第1編第1部
第1編 1年生
第1章 入学式
「第300回生入学式をはじめます。新入生、入場。今回、入学試験に合格したのは、320名です。推薦入試合格者が、そのうちの20名です」
スタディンたちは、新品の制服に身を包み、上靴を履き、高校生活と言う、人生において重要な場所へと足を踏み入れた。
校長が一番前にあるステージに上がり、こちらを向いて、話し始めた。
「え〜、皆さんは、本校の生徒です。本校の校訓である、「鍛・学・携」を、守り、学業と共に、部活動、それに、これから作られていく素晴らしい思い出の数々。それらを、自分達、さらには、あなた達が卒業し、社会に羽ばたいてゆく時に、守っていければ良いと思います。…………………………」
ただ、ひたすら長い校長の演説が終わった。皆は、一応拍手をしている。
(やはり、演説と言うのは長いな。どうにかならないのかな)
スタディンは思ったが、胸の一番深い所にしまいこみ、忘れてしまった。
教頭が、校長が降りて席に座ったのを確認して、次々と指示を飛ばしていた。
1時間弱で、入学式は終わり、次にクラス分けとなった。
「これより、クラス担任と、教科担任と、学年主任を発表します。その後、クラス担任の方より、それぞれのクラスの人が発表されます」
そして、スタディンと瑛久郎とアダムは、1組。シュアンは2組。愛華は4組。クシャトルとイブは5組となった。
「この中で、軍関係者の人は、このあと、左前に集まってください。学生援助金等の補助金が必要な場合は、右前に集まってください。魔力の確認をした事がある人は、前中央に集まってください。ただ、重複している場合は、言った順に行って下さい」
と、学年主任から声がかかった。
「明日からは、指示された教室に、出席番号順に、座っておいてください。靴は、出席番号順に下足箱に入れてください」
入学式は解散された。
スタディンとクシャトルは、軍関係者の所に行った。何人かいた。
「何人か来ているね」
クシャトルがスタディンに言った。
「まあ、300人以上いるんだ。何人かいても不思議じゃないだろう」
「えっと、軍に所属している関係者の人は、これで全員かな?」
学年主任の先生が確かめる。
「とりあえず、点呼取るからな。名前と階級を言うから、間違っていたら言ってくれ」
「分かりました」
皆がうなずいた。
「まず、イフニ・クシャトル宇宙軍将補」
「はい」
「イフニ・スタディン宇宙軍将補」
「はい」
「伊口康平陸軍大佐」
「はい」
「宇木金平海軍大佐」
「はい」
……
「以上、宇宙軍3名、陸軍2名、空軍4名、海軍2名、計11名。全員いるな。さて、君達は、特別な階級の持ち主だ。そのために何か事件に巻き込まれる事があるかも知れない。そこで、君達は、特別に銃の携帯許可が出ている。校内で、自分の身に危険が迫ったときに、発砲してもかまわない。で、大佐以上の階級の人達は、魔力の確認をした事があると思うから、中央に行ってくれ」
ばらばらと分かれて行った。
中央では、それぞれの名前と、魔力について、協会側のネットから情報をもらっているらしかった。スタディンの番になった。
「えっと、あなたの名前は?」
「イフニ・スタディンです」
「イフニ、スタディン、ね。ああ、あったわ」
そのとき、担当の女性の先生の目が見開かれた。
「スタディン君、魔力は、どれくらいなの?」
その驚きを隠そうとして、逆に隠せない口調で話した。
「342ですが。どうかしましたか?」
「いや、別にどうともしないんだけどね…まあ、いいわ。では、次の人は?」
スタディンは、その場を離れた。クシャトル達は、もう、終わっていた。
「早いな、いつの間に終わらしたんだ?」
「お兄ちゃんが、来る前に」
それだけ言って、クシャトルは言った。
「もう、何もないんだったら、帰ろう」
スタディンは、ただ、無言でうなずいた。
スタディンたちは、高校生活一日目の入学式をこうして終わった。
第2章 初日
次の日、皆で登校した。
「私達は、ここで」
クシャトルとイブが、分かれた。
「ああ、また帰る時にな」
「うん」
手を振り、走って、下足箱の所へ向かう二人を見ながら、他の人達も歩いて行った。
「ここの高校の構造ってややこしいな」
「まあ、慣れるまでだと思うけどね」
この高校は、この町の中央にある湖の近くにあるせいで、すこし、斜面に立てられている。その影響で、校舎によってつながる階が違ってくるのだ。まず、一番湖に近い、A棟は、5階建て。次に、それと直角につながっている建物である、B棟が、2階と屋上。さらに、B棟とつながっており、A棟と平行に立っている、C棟、3階建て。B棟の端っこにあり、C棟と平行に立っている、D棟、A棟と同じ高さである、5階。それぞれは、同じ長さになっている。それに、少しはなれたところにある体育館、2階建てで、下には、学生食堂、通称学食がある。他にも、柔道場と剣道場、それに、卓球場もある。A・B・C・D棟、それぞれに役割があり、A棟は、普通教室棟となっており、基本的な授業は、ここで行われる。B棟は、1階が下足箱と事務所があり、2階と、屋上は、それぞれの棟につながる渡り廊下となっている。C棟は、職員室や校長室や図書室など、普段授業で使わない教室が集まっている。D棟は、特別教室棟になっていて、コンピューター室、音楽室、美術室や、各部活動に使う部屋がある。そして、体育館とは、D棟の端っこがつながっており、それぞれが、ぬれずに移動する事が出来る。さらに、体育館、A・B・D棟に囲まれた中庭には、小さな島状の広場があった。
スタディンたちは、階段でA棟の最上階まで上がって、目当ての教室を見つけた。
「さて、これが自分達のクラスか」
教室の扉の上には、1年1組とかかれていた。
「ああ、ここで、1年間お世話になるのか。はてさて、どんな人達がいる事やら…」
ガラッと引き戸を左に開けた。一瞬静かになったが、すぐに話し声があふれた。
「騒がしいクラスになりそうだ」
少し、スタディンたちは、後の事が不安になった。
そして、チャイムがなり、先生が入ってきた。
「ほら、みんな座り。小学生じゃないんだからな」
男の先生だった。
「では、出席番号1番。号令」
「きりーつ、きをつけー、れーい」
間延びした号令だった。
「よろしくお願いしまーす」
間延びしたあいさつだった。
「ああ、これから、1年間このクラスの担任をする事になった」
そして、後ろの黒板に向かい自分の名前を書き始めた。
「金田今籐だ」
誰も話さない、完全なる静寂。ただ、隣から、時々、拍手の音が聞こえる程度だった。
「え〜、じゃあ、出席番号順で、自己紹介をしていってくれ。まあ、名前だけでいいわ」
先生も投げ気味だった。最初の人が立ち上がり、
「麻井正平です」
以降順番に、麻井正平、伊口康平、井上加奈子、イフニ・スタディン、宇川章吉、江西沢東、エア・アダム、岡島衿子、小埜陽子、………………………という順番だった。
「さて、この40人で、このクラスが始まるんだが、さて、その前に、宿題を、持ってきたか?」
半分の人は、机の上に出すが、残り半分は、どこか別の所を向いていた。
「まあ、明日までにもってこいよ。では、後ろから集めてくれ」
先生の指示で、一番後ろの人が立ち上がり、順番に集めてきた。
「さて、ここに置いといてな」
教卓の横にある小さな棚を指差した。
「いずれ返すよ。今日はこれで終わりだ。それと、ひとつだけ。来週、水曜日から、勉強合宿をするから、その準備をしとく事。まあ、あと今日をいれて1週間あるから、十分準備は出来るだろう。目的地は、当日教えるそうだ。飛行機に弱いやつは、酔止めを持っていけと言っていたな。では、あいさつ」
「きりーつ、…」
やはり間延びしていた。こうして、初日の授業は終わった。
第3章 勉強合宿
1週間というのはあっという間だった。
「ほら、出発するぞ」
スタディンは、玄関で荷物を持って他の人たちを待っていた。
「ちょっと待って」
「早くしろよ。まあ、時間があるからいいけどな」
チラッと腕時計を見る。
「いま、5時半。集合完了は6時。ここから、高校まではだいたい、10分ぐらい」
ぶつぶつと言っていた。
「準備よし!」
「じゃあ、出発だ」
コロが、こちらを見ている。少し心配しているようだった。
「大丈夫だよ、コロ」
瑛久郎が頭をなでる。
「ちゃんと帰ってくるからね」
コロは、一声鳴いた。そして、スタディンたちは、未だ静まり返っている町へと出て行った。
「静かだね」
「ああ、さすがにこの時間で出てくるのはいないだろうからな」
辺りは、鳥の鳴き声しか聞こえない。遠くからは、近くを走っている、電車の音が聞こえる。
高校に到着した。すでに、先生が立っていた。
「おお、おはよう。君達が一番だ。それぞれのクラス番号がかかれているバスの近くにいといてくれ」
主任の先生が指示をした。スタディンたちは、暗い中、電灯の明かりだけを頼りにして、バスを探し当てた。
「そういえば、かばんの中に懐中電灯があったね」
「探し終わってから言うなよ」
空が明るくなってきた。
20分後、
「よし。6時になった。それぞれのクラスごとに点呼を取れ」
主任が言った。それぞれの学級委員長は、点呼を取り、担任の先生の所へ報告しに行った。
「全員いるな。では、これより、目的地を発表する。目的地は…」
生徒全員、固唾を呑んで発表を待った。
「東アジア地域/北地方だ。都市の名前は、東京。地方国の首都になっているはずだが?」
「それに、昔はとても活気があったそうよ」
1年2組の担任の先生である、山田赤井先生が言った。
「それはさておき、これから、出発する。忘れ物はないな。では、バスに乗り込め」
バスの一群は、未だに人影が見えない町を通り抜けていった。
空港を経由し、東京へ着いた。
「ここは、再び開いたばかりだそうです。で、自分達が泊まるホテルは、ここから、さらに2〜3時間行った所にあります」
先生が先導する。
「なんだか不思議な感覚…来た事がないはずなのに、なんだか懐かしい」
アダムの横にいた、万年忍が言う。
「そりゃ、あれだよ。ずいぶん前の先祖の記憶でも戻ってきているんだよ」
アダムが返す。
「いったい、何代前だろうな」
そうして、バスが待っている場所に着いた。
「ここからは、再びバスに乗ります。では、クラス番号がかかれているバスに乗って」
5分後には全てのバスが発車した。
そして、2時間半ぐらい経った時、ホテルに着いた。
「ここで、3日間、みっちり勉学に励んでもらいます。では、それぞれの委員長から、プリントを配ってもらうから」
委員長が、主任の先生からプリントを受け取り、名前を読みあげていった。
「そのプリントに、名前の横に、書かれている3桁の番号が部屋の番号だ。さらに、その横にある、大文字の英語でかかれたのが、勉強する部屋の場所だ」
スタディンには、「208 A」とかかれていた。クシャトルには、「412 SS」とかかれていた。アダムには、「114 B」とかかれていた。他の人達にも同じようにかかれていた。
「自分、208号室だって」
「あ、じゃあ、自分と同じです」
スタディンの後ろから声をかけてきたのは、見覚えがない人物だった。
「えっと、君は、たしか…」
「金山仁士宇宙軍少佐であります。入学式当日は、欠席をしておりました」
「そうか、まあ、そんなに硬くならずに、同級生なんだから」
「分かりました」
「ところで、君は、何組なんだ?」
「自分は3組です」
「そうか、まあ、同じ部屋になったのも何かの縁だろう。これからよろしくな」
スタディンは、手を差し出した。
「自分もよろしくお願いいたします」
仁士少佐と、二人は握手をした。
「部屋が分かったら、そこに荷物を持って行け。これから1時間後までに、大広間に集合だ」
主任が皆に言う。みんなは、不平を言いながらも、荷物を指定された部屋に運んだ。
スタディンの部屋は、軍関係の人しかいなかった。
「これって偶然だよね」
「恐らくは」
今まで、軍属から、敬語しか話かけられていなかったスタディンは、その声の主を探した。すぐ近くにいた。
「君は、同じクラスだったね」
「そうだ。金山択一陸軍中佐だ。これからよろしくな」
「ああ、こちらこそ」
二人は固い握手を結んだ。そして、どちらともなく結び目を解いて、択一中佐が言った。
「ところで、何で軍属になったんだ?」
「ああ、まあ、いろいろとあってな。君こそなんでなんだ?」
「自分か?自分は、前の宇宙戦争で死んだ父親の代わりさ」
「そうか…あの時、自分は最後しかいなかったから良く分からないな…」
「新聞に載っていたな。いったい君達兄妹はどんな力があるんだ?」
「さあな、とりあえずは、高校卒業後に、詳しく教えてもらう手はずになっている」
「そうか」
そのとき、横から別の人達が二人の周りに集まってきた。
「お二人で何、お話されているんですか?」
「君達は何者だ?名を名乗れ」
スタディンが、命じた。
「失礼しました。私は、金沢碑善陸軍少佐です」
他の人達も、順次あいさつをしていった。そのとき、館内放送が響いた。
クシャトルは、指定された部屋に行った。4人いた。こちらの場合も、部屋には、軍属の人が集まっていた。
「とりあえず、よろしくね」
クシャトルは、部屋にいた仲間に対して笑いながら言った。
「うん。こっちこそよろしくね」
「あなたは?」
「私は、金津夏木空軍中佐」
「佐和泉水陸軍少佐」
「佐倉友美海軍大佐」
「見事にばらばらだね。まあ、仲良くね」
「うん。これから、卒業しても、仲良くしようね」
そのとき、館内放送が響いた。
「ただいまから、このホテルは、聖戦部隊「東京清掃部隊」の管理下に入る。全ての所に部下を配置するから、命令に背くものは、即刻処断する」
後ろからは、銃撃の音が聞こえる。普通の人達なら、これでびっくりするのだろうが、彼らは違った。
「どうする?スタディン将補」
「とりあえずは、バリケードだ。この部屋に誰も入らせるな。それと、誰か警察へ通報だ。携帯を持っているやつはいるか?」
一人だけ手を挙げた。
「よし。警察へと連絡、次に、412号室へ連絡、そこに、自分の妹がいるはずだ。かけたら、自分に渡してくれ」
「分かりました」
すぐに行動に移った。
「どうするの?クシャトル」
「とりあえずは、誰も部屋に入れさせないで。それと、警察へと通報。たぶん、お兄ちゃんもしているだろうけど…とりあえずは、それで、内線電話を待つばかりね」
そのとき、電話がなった。
「はい、412号室です」
「ああ、クシャトルか、今すぐ、208号室に来れるか?」
「…やってみる」
電話を置き、皆に説明した。
「どこに行くかが分からないんだね」
「でも、やって見る価値はあると思うよ」
「同感だね。やってみようよ。それで失敗したとしても、悔いは残らないわけだし」
「ありがとう。じゃあ、部屋の真ん中に集まって…隣の人と手をつなぐ…じゃあ、いくよ。さーん、にー、いーち」
周りの世界が一変した。
「すぐに、クシャトルが到着するだろう。部屋の真ん中を開けてくれ」
誰もいなくなったところに、手をつないだ4人組がどこからか跳んできた。
「お兄ちゃん!」
「クシャトルか、とりあえず、警察には?」
「連絡はしたよ。あとは、いつ来るか」
「とりあえず、ここで待っとこう。それ以外は出来ないと思う」
そして、10分間待った。外から、サイレンの音が聞こえる。同時に、携帯の着メロが流れた。
「だれだろう…はい、……え?あ、はい。分かりました。では、全力を尽くします」
携帯は切れたようだ。
「誰から?」
「警察のテロ対策室。ここにいる全ての人を助けるために、自分達の力がいるんだって。これ以降、内部の事は君達に一任する。とりあえず、がんばれだとさ」
「その人、本当に警察のテロ対策室の人か?まあ、いいか。という事は、自分達に、今回のテロの掌握を図って欲しいと言う事と、この行為を鎮めて欲しいと言う二つあるな。という事で、今回のテロ行為に関する事のみに関して、首謀者を、テロ実行者。もしくは、実行者。人質を、テロ被害者。もしくは、被害者。我々の事を、テロ鎮圧者。もしくは、鎮圧者。この部屋の事を、作戦指揮所。もしくは、指揮所。実行者がいる部屋の事を、テロ実行箇所。もしくは、実行場所。以上を仮称する。本作戦名を、「テロ鎮圧作戦」とし、鎮圧者は、我々、11名のみとする。以上だ。とりあえずは、相手の情報収集だ。さて、相手はどこにいるか、分かるやつはいるか?」
一気に、スタディンは言った。
「とりあえずは、大広間とかにいると思います」
「警察の方に聞いたらどうでしょうか」
「そうだな。それがいいだろう」
携帯で連絡を取る。
「つながりました。スタディン将補殿に渡します」
「あ、はい。イフニ・スタディン将補です」
携帯の向こう側で、警察の現地対策本部長が出た。
「これは、将補殿。何故そのような危険な場所に?」
「自分の高校の合宿だよ。それで、犯人達はどこにいる?」
「今の所は、生徒達に危害を加えてはいないようで、先生達がいる部屋に2人、玄関にホテルの職員達を見張る人達が3人、それと、各階に、それぞれ2人グループが3組。生徒達から、いくつかの通報が入っています」
「その部屋番号を教えてくれないか?それと、君達は今どこにいるんだ。それを教えてくれ」
「分かりました。少しお待ちくださいね。自分達は、今駐車場にあるテントの中にいます。えっと、……通報して来た部屋番号は、114、116、121、208、216、220、321、322、408、409、412。以上ですね」
「じゃあ、まずそこを救出しよう。クシャトル、3階、4階は君にまかせる。自分は、2階、1階に行く。部屋番号は、321、322、408、409、412。以上だ。この部屋に連れてきてくれ」
「分かった。じゃあ、行くわね」
一瞬で姿が消えた。スタディンは、携帯を返して、その場にいる人々に言った。
「とりあえず皆は、この部屋にいてくれ。そして、連れてきた人達の保護を優先してくれ。ベランダは、自分達兄妹が行くから」
「分かりました。隊長」
スタディンも、救出に向かった。
30分後、部屋には、総勢30人がいた。
「これから、外へと脱出する。それと、もしも、この戦いに参加したい人がいるならば、今ここで言ってくれ」
スタディンが皆に言った。軍属に人達は、参加する旨を言った。
「では、君達は、ここで待ってくれ。他の人達は、自分か、クシャトルについて、外へ脱出する。では、決行だ」
こうして、まず人質となった、生徒、教員、ホテル関係者、一般宿泊者、計400名中19名が脱出した。
外に魔力によって飛んだクシャトルとスタディンは、すぐさま警察関係の人によって保護された。
「自分達は他の人たちを助けに行きますので」
警察の制止を振り切りすぐにホテルの中に二人は戻ろうとした。しかし、警察の人に、こう言われた。
「君達に話しておきたい事があるから」
そして、テントの中に入っていった。
テントの中では、見た事がある人が座っていた。他にも、ほとんど全部の閣僚がなぜかそろっているようだった。
「やあ、久しぶりだね」
「お久しぶりです。兵部省大臣閣下」
「君達がこの事件に巻き込まれたと聞いて、とんで来たんだよ。軍属、11人もいるしね。それで、君達には、この事件に関する指揮者としての役割を与える。犯人確保に全力を尽くしてくれ。それと、彼らの人権は、君に一任する。これが、その証書だ」
大臣は、一枚の紙を彼に渡した。ちょうど、手帳サイズだった。
「分かりました。必ずや…」
スタディンたちは、すぐにホテルの部屋に戻った。
発生より1時間で、警察に保護された19人は、後に安否不明と聞き駆けつけてきた家族に引き渡された。
部屋に戻ってきたクシャトルと、スタディンの2人は、すぐさま、犯人達の身柄を拘束する事になった。
「法律的には大丈夫なのかな…」
誰かが、弱気な声で言った。
「大丈夫だ。ついさっき、兵部省大臣直々にこの事件の指揮を委任された」
「そうか。それなら大丈夫か…」
「それよりも、どうやってここを押さえるの?」
少佐の徽章を付けている女子が言った。
「とりあえずは、この別館になっているこの建物を奪還する。それぞれを、3人班と4人班にわけ、その上、それぞれ階に移動。実行者を抑える。身柄拘束後、別館と本館の間にバリケードを築き、封鎖する。実行者の身柄確保時には、自分かクシャトルに連絡すること」
「了解しました!」
ビシッと整列し敬礼する。
「では、作戦実行だ!」
バッと散ってゆく。
外では、マスコミの人達も警察によって遠巻きに取り囲んでいた。しかし、彼らに出来る事は何もなかった。
「とりあえず、この階に誰かいるんだな」
足音を立てずに、移動して行く。
「目標発見。補足完了。攻撃します」
一瞬で攻撃を行った。相手は、何が起こったかが分からないまま、気を失った。
「やろっ!」
銃を持った、犯人達が、こちらを振り向く。すぐに、股間をけり上げた。
「うごっ!」
犯人達は、悶絶した。
「3階、確保完了。スタディン将補殿に連絡。それと、バリケードを築こう」
それを同時に行った。
「来たか」
「うん」
スタディンとクシャトルは、指揮所にいた。
「では、自分が行こう」
スタディンは立ち上がり、部屋から出て行った。
スタディンは、報告を受けた3階へ向かった。
「魔法は使わないんですね」
その場所にいた、金平大佐が言った。
「まだ訓練を受けていない。あまり使いたくないんだ」
「なるほど…」
「とりあえず、バリケードは?」
「あそこに」
指差した方向には、布団や卓袱台で作った、バリケードが作ってあった。
「ちょうど、3階の渡り廊下の所に作ってあります。渡り廊下は、1階にあるだけです。そして、そこにも既にバリケードを設置したと言う話があります」
「そうか、自分は、こいつらを、外へ連れて行くから、君達は、指揮所へ戻ってくれ」
「了解しました」
犯人をその場に置いて、彼らは、指揮所へと戻っていった。
「さて、自分は、こいつらを運ぶか…」
1回で運べるようにして、一瞬で移動した。
警察に引き渡した直後、何も言わずに部屋へと戻った。
教員を集めている大広間で、前の方に人質を集め、後ろの方で、銃を片手に犯人達は、なにやら話している。
「おい、3階のやつらから連絡が途絶えたぞ」
電話を持ち歩いている人が言った。
「どういう事だ?」
主犯格の男が言った。
「分かりませんが、向こう側で、何かあったようで…」
どうやら、話し相手の男が、リーダーらしい。黒一色に身を包み、顔は判別がつかない。
「そか、じゃ、お前とお前、見てこい」
扉の近くにいて、同じ服装をしている二人に言った。
「分かりました」
一礼して、扉から別館へと行った。
別館では、既に4階以外の全ての場所において、作戦が遂行されていた。
「あとは、4階か…それに、大広間に取り残されている人達と、大半の生徒の脱出もまだ終わっていない…」
「将補殿。バリケードの近くには、既に、2人、待機しています。そして、4階からも、もうまもなく電信がある事かと思われます」
康平陸軍大佐が言った。彼は、陸軍第3師団付作戦参謀も務めていた。そして、彼の言うとおり、すぐに電話がかかった。
「よし。分かった。すぐ行こう」
電話を置き、スタディンがクシャトルに言った。
「すまないが、クシャトル。行ってくれないか?」
「うん。分かった」
クシャトルが行ってから、くるりと全員に向いた。
「とりあえず、これから、全生徒の脱出作戦を開始する。作戦以後、我々も退避をする。ただし、警察より要請があれば、我々もこの場より作戦に同行する事になる」
「我々は、その覚悟があります。それに、兵部省大臣直々にご命令を授かっているのでしょう?だとすると、今回の作戦は、我々が率先してすべきかと思われますが」
「とりあえずの話だ。それ以前に、恐らくこちらに、テロ実行者側からの何らかの形の接触があるかと思う。それも待たねばならない」
そして、3分後、クシャトルが帰ってきても、バリケード側に敵が近づいているという報告はなかった。しかし、それから2分後に報告が入った。
「スタディン将補。来ました。こちらに向かって、実行者と思われるもの2名」
「何階だ」
「1階です」
「1階か…よし。では、クシャトルは、ここで、出来る限り、生徒の脱出をしてくれ。自分は、出撃する。半々に分かれて、1階に向かう。では、作戦開始だ」
すぐに、分かれた。
1階では、警戒に当たっている陸中尉が報告をしていた。そして、敵は彼らに気づいた。その後、バリケードをはさみ、敵は柱の陰に隠れ、こちらはバリケードの陰に隠れた。そしてこう着状態が続いた。
スタディンと、3人の陸海軍の人達は、身を伏せて、現場に到着した。
「どうだ?相手の反応は」
「恐らく、こちらの出方を見極めているところかと思われます」
報告しているのは、ここの当直任務に当たっている、緒貝階右陸中尉だった。
「では、こちらから攻めようか」
そのとき、通信機が震えた。
「はい」
「こちら、クシャトル。スタディン将補ですか?」
「そうだ。どうした?クシャトル」
「こちら、任務完了。全生徒、ホテル外へ避難完了しました」
「了解した。指揮所に戻り、何かあれば、3階へ向かってくれ」
「了解」
しかしその後、なぞの暗号文が流れはじめた。
「クチン地のな野良野良の地す地価値と名の伊海の成すイ」
「え?クシャトル、何か言ったか?」
「何も言わなかったけど…何なの?あの声」
女性特有のか細い声で、クシャトルが泣くように言った。どうやら、心霊現象か何かと思っているらしい。
「まあ、なんでもないだろう。とりあえず、さっき言った通りにしてくれ。では」
通信機を切った。
「どうしたんですか?なんだか、なぞの音声が聞こえましたが…」
スタディンは、ちょっと考えてから言った。
「恐らく暗号文だろう。だれか、キーボード持っているか?」
「はい。折りたたみ式のなら」
胸ポケットから、小さくおりたためられたキーボードが出てきた。
「それに、カナ直接入力は付いているか?」
「はい。一応付いていますが」
「少しかしてくれ」
「はい。どうぞ」
「ありがとう」
片手で受け取った。そして、ゆっくりと広げて、少し型がついているのも気にせず、さっきの発音を指で追い始めた。
「「クチン地のな野良野良の地す地価値と名の伊海の成すイ」…そうか。これは、先生からのメッセージだ」
「どういう事ですか?これで何が分かるのでしょうか」
「いいか、良く見とけよ」
スタディンは、さっきと同じように、一つ一つのキーを、押し始めた。
「クチン地のな、これで、HAYAKU。野良野良の地す地、これで、KOKOKARA。価値と名の伊海の成すイ、これで、TASUKETEKURE。これをつなげると、早くここから助けてくれ。先生がどうやってか分からないが、この周波数に合わして音声を飛ばしてきたんだ。さて、そう言う事で、急ぐ必要があるな」
「どういう事です?なぜ、音声を聞いて急ぐのです」
「早く助けてくれと言っているのと、これを飛ばすのが実行者達に見つかったら、殺される可能性がある。さて、まずは、ここから、一気に大広間まで行く事になる。準備は?」
「いつでも」
「では、…今だ!」
スタディンの掛け声で、みんな、一気にバリケードを乗り越えて行った。柱の陰に潜んでいた犯人は、不意をつかれ、すぐに拘束された。
「クシャトルに連絡を」
ひとり、連絡役として、その場所に置いてきた。
「……帰ってこない…」
「見てきましょうか?」
「いや、いい。それよりも、他の連中をここに集めてくれ。それと、警察に対して、身代金の要求はちゃんとしたんだろうな」
「はい。10億円、それと、太陽系外へ無事にいけるように宇宙船を一隻。以上です。ただ、これ以上待っていても、返事をしない場合は、一人ずつ、見せしめが必要になりますが」
最後の言葉は、確実に教員とホテル関係者に聞こえるように、わざと大声で言った。しかし、誰も微動だにしなかった。
すこしして、扉を叩く音が聞こえた。
「やれやれ、やっと帰ってきたか」
扉を開けようと近づく。
スタディン達は、こちらに向かうとき、クシャトル達が、先に外に出るように指示を出した。事件が発生してから、約2時間が経っていた。
「はいはい。合言葉は?」
「そんなものは必要ない。さあ、私達のために扉を開けてくれ」
「よし。合格だ」
扉が開くと同時に、スタディンを筆頭とする、軍属3人が、攻めて来た。すぐに、扉を開けた人を、銃床で殴った。何も言わず、床へと沈み込む。有無を言わさず、こちらに向かってくる銃弾を、片っ端からよけて、あるいは、魔法で弾道を逸らした。そして、あたりにいて、銃を持っている人を徹底的に潰していった。そして、最後の一人となった。
「動くな!ちょっとでも動くと、こいつらみんな死ぬぞ!」
「脅しは効かない。既に、あなたは一人だ。周りに見えている人質は、単なる幻影。嘘だと思うなら、ためしに銃で撃ってみろ」
スタディンは、うそぶいた。しかし、相手は混乱し、
「うわ――――――!」
奇声を発しつつ、こちらに向かってきた。すぐにスタディンが、顔面を押さえ、おもいっきり、壁に叩きつけた。
「ひとつだけ教えといてやる。これからお前は、一人でこれまでしてきた罪におぼれて生きていくんだよ」
スタディンは、銃をつきつけながら、無線機に向かって言った。
「作戦完了。みんな、お疲れ様」
すぐに警察が中に入り、現場検証をし始めた。人質となった人達は開放された。
駐車場で、主任の先生が、言った。
「これまでになかった危機的な状況下においても冷静さを失わず、ひとつの人命を失う事もなく人質を解放してくれた、イフニ・スタディン、イフニ・クシャトル、およびその他の軍属計11名に対し、我々教員一同は厚い感謝を申すものである。しかし、これにうかれてばかりはいられない。なにせ、わざわざこんな遠いところまで旅行しに来た目的は?勉強合宿は予定通り行う。とりあえず、みんなはここで待機。この駐車場から出ないように。何かあれば、すぐに集まるように。それと、スタディンとクシャトルは警察のテントの所に行くように」
そして、臨時集会は解散になった。
「失礼します。イフニ・スタディンとクシャトルです。入ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、いいとも。入りたまえ」
テントの幕をくぐると、新聞に乗って知っている顔がずらりと並んでいた。
「ここで、閣議でも開いているのですか?」
「いやいや、スタディン君。まあ、座って」
「ありがとうございます」
スタディンとクシャトルは、横に並んで座った。同じ席に座った面々を見回すと、大統領をはじめとして、副大統領、特別自治省、財務省、外務省、総合環境産業省、内閣特別省、王族保護省、総合関係省、宇宙関係総合省、放送関係特別省、議会運営省、司法特別省各大臣が、勢ぞろいしていた。
「基本的に、閣議には副大統領は入らない事になっているのだが、私は、入れた方がいいと思うのでね」
さて、と大統領は言った。
「このような大規模なテロ行為は、非常に久しぶりだ。この前のテロはいつだったかな?」
「新暦321年、第3次世界大戦によって起きた、食糧事情の関係によっておきました」
特別自治省大臣が、下に置いてある紙を見ながら言った。
「そうか。実に40年近くぶりなわけだ。さて、そう言う事で、君達が、今回の件でした事の功績は非常に大きい。よって、閣議で決定した事なんだが、君達と、今回の作戦に参加した、計11名。全員に対して、褒章を授与しようと思う」
「ありがたくいただきます」
「そう言ってもらえると、自分もうれしい。さて、君達については以上だ。勉強もしっかりしろよ」
大統領は、出て行く彼らの背中に投げかけた。
「とりあえず、また勲章か」
「勲章じゃないけどね。正確に言うと」
「でも似たようなものだろ?褒章とか勲章とか」
「まあ、そうだけど…」
スタディンとクシャトルは、閣議から帰ってきて、アダムたちと合流した。未だに、先生達から指示はなく、何もない駐車場に取り残されていた。
「この状況って、いつまで続くんだろうな」
誰かが遠くでつぶやくのが聞こえてきた。
(しかし、誰も死なずに済んだから、これでいいではないか)
スタディンは、ぼんやりと考えていた。そのおかげで、横からの声に気づかなかった。
「スタディン?」
「お兄ちゃん?何を考えてるの?」
ふと我に戻ると、正面からスタディンの目をのぞきこむように、クシャトルとアダムが見ていた。しかし、他の仲間達は、どこか、人ごみの中に消えていた。
「あれ?他の人達は?」
「もう別の友達の所に行ってるよ」
「そうか…」
ふっと、空を見上げた。
「空には、何がいるんだろうな…」
スタディンは、空を見上げて、片方のポケットに手を入れ、そして、つぶやいていた。しかし、空を答えてくれなかった。だが、地上にいるクシャトルが、こちらを向いて言った。
「何か言った?」
「いや…なんでもない…」
「そう」
そして、スタディン達は、人ごみの中に紛れ、交じり合っていった。
「全員、しゅうごー!」
主任の先生の声が、邪魔物がない駐車場を突き抜けてゆく。その声に呼応して、生徒が集まった。
「全員いるな。では、これより、学習合宿を始める。ただし、今回のみ、初日の日程を大幅に変更して、これより、指示があるまでを、それぞれの部屋で待機とする」
みんな、それぞれ違った反応を示した。先生はなおも続ける。
「何かあっても、必ず先生達に伝える事。それと、他の部屋に行かない事。無断で行った者には、厳罰を下す」
先生は脅しを含めた声で言った。しかし、顔はとてもにこやかだった。そして、それぞれの部屋に向かう途中、生徒達は一気に騒がしくなった。だれかが、大統領を見つけたのだった。その情報は、光よりも早く流れていった。この時期の大統領というのは、政治能力も高い事は当然のことながら、顔もいいのもひとつの当選者達の共通点だった。
「すごい人気だな。初代大統領の大島さんに見せたいよ」
「スタディン、あった事あるのか?」
「ああ。大佐のとき、あの宇宙戦争のさなかに」
「なるほど。とてつもない冒険をしてきたんだな、君は。自分はまねが出来ないな」
そして、大統領を取り囲む女子や男子の群れを横目に見て、スタディンたちは、ホテルの中に入っていった。
あっという間に、4日間が過ぎた。勉強という行為そのものをする気を失っている、高校生320人を引き連れ、無事に帰宅した。
その1ヶ月後に、このテロの鎮圧をしたという事で、スタディン達、軍属計11名に褒章が授与された。