向かっていくが、オーガの方は変わらずフィルに注意が向く。
フィルが斬りかかるために間合いをつめようと動き出すが、オーガが巨大な刀剣を横殴りに振るう。
攻撃を放つ所作を見て取ったフィルは、前に出る足を止め、軽く後ろに飛んだ。
フィルの胸の少し前の空間を、鉄の塊が通りすぎていく。
盾で受けたとしても、自重ごと持ってかれそうな重量感である。
オーガが剣を振り回してはフィルが避け、という動きを繰り返したところで、フィルの動きが変わる。
(鈍いな――)
オーガが外側に剣を振った瞬間、フィルは前方に向かって一気に間合いをつめる。
急に詰め寄ってくる相手に驚いたように、振り抜いた先――上段から剣を振り降ろそうとするが、すでに懐に入っていたフィルの下方向からの斬撃を腕に受ける。
「ふっ!」
フィルの掛け声と共に、女の腰周りほどありそうな太さの腕が、血飛沫と共にはね上がる。
フィルは相手の脇の下をくぐりながら切り上げた返す刀で、さらに下段から足を切りつけ、敵の後ろに回る。
少し距離を取って構え直すフィルだが、足の腱を断ち切られたオーガは地面に肩膝をつき、唸り声を上げながらフィルの方に向き直る。
切りつけられた腕は辛うじてくっついているようで、反対の手に持ち変えた剣を地面につき、自重を支えている。
(浅かったか――)
反省でもない感情を思うフィルだが、間髪入れずに再度オーガのもとに飛び込み、丁度いい高さにある敵の首の位置に、水平に剣を振りぬく。
一呼吸置き、宙に舞ったオーガの首が落ちる。
地面に転がるオーガの首を一瞥し、ふっと横を見ると、先ほどまで付近で群がっていたゴブリンを仕留め終えたゴーシェが、騒ぎで目をさましたか別の場所にいたのか、わらわらと出てくるゴブリンを変わらず淡々と切り捨てているのが見えた。
「後は任せたぞ」
フィルが声をやると、少し遠くにいるゴーシェから「あーい」と返ってくる。
フィルは剣を振ってこびりついた血を落とすと、鞘には収めずに周囲を警戒しつつ、踊るように両手の剣を振るうゴーシェの方を眺めていた。