第1編第5部
第9章 軍主導型新憲法制定会議
「では、これより第1次憲法草案会議を開催します。議事及び進行は、わたくし、憲法制定委員会委員長のフランク・シュバルです。では、それぞれの師団の代表者の紹介です………」
とてもつまらない委員紹介が延々3時間も続いた。数百名が一堂に集うのは、ほとんどない事であった。そして、本題に入り始めた。
「では、第1師団の代表の方から、説明をいただきたいと思います。皆さんは、配られた資料の第1師団と書かれているところをお読みください」
がさがさと紙をめくる音がした。そして、何分かしてめくる音が終わりつつある時、ようやく発表し始めた。
「みなさん、こんにちは。第3惑星第1師団師団長のキャサリン・サルミャンです。時間もほとんどないので、要旨のみお話しして行きます。まず、本師団の憲法草案は、個人よりも、全体を中心に考えております。国家あっての国民ですので、国家がないと国民もございません。さて、国と致しましては、連邦制ではなく、共和国制を導入いたしまして、大統領を完全に中心にします。そして、軍部、立法、司法、行政を同列に論じます。軍部独走を防ぐため、行政に指揮権を移譲します。国民につきましては、徴兵制を導入いたしまして、20歳以上の国民に兵役を義務化します。行政権、司法権、立法権は完全に独立しております。以上です」
席に座った。それを見て、委員長が立ち上がった。
「質問はございますか?なさそうですね。では、第2師団の方。お願いします」
川草大明が立ち上がり、説明を始めた。
「第3惑星第2師団の川草大明です。私達が考えた憲法草案について、ご説明させていただきます。私達の第2師団は、一般人と言う階級の人達を、第一に考えております。そして、何より、軍部の独走を押さえるため、さらには、政治への意識を高めるために、この憲法は、軍事色を一切とは言いませんが、最低限の物にする必要があるでしょう。最終的には、軍は消滅させるべきです。一般人に対しては、憲法の草案意見をインターネットで募集しました。募集対象は、インターネットにつないでいる全ての人です。3日間という短い間でしたが、非常に有意義な意見ばかりでした。詳細は、資料の方に記載しておりますので、そちらの方をご覧下さい。行政権、司法権、立法権は、それぞれ、さんすくみのような状態であり、それぞれに対し対抗する権利を保有しております。以上です」
「では、質問はございますか?」
何人かが手を挙げた。
「では、第8師団の方。どうぞ」
立ち上がったのは、女性の方だった。
「第2惑星第8師団師団長の、サファイア・カトウンです。軍を消滅させるとおっしゃられましたが、そういたしますと、軍の役割を担っていた、国防はどのようにして守るのでしょうか。そこを教えてもらいたい」
「質問にお答えします。軍につきましては、新たに特別な部隊を創設いたしまして、そちらの方にそのまま入れます。国防につきましては、周りがこちらに敵対せず、攻撃を仕掛けず、意志を持たずすれば、こちらの、国防など無意味でしょう。これで、質問の回答といたします」
その後、けんけんごうごう、意見交換がされた。このひとつの師団の事について、ひたすら数時間、話し合われた。そして、出された結論は、別の師団の意見を聴くと言う事であった。そして、残りについては、翌日に繰り越しとなった。
翌日まで、会議室に全員泊まった。翌朝6時から会議は再開された。
「では、憲法制定委員会、再開します。では、第3師団の方、よろしくお願いします」
「第3惑星第3師団師団長の、アムレット・ファインです。よろしくお願いします。我が師団は、軍部主導で、国造りをしていくべきと考えます。古来、軍があり、それを利用して、国を統治して来た所はいくらでもあります。今現在、連邦政府と言う国は存在しますが、軍が主導する事により、さらに、経済的、国力的にもさらに高みに昇る事が可能でしょう。司法権、立法権、行政権につきましては、一切を軍が保有します。いわゆる、社会主義国家と考えてもらってもかまいません。以上です」
「質問につきましては、全ての師団の説明が終了してから受け付けます。では、第4師団、お願いします」
「第3惑星第4師団師団長のラファエル・サブリミルです。私の師団では、軍部より、民部を重視します。遥かに昔になりますが、第2次世界大戦直後、世界憲法についてのひとつの草案が提出されたことがあります。それを少し紹介します。名称は、世界憲法シカゴ草案と言います。それが、私達の師団の憲法の中心になっています。以下は、それの引用です。「人問が精神的卓越と物貿的福祉において向上することが全人類の共同目標」「平和と正義とは興亡を共にし不正と戦争とは民族国家の相争う無政府状態と不可分な関係において生れるもの」「人間たるものは、世界政府の責任と特権とにあずかる公民たると世界政府の保護を受くる被後見者または未成年者たるとの別なくいずこにおいても、言語および行動により、また各自の能力に応ずる生産労働により現在に生ける人々,ならびに後に生れ来る人々の精神的および物貿的向上につくすことをあらゆる世代の人々の共通の大義とすべき」「暴力を排撃するため法律により命ぜられたる場合または法律によって許されたる場合を除き、暴力を行使しない」人間の生存に必要欠くベかちざる四大要素土地、水、空気、エネルギーは、人類の共同の財産である。この共同財産のうち、個人、団体、国家または地域の所有に委ねられまたは謙渡されている部分の管理と使用とはその所有権の確定不確定を問わず、また、それが個人主義的経済によると集団主義的経済によるとを問わず個々およびすべての場合を通じ共同の福祉に従わなければならない」です。以上です」
「第5師団からは、本憲法草案会議は、連邦法において無効であると言う事なので、不参加と言う事です。では、第6師団、お願いします」
「第2惑星第6師団師団長をさせていただいております、吉祥寺沢音です。私達の師団で考えました憲法草案は、社会保障を中心にしました。貧困層がこの3惑星全体の5%に当たる、30億の人類が、餓えにあえいでいます。そのような現状を国家的な資金によって救済するのが目標です。資金につきましては、新たに課税します。国は、最終的には、益になるはずです」
そのまま、着席してしまった。そして、流されていった。
「では、第7師団、お願いします」
「私の第2惑星第7師団は、世界的な資源獲得競争に打ち勝つために、資金獲得を最優先します。憲法としましては、税金を資金に費やす事を掲げ、富める者から多く取り、貧しき者からは少なく取るものです。資金を潤沢にし、国際的な競争力を取るべきです。さらに、軍事力を強化し、資源獲得を潤滑にするべきです。司法権は完全に独立しておりますが、行政権及び立法権は合わさっております」
「第7師団ありがとうございました。では、第8師団、お願いします」
「第2惑星第8師団師団長です。私達は憲法草案を作成しようとしたところ、さまざまな意見が出まして、最終的な草案が作成できませんでした。ここでは、師団内で提出された意見を列挙させていただくのみとさせていただきます。まず、軍についてです。「軍を廃止し、警察機関と統合す」「軍は近隣諸国と対等以上にするまでに強化すべき」「軍は持ちながらも侵略を目的ではないと明記すべき」「軍のみではなく警察機関も必要最小限にとどめるべき」「軍は他国との協調をすべきである」司法権、行政権、立法権についてです。但し、司法権を完全に独立させる事で統一されております。「行政権は軍の支配下にすべき」「立法権は軍の支配下に置くべき」「行政権、立法権を同等の権限として統合すべき」「行政権、立法権を完全に独立すべき」以上です」
「では、第9師団の方、お願いします」
「第4惑星第9師団師団長の、サガイゴ・ベルーガです。我が憲法草案は、そもそも、憲法は不要ではないか、そう考えで統一されました。不文憲法下で立派に成長を遂げた国も過去に存在しています。現在も立派に経済的に栄えています。そう言う現在のものがある以上、そう言う事もありえるのではないかという結論です。但し、その場合は、憲法に準じる、準憲法と呼ばれるべき法典を、作るべきだと思われます」
「ありがとうございます。では、第10師団の方、お願いします」
「私達の第4惑星第10師団では、集団的自衛権及び個別的自衛権、さらに、国外派遣についてに焦点を絞りました。まず、集団的自衛権につきましては、一切記載がございませんでしたので、新規に条約をそれぞれ結べば済むと考えられます。個別的自衛権につきましては、その国以外を攻撃してはいけないものです。さらには、正当な理由がありまして、こちらを攻撃すると言う宣戦布告が行われた場合、即日攻撃を行い、相手側の戦力を先に削ぐ必要が発生します。国外派遣につきましては、条約を結び、その条約に基づき、行動するのが最も基本的な派遣方法と思われます。但し、条約がなく、周辺国の支援が存せず場合は、特例として、要請があれば派遣に応ずるべきと思います」
「ありがとうございます。これを持ちまして、第1次憲法草案会合を終了し、30分間の休憩を入れたいと思います。休憩後、この場にお戻りください。では、解散」
わらわらと立ち始めた。スタディン達は、近くの人達と話し合いをしていた。
「そもそも、クーデターなんてするべきじゃなかったんですね」
「何でそう思うんだ?」
「クーデターをするという事は、軍事的に政権を取るっていう事でしょう?そう言うのは自分は嫌ですね」
「確かに、それは言えるな。だがなスタディン。すでに、賽は振られているんだ。時間は元には戻らない。ま、お前達は別だけどな、普通は戻らないだろ?だから、クーデターをするしないの論議じゃなくて、今は、その後、どうするかを考えるんだな」
「そうですよね、確かに、そうですね」
スタディンたちは、席に座りながら話しこんだ。それを、川草大明大将が見ていた。
「なるほど、彼らは、そんな意見か…」
メモ用紙に何か書きつけどこかへ去って行った。
「30分経ちましたので、お座りください」
司会者の発言により、すぐに座りだす。しかし、人数が多いので、全員座るのに5分かかった。
「では、これより、第1回憲法本文草案会議を開始します。まず、第1回なので、何章構成にするか、それぞれの章に何を記載するか、前文の内容をどうするか、国を何主義にするかを、決定したいと思います。そして、決定後、それぞれの師団長により、どの章の草案を作成をするかを決定いたします。では、始めます。最初は国家主義体制についてです。…………………………………………」
そして、5時間ぐらいかけた。国は、軍事主義で、徴兵制を行う。章構成は、第1章が、国民について。第2章が、軍について。第3章が、地方分権について。第4章が、大統領及び行政権について。第5章が、司法権について。第6章が、立法権について。第7章が、連邦制について。第8章が、終身大統領について。第9章が、国家機関について。第10章が、その他について。但し、その他の中には、連邦制の構成国について記載される。前文については、軍についてを記載することを基本とする。と言うふうに決まった。
「さて、第1章と前文が、第1師団。第3章が第2師団。第2章と第4章が第3師団。第5章が第4師団。第9章が第6師団。第8章が第7師団。第6章が第8師団。第10章が第9師団。第7章が第10師団となりました。次回の会議は1週間後の、6月31日です。では、それぞれ戻ってもらっても結構です」
がたがたと椅子から立ち上がった。そして、部屋の中は誰もいなくなった。
第10章 憲法草案本文決定会合
「さて、また今日から部屋に缶詰だな」
「いいじゃない?」
「では皆さん、着席してください。これより、憲法草案第3章本文決定会合を開始します。先に、第3章について最確認させていただきます。憲法草案上において、第3章は地方分権関連の章です。それを確認してください。司会は、私達、嘉永兄妹が務めさせていただきます」
再び、エアホテルの会議室を借りて、今度は憲法草案の第3章そのものの文章を考える事になった。第2師団の人達は、全員集合していた。
「今回は、オブサーバーとして、初代連邦憲法草案作成者及び初代連邦大統領の大島仁人さんにお越しいただいております。では、先に彼からご意見を拝聴したいともいます。では、よろしくお願いします」
テレビスクリーンが天井から吊り下げられ、画面が出された。画面の3分の1ぐらいの大きさで、彼の顔が出た。
「みなさん、こんな状態で申し訳ありません。私は、初代連邦憲法を作成し、流れに沿っていつの間にか大統領と言う職にいた大島仁人です。さて、第3章地方分権についてですが、この国の基本方針は、軍事主義なので、結局の所地方分権についても、軍が中心になるでしょう。軍を中心にし、その周りに行政権、立法権、司法権を張り巡らすのです。行政権、立法権、司法権は、軍から切り離して考える必要があるでしょう。行政はそれぞれの行政長官が指揮をします。立法は連邦制と言うことを考えた場合、それぞれの州に議会を設置する事が出来るでしょう。その州議会が立法権を有します。司法は司法長官が指揮をします。さらには、税金を国ではなく、地方に重点的に分配するようにする必要もあるでしょう。非常事態時の軍指揮権は行政長官が保有します。その場合の司法長官と議会は行政長官の補佐になると思います。さらに、軍法会議所を設置し、そこの指揮権は、国に依存しますが、最終的な決定権をそれぞれの州の司法長官が持つべきです。私からは以上です」
テレビスクリーンがまきあげられながら、司会の二人が出てきた。
「大島仁人さん、ありがとうございます。では、これより、本議に入ります。地方分権について、何かご意見がある人は挙手をお願いします」
何人かが手を挙げた。その中で、一番近かった人を当てた。
「空軍中将の栄路松鏡です。地方分権というのだから、出来る限りの権限を地方国に分譲すべきです」
「では、他の意見は?」
「出来るだけといいますが、では、逆に何を国の権限としておくべきでしょうか。それを考えたいと思います」
「えっと、では、何を国の権限として残すべきでしょうか。それとも、何を地方の権限として譲渡すべきでしょうか」
その後、さまざまな意見交換が行われ、ひとつの結論に至った。
「では、再びホームページを開設し、そこで意見を求めるという事でいいですね」
とっくりがまとめた。全会一致で、アダム達に管理がまかされた。会は解散した。
3日後、再び会が召集され、ホームページでの意見を発表した。
「では、エア・アダムさん。よろしくお願いします」
しーちゃんにいわれ、アダムとイブが立ち上がり、資料を配った。
「お手元の資料をご覧下さい。つまり、国の権限として残しておくべきなのは、国防軍の通常時指揮権、3惑星全域に効力が及ぶ立法機関指揮権、治安機関指揮権、行政機関指揮権、対外国との条約締結権、宣戦布告権、民族自決権。他の権限は全て地方国に移譲されます。但し、この権限については、憲法ではなく、法律によって定めるべきだと言う意見がありました。地方分権についてですが、地方国それぞれに平等に分配するのではなく、資金が少ないところには、非課税権、資金が多いところには、課税権、と言ったふうに、それぞれの国に対しても、権限の差別化を図るべきと言う意見もありました。その他の事につきましては、お手元の資料をご覧下さい。自分からは以上です」
「では本文を作成していきたいと思います。但し、条数は付けず、地方分権のみを考えます。そこをよろしくお願いします」
その時、扉が叩かれた。激しいノックだった。
「はいはい、なんでしょうか?」
一番近いところにいた陸軍中将の人が扉を開けた。すると、突然…
「第8師団、第9師団、第10師団である。そなた達に協力してもらいたい事がある。全員ここにおるので、中に入れてもらえないだろうか」
「入れ、別にかまわん」
川草師団長が命じた。
「失礼します」
それぞれ、第8師団が24人、第9師団が19人、第10師団が21人だった。
「で、何のご用かな?こちらは、憲法の本文を考えているところでしてね」
「こちらに、初代連邦大統領の大島仁人氏がいらっしゃると伺いまして、彼にこのクーデターの事をいった時、どのような反応をしていましたか?」
「特に、何も。ただ、淡々と起こった事を受け入れていた」
「そうですか、では、少しお話をさせていただきます。このクーデターは、どう思いますか?」
「どう思うか、そういわれてもな…確かに、今までの大統領制には不満もあったが、このような武力で抑えるのは間違っていると思うな」
「そうでしょう、で、私達は、クーデターに対して、反乱を起こそうと思っています」
一同は凍りついた。だが、彼女は、淡々と進めた。
「私達は、翌日朝3時、大統領府に進入します。合図は、花火です。まず、拘束されている大統領を解放し、続いて、連邦議会の議事堂に進入し、第1、第3〜7師団を拘束します。そして、大統領に非常事態宣言の解除を公布していただきます」
そこまで言って、一息ついた隙を狙い、川草師団長が言った。
「それで、第2師団には何をして欲しいんだ?」
「進入を手伝ってください。それで結構です。出来れば実行部隊も出していただければ幸いです。どうでしょうか?」
「まあ、ちょっと待ってくれ。そう言う事らしいが、どうする?こいつらと一緒に国を元の姿に戻すか、それとも、あいつらと一緒に一からこの国を直すか」
選ぶ人はさまざまだったが、最終的には、全員、第8〜10師団につく事に決めた。
「ありがとうございます。では、これから、クーデター評議会に入ります。なお、これは、現在闇機関であり、完全に違法であることを教えておきます。まず、第2師団の方々は、第8師団の我々と共に、大統領府を襲撃します。大統領を救出すると同時に、第9、第10師団の方々は、連邦議会の議事堂を制圧します。恐らくすんなりとは行かないでしょう。しかし、我々には大義があるのです。この国の将来を考えるからこそ、このような軍事行動を起こさざるを得ないのです。決行時刻は、明日午前3時。忘れないで下さいね」
そして、全員帰っていった。
午前2時45分。彼らは、大統領府と連邦議会議事堂周辺に散らばっていた。
「作戦決行まで、後15分だ」
周りは街灯の明かりもなく、電気もつけず行動していたので、闇だった。ちょうど新月の日。星明かりはうっすらと浮かぶ雲に阻まれ、月明かりもない町に更なる闇を投げかけていた。
15分というのはすぐに過ぎるものだ。午前3時、青色と赤色の花火が、闇を切り裂く音と共に打ち上げられた。
「合図だ。作戦決行」
静かに第8師団の師団長が言う。第2師団は第8師団と歩調を合わせる形で、行動していった。
「連邦議会側はうまく行くだろうか…」
「それより、どうやって大統領府建物内に入るんだ?」
「向こう側に、仲間がいる。彼らが扉を開ける手筈だ。ほら、あの正面玄関だ」
わずかに扉が開けられていく。人一人が出られるほどの大きさまで隙間が開かれた時、中に進入した。
「大統領は?」
小声で話をする。
「この建物の3階にあります大統領の間にて軟禁状態にあります。そこに行けばよろしいかと」
「分かった」
一行は、大統領の間に到達した。しかし、この間、守備兵がいなかった。
「どうしたのだろう、守備兵がいない。これはおかしい」
扉を開けると同時に、中に入った。大統領は、ベットの上で座っていた。
「待っていたよ。君達。だが、気を付けたまえ。君達は、既に包囲されている」
周りで銃口を向ける音が聞こえた。
「第8師団及び第2師団。全員を国家反逆罪及び大統領府無許可進入罪で、逮捕する」
「残念ながら、このような結果になってしまった」
大統領はうなだれているような顔をした。
「それは、あなた達ではありませんか。国家反逆罪に問えるのはあなた達ではない。大統領、あなたなのですよ。それを憶えていませんか?」
その時、扉の方から声が聞こえた。
「いや、君達が間違っている。今の総司令官は大統領ではない。この自分だ」
後ろを振り向くと、そこには、第1師団師団長とWPI機関長官がいた。
「あなた達は、その権限はないはずだが?」
「それがあるんだな。現在非常事態宣言が布告されている。非常事態法第2章によれば、戒厳令の定義によって、立法権は大陸政府若しくは連邦政府に引き渡す事になっている。そして、最初の時点で連邦政府に引き継がれた。その連邦政府が倒れた今、政府を全て指揮しているのは、クーデター政府大統領のこの自分だ。そして、彼は自分の右腕として副大統領の職についている。だから、自分には国家反逆罪に問う事が出来る。こいつらは牢にでも閉じ込めておけ。ああ、そうだ。そこのイフニ兄妹だけはここに残しておけ。彼らに見せたい物がある」
「はっ」
一回敬礼をしてから、第8師団第2師団連合革命軍はこうして崩壊した。だが、連邦議会側は、無事に制圧したと言う連絡が入ったが、それは、もう少し後の事だった。
「どこにつれて行く気ですか?」
「もうすこしだ」
WPI機関長官の大杭長官に連れられて、なぞの建物に連れてこられた。兄妹は、キャスター付の台に、両手足が動けないように縛られた状態で二人一緒に載せられていた。ひたすら扉が続いていく所を抜け、つき辺りの扉の部屋で止まった。扉の両脇には兵士が警護しており許可無き者は立ち入りが出来ないようになっていた。
「開けろ」
長官の命令によって、兵士が扉を開け、中に入れた。
中は、冷たい部屋だった。
「さて、この機械だ」
「機械って、何にも見えないけど」
「明かりを付けろ」
部屋が明るくなった。そして、ちょうど真ん中に、備え付けられている機械があった。
「これは、何だ」
スタディンが聞いた。長官はニヤニヤしているだけで答えなかった。代わりにキャサリン師団長が答えた。
「これは、「人体特殊改造工具-α」というもので、この機械を使う事によって、前話してもらったと思うけど、自律系自立型無補給完全兵器と言うものになるの。さて、そこにいるのが、モデル部品になるわ。この人自身は人造人間を元にしているわ」
「人間を作る事は、人が神になる行為として、非常に忌み嫌われるはずですけど?」
「それは、宗教的にみればな。だが、実際には、人間の心のどこかには必ず神になりたいという願望がある。どうだ?君達にもないといいきれるかな?」
「はい、なにせ、自分達は神ですから」
「何故そう言い切れる?」
興味を持ったような顔をして、
「神だといわれた事があるからですよ。イフニ神と言う神からね」
そして、スタディンは、力を増し始めた。周りの空気は熱せられ、体からは何かの力が出てきていた。そして、それは実体化した一人の少年となった。
「誰だ?君は」
「それを言う立場は君にはないよ。神に対して、そんな事をいうかね?」
「では、あなたは?」
「自分こそ、正当な神であり、第1宇宙空間の神である、イフニ神だ。君達は、WPI機関長官とクーデター政府大統領だね。それに、違法性を伴っている機械と、人造人間が一人。さて、彼女には、名前があるのかな?」
「いえ、これには名前は不要です。なぜなら人ではないからです」
「それを聞くと、恐らくはアントイン神が悲しむだろうな。それとサイン神もかな?まあ、いいだろう。代わりにこの少女は自分が預かる。魂が今は入っていないが、君達には特別に魂の入れる現場を見せてあげよう。但し彼らが許せばね」
「彼らとは?」
その時、クシャトルの体にも同様の変化が起きた。
「この二人は、憑依体質でね。このようにしやすい」
イフニ神が説明したが、二人は腰が抜けていた。
「さて、イフニよ。我々に何の用だ?」
「ふぬけた用だったら、お前、後が怖いぞ」
「この少女に、魂を入れて欲しい」
「これにか?そうだな…ちょうど、いいのが来たな。これを頼む」
黒色の服を着ている神が、白色の服を着ている神に、何かを渡すそぶりをした。白色側はそれを受け取り、少女の口の中に入れた。何かつぶやきながら。すると、少女は、動きはじめた。
「う、ううん。ここは?」
少女は、頭がぼやけているようだ。
「ま、これでいいだろう。こんなこと、大変なんだからな」
「それは承知しているよ」
「では、なにかあったら、また」
「はいはい」
彼らは、再びクシャトルの中に入った。クシャトルは目覚めた。しかし、スタディンは、イフニ神に力を貸しているので、動けなかった。
「さて、君の名前は?」
「私の、名前?そんなのないよ。私は私。それだけだもの。名前なんて…」
「じゃあ、君をなんて呼べばいいのかな?」
「私、サラドール、イフニ・サラドール」
「そうか、いい名前だね」
ここにいる人達の中で、平然と受け止めていたのは、クシャトルだけだった。他の人は、既に気絶していた。
「さて、この紐を解いて、さっさとここから逃げないとな」
「でも、彼女は?」
「ああ、彼女なら心配ない。私が連れていく。それより心配なのは、彼だよ」
スタディンは、心身ともに消耗が激しかった。
「ここまでの彼にとってはしんどいスケジュール。休憩無しで、さまざまな事に呼ばれ、そして、こういう様だな。ここらで休憩を取るべきだな」
そして、イフニ神は、彼らの紐を切り、救出し、彼女と共に、出て行った。
「しかし、出て行ったのはいいが、どこに行こうか」
「考えていないんですか?」
「全くな、しょうがないから、ホテルに向かおう」
エアホテルに到着すると、すぐさま部屋に連れ込まれた。
「アダム君、どうしたの?」
クシャトルが聞いた。
「憲法会議は中止だ。全員叩き起こされて、午前5時から、重要発表があるらしい」
「重要発表?」
「ああ、それよりも、彼らは何者だい?それに、スタディンはどうしたんだ」
「話せば長くなるから、また、あとでね」
そして、午前5時、テレビの前で何十億と言う人が見ていた。
「これより、大統領演説が行われます。皆さん、謹んでお聞き下さい」
すそから第1師団師団長とWPI機関長官が出てきた。
「みなさん、私の言葉が聞こえているでしょうか?私の名前はキャサリン・サルミャンです。私は前の大統領が危険な状態と思われる行動を取ったので、いさめる必要があると思い、行動しました。私は新しい大統領です。これより最初の大統領令を公布します。大統領令第1条。現行憲法を廃止し、新たなる憲法を公布、即日施行します。第2条、国営放送以外の全ての放送局を無期限閉鎖します。第3条、現在施行されている法律はすべて改めて、新憲法体勢に改めます。それに関して、省庁も大幅に変更されます。現在施行されている各省庁設置法に記載されている省を基準として統廃合を考えています。現在は、兵部省、軍備庁、防衛関係教育施設に分かれている軍関連の省庁を統合し、軍部省にします。さらに、特別自治省の残りの省庁と総合環境産業省、総合関係省、宇宙関係総合省、放送関係特別省、議会運営省、司法特別省を統合し、自治省に。残りの省庁も、現時点では、外務省を除き、国務省に改組します。私は、この地位に長居をする事はないでしょう。最終的には、あなた方に政権をお返しします。しかし、その前にあなた方には辛苦を共にするでしょう。出来る限り軽減するつもりですが、うまく行かない可能性もあります。以上です。では、閣僚を紹介しましょう。副大統領兼内閣総理大臣兼国務大臣の、大杭並筒です。軍部省大臣兼副内閣総理大臣のアムレット・ファインです。自治省大臣兼外務省大臣のラファエル・サブリミルです。現在は以上で機能します。では、副大統領の大杭から発表です」
マイクの場所から1mぐらい離れた所にいた男性が一歩前に出た。
「どうも、副大統領兼内閣総理大臣兼国務大臣の大杭並筒です。自分は、副大統領令をここで公布します。副大統領令第1条、大臣に対して反逆を企てたものは国外追放、大統領に対しては即極刑に処す。第2条、大臣及び大統領の命令に対し、抵抗を示すものは国外追放とする。第3条、現時点で20歳以上の者は、徴兵令によって軍職につかなければならない。以上です」
そして、それぞれの閣僚の発言があった後、
「以上を以て、大統領演説を終了します。なお、憲法全文につきましては、国営放送のウェブページをご覧下さい」
テレビは消され、部屋で見ていたスタディン達は、顔を見合わせた。
「で、結局軍部独裁政権が誕生した、と。そう言う事だな」
「だって、全員軍人じゃん。当然でしょ?」
「そう言えば、君達の上官の蔚木師団長は、どうしたんだ?」
「ああ、アダム、その事なんだが、実は………」
クシャトルが事のいきさつを話した。最初ここに来た時、何故スタディンがぐったりしていて、別の青年がいたか。この少女は何者か、そして、自分達の身に何があったか。
「そうか、そんな事があったんだな。じゃあ、君達は、指導者の立場にいるんだな」
「結局の所、第2師団で助かった将軍クラスは自分達だけだからね。第8師団も第9師団も第10師団も。みんな捕まった。助けたいんだがな…」
「じゃあ、助ければいいじゃん。さっきの大統領、副大統領令の中には、捕まった人を助けるな、っていうのはなかったんだから」
「そうだな、でも、どこにいるか分からないのが問題だ」
「その問題なら、ちょっと待てば解決するよ」
「どういう事?」
「いいから、大体、8時ぐらいまで待ってみろって。それが終わったら、相談しよう」
午前7時半、伝令兵が来た。この人は、実は、アダムが軍中央部に入れたスパイであった。
「失礼します。拘禁者リスト、拘禁者名、拘禁場所、拘禁開始時刻が記載されています」
「ありがとう、礼金はいつもの口座に入れておくから」
「了解しました。では、失礼しました」
伝令兵は帰っていった。
「そか、この場所か。ここなら、自分でも知っているぞ」
「場所は?」
「第2師団、第8師団、第9師団、第10師団。全員、連邦議会議事堂だ。そこに捕まっている。武器類は、クーデターが発生してから、レジスタンス部隊がこのホテルには常駐している。彼らに一言言えば、恐らく武器と人員を貸してくれると思う」
実際にその部屋に行って、交渉してみた結果、兵を100人、それと、複数の武器を貸してくれた。
「これでいけるな」
「いや、まだだ」
突然、スタディンの口調が変わった。
「だれだ?」
「イフニ神、またですか」
「すまんな。彼の体の方が使い勝手が分かっているからな」
「え?イフニ神って、神様?なんで、こんなところに?」
「そんな話は後回しだ。今は、そなた達に武器を授けに来た」
「武器、ですか。どんな?」
「それよりも、そこの少年。このホテルに、魔法が使えるやつらはいないのか?」
「自分なら少し使えますが?」
「じゃあ、体を借りるぞ」
言うが早いか、その口調は、アダムの口調になった。そして、スタディンが意識を戻した時点で、話を続けた。
「さて、武器というのは、これだ」
イフニ神=アダムの手の中には、光り輝く剣があった。
「これは?」
「これは、「光輝剣」といって、イフニ神である、私の武器だ。君達も持ってもいいだろう。私の子孫に匹敵するのだからな。君達、二人の力を合わせて始めて完全な剣になる。一人ずつだと、剣の形にはなるが、光がずっと弱い。さあ、手を合わせなさい」
スタディンとクシャトルは、両手を重ねた。その上に、光輝剣を置き、呪文を唱えた。
「我が力、古代の精霊達よ。我が剣に宿りし精霊よ。今その力を分け与えよ。我が名の下に生まれし二人の子らに、我が剣の力、分け与えよ!」
ジワッと剣が体から浮き出てきた。その剣は、だんだん実体化をはじめ、最終的には、イフニ神が持っているのと同じくらいの輝きになった。
「この剣は、必要な時のみ出しなさい。他の時は、体の中に力をためておく事が出来る。がんばりなさい」
そして、イフニ神は去った。
「んあ、自分はどうしたんだ?」
アダムが目覚めた時、午前8時になった。
それから1週間がたち、正式に連邦政府が発足した。しかし、連邦制はなくなり、共和国制に移行したため、憲法の形態が激しく変更された。そして、大統領を中心とする中央政府のみが、絶対的な権力を持ち、中世の絶対王政を思い出すような事になった。その中で、エアホテルの中では、再びクーデターを起こし、元の政治形態に戻そうとする働きが起こっていた。さまざまな場所から旅行客に扮し、ホテルのスタディンの部屋と会議室に集まっていた。
「明日、正式な就任式があるそうだ。その時、暗殺する。そして、全員を逮捕して、政府を破壊する」
全員賛同した。就任式は翌日の正午だった。
第11章 再びクーデター
「これより、大統領就任演説及び就任式を始めます」
全宇宙にテレビ放送された。さまざまな噂が付きまとうのは大統領の宿命だろうか。それとも、無理に政権を奪取した事による妬みや中傷だろうか。それらを抱合して、大統領となったキャサリン・サルミャン元第1師団師団長は、周りの狙撃手について一切分からなかった。いや、逆にばれていたら危なかったのだ。スタディンは、反乱軍の一番下の階級だったので、訴追は免れたものの、第2、8〜10師団の全師団長は、大統領就任後、公開処刑に処せられる予定だった。
「Aチーム、配備完了。B〜Fチームも同様です」
「了解した。正午になり、大統領が就任演説を読みはじめた時、作戦開始だ。それの周知を徹底させろ」
「了解」
スタディンが率いるクーデター政府反乱軍は、100人のチームを本部に10人、残りは、A〜Fに、それぞれほぼ平等に、振り分けた。そして、正午の時報が鳴り響いた。
「正午です。正午です」
キャサリン新大統領は、発表する演説の紙を手にして、そのまま、演説台に登っていった。空は曇っており、これからの運命を予感させるようだった。演説台は、周りから数段上にあり、周囲からの攻撃を恐れてか、ボディーガードを何人も配置していた。紙を広げ、台の上に置き、そして、読みはじめた。
「このような、暑い日差しの下………」
「今だ!」
スタディンの指示の元、一気に軍が動いた。Aチームは、爆破工作だった。セットされた爆薬が、閣僚の足元で爆発した。辺りは煙に包まれた。その後、B〜Eチームが、中に進入し、演説台からキャサリン新大統領を引きずり降ろし、その後、人民法廷を開き、処罰する。スタディンが暫定大統領となり、クシャトルが補佐をする。そう言う手筈だった。そして、Fチームは、元大統領を救出し、暫定大統領のスタディンが大統領職を彼に渡すというものだった。ことは、全てうまく行った。ただ、ボディーガードがあまりにも強く、中に進入できなかった。本部にいたスタディンとクシャトルは、いても立ってもいられず、本部から飛び出し、現場に急いだ。
本部はエアホテルの会議室のひとつを借りていた。そして、現場は、数百mはなれていた。騒ぎまくっている一般人にすまないと思いながらも、中に進入して行くスタディンとクシャトル。そして、目標を見つけた。
「大統領!覚悟を!」
この事は、全宇宙に放映されており、今回のクーデターに懐疑派、否定派は、大喜びをした。だが、宇宙全体の秩序を大きく乱した事は間違いなく、スタディンとクシャトルは、軍から2ヶ月間の謹慎処分と言う罰をもらった。だが、その処分が下るのは、もう少し後の事。いまは、大統領を取り巻くボディーガードを、銃で倒し、最後となった大統領を逮捕するところだった。ちょうどそのところで、強い風が吹き、煙が流されていった。大統領は演説台の下で隠れており、それを台の上に出し、マイクに向かって叫んだ。
「キャサリン・サルミャン、お前を国家反逆罪及び違法人体実験共謀の容疑で逮捕する。そして、大杭並筒、お前を国家反逆罪共謀及び違法人体実験の主犯の容疑で逮捕する。現在空白となった大統領職には、自分が暫定的になる。安定されたら、元大統領にこの職を引き渡す」
とても堂々としていた。だが、彼は内心恐怖で一杯だった。さまざまな考えが脳裏をよぎっていった。だが、その不安も拍手によって掻き消された。
「万歳!万歳!」
万歳の声もビルによって反響していた。こうして、彼は、世界最年少記録をまたひとつ保持する事になった。
第12章 暫定大統領
暫定大統領となった事を全宇宙に宣言してからした事は、まず、彼の同僚や、国家反逆罪で処刑されそうになっていた師団長達を救出し、そして、キャサリン被疑者と大杭被疑者の公開裁判だった。完全公開とするので、人が際限なく入ってきていた。その数は、一般的な裁判所の想定を超えていた。なので、きゅうきょ、連邦議会議事堂を使い、連邦最高裁判所を設置した。そして、両者とも永久国外追放が決まり、即刻実行された。その後、国内外からの賛辞の言葉をうまくさばきながら、国内の治安回復もしていった。そうして、クーデターから、1週間で、正式な選挙によって選ばれたクーデター発生前の最後の大統領に、大統領職を渡した。
「この職は、あなたの物です。私の様なか弱い15歳の少年がするような職業ではない。お返しします」
そして、暫定大統領の職から解かれた。連邦最高裁判、軍法会議によって、キャサリン・サルミャンは懲戒解雇処分となった。その後、クーデターをしたとして、国家反逆罪に問われたイフニ兄妹は、最終的には国民の利益になったと言う理由で無罪となった。だが、軍法裁判所では軍の重大な規律違反が焦点となったため、二人とも2ヶ月の謹慎処分、3ヶ月間給与半額と言う処分が下された。そして、憲法問題は元々の憲法を使う事になり、解決した。長かった非常事態宣言は正式に解除され、戒厳令も解かれた。
第13章 長い間のブランク
「帰ってこれた…」
「長旅の疲れが出て、昨日は熟睡したもんね」
7月10日。憲法制定委員会は昨日をもって解散となり、スタディン達もその任を解かれた。今、ようやくもとの土地に帰ってこれたのだった。そらは、彼らを祝福するかのように晴れ晴れとしていた。雲もなく、とても澄んでいた。
「ただいま」
「あら、お帰りなさい。どうだった?暫定大統領さん」
「その呼び名はやめてくださいよ。由井さん」
「お、帰ってこれたか。そのまま追放処分にでもなるんじゃないかって思っていたがな。それはなかったか」
「そんな事ないですよ、達夫さん」
「しかし、あんな事になるなんてな。誰も予想していなかったからな。ほら、新聞」
見出しには、「内部崩壊を引き起こした軍事独裁政権!大統領の末路は国外追放」「暫定大統領は職を辞す。正式な大統領が復職」と、書かれていた。
「どれもこれも、このクーデター関連の話ばかりなんだね。そう言えば、瑛久郎達は?帰ってきたことを教えないと」
スタディンが周りを見渡す。
「彼らなら病院だよ」
達夫さんがスタディンに教える。
「君達がいない間にいろいろあったからね。なんといっても、彼らがクーデター後、襲われた事が、一番かな?」
スタディン達は、病院に行き、瑛久郎の所に行った。病室のドアを開けると、そこは、子供達であふれていた。なぜか、瑛久郎の手元にはそこがへこんでいる新品のフライパンがあった。ドアが開いた事に気がついた瑛久郎は、こちらに歩いてきた。
「お帰り、スタディン、クシャトル、アダム、イブ、それに、とっくりにしーちゃんも」
「何があったんだ?自分達がいない間に」
「ま、中に入れよ。いま、子供達が騒ぎまくっている原因になっていると思う事を話してあげるよ」
第14章 彼らのいない間
「え?戒厳令が布告されたって?外出禁止令は?」
「無期限のがついているよ。でも、食べ物も買わないと…」
「その点は大丈夫よ。なにせ、地下道でこの家々はつながっているの。それでお買い物とか出来るわ」
由井さんが説明をする。そして、由井さんが、冷蔵庫を開けると、食べ物がなくなっていた。そして、食器棚を見ると、フライパンに穴が開いていた。
「あら、食べ物と、フライパンが壊れてるわ」
「じゃあ、僕達買ってくるよ」
ルイと愛華がお金を持って、フライパンと食材を買いに地下に降りた。
地下は、一定の間隔で、明かりがあった。そして、上と同じように道が出来ており、さまざまな場所に行く事が出来た。しかし、その途中だった。買い物を終え、家に帰る途中、チンピラが、こっちに来た。
「おい、おめぇ、ええ女やのぅ。ちょっと、こっちにこいや」
「なぁ、ええやろぅ?」
「ちょっと、やめてよ!」
「やめろ!嫌がってるじゃないか!」
ルイが、チンピラと愛華の間に割って入った。そして、にらまれた。
「なんや、おまえ。こいつの、なんや」
「お前なんかに用はないんや。分かったら、はよのき。のかんと、痛い目あうで」
「や、やるんだったら、まず、自分からやれよ!」
ルイは、愛華を彼の後ろに送った。荷物を下に置いた。そして、フライパンを持った。
「くるなら、来い!」
「おもろいやんけ、やったろうやないか」
「痛い目見ても、わしら知らんで」
「とりゃー!」
その後は、フライパンで相手を殴ったり、殴られたりした。途中からは、止めようとした愛華も入った。そして、数分後、チンピラを撃退したはいいが、愛華が大怪我をおった。あまりにも遅くて心配した瑛久郎が来てくれた。
「おい、大丈夫か?」
その時、愛華は目が覚めた。ルイのひざの上で。
第15章 ようやくの冬休み
「後は、ご存知の通りさ。ほら」
ベットを遮っているカーテンを開けると、そこには、ルイと愛華がいた。愛華は規則正しく胸が動いていた。どうやら眠っているようだ。頭には包帯がまかれている。ルイはそばの椅子に座っていた。
「さてさて、どうしようかね」
スタディンが言葉をかけると、ルイはこちらを向いた。
「あ、お帰り。いつ戻ってきたの?」
「ついさっき。それで、ここにいるんだよ。愛華は大丈夫なのか?」
「ああ、異常は無いそうだ。今は、見ての通り眠っている」
「で、なんで、ここの子供達が騒いでいるんだ?」
「多分、この話をしたからだと思う」
新聞をスタディンに渡した。
「なんだ、これ」
「病院が発行している院内新聞だ。そこに、スタディンのことも書いてあって、その本人がここに来るだろうって話した途端に、こういう状態になってな」
「それは、ちゃんと来てから話せよ」
「あれ?スタディン?」
女性に連れられた少女がこちらを見ていた。その顔には、見覚えがあった。
「あ、前会った…名前、聞きそびれてた子。ここで、両足を骨折して入院していたんだよね」
「うん。クシャトルがここで、左手を折って入院していた時にあったんだね」
「おい、スタディン。この子と知り合いか?」
「まあな」
瑛久郎に指摘されて、少し焦っていたようだった。その時、少女の手を握っていた女性が、こちらに近づいて、お辞儀をした。
「どうも、私の娘がお世話になりました。入院中で、あまり慣れていない所だったと思います。そこで、暖かくお手を差し伸べさせていただいて…」
「いえいえ、助けてもらったのは、自分らも同じですので、おあいこですよ」
「沢井ちゃん、検査の時間だからね」
看護婦さんが、少女の名前を呼んだ。クシャトルが、彼女の頭をなでながら言った。
「いつでも、自分の家に遊びに来ればいいからね」
「うん!」
精一杯の笑顔をこちらに向けて、彼女はお母さんと共に検査に向かった。
「名前、沢井って言うんだね」
クシャトルが、独り言のように言う。
「そうだったんだな、家に来ると思う?」
スタディンがクシャトルに聞く。
「きっとね、来ると思うよ」
翌日、愛華は退院して、大統領の演説を聞いていた。
「だって、他に聞く事もする事もないんだもの。この季節だし、いろいろとあったから、結局、学校はそのまま冬休みになっちゃったから宿題もないし」
愛華はそう言って、大統領演説という面白くもないものを聞いていた。そして、この場で、正式に非常事態宣言の解除が閣議決定された事が発表された。
「やれやれ、これでようやく、外を歩けるんだな」
アダムが言った。その時、インターホンが鳴った。
「はいはい、どなたでしょうか?」
由井さんが玄関のドアを開ける。
「どなたでしょうか?」
「沢井、と言えば、スタディンに分かると思うよ」
子供の声がした。
「沢井…ああ、由井さん、入れてあげてください。自分の知り合いです」
「あらそう?でも、お友達も連れてきているけど…」
ぞろぞろと玄関で靴を脱いでくる。あの時、病院で一緒になった子達だった。
「ああ、君達か。ようやく来たんだな」
スタディンが振り向いた。そして、立ち上がり、子供達の所に行った。後ろから、沢井のお母さんも来ていた。それから、他の子供達の保護者の人達も。スタディンとクシャトルという、二人の超有名人を人目見ようとして来たのだった。そんな親の思惑とは裏腹に、子供達は、ただ、スタディン達に会いに来ただけだった。
「ねね、なんで、軍になんて入ろうと思ったの?」
「それはね、話せば長くなるんだ」
スタディン達が子供の世話に追われている時、後ろでは、テレビを見ていた。大統領の演説が終わったところだった。
「………以上で、大統領演説を終了します」
国営放送のアナウンサーが言った。
「なお、本日正午より、前クーデター政府大統領の提出した法案及び大統領令はすべて廃止されます。正午より、非常事態宣言の解除、無期限外出禁止令の解除、国営放送以外の放送局の閉鎖の解除、大統領至上命令の無力化などが、行われます」
そして、テレビは切られた。
「この時間帯って、後はお堅いニュースしかないのよね〜」
頭に痛々しい包帯を巻いている愛華が言った。後ろでは、親達が、いろいろと話し合っていた。だが、子供達は、そんな事を気にもかけず、スタディンとクシャトルの冒険談に耳を傾けていた。
時計が4時を知らせると同時に、親は立ち上がり、
「ではそろそろ、お暇させてもらいますわ」
「そうですか、またいらして下さいね」
「ええ、それはもちろん」
そして、親達は、子供達を連れて帰ろうとした。だが、子供達は、ぐずって、言う事を聞こうとしなかった。そこでスタディンは、みんなに言った。
「じゃあ、今日のお話はこれでおしまい。みんな、またここにいつでも来てもいいんだからね。それで、自分達がいたら、いつでも続きを話してあげる」
子供達は、キラキラした目をこちらに向けて、「本当?」と言った。
「ああ、本当だ。でも、自分達も忙しいからね。時々いないけど、泣いちゃだめだよ。ちゃんと、ここに帰ってくるからね」
「うん!」
そして、子供達は帰っていった。
6時になった時、夕食の時間となった。その時、スタディンの携帯にメールが届いた。
「あ、メールだ。えっと、「第3銀河行政長官より入電。革命の機運高まり、つきましては、兵をお送りいただきたい」でも、自分とクシャトルは、謹慎処分だから、出れないんだがな…」
すると、次に、クシャトルの携帯に電話が入った。
「今度は、私?はい、私ですが?……え?解除?はい、…ええ、…………分かりました。では、いつに…分かりました。では、本日午後8時に第2師団本部に伺います」
ため息をひとつついて、クシャトルは電話を切った。そして、みんなの方に向かって言った。
「やっぱり、軍は私達を必要としているみたいよ。だって、謹慎処分を停止にしてまで、私達に軍に来てもらいたいみたいだから」
「じゃあ、早い目にこの夕食を食べないといけないな」
今日の夕食は、久し振りに帰ってきた彼らのために、鶏の丸焼きや、サラダなどが出されていた。彼らは、それらを猛烈なスピードでしっかり味わいながらも食べ、そして、軍服に急いで着替え、勉強道具を引っつかみ、そして、夜の町へと出て行った。
第2師団本部についたのは、午後7時半だった。
「よし!30分前に到着だ」
本部のドアが開いていたので、中で待たせてもらう事にした。中は空調が効いていないようで、とても寒かった。
「外よりも寒いような気がする…」
「気のせいだろう。もうすぐ、他の人達も来るって」
その間に、スタディンはあるところにメールを送信した。
「どこに送っているの?」
「後で教えるよ。それよりも、なんでこの寒い部屋の中に、複数の人がいるんだろうね」
「え?本当?私、なんにも…」
感じないと言う言葉を言う前に、物陰から、黒い覆面をした人達が出てきた。
「なぜ、気づいた?完璧だったはずなのに」
「この世の中に、完璧を求めてはいけない。完璧な存在など、ありえないんだから。それよりも、なんで、自分達をここに呼んだかを教えてもらいたいね」
「それは、革命の機運が高まっているからだ」
その時、スタディンにメールが届いた。
「あ、さっきの返信かな?じゃあ、読み上げるぞ。「スタディン将補殿、先ほどいただきました第3銀河の革命の件ですが、そのような兆候は、一切なく、今後数十年間にわたって安寧な時代が続くものと思われます」さて、この事をどうやって説明できるかな?それと、君達は、何者かも教えてもらえたらうれしいね」
「その事がばれてしまったら仕方がない。我々は、「銀河正当化部隊」だ。聞いたことぐらいあるだろう?」
「いや、一切ない」
向こうのリーダーと思われる人が少し滑った。
「お前、若いくせして足腰弱いんだな」
「お前が下らんことを言うからだ。まあいい。我々の目的は、政府の愚か者達に我々の大義を見せつけるのである。お前達は、その大義のための崇高な殉教者なのだ。これはとても喜ばしい事だぞ」
「さてね。死ぬような事が喜ばしい事だとは思わないがね。なにせ、さっきから後ろの方で銃口をこちらに向けているぐらいだし、殉教って口ではきれいごと並べたとしても…そう言えば、お前が信仰している神って何だ?」
「何をいきなり」
「殉教と言うぐらいだから、信仰している神様がいるんだろう?それを教えて欲しいって言っているんだ」
「我々は、イフニ神を信奉している。神は我らの願いを必ず受け入れてくださるはずだ。さあ、分かったなら、お前らこの声明文を読め」
紙が前に出される。同時にテレビカメラが設置される。
「分かっていないのは、お前らのほうだ。自分の本名、何か知っていてこんな事をしているのか?」
「お前の本名…そもそも、お前はなんと言う名前かも知らん。適当に送ったメールと、電話番号しか知らん」
「じゃあ、教えておいたるよ」
スタディンとクシャトルは立ち上がり、手を重ねた。すると、体の奥から力がわき出てくるような気がした。それを練り上げ、まばゆい光の剣を作り上げてゆく。
「これは!」
相手側は、あまりの眩しさに、目を押さえている。
「これは、光輝剣と言う。イフニ神自身から送られたものだ。自分達の名前は、イフニ・スタディンとクシャトルだ。聞いたことはあるだろう。つい先日まで暫定大統領としていたからな。さらに、神そのものの力を受け継いでいる者でもある」
「神、そのものの力…」
「そうだ」
だんだん、スタディンの声が変わっていった。
「それに、私自身は、お前らのような信奉は受けたくもないし、受ける気も起きない。さっさと、この場から去れ。さもなくば、この光輝剣のサビにしてくれよう」
スタディンにイフニ神が乗り移ったのだ。それを見た相手は、「すみませんでした!」と言って逃げる者もいれば、「こんなものは幻だ、幻想に過ぎん。切れるものなら切ってみろ!」と言う者もいた。そして、逃げるものが逃げた後、イフニ神が言った。
「残ったものに最後に言う。本当に逃げないんだな」
テレビカメラのスイッチが入る音がした。
「ああ、お前らが神のわけがない。神はもっと崇高なものだ。その声だって声色を変えればすぐに出せるのだろう」
イフニ神は、ため息をつき、言った。
「ならば仕方がない。クシャトルよ、扱えぬようなら、私に言うがいい」
「分かりました」
「では!」
バッと駆けて行く。通り抜けた道には、一陣の風がまき起こり、その風に飲み込まれた者は、存在自体がなかった事になった。そして、最後の者になった。
「最後通牒としよう。これでもなお、私を神と認めないか?」
ビデオを撮影していないビデオカメラが回り続けていた。
「ああ、お前は神ではない」
「ならば仕方がない。サイン神の懐で、新たな命を吹き込まれよ」
一瞬で体を貫かれた。恐らくこの人には、何が起きたか一切理解できないまま、サイン神の元に行くのであろう。
「さて、これで、私の役目は終わったようだな。おぬし達は、早々にこの場から立ち去るべきだな、まもなく警察が来るだろう」
「分かりました。ありがとうございました」
クシャトルが頭を下げた。
「うむ」
そして、気を失ったスタディンの体を受け止めた。
「おおっと」
少し重かった。目を覚ましたのは直後だった。
「あ、またイフニ神が勝手に自分の体を使ったな」
「でも、そのおかげで助かったんだよ」
「…確かにな。で、逃げようか」
「その方がいいみたいね」
彼らは、ビデオテープを抜き取り、速やかにそのばから立ち去った。
警察が来たのは、それから18分経ってからだった。訳の分からないやつらが訳の分からない事を喚き散らしていたので、仕方がなく、警官が2名、派遣されたのだった。だが、彼らはぶつぶつ文句をたれ、部屋に入った途端に、なぞの剣で挿された服がそこかしこに落ちており、ビデオが抜き取られたビデオカメラが落ちており、3脚は、なぜが滅多切りにあっていた。しかし、不思議な事に、他の物、例えば、備品や、看板などは、一切、傷を受けていないのであった。警察は、この事件を、「魔力の暴走による違法実験の反動」として、そのまま放置した。遺留品については、警察が預かり、一定期間が過ぎた後、しかるべき方法によって廃棄処分にされた。
その事から、1週間が経ったある日、学校側が、2学期をはじめると言った。
「やれやれ、これで、ようやく学校に戻れるのか」
恐らく、全校生徒の中には、このまま学校がなくなればいいと考えている者もいるだろうが、それはないと思いたかった。
校長先生の眠くなるような声を聞きながら、始業式は終わった。これから、再び学生家業が始まる。