第2編第5部
第60章 第2師団攻防戦
まず、スタディンとクシャトルが光輝剣を作り、その周りから他の人が魔法で増強する。
「行くぞ!」
スタディンはベルに言った。
「ベル、外部防御解除、但し、船内には入れさすな。自分達が出たらすぐに閉めるんだ」
「了解」
スタディンはすぐさま外へ転がり出た。そして、すぐに剣を振り回し始めた。ただ、それだけでまわりは腐敗臭で一杯となった。
数時間たった時、ようやくいなくなったが、周囲は確実に大掃除が必要だった。
「やれやれ、一息つけるが…」
スタディン達は自分達の服を見た。
「こいつらも洗濯だな」
「そうだな」
向こう側から声が聞こえてきた。師団長だった。
「兵部省大臣から連絡を受け取って、スタディンからの返信を返してすぐに来たものの、もう用済みだったか。おい、後始末しといてくれ」
師団長は、周囲にいた部下に言った。
「ま、みんな体洗って来い。いや、掃除してからの方がいいな」
師団長は考えているようだった。そして結論を下した。
「全員、掃除だ。範囲はベルを中心とした半径300mの円状とする。さあ大掃除作戦開始だ」
掃除は昼夜を問わず行われた。それでも、1週間がかりだった。
「やれやれ、ようやく終わったか」
元の状態からは想像も出来ないほどにきれいになった建物を見て、ようやく満足げに言った。その間、家に連絡は入れているものの誰一人として帰らなかった。
「じゃあ、次はベル内にあるシャワー室で体を洗うべきだな」
みんな、においに対して既に鈍感になっていたが非常にくさかった。
すっきりして出てきた者から順次家に帰る事になった。帰路に着いたのは攻撃を受けてから、1週間と1日経った日だった。
そのテロ情報を得た兵部省大臣は、緊急閣議の招集を特別自治省大臣に要請し受理された。翌日には緊急閣議が召集され、今回の侵入者の件について話し合わされた。そして決定したのは軍を再始動させると言う結論だった。現在、憲法改正の発議の投票待ちだがもしかすると、軍がなくなるかもしれない。だとすると、早めに行動を起こしておくべきと言う事になりワイナロ及びインフラトン連合軍に対し、テロ攻撃に対する賠償請求をする事になった。それを受けた連合軍は激怒。即日攻撃を宣告。こうして第2次宇宙戦争が始まってしまった。
第61章 第2次宇宙戦争
スタディンがいる家では、瑛久郎と愛華がスタディンとクシャトルを見送っていた。他の人達は二人の後ろにいた。
「スタディン、本当に行くの?」
「ああ、それが軍部の上層部からの命令だからな」
「ねえ、私達も行っちゃ駄目?」
愛華がスタディンに聞いた。
「きっと駄目だと思う。今回は戦争だ。死ぬかもしれない。だけど大丈夫だ。自分には神がついている。常に我々を勝利へと導いてくださるだろう。だから心配するな」
そう言って愛華の頭をなでてすぐに家から出た。その足で第2師団へ向かった。後ろはその光景をただ、見ている事だけしか出来なかった。
「集合しました」
スタディンとクシャトルは師団長に挨拶に来ていた。
「ああ、来たか。君達は、新中立国家共同体の中枢部分を担う防衛隊の一員だが、最前線に派兵される事が決まった。君達に神のご加護を」
「ありがとうございます」
「詳細はベルの中に入っている」
「分かりました。師団長はどうするのですか?」
「自分は、何もする事がない。この師団の敷地を敵に蹂躙される事がないように見張っているだけだ」
「そうですか」
「そうだ。これを持って行くといい。もしもの時に開けたら、役に立つだろう」
「なんですか?この古い茶封筒は」
「古き物こそ価値がある。何もなければまたそれも良し。ああ、それを開けるのは本当に緊急事態時のみだからな。それ以外で開封したりしたら、神罰が下ると思っときたまえ」
「了解しました。では、ありがたく頂戴させて頂きます」
そして互いに敬礼し、スタディン達はベルに乗り込み出発した。
「さて、これは大変だな」
最前線まで来た時にはすでに複数の戦闘を経験していた。
「そうですが、目の前にいるこの巨大な惑星群を相手にしていたんですね」
戦闘指揮室にてコミワギが言った。画面上にあるのは、岩石型惑星の第3惑星よりも何倍も大きいものだった。大気組成も基本的に変わらなかった。
「全大陸に巨大な砲台が設置されています。さらに、こちらに向かっていつでも発射できるようになっています」
「第1種攻撃態勢。全方面からの攻撃に備えよ」
「通信です」
画面には、惑星からひげが生えた全体的に青っぽい人になった。
「こちらはインフラトンだ。貴様らは何者だ」
「新中立国家共同体だ。既に宣戦布告はされているから社交儀礼は抜きにさせてもらう」
「それはこっちのせりふだ」
突然、画面が消えて惑星の画面になった。
「防御完全、シールド強度確認」
「現在、シールド100%。確認終了。全ての武器の確認も終了しました。現在、すべて正常どおりに使用できます」
「わかった、コミワギ。全周囲確認、敵砲撃開始とみなされる場合、防御攻撃を開始する。全乗組員に通達。「ワレラコレヨリテキトコウセンス」以上だ。それと、同様の文章を軍本部に最高レベル暗号通信で送信よろしく」
「了解しました」
そして、微小な振動が感じられ始めた。
第2師団はその送信文を受け取った直後から、さまざまな場所に派遣した概況が続々と入り始めていた。
「現在の所、本師団所属の全ての、陸軍、空軍、海軍、宇宙軍は敵と交戦する旨の通信を送信始めていますが、その中でも最も警戒すべきは最終段階まで入り始めたベル号でしょう」
師団長は第2師団軍事委員会の場所にいた。そこで全師団構成軍より徐々に判明される戦闘光景をデータベース化し、最終的には兵部省大臣に届けるのであった。
「最前線に投入したのは、本師団からは宇宙軍所属ベル号だけですからそのベル号からの情報だけが、現時点での敵の状況の確認の術です」
「そうか…現時点ではな」
「と、言いますと?」
「今の所は未確認だが、インフラトンは強力な兵器を実戦投入すると言う情報がある」
「それが本当ならば…!」
「ベル号がどうなるか分からない」
「では、なぜ派遣を…」
「上層部からの御達しだ。師団長レベルではどうしようもないほどの上層部からな」
「連邦政府から…」
「そう、連邦大統領からの御達し。師団長クラスではどうしようもない」
「…ベル号はどうなるのですか?」
「現時点での撤収はない。彼らは死を覚悟して最前線に行っている。死ぬ事はないだろうが運が悪ければ…」
ベル号ではその最新兵器の情報はなかった。しかし、絶妙な感覚で次々と敵の防御陣地を破壊して行っていた。
「これなら、まだ大丈夫みたいですね」
「だといいんだが…」
シアトスの楽観的な意見に対し、非常に深刻そうなスタディンの顔。クシャトルはその顔を真剣に不思議そうな顔で見ていた。
「どうしたの?」
「変な感覚がする。敵はこうもやすやすと撃破するほど弱かったか?」
「我々が強くなったと考えるべきでは?」
シアトスがスタディンに言った。
「そうかもしれないが…」
その時、ベルが何かを察知した。
「こちらに向かって何かが発射されました。現在確認されているいかなる兵器とも符合しません」
「緊急体制!現在のその物体の位置は?」
「本船より400万km彼方ですが、着弾は4分後」
「分速100万kmの物体…敵は超高速加速器でも持っているのか?」
揺れ動く、背中を椅子に押し付けられるような感覚の中でスタディンは言った。
「いいえ、これは具象的な意味での物体ではありません。超対称性粒子の集合体のようなものです」
「超対称性粒子?なんだ、それは」
「つまり今の私達の粒子から見て、対称的に存在する粒子、今発見されている素粒子に対になる粒子です」
「と言う事は完全な反物質的な状況なのか?」
「平たく言えばそう言う事です」
「シアトス、緊急離脱。本星系より今すぐ離脱せよ」
「了解」
インフラトンはその兵器を最終兵器とまで呼んでいた。正式名称は超対称性粒子弾と呼ばれているものであった。高次元が実際に発見された時に、同時に超対称性粒子が発見され、それを元にして作られた物であった。これに触れる事が出来るのは極々わずかな人間に限られていた。
「敵はどうだ?」
「新中立国家共同体船籍のベル号は弱虫です。弾を見るとすぐに逃げて行きました」
「敵もなかなかのものだ。危険な物と危険でない物を察知したのだろう。なにせこれは作る側にも非常に危険を伴うものだ」
数光年離れたところにベル号は一隻で浮かんでいた。その作戦室内にて、シアトスはスタディンに聞いていた。
「どうして、あの時点で離脱したんですか?」
「超対称性粒子は他の世界ではいざ知らず、この世界上では反物質の要素として知られている。これをマイナスのエネルギーを持つ物質、つまりマイナス物質と呼ぼう。対して、自分達のような、通常物質の要素を持つものをプラスのエネルギーを持つ物質、つまりプラス物質と呼ぼう。さて、このマイナス物質とプラス物質は触れた瞬間にどうなる?」
「同量、同タイプの場合は物質がなくなりますね」
「それはエネルギー保存則に反している。実際は消滅したと見せかけてエネルギーを撒き散らすんだ」
「それはまだ未確認の物でしょう」
「いや、行われた事がある。軍の機密情報に記載されているものだ。今から100年ほど前、第3宇宙空間で小惑星と同等のエネルギーを有する反物質をぶつける実験があった。結果はぶつけた瞬間に消滅し、強力な電磁波が観測されたそうだ」
「今回は、それが…」
「ぶつかる前に回避したから、実際は分からない。だが、もしもこれが本物だとしたら、脅威になる事は間違いない。さて、これからどうやって作戦を立てるかだが…」
その時、ベルが来訪者を告げた。
「国籍:新中立国家共同体、所属:太陽系第3師団、宇宙船です」
「久しぶりだ、イフニ・スタディン宇宙軍将補」
「こちらこそ、お久しぶりです。ノマチシニセリョウ号艦長、サント・クペテル宇宙軍少将」
スタディンは、サント・クペテル艦長をベル号の中に招き入れた。全てのセキュリティーが、本人であると言うことを指し示していたからだ。
「ちょうどよかったです。今、インフラトンが未知の兵器を始動させ、こちらに退避していたところだったのです」
「じゃあ、君達はその兵器について既に知っているのだな」
「ええ、何も聞かされていませんでしたから、驚きましたが」
「で、ベルはどう判断している?」
「超対称性粒子弾と。全ての証拠を公平に吟味した結果、そう言う結論に達したと言う事でした」
「超対称性粒子弾を実践使用したか、こちらも同様な物を用意してある」
「使えますか?」
「ためし撃ちすらまだだ。だが、今は時間がない。今、全ての軍部は、軍事委員会以外は全てで払っている状態だ。宇宙軍が破壊しつくした惑星に、順次、陸海空軍が上陸している」
「それって戦争法に抵触しませんか?」
「今はそんなことを言っている場合ではない。とりあえず、こちらの船に乗り込んでくれ。ああ、兵器関連の人も同乗させるべきだな」
「分かりました。では、コミワギ宙佐長を同行させましょう。彼は本船の攻撃及び防御の最高責任者です」
「そうか、ならば行こう」
第62章 反撃、そして終戦
「これは…?」
スタディンとクシャトルとコミワギの目の前には長細い筒状の物があった。根元は一辺5mほどの立方体がついており、さらにそれからさまざまなコードが伸びていた。
「超高速物質発生装置、通称SHSMGD。相手が反物質ならば、こちらはそれにぶつける物質を生成して射出する。速度は毎分100万kmだ」
「だったら相手と同じ速度ですね」
「なら、話は楽だ。こいつは直接ベルに接続するように出来ている。この全てのコードをつなぐためのジャックも、どこかにあるはずだ。我々の方でそれをしておこう。君達はその工事が終わるまで待っておきたまえ」
「いつ終わるのでしょうか」
「早くて3時間だな」
その後、2時間半で工事を終わらせすぐにベルだけが出発した。サントは研究のためと称してその場に残った。自らが殺されたら研究も何もなくなると言うのがその言い分だった。(サント・クペテルは、後で命令違反の罪で軍法裁判所送りだな)スタディンはそう確信した。
インフラトン側は何かを船外装着しているそのベル号を目視確認していた。
「将軍、敵が何か付けてきました」
「何を付けても変わらん、さっさと超対称性粒子弾を発射せよ」
「了解」
「船長、超対称性粒子弾の発射を確認。どうしますか?」
「分かっているだろ?コミワギ」
「了解、SHSMGD発射」
そして、きっかり2分後二つがぶつかった。その瞬間、巨大な火の玉が生まれ惑星とベル号を飲み込んだ。非常に揺れる船内で、ベルは冷静に状況を語った。背筋が寒くなるほどの冷静さだった。
「第3-6ブロック外壁損傷、1-9ブロックにて負傷者発生………」
衝撃が収まった時には外壁の10分の1が破損し、数ブロックで空気が流出、死者が出なかったものの、負傷者は意識不明を含み、39名でた。
「全乗組員は何人だったかな」
スタディンはベルに聞いた。
「179名です」
「まだ、幸運だったと言うべきだったのか…それよりも、インフラトン側はどうなった?」
「生存者4名確認、この惑星は本船よりも近くで爆発に巻き込まれたためオゾン層ですら防ぎきれなかった強力な紫外線、熱線、放射線により建物は原形をとどめておりません。但し、ちょうど反対側では奇跡的にも助かった者がいるもようです」
「そこに行こう。今回は戦争とは言え、彼らは罪がない一般人かもしれない」
こうして、インフラトンの母星であった第5銀河系/4腕/第498惑星系/第4惑星は生存者4名と言う奇跡の元で崩壊した。これを以て、ワイナロ及びインフラトン連合軍は解体され降伏した。
この戦争による両軍の被害状況は1年後に出た報告書によって以下のように決定された。なお、数字は全て概数である。
新中立国家新中立国家共同体:
出征者;延べ50億人。内訳;宇宙軍:12億人・陸軍:18億人・空軍:10億人・海軍:10億人。
死者;延べ2900万人。内訳;宇宙軍:300万人・陸軍:1350万人・空軍:570万人、
海軍:630万人・民間:50万人。
負傷者;延べ48億人。内訳;宇宙軍:1億人・陸軍:36億人・空軍:5.5億人・海軍:5億人、
民間:0.5億人。
破損及び使用不能;宇宙船:3800隻/その他宇宙軍所属:585隻、
陸軍;戦車:1万5000両/航空機:8900機/その他陸軍所属:69万両、
空軍;全航空機:980万機/その他空軍所属:70万機、
海軍;潜水艦:590隻/全母艦:5000艦/航空機:6万機/その他海軍所属:50万隻。
インフラトン及びワイナロ連合軍:
出征者;延べ690億人。内訳;宇宙軍:180億人・陸軍:320億人・空軍:100億人、
海軍:90億人。
死者;延べ1兆5000億人。内訳;宇宙軍:180億人・陸軍:320億人・空軍:100億人、
海軍:90億人・民間:1兆4310億人。
負傷者;延べ1万人。内訳;宇宙軍:0人・陸軍:0人・空軍:0人・海軍:0人・民間:1万人。
破損及び使用不能;把握不能。
第63章 憲法改正投票
それから、さまざまな事がおきた。まず、兵部省大臣が憲法改正発議中と言う一般的ではない時に軍の発動を議会が停止したと言う状況下で、軍事力を行使し結果的に惑星一つ1兆人以上を殺戮したと言う全ての罪を背負わされた。しかし、本国を救ったと言う事で留任が許された。
インフラトンはワイナロの統治領となり、ワイナロ、新中立国家共同体、ベネトレート連邦の3国間に相互条約が締結され、第1次宇宙大戦から続いていた不安定要素は一切取り払われた。
相互条約締結後、各国の旅行者が急増し、これまでにない好景気となった。しかし、その真っ最中の新暦348年、1月15日。軍存続の是非を問うと言う憲法改正投票が、粛々としかし、15歳以上の全ての国民が投票していた。その日の各国首都標準時の午前7時から午後8時までと言う時間枠のみだった。しかし、投票券さえあればどこでも投票が出来るようになっていた。
「私達も投票できるんだね」
「それに今日は休みだし」
家ではクシャトルとイブが既におきていた。女子は全員起きており、ただ降って湧いたような休日を持て余していた。憲法投票の特例法によって、本日は国民の休日扱いになっていた。
「しかし、なんで連邦政府は15才以上って言うことにしたんだろう」
「投票年齢の下限が?」
「そうそう、なんでだろう」
それは謎だった。しかし、真相は誰も知らなかった。
スタディン達、男子がおきたのは午前10時ごろだった。
「おはよ〜」
頭をかきながら、階段を下りてきた。
「おはよう、ねぼすけ」
「あれ?珍しいな。今日はクシャトルの方が早かったのか」
「そうよ、それに珍しいじゃないの、いつもなの」
「嘘つけ、いつもは自分に起こしてもらっているじゃないか」
クシャトルとスタディンは、今にもけんかを起こしそうだった。しかし、その時、外から放送がかかった。
「本日は、憲法改正に伴う特別投票日です。みなさん投票をしましょう」
「投票を呼びかける広報車だな。ご苦労なこった」
「じゃあ、これから投票しに行こう。なんか、初めての経験だし。まあ、これからもする事になるんだから、慣れておかないと」
アダムが提案した。そして、子供達だけで投票所へ行った。ちゃんと投票券は持っていた。
「投票券を提示してください」
係りの人が言った。スタディンは、持ってきた投票券を見せた。すると、その券を持っていかれ、代わりに硬いICカードをもらった。
「あの台にこのカードを差し込んで、画面に出てくる指示に従ってください」
指示されたのは、上下左右前後、どこからも見られ無いようにした台だった。そこに向かい、中に入り、カードを差し込み、画面を見た。画面には投票用紙がありそれには長方形の枠があり、それぞれ中に賛成と反対と書かれていた。言語は、英語・フランス語・ロシア語・スペイン語・中国語・日本語で書かれており、全ての人が投票できるようになっていた。それぞれの枠内に書かれている言語の部分に丸印をしてから、スタディンは投票ボタンを押して投票所から出た。
外では少しの人しか待っていなかった。
「スタディンも終わったのか?」
「ああ、たった今」
伊口康平だった。偶然にも、彼も同時刻に投票に来ていたのだった。
「どうした?」
「いや、何も」
自らがどちらに投票したかを口外する事は、全ての投票所で午後8時を過ぎるまで硬く禁止されていた。
「そうか」
スタディンは彼の足元にいる子に目を移した。
「彼女は?」
「妹だ」
「何歳だ?」
「まだ、3歳だ」
彼女は、ギュッと康平のズボンにしがみついていた。こちらをにらんでいるようにも見えた。
「やれやれ、どうしたものか…」
「スタディン、早かったね」
続々と仲間が出てきた。そして、そのまま、何事もなかったかのように帰っていった。
「後は8時になるのを待つだけだね」
帰りながら、クシャトルがスタディンに言った。
「いや、それは違うぞ。全ての投票所で新暦348年1月15日午後8時を超えないと、結果が公表されない」
「なんだー、つまんないの」
「まあ、落ち着け。今日、明日、2日間連続の特別休暇だ。ゆっくり休むとしよう。なあ」
スタディンは後ろを振り向いた。すると、みんなは何か考えていた。
「今日はちょうど、親も旅行に行ってるし家には誰も大人はいないんだよな」
「ああ、そうだが?」
「じゃあ、すき焼とか、しない?」
ルイが提案した。その時、スタディンとクシャトルにメールが届いた。
「誰だろ」
携帯をズボンの右前ポケットから取り出し、開けた。
「今、暇だったら、ベル号の見学会に付き合ってくれ」
と言う、師団長からのメールだった。
「さて、どうする?」
さらに、下を見ると追伸があった。
「P.S.もし良かったら、君達の家族も連れてきても構わない。すき焼を用意している」
「だとさ」
スタディンとクシャトルが全員の方向を向いたら、キラキラと輝く顔が待っていた。2人はため息をついて、家よりもこの地点では近い第2師団へと向かった。
仕方ないので、投票したその足で師団へ向かった。
「私服で申し訳ありません」
「いや、それでも構わない」
師団長はスタディンとクシャトルを師団長室に入れた。
「で、ベル号の見学会をすると聞いてやって来た所存でありますが」
「まあ、座りたまえ」
スタディンとクシャトルは師団長と向かい合うようにソファーに座った。本革の黒色だった。
「今年度の見学会はいつにない繁盛でな。すでにあちこちの見学会を始めている」
「たしかに、あちこちに人の塊がいましたが…」
スタディンは、師団長室に来るまでの師団内を思い返していた。これまでみた事がないほどの人たちが、師団の中に入っていた。
「実はベル号の船内案内もしているんだが、どうも、有名な船長にしてもらいたいと言う人がいて、それで君を招聘したと言うわけだ」
「では、早速しましょうか」
「軍服は?」
スタディンが立ち上がった時に、師団長が言った。
「………貸していただけますか?」
「う〜ん、実は問題があってな」
師団長は立ち上がり、腕組みして答えた。
「貸し出せる軍服がないんだ。みんな慌てて着て行ってしまった上に、残った物は全てクリーニングに出してしまってな」
「じゃあ、この服のままでよろしいのだったら、行きますが」
「仕方ないだろ。まあ、ジーンズのズボンに、深緑色をしたシャツ系の服のスタディンに、水玉模様の半ズボンに赤色の半そで服のクシャトルか…今回は大目に見るけど、次回からはちゃんと服を用意するようにするから。ただ、この腕章を付けてくれ。それで構わないだろう」
「では、どのような通路を通ればいのでしょうか」
スタディンとクシャトルは、早速、見学の道順の説明を受けた。他の人達は別の軍の見学をしに行った。
「みなさん、こちらです」
スタディンとクシャトルはチームを作り、二人で一緒に見学会を率いる事になった。
「まず、この玄関部分です。本船へようこそ。既に知っているかもしれませんが、自分がイフニ・スタディンです。そして、こちらが妹のイフニ・クシャトルです。本船は、本名をシラノ・カノエ・ベルジュラック・?世と言います。遥か昔に実際に存在していた人物をモデルにして人格データを構成しています。しかし、本人とは相当違うと個人的には考えております」
一行はあちこちを見回る事になっていた。
「ここは機関室です。全ての動力はここから一括して送る事になっています。この部屋の中央にある、上から下まで突き抜けている青く太い筒はメインエンジンで、現時点では活動していません。この機関室は機関長を頂点とし、副機関長が3名おり、さらにその下に数十名の機関員がおります」
「ここは、一般的にはバーチャルリアリティーと呼ばれている部屋です。実際は不可能な事でも、何回でも繰り返し行えるようにプログラムする事が出来ます。一人につき2つのプログラムを持つ事が許され、それ以上は全ての船員が可視可能な共有状態となります」
「ここはホールです。通常は本船での式典及び着任式を行うための大広間となります。本船員の99%が座った状態ではいる事ができ、立つと全員入る事ができます」
「ここは、食堂です。食堂には常に数十種類の料理を食べる事ができます。現在は休業中で、誰もいませんが、通常ですと常時2名以上の料理人がおりいつでも出来たてを食べる事ができます」
「ここは栽培農場です。ここではそれぞれの乗組員が思い思いの作物を育成させる事ができます。但し、ここでは左右にも別の人が作育させているので彼らの邪魔にならない程度と言う条件がつきます」
「ここが、仮眠室です。一応、休息室と言う事になっていますが、基本的には宿直員が仮眠を取るための部屋です」
「以上で、船内見学を終わります。皆さん、本日はありがとうございました。なお、船内見学は総入れ替え制となっているため、一度、全員外へ出てください。師団の出口は船を出て左斜め前方にあります」
このような事を、延々、何回も繰り返した。そして、見学会は終わった。
師団長は今回の見学会に係わった人、全員を最も大きい会議室に集めその労をねぎらった。
「みんな、良くがんばってくれた。今日はすき焼パーティーで、パーッとやろう。では乾杯!」
20歳未満は乾杯の時、法令上、お酒を飲めないので、代わりにジュースか麦茶を飲んでいた。それぞれの人の前に、ドンとすき焼鍋が置かれており、その横にそれぞれに用意された、牛肉、白菜が皿の上に盛られており、なべの中には既にたれが入っており煮立っていた。
30分もした時に、誰もがなべの中が寂しくなった時、急に地震の一報が東京極東総本部より寄せられた。
「緊急電報です。先ほど南海トラフ及びその周辺を震源として、地震が発生。被害も出た模様。緊急出動を要請されました」
「さて、すき焼もなくなったし、今日はみんなありがとう。ここにいる全員で、今回の見学会も無事に終了した。さてと地震が発生したという情報だったな。スタディン、クシャトル、行ってくれ」
「了解しました」
その後ろにちょっと小さくなっている人々がいた。師団長は彼らにも声をかけた。
「スタディンの後ろにいる、君達も行きたいんだったら別に構わない」
「本当ですか!」
アダムが声をあげた。
「ああ、ただ君達も働いてもらうかもしれないがな。さて、決まったらさっさと出発だ。本師団よりベル号船長以下179名直ちに出発だ」
「しかし、船員の大半がいませんが…」
スタディンが師団長に言った。
「ああ、忘れていたな。緊急招集をかける。1時間以内には出発する事ができるだろう。それまでの間に、スタディンとクシャトルは軍服を取ってくる事」
「了解!」
その後、きっかり1時間後、ベル号は全乗組員とアダム達を乗せて第2師団宇宙港を出発した。
第64章 地震救出任務
現場に到着したのは、さらに2時間経った時だった。下の光景を見て、みんな少しこわばった。
「旧日本国領は元々、地震が多く、首都とかには向かない国だった。しかし第2次世界大戦後の伝説となっている高度経済成長を経て、当時の世界政府の重要国の一つになっていた。2015年前後、核兵器が日本に打ち込まれそれから300年以上も閉鎖されていた。今、再び災害が日本を襲っていた」
アダムが言っていた。しかし誰も耳を傾けなかった。スタディンの指示が飛ぶ。
「食糧備蓄の確認、着陸場所の確保、医者も外に出すぞ」
「旧日本国陸上自衛隊中部総監部兼旧第3師団の伊丹飛行場に着陸許可が出ました」
「では、そこに着陸だ。着陸後、和歌山を中心として支援活動を行う」
着陸した時、余震が起こっていた。しかし、ベル号は一切揺れを感じさせずに着陸する事ができた。
「地震・火山庁より発表「和歌山及び三重を中心として被害が発生。四国地方の被害も甚大。現在、支援を待つ」以上です」
「了解した。伊丹を支援本部とし、三重・和歌山・四国地方を支援対象地域とする」
その時、東京から情報が入った。
「こちら第3師団。第2師団から来たベル号だな」
「そうです」
「貴殿の迅速なる支援を深謝する。なお、現在、輸送路がずたずたになっているため、遠島地において救援が難航している。すぐに行けるか?」
「場所さえ教えてもらったら、すぐにでも行きましょう」
「それはありがたい。場所は………」
10分後には出発していた。
「ここか…津波が押し寄せたな」
海岸線から数十mの間は、何もなくなっていた。新しい砂地のような状況だった。
「そこに着陸しましょう。今、赤十字が救援中と言う事です」
「素早い対応は災害時の常だ」
回りは暗かったが暗視ゴーグルをかけていたので何もかも手に取るようにわかった。
小さなシャトルに積めるだけつみ出発したものだから非常に重くなっていた。元々の重量とあわせ1tは超えていただろう。砂地はその重さに耐えれなかった。数十cm沈んだもののどうにか降りる事ができた。向こう側から誰か駆け寄ってくるのが見えた。
「連邦軍第2師団より救援に来ました。食料、医薬品、燃料等、積めるだけつんできました。どこに持って行けばいいでしょうか」
向こう側から人は答えた。
「旧日本赤十字の者です。支援、ありがとうございます。こちら側に持って来てください」
スタディン達は持って来た荷物を運び出した。
持って行った先は簡易救護所だった。
「地震が発生してから、1時間以内にここを開設して周囲の怪我人を治療しています」
彼女はおそらく、ここのリーダーなのだろう。スタディンと話しながらもあちこちに指示を出していた。
「もうすぐ日が変わります。しかし、彼らの治療はやめません。彼らを癒す事、それが私の役目と自負しております」
彼女は、荷物を置き終わったスタディンを見て一言言った。
「あなたにもそのような役目があるでしょ。あなたはあなたの役目に向かって走りなさい。それが、あなたにとっても周りにとってもいい事と信じています」
彼女はそれだけ言うと、どこかへ歩いて行った。スタディンは、とりあえず第3師団へ戻る事にした。
第3師団にはさまざまな情報が既に押し寄せていた。
「和歌山周辺にて潮位変化観測」
「土佐湾北東部、津波10m越え観測、死傷者未確認」
「大阪市街内に津波侵入、現在水門閉鎖を急がしています」
「ハワイより入電、現在津波は環太平洋に広がりつつある模様、被害未確認」
そのさなか最初の任務を終えて、スタディンは第3師団師団長である、アムレット・ファインに報告していた。
「分かった、ありがとう。では、次だが和歌山及び高知を中心として現在の被害状況の確認をしなければならない。上空からの偵察任務だ。第3師団にある偵察機を使うといい」
「分かりました。しかし本船に搭載している機器でも、十二分に対応できると思います」
「そうか、ならばそれを使え。以上だ」
スタディンは一礼してから、部屋を出た。そしてすぐにベルに乗り込み、偵察用に2機、搭載機を発射させた。
「今回は、九州地方、四国地方、和歌山を経由して、三重、中部地方、東海地方の太平洋岸を偵察する事にする。今回の偵察目標は津波の被害状況だ。別に2機、太平洋岸以外の地方に飛ばし被害状況についての偵察を行わなければならない」
スタディンが隊長の太平洋岸偵察隊は、ベルの中でそう言った。そしてクシャトルが隊長の瀬戸内及び内陸地方偵察隊とは、ここで別れ別行動を取った。
2時間後、さまざまな場所を調べ結果をまとめ報告書を作成した。
「これが偵察報告書です」
スタディンはベルがまとめた報告書を第3師団長に渡した。師団長はそれを基にして、さまざまなこれからの救援活動を考えると言う事だった。
「……」
「失礼しました」
スタディンは、黙って報告書を読む師団長を残して師団長室から出て行った。
スタディンがベルの中に戻ると、憲法改正の結果をしていた。
「あ、船長。ちょうどいい所に帰ってきてくださいました。これ見てください」
停船中なので、何もすることがなかったシアトスが、スタディンにそれを見せた。それは、国営放送の投票速報だった。
「全ての投票所が閉められた直後にこのニュース速報が流れたんです。出口調査らしいんですけど、軍は抑止力として必要であると言うそのような民意が得られた結果になっています」
確かに、3惑星に今住んでいる国民の中で投票権を有している人の内98%が投票し、さらに87%が憲法を改正せず、現行憲法で構わないと言っているのだった。
「これで、自分達は軍で暮らせる事になったな」
「そう言う事です。その中で問題なのが、軍に対する国民の態度です。恐らくこれまでと同じようにいけると思いますが、全国民の85.26%が賛成をしましたからね」
「そう願ってるよ」
その時、再びニュース速報が流れた。地震に関連し旧日本国領に対して地震発生直後から出されていた、非常事態宣言を解除し地震時避難命令も一部の地域以外解除すると言う情報だった。これをもってスタディン達の任務も終わった。
「非常事態宣言が出されている間だけと言うないようだったからな。第3師団長の意向によっては帰るのが延びるがな」
スタディンは第3師団長に連絡を入れた結果、帰る事になった。
ベルが伊丹から出発した2時間後、再び第2師団に帰ってきた。
「やれやれ、これで任務完遂だな」
スタディンとクシャトルは、師団長の所へ行き無事に任務が終わった事を伝え、そのまま家に帰った。すでに朝日が登りきっていた。