第1編第3部
第5章 文化祭 その前後
「さて、今回の文化祭のテーマは、「友情」です。みなさん、がんばってください」
全校朝礼の場で、生徒会会長の、佳苗莉子が言った。
「では、早速、1年生に対して、文化祭のことについて説明します。本校の文化祭は、生徒会が企画、運営など、全ての業務をする事になります。そして、それぞれのクラスが、模擬店、ステージ発表、合唱、展示のどれかひとつをします。模擬店の場合は、作る料理と、店の名前、人数、それと名簿を生徒会に提出した上で、検便をして、衛生に気を付けること。ステージ発表の場合は、内容、使用する道具、人数、名簿を生徒会に提出する事。時間は、30分以内です。合唱の場合は、曲名と人数、名簿を生徒会に提出する事。ただし、制限時間はなく、曲は3曲までです。展示の場合は、使用場所、ただし教室、渡り廊下、中庭、校門のどれかを選択する事。それと、使用する道具、人数、名簿と作品名を生徒会に提出する事。作業場所は、あとで指示します。道具は、基本的に持ち込みですが、電動のこぎり、ガスコンロなど、危ないと判断した物は、生徒会が貸し出します。そして、5時半まで貸し出しますが、それを過ぎたら、翌日は貸し出し出来ません。では、みなさんで、楽しい文化祭にしましょう。以上です。それと、各クラスの委員長と副委員長は、伝えたい事があるので、このあと前に集まってください。では、解散してください」
がたがたと、生徒集会に出ていた人たちが体育館から自分たちの教室へと戻っていった。
そして、この日のLHRに、文化祭についてと、生徒会執行部役員選挙についての話があった。
ここで、この学校について少し説明したいと思う。この学校は、生徒会、教職員会、文化部会、運動部会と、軍部会の5つの部門に大きく分かれている。このうち、軍部会は、軍属なら強制的に加入される、文化部会は、文化部に属する生徒が会員になる、運動部会は、運動部に属する生徒が会員になる。文化部と運動部について、どちらになるかは、それぞれの部員が決める。ただし、基本的に、体育でするものは運動部、それ以外は文化部という大きなわけ方がある。教職員会は、その名の通り、教員、職員の全員で構成され、基本的な事項はここで決定される。ただ、教職員会で、決定できないものや、生徒提案については、生徒会の出番となる。生徒会は、教職員会会長、文化部会会長、運動部会会長、軍部会会長、会計長、会計次長、書記長、書記次長、生徒会会長、生徒会副会長の、計10人によって構成されている。ただ、教職員会会長は校長になり、そのほかは、年4回ある定例生徒総会の、最も早い春の時に、選挙が行われる。立候補者は、手続きのあと、一定期間の選挙戦に入る。そして、選挙の日に、即日開票される。こうして決まった新生徒会執行部は、2学期中に2回行われる定例生徒総会のどちらかの時に、交代される。この伝統は、この高校が出来た300年前から連綿と続いてきたものであった。
「という事で、生徒会執行部に立候補する人は、この1週間中に、生徒会室にまで、手続きをしに行ってください。それと、来週までに、文化祭の時、何をするかどうかを決めないといけないんだけど…」
LHRの、最後の方になって、1年1組委員長の東南有子が、言った。
「文化祭?確かテーマは「友情」だったよな。という事は、友情系の彫刻でも作れば?」
この意見は、美術部所属の九対九太郎が出したものだった。
「お前、ちゃんとできるのか?なんかいろいろとうわさが出ているぞ。この前だって、なんか、作品を作るのを忘れていたとか聞いたしな」
この話を大声でクラス中に響き渡らせたのは、宇川章吉だった。
「そんな事ないって、ちゃんと作品提出には間に合ってるから」
同じ美術部仲間である、諏訪来瑛と、さっちゃんこと沢口早苗が同時に言った。
「なんだか、二人仲がいいな。それより、二人とも同じ部活だったんやな。知らんかったよ」
野志別甘苦楼が言った。
「それよりも、本題に戻ろう。文化祭に何をするかだけど…」
委員長が言った。
「友情に関係するステージ発表とかしない?」
かっちゃんこと館沢花音がいった。
「だったら、映研部と美部の人たちに協力を仰ごうよ」
媛洲歓喜がいった。ちなみに、映研部は映画研究部、美部は美術部の略である。念のため。
「この中で、映研部か美部の人たちって誰なの?」
委員長が言った。
「美部の人たちは、キュー太郎と、さっちゃんと、来瑛だけだったはずだよ。このクラスには」
いったのは、特部、即ち特別部に所属する、成和也好だった。
「じゃあ、映研部の人たちは?」
「康ちゃんと、あたしだけだよ」
あたしといったのは、弧川利恵子だった。
「じゃあ、台本を書くのは、映研部の人たちで、後ろの絵を書くのは、美部の人達でいいね」
委員長が、まとめようとした。
「3人だけじゃ、かけないと思うから、写部の人たちも援助して欲しいんだけど」
写部、つまり、写真部の人達は、このクラスに、3人いた。守宮美弥子、焼森乾、それと、正ちゃんだった。
「運ぶのは、野部と柔部の人たちでいいね。でも、どこから運ぶの?」
野部は野球部、柔部は柔道部の略である。そして、このクラスにいる野部は、兼好国重、それと、委員長と加奈であった。
「まあ、大丈夫でしょう」
委員長がいった。
「台本が書けたら、プリントするよ」
いったのは、コン部、コンピューター部の略の人たちであった。つまり、勤背加古、蛍池香子、それと、菊川憲太であった。
「ありがとう、では、どんな感じのステージ発表にするかを、明日までに考えてください。では、これで、今日のLHRは終了です。先生からは?」
「別にないから」
「では、これで解散です。みなさん、ここ最近、不審者が出ているそうです。気を付けてください」
みんな、元気良く挨拶してから、教室から出て行った。
「今日は快晴、絶好の観測日和だな」
言ったのは、天部、天文部、の、とっくりと、しーちゃんであった。
「とりあえずは、望遠鏡の所に行くか」
この校舎の、C棟、最上階の体育館側と反対側に、銀色をした半球状のものがある。これが、この学校の誇る最新式天体望遠鏡で、反射式の望遠鏡で、この第3惑星上にある高校のうちこのような望遠鏡があるのは、ごくごくわずかであった。
いつものように、望遠鏡がある所に行くと、いつもは閉まっている扉が開いていた。
「あれ?もう誰か来たのかな?」
はいっていくと、電気がともされていて、誰かがいた。
「そこにいるのは誰だ?」
人影は、こちらを向いた。
「私だよ」
その声には聞き覚えがあった。
「ああ、なんだ。佐和子か、驚かすなよな」
「まあ、最初に来たのが私だったから、ここで、準備していたんだけどね」
「今日は何を見るつもりだい?」
「メシエの天体カタログについてでも、見ようかなって思っているわ。あなたもどう?」
「いいね、それ。でも、メシエの天体カタログって、何?」
「ああ、ごめんね。昔、メシエと言う人がいて、その人は、最初は、彗星の研究をしていたの。でも、彗星以外の物も見つけて、邪魔になってきたから、それらの番号を付けていったの。それが、メシエの天体カタログと言われるものになっているの」
夜が来た。もう、学校には誰も残っていない。ただし、天部の人達は別である。彼らは、夜が部活動の基本時間帯になる。
「じゃあ、今日は、先輩達どころか、私たちしかいないから、ゆっくりと見ましょうか」
「外気温、15度。内気温、19度。天気、快晴。風向、南南西。風速、微弱。完璧ですね。雲ひとつない夜空。周りには明かりがほとんどない」
「では、観測を開始する」
半球状をしたドームがゆっくりと開きだす。
「いつみても、感動するなぁ」
「人類が生み出したものの中で、最高のものだと私は思っているよ」
扉は開かれた。
「では、望遠鏡を、まずは、黄道12星座でも見ましょう。それから、見る事にしましょう」
ドームと望遠鏡が、ゆっくりと回りはじめる。この町には、この学校以上に高い建物は、市役所ぐらいしかなく、それもまた、この学校より3?以上離れていた。
このような楽しい時間はあっという間に過ぎてゆく。
「12時です。12時です。第1シフトの人は、仕事の時間です」
どこからともなく、放送が聞こえてきた。
「ああ、もうこんな時間?結局、ろうちゃんと助さんは来なかったか…」
「そうだね。そろそろ帰らないと…」
「では、今日はこれまで。かいさーん」
そうは言っても、今日来たのは、たったの3人。そして、全員同じクラスだったのだ。
「先に帰るね」
とっくりがいった。
「ああ、分かった。じゃあ、私が最後閉めとくね」
こうして、彼らは、帰っていった。彼らが帰ったのが、午前12時半。そして、午前1時になって、この高校には誰もいなくなった。
「おはよ〜」
教室に入っていくと、スタディン達が何かを話していた。
「どうしたの?」
徳鋭が聞く。
「とっくりか、昨日何時ぐらいに帰った?」
「12時半ぐらいだったけど、どうしたの?」
「昨日、この学校に誰かが侵入したらしくて、警報装置が鳴ったのがだいたい、午前3時。そのときにはもう帰っていたんだな」
「そうだ」
「でもね」
清水が顔をのぞかせた。
「でもね、佐和子は、私達よりも遅くに帰ったはずだよ」
「どうして?」
「だって、だって、鍵を閉めたのは、佐和子だもの」
「そうか、それで、佐和子はどこだ?彼女にも聞かないといけないな」
「誰か私を呼んだか?」
徳鋭の後ろから出てきた。
「ああ、そこにいたか。昨日、何時ぐらいに学校を出た?」
「昨日か?昨日はな、午前1時前には出て、そのまま家に行ったな」
「そうか、それならいいんだ」
「どうしたんだ?なにかあったんだな」
「何にも聞いてないのか?」
「ああ、だからこんな質問をしている」
「今日午前3時ごろに、この学校の警報装置が鳴ったんだ。誰かが侵入したみたいで」
「で、出て行った形跡は?」
「なかったら、今頃家にいるって。警察の人たちに聞いたら、もう、学校にはいないだろうって」
「そうか…」
「どうしたの?佐和子。なんか、遠くを見ているけど」
「いや、なんか、そんな気がしないだけだ…」
先生が入ってきて、この話はそれまでとなった。
そして、3時間目の途中、再び警報装置が作動した。スタディンはそのとき、先生に頼まれて職員室に、プリントを取りに行っていた。スタディンは、慌てて、職員室に走っていった。
「どうしたんですか!」
職員室のドアを開け、中にいた人と目が合った。黒い頭巾、黒い服、少しだけスタディンよりも身長が高いだろうか。完全に顔を隠し、声すら変えているようだった。
「動くな!動いたら、命はないぞ!」
短刀を突きつけてきた。
「やってみろや。もう、命なんざぁ惜しくはない」
スタディンはその姿を見て言い切った。手には銃が握られていた。
「どうせはったりだろ?なあ、ひとつ勝負しようや」
相手の方から勝負を挑んできた。
「どんな勝負だよ」
「簡単だ。ここに缶がある。この缶を多く落とした方が勝ちだ」
「もし、お前が勝ったら?」
「お前の命をもらう」
平然と言った。さすがに、こんな事をする人だ。何も感じていないのだろう。おそらく、人の命を紙くずのようにしか感じていないに違いない。
「じゃあ、おれが勝ったら、お前を裁判にかける」
そのとき、先生が息を切らせて入ってきた。
「スタディン君。いったい何を?」
しかし、スタディンは何も言わずに銃の準備をした。そして、言った。
「じゃあ、おれからだな」
相手の事などお構い無しに、黒頭巾の男が銃を撃ち始めた。先生達は耳をふさいでいるが、スタディンはそんな事をしなかった。パン、カン。撃ってからすぐに缶に当たる音がした。しかし、何発か外しているようでもあった。そして、弾が切れた。
「それでおしまいだ。次は自分の番だ」
スタディンは2丁の銃を使い、相手の邪魔が入らないようにした。パーン、カン。少し伸びた音がした直後、缶に当たった音がした。そして、一発も外す事なく弾切れとなった。
「さて、この勝負。自分の勝ちみたいだな。先生。警察に電話してください。ただ、この事を伝えないで下さい」
「どうしてだ?」
「学校内で発砲したとなれば、必ずもめる事になりますから」
「くっそ〜、こうなったら、死んでやるー!」
右ポケットから取り出した、小さな銃を右側頭部につきつけ、次の瞬間には、職員室の天井に血しぶきが飛び散っていた。スタディンは、目の前が真っ暗になったような気がした。
「なんで…なんで…死ぬ事なんてなかったのに…」
自我忘失としているスタディンをおいて、ただ、時間は刻一刻と過ぎていっていた。
そのとき、アダム達は、校庭に集合していた。
「スタディン、大丈夫かな…」
「大丈夫だろ。彼なら」
「俊ちゃんか…そうだよな」
アダムの横には、俊ちゃんこと年台俊三がいた。
「占って見たら、ちょっと、悪い事が起こるだけで、あんまりこれからには関係無いみたいだから」
「ああ、そうか、俊ちゃんは占部だったな…」
「そう」
その瞬間、銃声が轟いた。校庭に集まっていた生徒に衝撃が走った。続けざまに何発も。
「どうしたんだ?いったい…」
先生は、みんなを抑えようと苦心していた。そして、先生がみんなを落ち着かせたとき、再び何発か撃つ音が聞こえた。
「やっぱりなんかあったんだな」
アダムは行こうとした。しかし、誰かに止められた。
「いっちゃ、駄目」
「なんで?」
しーちゃんがいた。アダムの服の袖口をしっかりとつかんでいた。
「いまは、いっちゃ、駄目」
「ごめんな。アダム。こいつにはなんか不思議な力があるみたいで、どうやら、近未来の予知らしいんだが…」
「どれくらいの未来なんだ?」
「だいたい、1時間〜3時間ぐらい」
「けっこう近いな…で、精度は?」
「ほぼ、100%」
とっくりは、言った。
「でも、ごくごくまれに外れる事もある」
そして、アダムは、袖口をつかまれたまま、立ち尽くしていた。周りの事は、ただ、漫然と頭に中に入ってきていた。
それから、すぐに、たった、一発だけ銃声が聞こえた。
「何が起こっているんだ?どうしたんだ?いったい」
「職員室に行って、スタディン君はそこにいる」
しーちゃんは袖口を握っていた手を離した。そして、彼女は言った。
「行ってあげて、彼はそこで悲しんでいる。誰かが横にいてあげないといけない」
「なんで、自分なんだ?」
「ちょうど、あなたが適任だと思ったから。早く、彼は悲しんでいる」
表情が読めない顔をしていた。
「分かった」
アダムは、先生にうそをついて、職員室に行った。
「スタディン!」
アダムは、スタディンを見つけた。職員室の前の廊下に一人、たった一人で椅子に座って、天井をぼんやりと見ていた。その手には、銃が握られていた。ぼんやりとした表情で、こっちを見た。
「アダムか…中を見たか?」
「いや、まだだが」
アダムは、スタディンに近づいて行った。
「そうか…あれは見ないほうがいい。中は…」
突然、スタディンは泣き出した。
「中には…あの銃声を聞いたか?あの銃声を出した本人が冷たくなっている…」
後ろにはいつ来たのか、クシャトルや、他の人達がいた。スタディンは、ずっとうつむいて、そして、涙を流していた。
「自分は、出来ると思ったんだ…だから…だから、やってみた…でも、こんな結果になるなんて…」
アダムは、スタディンの肩を静かに叩いた。ちょうど、横に椅子がおいてあったので、それを引き寄せ、スタディンの横に座った。反対側には、クシャトル達がいた。
「大丈夫だって、人は必ず間違いを犯す生き物なんだから。それが当然なんだ。それに、いつ死ぬのか分からないし、次の瞬間に死んだってそんなものは分からない。それが、自分たち、人間なんだよ」
クシャトルが、スタディンの前に立ち、
「アダムの言うとおりだよ。何が起こるか分からないからこそ、人生は楽しいんだよ」
そのとき、外から、サイレンの音が聞こえてきた。
「大丈夫ですか?」
警察の人が、スタディンに事情を聞いていた。しかし、スタディンは、何も覚えていないと言っていた。この話を聞いた生徒の保護者の人たちが、彼らを迎えに来ていた。関係ない人達は、すぐに帰るように言われた。アダム達は、その事を部屋の外で見ていた。
「明日は、休校だそうだ。こんな、文化祭前で忙しい時にな」
「しょうがないよ、こんな事件が起こったんだからね」
ちょうど、横にいたクシャトルが言った。
「でも、少し不思議だね。あんなに一番近くにいたのに、何も憶えてないなんて…」
「頭が受け付けないんだ」
いつの間に来たのか、達夫さんが後ろにいた。
「どういう事です?頭が受け付けないって」
「例えば、今回の場合は、自分が直接的な原因じゃなくても、彼の場合、自責の念が強すぎるんだ。そして、その事が、脳自体に強い負荷となって、襲いかかる。そうしたら、この事を封印しようとする。まあ、一種の自己防衛本能だな」
「そんな事があるんですね…」
部屋の中はすりガラスによってさえぎられていた。その中を見透かすかのような目をして、アダムは見ていた。
10分ぐらいたってから、校長室の中から憔悴しきった顔でスタディンが出てきた。
「失礼しました…」
ドアを閉めたが、完全には閉まらなかった。
「大丈夫か?」
「まあ、なんとかな」
どうにか、声として発音が出来る程度だった。
「軍の方はどうなの?」
クシャトルが聞いた。
「とりあえず、何にもいわない事にしたらしい。裁判にもかけないって」
スタディンは、クシャトルとアダムに支えられ、学校の外に出て行った。
正門のところには既にたくさんのマスコミ関係の人たちが集まっていたようなので、裏門から出て行った。
「とりあえず、明日は休校だって」
「しょうがないだろうな。それに、こんな事件は、久し振りに起こった。こんなに大騒ぎするのも当然だろうな」
ふと見ると、一台の車が止まっていた。
「ああ、やっと来た!?」
「スタディン!」
車の中からは、イブと由井さんが出てきた。
「こんな事件が起きたって言うのを聞いて、すぐに来たの。今日は偶然にも、イブは風邪を引いて休んでいたし…」
「とりあえず、家に向かってくれませんか?それから、話しますので」
「分かったわ。じゃあ、とりあえず車に乗って」
車に乗り込み、涙のような水を滴らせながら、車は静かに走って行った。
家につく頃には事件のおおよそを話していた。
「そう…辛かったでしょうね。でも、人と言うのは、こんな事でくじけちゃだめ。まだまだ、たくさんの辛い事や、悲しい事が待ちうけているからね。こんな事でくじけちゃ、将来が危ういよ」
由井さんは、諭すような口調で言った。家に着くと、家の前に、あの人がいた。
「パッチさん…」
「スタディン君か。大変な事になったな」
「彼は、哲学者であると同時に、心理学者でもあるの。だから…ね」
「とりあえず、丘に向かおうか」
スタディンは、パッチさんと共に丘に向かって歩き始めた。他の人達は、家の中に入っていった。
丘に着くと、パッチさんが話し始めた。
「シンクロニシティ仮説、と言うのを知っているか?」
「なんか関係あるんですか?」
スタディンは上の空になって聞いていた。
「もう一人の自分がいると言う事なんだがな。それはな、同じ人生を歩んでいる人が何人いてもおかしくないという事なんだ。そして、そこから考えると、君の今のような経験はたくさんの人がしている事になる」
「だから、どうしたんですか?それが、今回の件とどう関係しているんですか?」
「まあ、いいから聞け。ここから導き出せる結論と言うのは、君のような経験をしている人はたくさんいて、こんな長い歴史の中では、何の意味も成さないと言う事なんだ」
「しかし、パッチよ。カオス理論と言うのもあるが?」
丘をこっちに向かって上がってくるのは、フルだった。
「それもあるが、今回論じているのは、シンクロニシティ仮説だ。まあ、まだ仮説だがな」
「それはそうと、スタディン君は、大変だったな。まあ、とりあえずは、ゆっくりと療養したまえ」
「言われなくても、しますよ」
「とりあえずは、明日休校らしいな。それに、いま、ネット上ではこの犯人の声明が流れているらしいぞ。見にいったらどうだ?」
スタディンは携帯を取り出し、ネットにつないだ。
ネットにつなぐと、自動的に、外界から遮断され、全方位に対し画面が張られる。ただし、この画面は仮想上の物でありなおかつ周りの人からは見る事が出来ない。だから、使う時には、普通はタッチパッドのようにして使うが、スタディンは、口伝で、情報端末につなぎはじめた。
数秒後には、既に全ての物を見ていた。
「そうか、そうだったのか」
その情報にはこのように書かれていた。
「信頼できる情報。「我ら、聖戦部隊「東京清掃部隊」は、イフニ・スタディン将補について、これより、聖戦を開始する。なぜならば、我らの崇高なる目的を妨害し、なおかつ、先のホテル占拠事件において、我らの重要人物を捕獲され、我らは、みな悲しんでいる。その者の奪還と、イフニ・スタディン将補自身の殺害を目的とし、それ以外はない。我らは、それらを望んでいる」」
スタディンは、携帯をたたんだ。そのとたんに周りから画面が消えた。
「どうだった?」
「自分を殺す、と」
「そうか、やはりそのような内容になったか」
「これからはどうするつもりなんだ?」
「なにも、私を殺すと、そう言っている以上、私は逃げも隠れもしません。そして、相手が来たら、それをただ、倒すのみ」
逆に開き直ったかのような表情で、スタディンは話しだした。
「しかしだ。君が死んでしまえば、たしかに彼らは喜ぶかも知れない。しかし、君が死ぬというたった一つの行為で、この世界は激変してしまう事も忘れないように」
「そう。この世は変化でみちあふれている。何かたったひとつで、世界は大きく変わってしまうのだ。まるで、蝶が羽ばたき、次の瞬間には、遥か遠い所で暴風が吹き荒れるような…世界にはそんな不条理に満ちている。なぜ、そのような事が出てきたのだろうか」
「それは、神がそう定めたからだ」
宗教の話になりそうだったので、スタディンは、一言礼を言ってから、丘を駆け足で降りた。この情報を聞いてから、ただ、ひたすらに、心臓の鼓動が頭の横で聞こえているのであった。
息切れもせずに、スタディンは、家に帰ってこれた。
「ただいま…」
「ああ、おかえりなさい。スタディン、聞いた?声明を」
由井さんが息を切って走ってきた。
「ああ、もう聞いてます。信頼できる情報源より、自分を殺すと、そう書かれていたそうですね」
「その通りだよ。どうするの?軍の方に匿ってもらうのもひとつだと思うけど…」
クシャトルが、心配そうにこちらを向いていた。アダム達も、こちらを見ていた。
「自分は、逃げも、隠れも、しません」
一言一言をしっかり聞かせるように、スタディンは、はっきりとした口調で、胸を張って言った。
「そうですか…まるで、あなたのお父さんみたいね」
「え?父を知っているのですか?」
「私たちの仲人をしてもらったの。それからの付き合いで、この家を借りられたのも、そのおかげなの」
ほほを赤らめながら、由井さんは話した。
「ただ、もうすぐ文化祭だし、スタディンがいないと困るし…」
そのとき、インターホンがなった。スタディンは、びくっと、体を震わせた。声でそう言っていても、体の方は、そうではないとはっきり物語っていた。
「どうもこんにちは。遊びに来ましたよ〜。いや〜、スタディン君、大変な事になったねぇ〜」
「ああ、お久しぶりです。磯柿丙洋陸軍少将殿。お変わり無い様で何よりですよ」
中年になりつつあり、陸軍少将の地位にまで登りつめてきた、磯柿丙洋少将がいた。ちょうど、家は、清見町中央公民館の横にあるマンションにあった。
「で、何のご用ですか?何もないのなら…」
「いやいや、あんな事件が起こった後だ。私の方も心配になってしまう。それに、君の身の上も案じる必要があるんだ。なにせ、この連邦発足以来の最速昇進だからね。それでだ、君には、とりあえずの措置として、護衛をつける事にしたんだ」
「護衛って誰ですか?」
「ああ、安心したまえ。いま、外で待たせてある。ちょっと待っときたまえ」
丙洋さんは、外に出て行った。ちょっとしてから、帰ってきた。
「という事で、こいつらが君の護衛に付く事になった。まあ、同じクラスだから、大丈夫だろう?」
豪快な笑い声だけを残して、丙洋さんは出て行った。
「えと…」
気まずい雰囲気がこの場を占めた。
「とりあえず、よろしく…」
スタディンは、タハハと、軽い苦笑いをして、握手をしようと、手を出した。
「同じクラスだから?こんなふうに固まるのは良そうよ」
「そうだね。やめておいたほうがいいよね」
突然の声に、この場の緊張の糸はぷつっと切れた。
「おっはよ〜。あ、おはようでもないか。まあ、細かいのは気にしないよね?」
「なんで、いるの?」
クシャトルが、反応した。それも当然だろう。護衛にはいっているのは、計4人。そのうち、女子は2人だった。
「まあ、いいか。とりあえず、こんなふうに護衛が得られるほど、自分の地位も高くなっているんだろうな」
「そう考えたか…いやはや、私には、気づかなかった事だな」
「とりあえず、明日、午前7時45分に、この家の前で集合。スタディンとクシャトル達は、私達が、中に入るまで、そのまま家にいて。それでは、解散」
わーっと、帰っていった。
「さっきのは、なんだったんだろうな」
「とりあえず、明日になったら分かるんじゃない?」
「そうだね。それよりも、この腕、早く取れないかな〜…」
「まあ、しょうがないだろう?あと、2週間弱、我慢しろよ」
「…まあ、しょうがないかな?」
そして、見事に、2週間がたった。
「文化祭まで、あと、少しだね」
「少しといったって、まだ、2週間もあるけどね」
アダム達が家から出てきた。それを見つけた彼らは、スタディンとクシャトルがいない事に気づいた。
「あれ?スタディンは?」
「ああ、今日は、クシャトルの付き添いで、病院に行く事になっている。なんか、1日がかりになるそうだ」
「ふーん。まあ、それじゃあ、しょうがないか」
「でも、このときに攻撃されたら、護衛の私たちの意味がなくなるんじゃない?」
みんな、はっとしたような顔になった。
「とりあえず、みんなのうち、誰かが、病院に護衛をしに行くと言う事になる」
「自分が行くよ」
「ああ、きみ、護衛の役じゃなかったはずだけど?」
とっくりが、立っていた。無論服の中にはしーちゃんがいた。しかし、彼女は寝ているようだった。
「いいよ。これでも一応、軍属の身だからね」
「どうする?この場の最高責任者は、最も位が高い大佐である、康ちゃんになるけど」
少しだけ悩み、こう言った。
「先生の方には、自分から言っておく」
「分かった。ありがとう」
そして、とっくりは、家の中に入って、他の人たちは、そのまま学校に向かった。
家の中に入ったとっくりは、スタディンを見つけた。
「ああ、スタディン」
「あれ?とっくりじゃんか。どうしたの?君は、護衛官じゃなかったはずだけど」
「責任者から許可を得てね。自分もちょっと今日病院に行くつもりだったから…」
「ふーん」
そのとき、階段の上から、バタバタと降りてくる声が聞こえた。
「おにーちゃーん。いまなんじー?」
階段の上から、寝巻き姿のクシャトルが顔を覗かせた。
「きょっ!」
とっくりの姿を見つけて、すぐに上に戻っていった。
「自分は、何も見てないな」
「ああ、そうだな」
さらりと流した。
「そういえば、これから病院に行く事になっているらしいな」
「ああ、そうなんだ。クシャトルの経過診断に行くんだ。…もしかして、護衛だけで来ているのか?」
「いいや、今日は、偶然にも、自分たちも経過診断の日になっているんだ」
「なんの?」
「脊柱診断だ。こんなに体が大きいと、いろいろと負荷がかかるみたいでね。それを調べに2ヶ月に1回いっている」
「なるほど」
そうこうしているうちに、ちゃんと着替えてクシャトルが降りてきた。
「何で急に家に来るの?」
「いや、こっちにもいろいろとあってね…」
「用意できた?あら?あなたは?」
由井さんが1階の奥から出てきた。
「ああ、すいません。彼らの護衛を勤めさせていただきます、嘉永徳鋭といいます。とっくりと呼んでください。こっちは…」
服の中から顔を出した、しーちゃんが自分で言った。
「私は、清水。よろしくお願いします」
「ああ、分かりました。では、あなた達も病院に行くんですね」
「はい。それに、自分たちも、病院に用があったので」
「分かったわ。じゃあ、車に乗って。近くにとめてあるから」
家には誰もいなくなった。ただ、一匹、コロが、家の庭にいただけであった。
車に乗り込むと、すぐに発車した。
「そういえば、こんなうわさ聞いてる?」
「どんな噂でしょうか」
「軍の一部の部隊が、反乱を起こそうとしているって言う噂よ。前にもあった、第3次世界大戦みたいな事になるのかもしれないっていう…」
「うわさじゃありませんか?」
急に、とっくりの言葉が棒読みになった。そして、額には汗がうっすらと浮き出ている。スタディンは、それを見たが、気にしなかった。
病院に着き、由井さんはそのまま帰り、スタディン達は、病院の中に入っていった。
「じゃあ、今日もこの病室に泊まってください。それと、徳鋭君と清水ちゃんは、別の病室の方がこっちとしてはいいんだけど…」
「しかし、私には、彼らを護衛すると言う任務も同時に帯びていますので」
「なら仕方がないわね。この部屋の前に椅子を用意しておくわ。そこに座ってくれる?」
「分かりました」
受付で、こんなやり取りがされた。
そして、検査は1時間ぐらいで終わったが、結果が出るのに、半日以上かかるらしい。そして、病室に行くと、
「あれ?帰ってきたの?」
「君達は…そうか、ここは、同じ病室なんだ」
「スタディン、帰ってきてくれたんだね」
女の子に抱きつかれた。両足をつっていた子と同じ顔をしていたから、恐らくは、同じ人であるだろう。
「じゃあさ、前の話の続きをしてくれる?あの、惑星を渡り歩いた話」
「ああ、いいとも。ついでだ。とっくりも聞いて行けば?」
「そうだね。便乗させてもらおうかな?」
「そういえばね。私たち、みんな、明日退院するの」
さっきスタディンに抱きついた女の子がベッドに戻りながら言った。
「それはよかった。それに、もう包帯をまいているだけなんだね」
「そうなの。それで…あなたの家に遊びに言ってもいいっていっていたけど、住所を…教えてくれる?」
「ああ、いいとも。住所は………」
国名から全てを彼女に伝えた。
「もしも、忘れた時は、宇宙軍の所にいえばいい。きっと教えてくれるからね」
「では、自分達は、検査の方に行ってくるから、この部屋を離れないで下さいよ」
「分かってるって」
スタディンは、にやりと笑った。しかし、彼らには見えないようにして笑っていた。
かれらが病室から出て行くと、すぐに、スタディンの周りに集まってきた。
「ねえ、早く話してよ」
「はやくはやく」
「はいはい、じゃあね、前話したところを憶えてる?………………………………」
ひたすら、目を輝かしている子供たちを前にして、ずっと話をしていた。病室のドアが開いたのは、話し始めてから、4時間は経っていた。そして、まだ終わってなかった。
「あら、みんな。どうしたの?スタディン君の周りに集まって」
「あ。看護師のおばさんだ」
「おばさんじゃないの。お姉さんなの」
「どこが〜。どう見たって、40代の後半じゃないか」
子供というのは、ずけずけと、相手の気持ちも考えずに物事を言う。しかし、相手もベテラン。既にその事をわきまえていて、軽く流した。
「さて、ご飯はいらないのかい?」
「いる〜」
一人一人のベッドに戻り、夕食を受け取った。そのとき、ようやくとっくりが帰って来た。
「ああ、もうご飯の時間か」
「もう、6時だもんね」
しーちゃんととっくりが、話していた。
「あら、来たのね。じゃあね…」
部屋をぐるりと見回した。そして、ひとつだけベッドがあいていた。
「あそこにいてくれるかな?それでいいから」
「いいんですか?私達は、外の椅子にいるようにって…」
「ああ、看護婦長ね。あの人は、受付担当で、いろいろといってるけど、大丈夫。彼女には、私から話しておくから」
「分かりました。では、お言葉に甘えさせていただきます」
とっくりは、一番奥の、ベッドに座った。外が、良く見えた。
「ここからだと、外がよく見えるな」
「うん…穏やかな気持ちになれるね」
空の上の方に、一筋の白い線が引っ張っていかれていた。線の前には、塩の結晶みたいのがすごい早さで動いていた。
「さて、ご飯を食べたら、9時まで好きにしてもいいからね」
看護師の人が言った。そして、ドアが閉まった。再び、話は始まった。こんどは、とっくりとしーちゃんも入って。
9時までに、皿を回収しに来たっきりだった。ちょうど、9時になった途端に、ゆっくりと、しかし確実に、電気が消えていった。外は、星が出ていた。話が終わったスタディンとクシャトルは、とっくりのベッドの所に行って、座っていた。
「…星が、きれいだね」
他の人はみんな寝ていた。彼らだけが、この病室で動いていた。
「そうだな…」
クシャトルのつぶやきに、スタディンが答える。他には動かない、ただ、星々がこちらをじっと見ているような状態だった。
「そういえば、何で私たちって、生まれたんだろうね」
「なに?突然。しーちゃん」
服の襟首のゴムに手をかけ、顔をのぞかしていたしーちゃんが言った。
「私は、あんな満点の星空の中から、この星に生まれてきた。こんな確率って、あんまりないよねって。それに、この星に産まれて、この星で育って、君達に出会って、これからも、いろいろとこの星であるんだろうなって。そんな事考えてて…」
しーちゃんは、ゆっくりと首を上に向けた。ちょうど窓の前には、このベッドに前いた人の忘れ物である、一輪の花が入った花瓶があった。
「花と、星空と、私たち。ここにいれる事自体が奇跡かもね」
クシャトルがいった。しーちゃんはクシャトルに顔を向け、言った。
「どういう事?」
クシャトルは、こう答えた。
「何で私達って生まれてきたかって聞いたよね。多分、こんなに幸せな時間を共有するために生まれてきたんだと思う。遥かに昔から、輝いていた星を見て、私達がこの病室のこのベッドの上にいて、そして、こういうに話し合える。これからも、こんな光景があるかもしれないし、ないかもしれない。いや、多分ないと思うな。でも、私達はこうして今、ここに確かに存在している。これだけで、生まれてきた理由になるんじゃないかな?」
にっこりと微笑みながらいった。
「あ、流れ星!」
いつの間に起きていたんだろうか、手を吊っている女の子がベッドの横にある椅子に座っていた。彼女は、にっこりしながら言った。
「そうかもしれないね。お姉ちゃん」
「そう言えば、名前を聞いてなかったな」
「私?そうだね。教えてなかったね。私の名前は、アントイン。アントイン・ヨウクス・シャンドールよ。アントインって呼んでね」
そして、ベッドに戻り、そのまま布団をかぶって、寝てしまった。
数分してから、看護師の人が見周りに来た。
「…」
何も言わずに帰っていった。スタディン達がベッドにいなかった事に気づかなかったのかも知れない。しかし、彼はそのままどこかへ行った。
その人が行ってから、スタディンが言った。
「そう言えば、あの女の子、アントインって言っていたよね。その名前って、あの神の名前のひとつなんじゃ…」
「そうだと思うよ。だから、彼女にも高い魔力が備わっていると思う。でも、本人にはまだ自覚がないんじゃないかな。だって、私たちだってそうだったでしょう?大佐になって、船に乗り込んで、思い出したのは、その旅の最後の方になってから。そんなものだと思うよ」
翌朝になった。7時半にスタディンは起きた。それと時を同じくして、とっくりも起きた。
「ああ、おはよう」
「どう?調子は」
「まあまあだね」
寝ていたところから立ち上がり、少しストレッチをした。
8時になり、朝ご飯が運ばれてきた。
「みんな、起きなさい。朝の時間よ」
昨日と変わらない人だった。順番にそして手早くみんなに渡していく。30分後、回収された。さらに、1時間半がたった時、結果が言われた。しかも病室で。
「イフニ・クシャトル。とりあえず、検査結果は全て順調に治癒している事を指し示している。もう、ギプスをする必要はないね」
順次他の人の結果も言われていた。全員退院した。そのとき、由井さんが病院の出入り口に立っていた。
「お帰り。もう手をつってないって言う事は、大丈夫だったんだね」
「はい。おかげさまで」
「そうそう。みんなに、こんな手紙が来ていたわよ。なんでも、兵部省の高官が基地に来るから、出迎えろって」
「わかりました。で、その手紙はどこにあるんですか?」
由井さんは、持っていたトートバックからみんなに手紙を渡した。
「徳鋭君と清水ちゃんの分も預かってきたわ」
みんな手紙を確認していた。その後ろで、アントインが見ていた。
「これ、本当ですか?こんな片田舎の基地に政府高官が来るなんて」
「本当みたいよ。私もうそだと思ったけどね」
手紙には、こう書いていた。
「辞令
イフニ・スタディン将補;本日新暦366年6月8日、兵部省陸軍庁・海軍庁・空軍庁・宇宙軍庁各長官及び兵部省大臣閣下が、参られる事となった。貴殿は宇宙軍第2師団に至急参内されるべし。内容は到着後指示する。
宇宙軍幕僚長:宇津木兼重」
団長直筆署名付の書類だった。これでは、断れない。
「しょうがないな。いくしかないか」
そのころ、上空36000?の静止衛星軌道上で、一つの軍事衛星が動いていた。旧世界、第3時世界大戦以前の世界の総称、の時、発射された衛星であった。この衛星の照準は、「偶然」今、第2宇宙軍師団に向けられていた。
由井さんの車に乗り、車内で軍服に着替えて、師団の駐屯地に入った。
「ここが、宇宙軍第2師団。スタディンは、ここにいるのかい?」
「そうだ。自分は、今はここの師団に所属している。ただ、もうすぐここともお別れだがな」
車を止め、師団の建物の中に入っていった。
中は、比較的外から比べると暖かかった。
「もうすぐ、8月で、冬の季節に入るからね。だから、外は今、寒くなっていっているんだ」
受付の所で、手続きをした。そして、師団長室へ向かった。由井さんは、そのままくるまで帰っていった。
「失礼します」
ドアを2回ノックしてから、スタディンは中に入っていった。
「イフニ・スタディン。辞令を受け取り、ただいま参内しました」
4人は、部屋の中に入った。しかし、そこには、別の人がいた。
「ああ、まあ、座りたまえ。君達を招いたのは、私だ」
「あなたは?」
「私は、現在の宇宙軍作戦本部長をしている、出水哉闇というものだ。きみが、イフニ・スタディンとクシャトル兄妹だね。史上最年少で将補にまで登った兄妹。つい先日の学校襲撃事件で、まだ警護がついているんだね。まあ、いいんだ。さて、今回、君達をここに呼んだのは、他でもない、作戦本部長の役割についてだ。君たちには先に知らなければならない事がある。ただ、私の口から言うのには時間がない。だから、この紙に、全てを印刷してある。困ったときにはこれを見なさい」
そう言って渡したのは、少し変質して黄色くなっている紙であった。表紙には、「部外者閲覧禁止」と書かれていた。さらにその横には、「作戦本部長及び副部長のみ継承」とも書かれていた。
「さらに、これも渡しておいて欲しいと兵部省大臣と副大臣から言われていてね。まあ、ついでだから預かってきている」
「これは、ついでですか…」
スタディンとクシャトルは苦笑しながら受け取った。これの表紙には、「補佐官の心得」としか書かれていなかった。
「今年の9月1日には、辞令が交付される。それまでに、これを読んでおけば、たいていの事については分かるだろう」
この地球外からの特殊電波が、偶然向けられた衛星に届いたのはこの時だった。その信号は、長い間この衛星のみが知っていた信号であった。そして、衛星から出された一筋の光が、第2師団のこの部屋のちょうど、立ち上がったところの椅子に直撃した。
スタディン達は、一瞬何が起きたか分からなかった。ただ、一筋の白い光が、椅子をつきぬけていった。出水さんは偶然にも、椅子から立ち上がったところであった。そのいすを直撃された。普通に座っていたなら即死であっただろう位置に焦げ跡ができており、その跡は、床にまであった。しかし、その下にまでは届いていないようだった。出水さんはここでようやく汗が出てきた。額から、背中から、場所を問わずに汗が噴出してくる。
「……………………………………自分も、もうそろそろ本気で引退だな…」
そうつぶやいて、部屋の外へ出て行った。スタディン達は、その後しばらくしてから、家に戻っていった。
翌日、2日ぶりの学校で、文化祭の打ち合わせの会が開かれた。東南が前に出て言う。
「ステージ発表の台本が仕上がりました。ステージ発表といっても、映画を作る事にしたからね。題名は、「忘れられない、あの人」です。では、これから台本を配ります。配役とか勝手に決めているけど、ステージ発表にするといった時点で、誰も反対しなかったから、勝手に決めさせてもらいました」
そして、配られた人から黙々と読みはじめた。
10数分がたち、みんな読み終わったところで、
「ステージ発表では、全ての担当のせりふを憶える事。では、リハーサルは、1週間前からです。ただし、この中で軍属の人は、このステージ発表には裏方として出演してもらいます。先生からは…何もないようですね。では、解散してください」
文化祭第1日目まで、あと1週間。スタディン達は、練習をした。しかし、軍属の身であるスタディンは、練習に参加せず、代わりにせりふを全て憶えていた。
「すごい記憶力だね。どうやったらたった1週間で憶えられるの?」
「さあ、自分でも分からないけど、ただ、見ていたらすぐに憶えられたんだ」
「そんなものなんだね」
「ただ、1週間もすれば全て忘れてしまうと思うよ」
そして、前々日、軍属の人は、みな、文化祭を前にアダムが用意した飛行機に乗り、連邦首都へ向かった。
文化祭前日、交付式があった。あまりにも単調でつまらないものであった。そして、交付式の直後、とんぼ返りをした。
そして、どうにか、文化祭に間に合った。
文化祭当日。スタディンたちのクラスは、ステージ発表だけをする事になっていた。ステージ発表の内容については、別の機会に教えようと思う。結果は上々。しかし、ステージ発表をしているクラス以外の全生徒の投票による結果、第2位という結果だった。その結果、翌日の一般公開日にも、映す事になった。
映画が終わると、ある人がいた。
「師団長殿。何故このような場所に?」
スタディンは、一発で分かった。他の人達は、別の所に移動中であったが、スタディンの上司と言う事で、少し興味本位で覗き見する人もいた。
「君が映画をすると聞いてね。それで見に来たんだが…君が出なかったのが残念だったな」
「仕方がありません。ただ、この場所は少し邪魔になるかと思います」
「そうか。じゃあ、自分はもう帰るよ」
「何故ですか?このような事は一年に一度きり。そして、あなたは、今月を最後に、別の惑星に行くことが決まっている。ということは、これがこの高校の文化祭を楽しむ最後の機会なんですよ。それを逃す事はないと思いますが?」
「それもそうだな。じゃあ、ゆっくり見て帰る事にしよう。では、またいずれ会おう」
「分かりました。それまでお元気で」
そして、彼は、去っていった。
そして、文化祭は終わった。この文化祭の収益は、全て生徒会が預かり、その収支は、学校側に寄付する分と、模擬店をしたクラスに全て平等に分配される事になっていた。
怒涛のように、終わっていった。そして、一学期最後の行事が目前に迫っていた。
第6章 1学期期末テスト
「中間は散々だったからな〜」
「誰かに教えてもらえばいいじゃないか」
そんな声がクラスの中を行き交う。
「あと、何日だっけ?」
「来週の火曜日からだから…あと、今日を含めて4日だよ」
「げ〜、もうそんなに近いのか?」
「しょうがないよ。映画とかでごたごたしていたからね。それで、早く感じるんだよ」
そんな事を尻目に、スタディン達は、教室の後ろで集まっていた。
「とりあえずは、何教科なんだ?」
「5日間で10教科。平均2教科だね」
「1日2教科か。ちょいと勉強し始める時間が遅かったかな?」
「今のところ言えるのは、9月になるととても忙しくなる事だ。それから推測すると、それまでの間に全ての授業を完璧にしておく必要がある。さて、どうするかな…」
チャイムがなり、先生が入ってきた。
「よーし。みんな座れよー」
がたがたと全員座っていく。
「よーし、よーし。とりあえず、先に言っておく事がある。テストの時、カンニングしたやつがいる時は、連帯責任としてクラス全員そのテスト点無し」
全員からいっせいにクレームがついた。
「せんせい!それじゃあ、不公平です。点が取れないからと言って、他の人をカンニングする人が出てくるかもしれません」
「それは知らんな。もう、職員会議で決まった事。君達に覆せる機会は、あるっちゃ〜あるけどな。ま、ほぼ無理だな」
放課後になった。
「あれは無しだ。あんなの反則だ」
「まあまあ、落ち着きなよ。今から言った所で、遅いだろ?」
「ちょっと、頭冷やしてみたら?夜空を眺めながら寝るって言うのも悪くはないよ」
三者三様の意見が出てきた。
「とりあえず、おれは帰って寝る!でも、その前に、話したい人がいるんだ。その人と話してから寝るよ」
「誰?その人」
「いずれ分かる」
スタディンは、駆け足で帰って行った。
「とりあえず言えるのは、スタディンがそこまで気にしている人って言う事だな。この中以外で」
「誰だろう。その人って。私、嫌われちゃったのかな…」
イブが言う。
「それはないだろう。あいつに限ってさ」
そうして、彼らは家についた。スタディンは、屋根に登って上を見ていた。
「あ、スタディンが屋根の上に」
最初に見つけたのは、アダムだった。
「え?あ、本当だ。おーい。スタディーン。降りといでー。そこは危ないからー」
下からの声には耳もかさなかった。しょうがないから、妹のクシャトルが聞きに行く事にした。アダムがクシャトルに耳に入れるタイプの無線機を貸した。
「大丈夫?この無線機で会話は聞こえるから」
「分かった。じゃあ、行ってくるね」
階段をずっと上がり、ほこりまみれの屋根裏部屋に出た。そこにある窓のひとつが開いていた。そこから出て、スタディンを見つけた。ちょうど、屋根のといに足を引っ掛けて、横たわっていた。
「ねえ、おにーちゃん。そこは、危ないよ」
「…なあ、クシャトル」
「ん?」
「俺達、何で生まれたんだろうな」
「病院でも、そんな事誰か聞いたね。私には、その理由はなくてもいいと思ってるの」
「なんで?生きているのは、理由があるんじゃなかったのか?」
「ううん、そんなんじゃなくてね。もっと、根本的な事。例えば、なんで、この星は生まれたのかとか、なんで、この宇宙は生まれてきたのかとか、なんで、こんなところに自分達がいるのかとか。そんなのは、多分、理由なんてないんだと思う。それで、私達人間と言うのは、結局、何かしらにつけ、理由を付けたがると思うの。でもね、そこに存在しているのに理由なんている?いちいちそんな事考えていたら、きりがないよ。だから、ほら。こっちに来て…」
「そうだな。たしかに、そんなもの考えていたらきりがないもんな」
スタディンは、窓に滑り込んだ。そして、クシャトルの肩につかまりながら、言った。
「ありがと。なんだかすっきりした」
クシャトルは、こう返した。
「こんな事、もうやらないでよ。大変なのは、こっちなんだから」
そして、下に降りた。
月日は流れ、テスト当日となった。
「もうテスト当日か。いまこそ、自分を倒しに来い、って言う感じなんだがな」
「それは、問題発言だよ」
「今日の教科は?」
「えっと、理科総合と、芸術。明日は、古典と数学Aだね」
「なんだ。中間とほとんど変わってないな」
「しょうがないよ。先生達も考えるのが面倒なんだろ?」
そして、テスト週間が終わった。
「なんか、早かったね。テスト終わるの」
「この1週間、ずっと、家にいたからな。そのせいもあるんじゃないか?」
「かもしれないね。そういえば、なんか返ってきた?」
「いや、まだ返ってきてはいないが?」
「そう…」
「どうした?」
「いや、なんでもないよ。それよりも、この冬休み、どうする?」
「あ〜、軍の方から何にも声がかかっていなければ、海に、行きたいね」
「うみ?この惑星の7割ほどを占めているあの食塩水の事?そもそも、冬に海って…」
「ひどい言われようだな。なんか、恨みでもあるのか?」
「私達が来た、2010年には、遊泳禁止だったから…」
「ああ、それでか。大丈夫。いまは、どこでも泳げるほど、水質は変わったんだ。ちゃんと、国に許可を出している海水浴場なら、どこでも泳げるはずだよ。それに、このあたりは、1年中海で泳ぐ事ができるんだ。地球温暖化で、いくつかの国がなくなったけど、彼らも元気にしているみたいだし」
「へー。変わったね」
「じゃあ、海に行こう。でも、どこの海に行く?」
「この近くは、砂漠だからな。ちょうど、キョンベル辺りがいいんじゃないか?」
「ああ、一番近いし?でも、近いって言ったって、100km以上離れているから…」
「その辺りは、大丈夫。実は、軍の方で、軍用機を飛ばすんだ。この近くの飛行場はそこの宇宙軍と空軍の飛行場しかないからね。あそこは軍用機が民間資本で飛んでいるんだ。そこに乗る事は出来るよ」
「じゃあ、そこに乗ろう。でも、スタディン。どうしてそんな事知っているの?」
「当たり前じゃないか。自分は、宇宙軍の将補だからな。高校生だからと言って、無知よりも遥かにましなんだからな」
「あ〜、はいはい。とりあえず、帰ろうよ。テストも終わったし、やりたいこともあるし」
「そうだな。冬休みの予定なんて、今決めずに、後で決めたら一番だもんな」
そして、スタディン達は、家に帰った。
そして、家について、荷物を降ろし、1階にあるパソコンの前に集まった。
「なんか書いてあった?」
「うん。ほら、1ヶ月前、お兄ちゃんに対しての声明を出したところがあったでしょう?あそこの人達が全員逮捕されたらしいよ」
「ああ、これでやっと、護衛のいる生活から解放されるのか」
「あ、メールだ。えっと…「イフニ・スタディンへ。翌日午前0時をもって、貴殿についていた護衛任務を全て解除する。なお、再発の恐れ有りとみなした場合は、再度護衛を付けさせる。兵部省大臣:八継太一郎。連邦大統領:三山節子」だってさ」
「そうか…ようやくの自由か…こんなに気持ちのいいものだったんだな」
そして、テレビをつけた。
「あれ?なんか臨時ニュース流してる。「アメリカ大陸/北アメリカ地域/北地方首都及び連邦首都に於いて、非常事態宣言を公布。内容は、未だ不明。情報筋によると、テロ攻撃の恐れがある様子。軍より発表されているのは、「現時点をもって、全将補以上の軍属はそれぞれの軍事基地に集合する事」のみ。現在、特派員の情報を待っています」だそうだ。やれやれ、行かないといけないのか」
その時、スタディンの携帯の着信音がした。
「あ、携帯か…えっと…「本日、午前11時42分発令の非常事態宣言に基づく将補以上の階級の緊急招集について。イフニ・スタディン、イフニ・クシャトル両名は、今すぐ、第2宇宙軍基地に来られたし。学校側については、既に説明済み。以上」緊急通信システムが作動したのか。さてと、軍服はどこに行ったかな?」
3分後、立派な軍服を身に包み、スタディンとクシャトルは第2宇宙軍基地に出向した。