第四章 砦の攻防(1)
リコンドールの町から出てしばらく道沿いに歩くと北東と東方面の道が分岐する。
分岐点から東の道を進むと広大な森の中に続く道に繋がっている。
先日、フィルが町に戻る時に通った道だ。
町と戦場の陣を行き来する商人などは、基本的には森の北側を迂回する道を選ぶ。
傭兵による魔物の駆逐が進んでいる地域とはいえ、森の中には未だ小規模の魔物の群れが出現するからだ。
急いで行き来する場合、個別に傭兵を雇って森の道を使うこともあるが例外だ。
そんな森の中の道をゴーシェとトニが先行し、フィルが後ろをついていくような形で、三人が歩いている。
ゴーシェは早速というような感じで、トニにあれこれ教えながら森の散策をする
基本的には道沿いを進むが、魔物が居着いていそうなポイント――獣道になっている所や水場が近い所などを見つけると森の中に入っていき、周辺の様子を確認した上でまた道を進んでいく。
魔物の生態は未だよく分かっていないとは言え、他の生き物と同様に野生動物や木の実などを食し、水分も必要とする。
山や森の歩き方を知っている人間が休息するような場所に魔物も居つく可能性が高いし、そういったポイントが荒らされているかどうかで周辺の魔物の有無も分かる。
そんなことをしながら歩いていると、大した距離を進んでいないのに日は中天を回った。要するに歩みが遅い。
目的地の陣は、馬の足で急いだら夕方には到着するくらいの距離だ。
徒歩を選んだ段階で夜営が必要と思ってはいたが、この歩みの遅さでは下手したら明日中にも着かないかも知れない。
「ゴーシェ、仕事に真面目なのは結構だが少し急ごう。明日には着きたい」
フィルがそう声をかけるが、あまり気にしてないような返事が返ってくる。
トニが教えを真面目に聞いているようなので、まあいいかと思うようにした。
早朝から歩いているが、途中でゴブリンの集団に二度出くわしている。
ゴーシェが集団を発見し、トニに戦い方を指南しているようだが、実際にはゴーシェの動きを見せるだけに留めて一人で片付けている。
フィルも邪魔をせずに彼の働きぶりを見ているだけだった。今まで会ったのは数の少ない集団だった、ということもある。
「トニ、これが魔晶石だ。場所を覚えとけ」
「随分ちっちゃいんだね」
ゴブリンの頸椎あたりの背中の肉を切り開き、取り出した麦粒ほどの結晶をトニに見せている。
「この程度の大きさのものじゃ、まず使い物にならない。手間がかかって金にもならないので普通は放っておく」
なるほどと頷くトニ。
見るとゴーシェは色々と教えていた。
魔物がいそうな場所、森の歩き方、剣の振り方に矢の射方、複数人で戦うときの立ち回り方などだ。何でも素直に受け入れるトニの反応が嬉しいのか、ゴーシェの方も楽しそうにやっている。
(面倒見がいいのはありがたいんだが、目的は砦攻めなんだよなあ)
そう思いながらも、相変わらずフィルは二人の好きなようにさせていた。
道の途中でトニと出会った場所を通ったが、フィルが町に戻った時に衛兵に報告したものの、馬車の残骸や死体などはまだそのままとなっていた。
町に戻った時に、この場所で回収した傭兵達の遺品を衛兵に渡し状況を話したのだが、商人夫婦のもとで仕事をしていたというトニを保護したこともあり、疑われるかと構えていたがすんなりと受け入れられた。
ゴーシェには簡単に説明するが、トニの表情か暗かったのでさっさと通過した。
遅い歩みのまま進み、日が落ちようとしているところで夜営をすることにした。
トニは自分でも言ったようによく働いているようだ。木にもたれかかって見ているだけのフィルの前で、食事の支度のために道中でゴーシェが射抜いた兎のさばき方を教えてもらっている。
「馬鹿野郎、乱暴に扱うんじゃねえよ。毛皮も金になるんだ」
目の前でゴーシェが怒っている。
普段フィルと依頼をこなしている時、森を抜けるときなどに片手間に狩りをし、毛皮などを集めて小遣い稼ぎにしていた。
フィルは食料を得られるし特に意見もなかったので干渉しなかったが、そこは元狩人というところでゴーシェなりの拘りがあるのだろう。
夜営の準備が終わり、火を囲みながら兎肉と芋のスープを三人で食べている。
「トニ、今日はどうだった。やっていけそうか?」
「うん。ゴーシェさん色々とありがとう」
「教えるのは構わないが、あんまり甘やかすなよ。コイツのためにならない」
「甘やかしてはないよ、飲み込みは結構早いんだぜ」
ゴーシェは笑ってトニの頭をぽんぽんと叩くが、トニは恥ずかしそうにしている。
「明日は少し急ぐぞ。さっきも言ったが、できれば明日の夜には陣に着きたい」
二人から了解と返事が返ってきた。
食事の後、ゴーシェは焚き火の明かりの中で弓の扱い方をトニに教えていた。
今日の移動中、横で鮮やかな弓さばきを見ていたトニは眠気を忘れているのか、興味津々な様子である。
(コイツは跡継ぎでも作るつもりなのか)
さっさと寝ようと横になるフィルは薄目でその姿を見ながら眠りについた。