第三章 山の鍛冶屋と森の鍛冶屋(3)
ゴーシェは町の中央広場に戻る道を歩きながらフィルに問いかけた。
「トニに魔剣を持たせるってことは、戦闘に参加させるのか?」
「まだ考えてない、あいつはまだガキだし剣も素人だからな。だが俺達についてくるんだし、多少は戦えないとまずいだろ」
「まあそうか。じゃあ俺が色々と教えてやろうかな」
ゴーシェは気楽な様子でそう言った。
最初は面倒くさがっていたものの、トニを仲間とすることに決めた後は、何も気にすることなく受け入れていた。
こいつのいいところでもあるが、思考が単純なためだろう。
道を歩く二人と若い新兵の集団がすれ違い、二人はそれに目をやった。
「あいつらもトニとそう齢は変わらないだろうな。あんなのが魔物と戦おうって言うんだから、時代を感じるねえ」
「俺もお前もそう変わらないだろ。俺だって剣を取ったのはトニと同じ齢だ」
「俺は山で狩りをやってた時期が長いからね、魔物と戦うのとは訳が違うよ。フィルはその齢から傭兵をやってたんだっけか?」
「まあそんなところだな……。土地を追われて傭兵をやってるんだから、トニと大した違いはない」
二人が話しながら中央の広場を抜けていく道を歩いていると、前にも来た傭兵団の建物の前に着いた。
戸を開けると、同じ顔ぶれがこちらに目を向ける。若い男は書類仕事をしているようで、アランソンの方は仕事が一段落したのか、優雅にお茶を飲んでいた。
「どうも」
「フィルさん、それにゴーシェさんも。本日は何の用で?」
ティーカップを自席の机の上に置き、アランソンがフィルの方に向かってくる。
「前回断ってしまった依頼なんだが、まだ受ける口はあるだろうか?」
「参加してもらえるので? 歓迎しますよ。砦攻略が膠着状態に入ってしまっているようで、こちらにも傭兵を集めるよう連絡がきているんです」
「あまり状況が良くないようだな」
「はい、先日話した通りなんですが正直言ってあまり良くないです。本陣も魔物からの夜襲を何度か受けているようで、陣を防衛するための工事を始めているようです」
(ここにきて防衛の準備か……色々と後手に回ってるな)
フィルはそう独りごちるが、ゴーシェには事前に砦攻めが難航しているらしいことは伝えているので、ゴーシェの方に特に気にした様子はない。
こちらに意思決定を丸投げしている構えである。少し勘には触るが、堂々としたものである。
「なるほどな。それで、依頼を受けるのに条件をつけることはできないだろうか?」
「条件とは報酬の話でしょうか?」
「報酬は大事だな」
ゴーシェがどうでもいい横槍を入れるが、フィルは相手にせず話を続ける。
「報酬についても話したいんだが、本隊付きではなく別働隊として参加させてもらいたい。何人かの動けるやつが欲しいから、兵も都合をつけてもらえるとありがたい。知ってのとおり俺達は少数だから、正面からぶつかる形はあまり好まないんだ」
「そういうことですか……。申し訳ありませんが、作戦などは本陣の方で考えているので、こちらからはあまり干渉はできないですね」
「まあこちらも無理を言っているのは分かっている。向こうで交渉させてもらう、ってことでいいか?」
「それなら構いません」
大人数が参加している戦場であまり目立つ動きをしたくないが、先日目にした戦場の感じでは、群集の中に単独で入って戦うのは好ましくない。
そのためフィルはあくまで別働隊として動いて戦果を掠め取りたいと考えていた。
「じゃあ受けさせてもらうよ。交渉してダメだったら大人しく向こうの指示にしたがうことにする」
フィルは町で別の傭兵団などをあたって、十人程度を雇って連れてくことも考えたが、今回依頼を受けている傭兵団の団長であるグレアムとフィルが顔見知りだったこともあり、本陣で都合をつけてもらうよう願い出るつもりだった。
グレアムは顔見知りというより、昔なじみという表現の方が近い。以前にフィルとゴーシェの両名が所属していた小規模の傭兵団の団長を務めていたのが、グレアムである。
ガルハッド国軍に仕官する意思があったグレアムと、気ままに傭兵業をやろうとするフィル達とで考えが異なった。
大規模な傭兵団を作ろうとしたグレアムの元を去ったわけだが、喧嘩別れというわけでもなく関係は良好である。
かつ、グレアムが新しく傭兵団を立ち上げる時に再度誘いが来たくらいなので、信頼も受けているのだろう。
フィルとゴーシェからしても、傭兵団には所属はしなかったものの、豪快ながらも気のいいグレアムの人格と腕っぷしの強さ、そして傭兵団を立ち上げてほんの数年で大規模な組織を作り上げた手腕に信頼を置いている。
「分かりました、では報酬の方ですが――」
フィルとアランソンが報酬の交渉に入り出したので、ゴーシェが話に入ろうと伺うが、傭兵団との調整などをフィルに任せっきりだったので相場などわからず、横で黙ってうんうんと頷いているだけだった。
砦攻めなので依頼一件いくらというわけにはいかず――それでも多少は色をつけてもらうよう交渉した。
決められた日数分の報酬を確約し、戦果を上げた場合は再度交渉、ということにした。
アランソンが色を付けるための条件として、リコンドールの町から本陣までの道すがら、森の魔物を倒しながらいって欲しいと付け加えてきたので、フィルは快諾した。
(長引いたら長引いたで退散させてもらうが、さっさと終わらせるに限るな……)
契約日数分で割ると一人頭一日に大銀貨一枚と少しくらいの報酬だったので、大した稼ぎにもならないと踏んで、フィルは砦攻略を急ぐことを心に決めた。
「では、これでお願いします」
「明日の早朝に発つことにするが、それでいいか?」
「もちろんです」
アランソンとの交渉を終え、フィルとゴーシェが傭兵団の建物を後にする。
アランソンとの交渉は滞りなく進んだため、まだ昼過ぎというくらいの時分だった。
中央広場に向かうも早すぎたのかトニはまだ来ていなかったため、仕方ないと思い『山人の鍛冶屋』に戻る。
店に戻ると、剣の修繕作業を行っているディアとそれを夢中で見ているトニが見えたが、こちらに気が付かない二人に声をかけづらく黙って見ていた。
ゴーシェがフィルの肩をポンポンと叩き、ジョッキを傾ける仕草を見せたので、そばにいた店員に言付けを頼んだ二人は『馬屋』に向かう。
***
明日戦場に出立ということにしたので、今日は飲むぞと意気込んでいたゴーシェだったが、現在フィルの前で赤い顔をして横に揺れながら、それでも「まだまだ!」と言わんばかりに自分の器に蜂蜜酒を注いでいた。
「ゴーシェさん、もうやめにしたらどう?」
ゴーシェの姿を見かねた店員のエリナが話しかけるが、ゴーシェは空になったボトルを渡し、「もう一本!」と言いつける。
「フィルよお、砦攻めに参加するのには文句はないんだが、もう少し休みにしてもよかったんじゃないか?」
「悪かったよ。しかし中々ない機会だから少し興味があってな」
「分かってるけどよお……。これから長いこと戦場かも知れないと思うと、肉も酒も恋しいぜ……」
「そうならないように早めに戻れるようにしよう。お互い無事にな」
フィルがそう言うと、真っ赤な顔のままだらしない表情でゴーシェが笑いながら酒がなみなみと入った陶器を向けてきた。
フィルがそれに合わせて何度目か分からない乾杯をすると、ゴーシェは器の中身を一気にあおる。
ゴーシェの相手をしながらも、あたりが暗くなってから結構経っているのに戻らないトニのことを考えていると、店の戸を開けて当人が入ってきた。
「遅くなってごめんよ、フィルさん」
そう言って二人のテーブルに座るトニだが、潰れたトマトのようなゴーシェの顔を見てぎょっとしたような表情を見せた。
「ずいぶん待たせちゃったみたいだね」
ゴーシェの顔に驚いたあとテーブルに並ぶ空き瓶の数々を見て、トニの表情が少し呆れているように変わる。
先ほどから、新しい酒瓶を持ってくるエリナが空瓶を下げようとすると、なぜかゴーシェがそれを制止して空き瓶がたまっていくのだ。
今夜のゴーシェの趣向はフィルも特によく分からないなと思う。横にゆれたままのゴーシェは目が座っており、いよいよ言葉が耳に入っていないようだ。
「ごらんのとおりだ。修繕は終わったのか?」
「見てよ!」
トニが腰の剣を鞘ごと抜いてフィルの前に出し、刀身を少しだけ見せるように鞘から出して見せると、綺麗な線を描く刃先が光るのがフィルにも見えた。
店主のヴォーリを初めとし、あそこの店員はいい仕事をすると、フィルが改めて思う。
自分の獲物である剣が鍛え直されているのを横で見ていたトニの表情は、俺の剣だと誇示するように自慢気である。
「綺麗に直してもらったもんだな。だがあまり調子に乗るなよ、死ぬぞ」
「分かってるよ!」
水を差すようなフィルの言葉にトニがすねたような顔になる。
「確かに綺麗なもんだな。これでお前もいっぱしの傭兵だな」
鍛え上げられた剣を見て正気に戻ったのか、ゴーシェがそう言ってわしわしと横に座るトニの髪を力強くなでる。
子供扱いをされて不満げなトニが頭の上に乗せられた手を引き剥がそうとしている。
明日の朝に砦攻めの本陣に向かうと決めたが、アランソンから道中の魔物討伐を依頼されたため、足取りは遅くなるだろうとフィルは思っていた。
本陣に商人たちが入り込んでいるということなので、町でしっかりとした準備をしなくても、食料などの物資は向こうで調達できるだろう。
通常の依頼の時は、ゴーシェが兎などの獣を狩って食料にすることもよくあるので、さほどの心配もしていない。
道中も人がかなり入り込んでいる領域であり、魔物もあまり出ないというから危険も少ないだろう。
しかし問題は本陣にたどり着いてからだ。国軍が出張っているということなので、少数のフィル達はなおさら動きづらいだろう。
トニにしても、道中は連れて行くとしても砦攻めにはもちろん参加させないつもりだ。
恐らく不平を言うであろう目の前の少年を考えると、説明するのが面倒だと思ってしまう。
「なあトニ。気合入ってるところを悪いが、お前は砦攻めには参加させないぞ」
フィルが言いづらく思っていることを、ゴーシェが目を座らせながらもきっぱりと言った。
「どうしてだい! 装備も整えたし俺も戦えるよ!」
「ゴーシェの言うとおり、お前は参加しないで陣で待ってろ。ついて来られても足手まといになってこっちが危ない」
ゴーシェの言葉に乗っかる形でフィルも意思を伝える。
トニの方は悔しいような表情をしながらも、基本的には指示に従おうと考えているようで、何も言わなかった。
「まあ砦攻めの本番の時の話だ。道中は役に立ってもらうぞ」
「分かった!」
フィルの言葉に気持ち良くトニが返事をする。
世間知らずで言葉が悪いにしても、素直に振舞う姿を見てゴーシェが目を細める。
(……こいつも不遇だっただけで、悪いやつではないんだろうな)
フィルは自分の境遇に重ね合わせるように独りごちる。
「とりあえず今日は出立前の祝いだ。ほら飲め」
そう言ってボトルの口を二人に向けてくるゴーシェだったが、フィルが制止するように言う。
「もう十分飲んだだろう。俺は昨日のこともあって疲れてるんだ、そろそろお開きにしよう。お前もそれくらいにしないと明日に響くぞ」
「俺はまだまだ飲むぞ」
「こっからは一人でやってくれ。おいトニ、宿に戻るぞ」
そう言ってフィルとトニが席を立ち上がり出口に向かおうとしたところで、後ろから鈍い音が聞こえた。
振り返ると、ゴーシェがテーブルに突っ伏しており、手に持っていたボトルが中身を溢しながらテーブルの上を転がっている。
カウンターの奥からじろりと見てくる店主のバトラスの視線を確認し、フィルとトニが顔を見合わせる。
代金をテーブルに置いてゴーシェの肩を担ぐと、フィル達は店を後にする。