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グラディウス(刀剣)から。  作者: 伊藤マサユキ
第一部
12/67

第四章 砦の攻防(2)

 前日の遅れを取り戻すために、まだあたりは薄暗い朝日が出始めるような時間に起き出して出立する。

 トニに見張りに立たせるのは不安なので、前日はいつもと変わらずゴーシェと交代で見張りを行っていた。


(はやく見張りくらいは出来るようになってもらわないとな)


 フィルはそう思いながら砦攻め陣地までの道を急ぐ。

 トニは野宿には慣れていないのか、ずっと寝ていたのに眠そうな顔をしながら歩いている。


「魔物が出たらトニにやらせてみようと思うんだが、どうだ?」

「まだ早いんじゃないか? 剣の扱いを教えたと言っても、昨日からだろ?」

「こういうのは実戦あるのみだろ。危なくならないようにフォローはするからさ」

「フィルさん、俺も早く戦えるようになりたいよ!」


 昨日からやけに意気投合しているからか、ゴーシェがトニの初陣の提案をしてくる。

 フィルも同じ齢のころから魔物を相手取るようになったとは言え、基本的な剣術や実戦を模した訓練などを経験してからのことである。

 素人に毛が生えたようなトニに戦わせるのは気乗りがしない。


 ただ、魔剣を持たない狩人時代にも魔物と戦っていたゴーシェの意見は違うようだ。


(過保護なのは俺の方だったかな)


 ゴーシェに任せてみるのもいいかと思い、単独のゴブリンだったらいいと許可を出した。


「俺がんばるよ!」


 トニは早速の実戦に興奮しているのか鼻息を荒くしている。先日の、剣を構えたまま震えて動かない姿が脳裏に浮かぶが、ゴーシェを横につければ大丈夫だろう。

 三人が両脇を森に挟まれた道を歩き、昨日と同じように各所をチェックしつつ進んでいく。


 歩いて程なく、先行していたゴーシェが静止のハンドサインを出した。

 動きを止めて周囲の気配に集中すると、ある程度距離のある前方に二体のゴブリンが森の茂みから出てくるのが見えた。


 ゴーシェが目配せを送り、フィルが頷くのを確認すると指示を出した。


「トニ、見えてるな。手前のをやれ、行くぞ!」


 そう言ってゴーシェが走り出した。

 トニも追走していく。


 ゴブリンのやや手前でゴーシェが左右の腰に下げている刀剣を瞬時に抜き放ち、奥のゴブリンに向かって走っていく。

 二体のゴブリンも走ってくる敵に気付いたようで、短剣を構えていた。


 ゴーシェはやや迂回するように奥の固体の方に向かっていく。

 手前のゴブリンは前を走るゴーシェが気になっているようだが、直剣を抜き放ち一直線に走ってくるトニに身構えた。


 攻撃の動作に入ろうとした――という動作が始まっていない段階。

 奥のゴブリンは、下段から脇下を狙ってくる一閃で斬り捨てられ、前方に肩から落ちるようにして倒れた。


 ゴーシェは敵を斬り抜いた後すぐに身をひるがえして残った敵の方を向き、トニのサポートに回ろうとする。

 しかしトニの動きが予想したより早かったのか、ゴーシェが気付く時にはもう敵と交錯するような段階に来ていた。


(これは……ちょっとヤバいんじゃないか?)


 遠目で見ていたフィルが間に合わないのを分かっていながら駆け出しており、ゴーシェも慌てたのか後ろからゴブリンを屠ろうと動き出している。


 二人の目の前でトニとゴブリンが交錯する。

 走り込んできたトニを迎え撃つような形でゴブリンが刺突を放った。


 あわや短剣の刃先を受ける。


 という瞬間に左側にやや傾いたトニが短剣の突きを身を軽くひるがえして避わすと、引いた形になった右手の剣を突き出した。


 口を開けて動かないゴブリンの首元には直剣が深々と刺さっており、トニはそれを苦もなく引き抜いた。


 攻撃の姿勢に入っていたゴーシェは急に攻撃目標が沈黙したことで、振り上げた右手の剣を気まずそうに降ろしている。


(おいおい、どういうことだ……普通に動けている――というかかなりいい動きじゃないか)


 急に走り出したのに止まるのもなんだ、という感じに速度を落としていくフィルの走りも少し物悲しい。


「トニ、どういうことだ。普通に動けてるじゃないか」

「いや俺もちょっとやばいかなって思った。驚いたよ」


 二人と合流したフィルがそう言い、ゴーシェも素直に驚きを口にする。


「そうかい? 嬉しいな」

「前に俺と対峙した時は、構えもままならない感じだったじゃないか。あれは演技か?」

「いや、あれはフィルさんがおっかなかったからだよ。盗賊団にいたときも何度かゴブリンをやってるし、そんな大したことじゃないよ」


 そう言ってのけるトニを見て、フィルは頭が痛くなった。


「お前なあ、経験があるなら先に言えよ」

「何度か戦ったって言っても、賊の仲間と囲んで叩いてたから、一対一は初めてだよ。でもあん時は普通の剣しか持ってなかったから、あっけなくて俺もびっくりしたよ」


 新調した武器の威力に驚いたと言う。

 確かに魔力を得たことで身体能力も上がっているだろうし、武器も前のものとは違い魔剣だ。


(それにしても初めてとは思えないな……これは拾いものかな)


 トニを傭兵にさせるのが杞憂だったのが一転、戦力に期待できることで、腑に落ちないながらも嘆息するフィルだったが、こっちの考えなど知らない本人はニコニコしている。


「まあとにかくだ、戦えるのは分かったけど最初は慎重にいくぞ。調子にはのるな、死ぬぞ」

「わかったよ! 調子に乗らないから何度も言わないでよ!」


 そう言って三人は道を進む。

 ゴーシェだけが自分の教えがよかったと興奮して息巻いていたが適当にあしらっておいた。


***


 砦の陣地に向かう途中も何度か魔物の群れと遭遇した。

 幸いなことに出くわすのはゴブリンの群ればかりで、危うい場面もなく歩みを進めている。


 さっきの出来事でトニを非戦闘員として扱うのをやめようとフィルが思い、視界に入れながらトニを戦闘に参加させている。

 先ほどの動きは偶然というわけではないようで、ゴブリン程度が相手ならばトニも上手く立ち回っているようだった。

 ゴーシェもトニのサポートを考えてか、弓はあまり使わずに互いの距離を意識しながら剣を振るっている。


 フィルとゴーシェの二人と比べるとやはり動きはぎこちないが、その辺の傭兵よりマシだろうという程度には動けている。

 時おり見せる動きの俊敏さは、二人に比べても遜色ないようにも見える。


 朝から数えて五度目となる戦闘を終え、そろそろ日も落ちてこようかという頃合だった。


「フィル、今日はどうする? どこかで休む準備をするか?」

「いや、このまま進もう。確かここらに陣があったと思う」

「暗くなると面倒だから急ぐか」


 フィルの言うとおり、歩みを速めて進むとすぐに森を出る道になり、あたりはもう暗くなってきているが、目の前の高原の小高い丘にかがり火の明かりが見えてきた。


「あそこだな」


 フィルがそう言って三人は足早に陣に向かう。


 砦攻めの陣営はしっかりとした木でできた柵が張り巡らされており、出入りするような所には見張りを立てていた。

 陣の入口まで進むと、見張りの人間に砦攻めに参加する依頼を受けた旨を伝える。


「何だ、お前ら三人だけか?」

「そうだ。アランソン殿からグレアム団長の傘下に入るように指示を受けている。団長の場所を教えてもらえないか」

「団長殿は奥の大きい天幕にいらっしゃる。しかし三人とはな。リコンドールの支部ももっとマシな援軍を送ってもらえないものかね」

「……失礼するよ」


 三人というあまりにも小規模なフィル達が来たことに嫌味を言う見張りの言葉を無視し、陣の中に進んでいく。

 陣内には三、四人は入れそうな天幕てんまくがいくつも張ってあり、砦攻めの兵力がある程度の規模であることが分かる。

 また、奥の方には国軍のものか、様相が違う天幕が張ってある。


 フィル達は陣の奥にある小屋くらいの大きさの天幕に向かった。いたって質素な見た目だが、入り口に見張りも立てているので恐らく団長のものに違いないだろう。

 番兵に先程と同じ反応をされるが、気にせずに入口の布をめくり中に入っていく。


 中には大きめのテーブルとその上にある地図のようなものを囲んだ何人かの傭兵たちが話をしていた。

 フィル達が現れたことで彼らの視線が向けられるが、その中の一人が声をかけてきた。


「フィルじゃないか、それにゴーシェも。お前たちも参加するのか?」


 男が迎えるように手を広げると、フィルと男はぶつかり合うようにがっしりとお互いの肩に手を回す。


「団長殿、ご無沙汰してます」

「おいおい、やめろ。昔みたいに話せよ」


 フィルが挨拶をすると男は笑って話を続ける。

 フィル達に声をかけてきた、黒髪を後ろに撫で付けるようにしている体格のいい男が、傭兵団の団長であるグレアムだ。

 フィルよりは年がいっているような見た目だが、中年というまではいかない程である。


「アランソンが依頼したのか? 増援の傭兵が中々見付からないとは聞いていたが、まさかお前達が来るとはな」

「数が少なくてすまないね」


 グレアムはゴーシェにも同じように暑苦しい抱擁で挨拶をし、ゴーシェは苦笑いをしながら叩かれた肩をさすっていた。


「積もる話はあるが、今は状況が知りたい」

「そうだな丁度、戦況の確認と作戦会議をしていたところだ。お前達も入ってくれ」


 話を聞くと、先日フィルが一人で見た様子と同じような戦況を、淡々とグレアムが話す。


「一気に攻め落とさないのか? この規模の砦だったら奇襲をかければ力攻めでも無理はないだろう」

「俺もそう思って何度も上にかけあっているんだが、どうにも真正面から攻めたいらしい。もう数週間くらい膠着状態だ」


 グレアムの話を聞くと、『馬屋』の主人バトラスと話した状態と同様のものだった。要するに砦攻めで派手に手柄を立てて力を誇示したい国軍側の拘りで膠着状態に陥っている、というものだ。


 横目でゴーシェ、トニの様子を見るが、二人ともあまり興味がなさそうにしている。最も、トニの方は何を話しているのか分からない、という顔だが。


「魔物相手に手柄優先とは、余裕だな」


 フィルは一言、感想を述べる。


「そう言ってくれるな。こっちも国軍の人間には世話になってるから口を出しづらいんだ」

「アンタに言ってるわけではないよ」

「団長、そうは言いましても、こちらも連日の無理な攻めや夜襲で兵達はかなり疲弊しています。どうにか状況を打開しませんと」


 フィルとグレアムが話している所に、団員と思わしき男が割って入る。

 グレアムが気付いたようにその男を見るとフィル達に紹介してくる。


「紹介が遅れていたな。こっちは副団長のクレメントだ」

「クレメントと申します。団長のお知り合いのようですね、お会いできて光栄です」

「堅いんだよ、お前は」


 グレアムに紹介され、クレメントという名の男が挨拶をする。

 グレアムに横やりを入れられたように顔に真面目と書いてあるような好青年である。金の長髪を中分けにしているところが、また真面目さを際立たせている。年はフィルとそう変わらないくらいだろうか。


「こちらこそ、よろしく頼む」


 フィルが挨拶と共に手を差し出すと、クレメントはがっしりと握手を返す。


(……挨拶が強いんだよな、傭兵団の連中は)


 顔に出さずして一人ごちるが、フィルは話を続ける。


「そこでグレアム、こちらは小勢だ。できることと言ったら、どこかの隊に編入してもらうか、奇襲か遊撃といったところなんだが」

「三人で全員か? 傭兵くらい町で雇ってきてくれればいいもんだが」

「申し訳ないが、二人だ。こいつは荷物運びだから戦場には出せない」


 トニの方を示して、フィルはそう返す。

 トニの方は不満そうな表情だが、約束通りに特に何も言わないでいる。


「まあ個の力が高い人員は重要だ、二人でもたっぷり働いてもらうぞ。こちらで何人かつけてもいい」

「兵をつけてもらえるのか? 有難いな」


 こちらから言い出したわけでもないのに、幸いにも小隊を持たせてもらえるらしい。最も、グレアムが対応してくれることを期待して来ているわけなのだが。


「それで、どう攻めるつもりなんだ?」

「少し決めかねていてな。夜襲をかけようと思っているんだが、国軍側から返事が返ってこない」

「勝手に動いてしまえばどうだ? 今から攻め込むでもこっちは構わないぞ」

「立場上、向こうの顔色を伺わなくちゃならなくてね。すまないが今は動けない、予定では明朝一番で正面から攻める」


 そういうものか。

 そう思いながらフィルは了承した。


「お前らにつける兵は明日改めて紹介する。道中疲れているだろうから、今日は休んでくれ。場所も用意する」


 グレアムはそう言って案内の兵を呼ぶ。

 フィル達三人はグレアムに一言挨拶をし、兵に促されるままに本陣を後にした。


「フィル、これからどうするんだ?」


 案内された天幕の中で、ゴーシェが今後の動きを聞いてくる。


「とりあえず一旦こちらから動くことはしない。明日は派手に動かず戦況を見ることに徹しよう」


 ゴーシェは了解とだけ答えて、寝転がる。

 トニの方を見ると道中疲れていたのかすでに横になってうとうととしている。


 傭兵団から割り当てられた天幕は質素なものの、三人で使うには十分な広さだ。

 そう遠くない戦場だったので軽装で来たため、草のむしろでも借りれただけ有難かった。


 フィルも思うところはあったが、ひとまず明日戦況を見てから考えようと思い、二人に習って横になった。

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