第2編第4部
第50章 2学期
9月1日、滑り込みで登校し始業式を迎えた。
家に帰ると、兵部省の役人がいた。
「イフニ・スタディン将補殿、イフニ・クシャトル将補殿。昨年度のこと憶えていらっしゃるでしょうか」
「昨年度…ああ、作戦部部長とかになる件についてか」
「その通りです。じつは、それに関して本日より辞令が公布され、第2師団参謀官に就任していただきたく、このように参上した次第です」
「第2師団の、参謀官?」
「その通りです」
「参謀官って、なに?」
クシャトルが聞いた。
「参謀とは作戦用の兵の計画及び指導に当たる将校の事です。情報分析、計画策定、命令起案などを主な任務とします。参謀の個性と能力が戦闘結果に影響した事も多いにある重要な地位です」
「しかし、自分達はまだ、17歳だ。こんな二人に任していたら身がもたんと思うが…」
「すでに、連邦政府及び連邦議会も承認している人事案です。覆すためには裁判をする必要があります」
スタディンとクシャトルは、目をあわし、「ならば、我々は従いましょう」と言った。
翌日から、平日は学校に行き、土曜、日曜は、軍に行くという生活になった。その過程で、時々、友人を連れてくる事もあったが、それは、黙認されていた。
第51章 第2師団第4164回参謀官会議
1ヶ月経った日の事。第2師団の参謀官の会議が開かれる事になった。
「では、これより、第2師団第4164回参謀官会議を開会します。なお、本会議のみ、議長を務めさせていただくのは、前年度議長の、しおみらんけん大将です」(しおみ大将の漢字は、拡大して最後に掲載しています)
スタディンは、配布された資料を見ていたが、振り仮名を振られている人は、この人以外見た事がなかった。そうこうしているうちに、新議長が選出されていた。
「新議長は、于丈乙女中将です。何か質問はありませんか?」
司会者が、全員に聞いていた。
「他に質問がないようなので、次の議題に移らさせていただきます。次は、本議長の下に組織される委員会です。全員一つの委員会に所属する事が義務付けられます。但し、特例として、兄弟姉妹で参謀官となったものに対しては彼らで一人とみなします。委員会は、参謀会議執行委員会、これはこの会議の議事、運営に関する委員会です。予算委員会、これは参謀会議及びその他の委員会で使用する予算に関する委員会です。賞罰委員会、これは功績があるもの又は罪を犯したものに対する賞罰を決定する委員会です。計画策定委員会、これは1カ年計画を策定する委員会です。命令委員会、これは師団長が発表する命令書を作成する委員会です。訓練委員会、これは情報作戦用の兵力を訓練するための委員会です。一般委員会、これは他の委員会以外の業務に関する委員会です。祭事委員会、これは半年に1回開かれる軍主催のお祭りに関する委員会です。軍事委員会、これは実践時に全ての情報等を統括する委員会です。なお、参謀会議執行委員会以外は、すべて1ヶ月に1回開催される定期会議において計画の承認を得る必要があります。但し各委員会が定期会議以外に開催される事を妨げるものではありません。兄弟姉妹は、代表者が立候補をしてください。各委員会に定員はありません。それと軍事委員会の委員は本部詰めとなります。実際に戦闘が行われる場合は師団内を除き現場には出られません。それをご了承下さい」
そして、スタディンとクシャトルは予算委員会に入った。こうして第4164回目の定期会議は終了した。
会議終了後、選出された委員同士で新暦347年度第1回委員会が開会した。
「これで以上ですね。今回のみ委員長は、私、望月許斐です」
スタディンとクシャトルが反応した。
「後で聞こう」
「うん」
「では、これより、第1回予算委員会を開会します。初めに委員長及び副委員長の選出です。立候補する人はいませんか?」
「はい、委員長に立候補します」
手を挙げたのは、最初に入った人だった。
「氏名、所属軍名を」
「木下清浄、陸軍です」
「では、副委員長は…」
「はい、副委員長に立候補します」
手を挙げたのは、女性だった。
「氏名、所属軍名を」
「竹中神酒、空軍です」
「では、両名を新暦347年度第2師団参謀官会議予算委員会委員長及び副委員長に、指名いたします。賛同の方は、ご起立下さい」
全員が立ち上がった。会議室が急に小さく見えた。
「全会一致で委員長、副委員長を決定します。皆さま、ご着席下さい」
再び、見上げるばかりの人達が、周りを取り囲んだ。
「では、次に移ります。次は新暦347年度第2師団参謀官会議予算委員会書記及び、各予算配分決定会合です」
「自分が、書記になります」
「氏名、所属軍名を」
「丘野遡等、宇宙軍です」
「各予算配分については、配布された資料をお読みください」
スタディンは、この部屋に入る時に渡された資料に目を通した。
「陸軍:
武器購入費…8067億2800万GAC。
人件費…16兆6300億6196万GAC。
雑費…162兆3589億1720万GAC。
空軍:
武器購入費…7兆6921億3749万GAC。
人件費…47兆3698億1839万GAC。
雑費…72兆7813億6489万GAC。
海軍:
武器購入費…3兆8925億6012万GAC。
人件費…5兆8916億3057万GAC。
雑費…29兆2917億2760万GAC。
宇宙軍:
武器購入費…81兆9034億1247万GAC。
人件費…9兆7692億1193万GAC。
雑費…19兆7692億1199万GAC。
計:
武器購入費…94兆2948億3808万GAC。
人件費…79兆6607億2285万GAC。
雑費…284兆2012億2168万GAC。
全費用計…458兆1567億8261万GAC」
「こんなに使うんですか?」
「ええ、今年度、9月1日〜8月31日まででそれほどの予算を計上しています。この額は前年度と変動無しです」
「確実にこれほど使わないはずですので、来週、もう一度、本委員会の開会を要請します。それまでの間に特別監査を実施します」
「分かりました。では、本日はこれまでで閉会とし、来週の日曜日に集合とします。時刻は、本日と同様とします。なお、来会より本日選出された、木下委員長、竹中副委員長、丘野書記を委員会三役とし、認証した上で実際に彼らに権限を移譲します。では、各自解散してください」
スタディンとクシャトルは、帰ろうとしていた望月許斐を呼び止め聞いた。
「なんでしょうか」
「すいませんが、望月徹生と言う人を知っていますか?」
「ええ、私のお父さんで、清正美高校の先生をしていますが…ああ、そうか、スタディン将補とクシャトル将補は、清正美高校に行っていましたね」
「ええ、そうです。それに、徹生先生は、自分達の担任です」
「…そう言えば、お父さんも言っていたわね。イフニ兄妹は俺の所のクラスにいるって。それだけ?」
「ええ、確認をしたかったので…」
「じゃあ、お父さんに伝えとくわね。イフニ兄妹がよろしくって」
「ありがとうございます」
一礼してから、二人は帰っていった。
第52章 特別監査
1週間後の日曜日。スタディン達は再び委員会に集まっていた。
「では、これより特別監査の結果を公表します。特別監査には宇宙税理士協会より税理士38名をお送りいただきました。彼らの努力により、無事に特別監査を終了できた事をここに、礼を言わせていただき皆さんにお伝えいたします。では、特別監査には予算委員会より木下委員長、竹中副委員長、両名が代表者として出向いたしました。では両名に本特別監査の結果を発表していただきます」
なぜか司会を、前委員長の望月許斐がしていた。
「はい、では監査結果を発表させていただきます。今回の監査の対象は第2師団における軍事費が非常に多いと言う事でした。今回は税理士38名以外にも、NPO団体である「軍事費監視委員会」、NPO団体「税金流用禁止法案策定要求委員会」より、それぞれ5名ずつ出向していただきました。結果、軍事費全体の38%が使途不明金として消滅している事が判明しました。これは約174兆0995億7739万GACもの税金が裏金と言われても仕方がないような状況にあります」
「では、これについてどうすべきでしょうか」
「NPO団体は今すぐ公表すべし、と言う意見をいただいております。結論は本委員会に置いて決定する旨をすでに両団体に提出済みです」
「では、これより1時間休憩とし、その後、決を取ります」
きっかり1時間経った時、再び委員会が召集された。
「では、これより決を取ります。本特別監査報告書を定期会議に提出する事に賛成の方はご起立下さい」
全員が立ち上がった。
「全会一致とみなし、本特別監査報告書を定期会議に提出し、情報公開をいたすものとします」
全員から拍手が起こり、3週間後の2回目の定期会議に報告書が提出される事になった。
家に帰ると、ニュースで軍用費の増大問題をしていた。
「これの38%が必要じゃないんだな」
「そうだね。私達がどうこうできる額じゃないけどね…」
スタディンとクシャトルが並んでテレビを見ていた。
第53章 第2師団第4165回参謀官会議
「これより第2師団第4165回参謀官会議を開会します。最初に、予算委員会委員長より議案を提出したいとの事です。予算委員会木下清浄委員長、前へ」
「はい」
書類を数枚持って演台にあがった。
「さて、予算委員会は3週間前に特別監査を行い、全執行予算の内38%が無駄に使われている事が分かりました。それを、今回公表するかどうかを本会議に諮り公表するかどうかを議論したいと思います」
「内容を」
議長が先を急がせた。
「はい、今回行ったのは前年度執行分の予算の最終報告書の作成時でした。その際に委員の一人が非常に使用資金が多いと言う事に気づき、特別監査を要請し受理しました。そして1週間後、特別監査報告書に基づいて我々の方で発表の是非を問いましたが、決定は本会議に置いて決定すべきと言う意見にかたまり、現在、諮問中と言う事です」
「では質問に移る。質問者は挙手を」
何人かが手を挙げ、すぐに当てられていく。
「全執行予算は総額どれくらいになり、また無駄に使われていた分はどれくらい使われていたかを教えてください」
「分かりました。前年度執行総額は458兆1567億8261万GACとなり、その38%は約174兆0995億7739万GACです」
「その分は、どこに消えたか、現在、把握しているのでしょうか?」
「それは、現在究明中ですが、しかし現在の所、人件費で大半が消滅している事が判明しています」
「どのような人に渡っているのでしょうか?」
「それは分かりません」
「誰が特別監査を要求したのですか?」
「今回、この特別監査を要求した人の名前を挙げるのは受益者からの攻撃の的となる恐れがあるので公表は差し控えさせてもらいます」
「他に質問がないようなので決を取らせていただきます。今回の特別監査報告書に基づく税金の無駄な使用を公表すべきか否か。賛成の人はご起立ください」
立ったのは、ちょうど半数の人だった。
「現在着席している人は、全員、否決とみなし、規則により、議長、副議長、書記、師団長の相談の上、決定します。ではこれより1時間の休会とします」
ゆっくりと立ち上がっていき、いったん会議室の外へ出た。
1時間後、扉が開かれ相談結果が発表された。
「議長、副議長、書記、師団長の相談の結果、本議案は公表されるべしと言う意見に収まりました。明日、正午に記者会見を開き今回の特別監査の結果を全世界に公表します。以上、解散」
第54章 報告書の波紋
翌日、スタディン達は学校にいる間、ずっとその記者会見の事を考えていた。(誰がどんな内容を言うんだろう…)家に帰るとどこの放送局も、その記者会見の結果を発表していた。
「国営放送、定時のニュースを中断し臨時ニュースをお伝えしていますが本日正午の緊急記者会見に、太陽系第3惑星第2師団師団長が税金を多額に投入して裏金と言われてもし方がないような謎の資金がある事が判明しました。これを受けて第2師団では真相究明委員会が組織され、どのような経路をたどり資金が動いていたかを追及する方針です。今回組織された委員会の委員には民間からの委員も半数以上参加されているようで、今後の動向次第では他師団に飛び火する恐れもあります」
それが発表されてから、さまざまな団体が全ての軍部の所に行き監査をするように要求した。しかし、どこの師団もその要求に応じなかった。
「さて、どうしたものかね」
学校に戻っても、家に戻っても、どこにいってもその事が頭から離れなかった。これを契機に、連邦議会で軍廃止の議論が高まっていた。
第55章 連邦議会軍廃止特別会合
連邦憲法が初代大統領である大島仁人氏によって定められて以来、初めて軍廃止の方向に話が進んでいた。全ての師団長が一堂に連邦議事堂に会し軍の将来について話し合っていた。
「軍と言うのは、古来より戦争の抑止力にあたり必ずしも必要な組織である。つまり、その結果的に軍は必要なものである」
「しかし、軍があるからこそ革命が起き、軍があるからこそ悲しみが生まれ、軍があるからこそ戦争が終わらない事を、忘れないでいてもらいたい」
「莫大な軍事費もかかり、この10分の1でも宇宙中の明日さえ見えない人々の救済金に当てられたら、彼らは救われると言うではないか。それこそ、軍が不必要だと言う最もな理由じゃないのか?」
「今話しているのは、軍の存続云々よりも軍事費をどう節約するかにかかっていると思う。なぜならば、それこそが我ら軍部が存続する方法であり、最も議会の承認も得やすいと思うからである」
「そもそも、こんな組織自体を潰して新しい物を作ればいいんだ。そしたら軍と言う名前だけを付け変えて存続は出来る」
「でも、それをしたら我々のこれからが危うくなるだろう?」
このようにして、けんけんごうごう、それぞれの意見を一方的に出し合っていた。その中で、第2師団師団長であり今回の問題の張本人である川草大明大将がそれを見ていた。ふと立ち上がり、みんなが見ているさなか外へ出た。
「どうしたんですか?」
「どうしようもないな…このような事を引き起こした張本人は何を話せばいいんだろうな…」
「昔の人はいいました。「沈黙は金、雄弁は銀」何も話さない事こそが最も勇気がいる事だったのかもしれません。しかし、あなたがやった事はそれと同じぐらい勇気がある事でした。あなたはその事を憶えておくべきです」
師団長は少し微笑み、「そうかもな」とだけ言った。
連邦議会では、軍不要派と軍容認派に分かれて議論を繰り返していた。その間は他のいかなる業務も行われず、ただその話しかしていなかった。
そして、1ヶ月経った時ようやく結論が出た。それは、国民投票をして全国民の意見を集約すると言うものだった。こうして、連邦憲法改正案が議員提案によって提出され連邦議会も通った。
「今回、連邦憲法改正案が連邦議会を通過した事に関する連邦政府の緊急声明が発表されました。これをもって全ての国民は周知期間である半年以内に国民投票をする事になります。その際には本憲法案に賛否をするのはあなたの一票です。今回は軍部全員及び15歳以上の全ての国民に対し投票する権利が与えられます……」
スタディンは、家でそのニュースを聞いていた。学校ではもうすぐ文化祭があり忙しい時期だったので、今回は本部に行かず家にいたのだった。今回も映画を撮ろうと言う事になっていた。今年からなぜか2学期に文化祭が開かれる事になっていた。
「とりあえず、これからが大変だな。軍の存続は世界を平和にするかそれとも破壊しかもたらさないのか。そのどちらであるかと言う事を国民全員に説いているのだからな」
達夫さんが茶碗を持ちながら言った。ニュースはなおも続いていた。
「……国民投票は、来年1月15日に投票され、各標準時午前7時より投票開始、午後8時に投票終了で即日開票されます。但し全ての地域で投票が終了するまで投票結果は公表されません。今回の国民投票によって軍部の存続が決定します…」
スタディンはシュアンに言った。
「そういえば映画の題名ってなんだっけ?」
「「呪われた神」だったっけ?もう、何時でも出れるように準備万端なのに…」
「って言うか、台本を預かっていないという時点で危ないような気が…」
その時、スタディンにメールが届いた。スタディンはその発送人を見てつぶやいた。
「噂をすればなんとやら」
クシャトル達も近くに集まって誰からか確認した。委員長だった。しかもスタディンとアダムとシュアンに、学校にこれから来て欲しいと言う事だった。
「どうしたんだろう。こんな夕方に」
アダムがいいながら、制服を取りに部屋に戻った。
ちょっとして、3人とも制服に着替えて家から出た。
第56章 映画撮影
「どうしたんだろうな」
「こんな夜中に学校…映画撮影中だったりして」
「まっさか〜、アダム、それはないと思うな」
学校に着くと再び携帯にメールが送られてきた。
「湖に来てくれ?」
「なんで、湖?」
「さあ」
3人は、学校の敷地内から湖に向かった。すると光が見えてきた。
「青白く見える、光る湖。この学校7不思議の一つだったね」
「そうそう。でもその実態は…」
スタディンが言う前に横から誰かが近づいてきた。
「スタディン、アダム、シュアンだね。ごめんね。こんな夜遅くに呼びかけちゃって」
「委員長か。一体どんな用事だ?」
「それは今回の文化祭実行委員会2年5組代表の天領顕子に聞いて。私も、みんな呼んでくれって言われただけなんだから」
委員長に連れられて案内されたところは、確かに先生以外の全員が集まっているように思われた。しかし重要な人が見当たらなかった。
「顕子はどこだ?」
「ここよ!」
湖の向こう側から足こぎボートで現れた。疲れているようだったがどうにか上陸に成功した。完全に息切れをしていた。
「ハァハァ、今回みんなを呼んだのは、映画の台本が出来上がって今日からその撮影に入ることを言うためなの」
「今日から?」
「そう、今日から。今からその準備をする事になるの。台本はこれから渡すから」
彼女はボートの中にある40部の本を持ってきた。
「これがその台本。題名は伝えてあった通り「呪われた神」。来々月の11月14日に文化祭が開かれるでしょ。その出展作品としてこれを出す事にしたの」
「でもなんで今日から?」
「それにこんな夜中だし」
「思った時が吉日って言うよね?だから夜中にみんなを集めてもらったの」
「急いては事を仕損じるともいうけども、この台本はちゃんと作られた物なんだろうな」
「もちろん!それは保障するよ」
「そうか、だったらいいんだが…」
「じゃあ、これから、だれがどの役をするかを決めたいと思いまーす」
「そんな事はネット上ですりゃ良かっただろ?」
「ネット上といえどもタイムラグは発生するから、だったらみんな台本を見る時にするのが一番と思ってね」
そして全員に台本がいき渡ったのを確認してから役を決定した。どうにか全部決まったのは深夜12時を過ぎたころだった。
第57章 軍の行方
翌月軍の方針決定によって、当分の間軍の行動は差し控える通達が全軍関係者に届いた。
「スタディン、手紙よ」
由井さんがスタディンが起きた直後に言った。
「え?手紙?どこから?」
「軍の指導部から」
「軍?」
由井さんから手紙をもらい、スタディンはその場で手紙を開封した。
「四軍統合長より、憲法改正国民発議に関する軍部改廃是非による国民投票の結果如何によっては、軍は廃止される可能性がある。その可能性が消滅するまで全ての軍関係者は自宅待機とし軍に関連する行動をしてはいけない」
と書かれていた。
「やっぱりね。軍人としての行動を控えて欲しいと言うそんな手紙だったよ」
スタディンが階段から降りて来たばかりのクシャトルに同じ手紙を見せた。あまりにもそっけない反応しか見せなかった。
「ああ、そう…」
クシャトルはどうやら寝不足のようだった。
「どうしたんだ?」
「私達のクラスで劇をしようって言う事になったんだけど…その台本を昨日、遅くまで読んでいたから…」
「ああ、眠いんだな。だが今日も学校だ。明日も明後日も。がんばらないといけない時期だ」
第58章 2年生になってからの文化祭
「やれ、もう11月か」
スタディンが感慨深げに言った。すでに涼しさはなくなりつつありポカポカとした陽気がずいぶん多くなってきた今日この頃であるが、その一方で膨大な量の仕事をこなしつつ文化祭の映画撮影も行っていた。
楽しい事はすぐに過ぎ、あっという間に緊張の本番が来た。すでにスタディン達のクラスの分は上映できる状態にあった。映画をしているのは他にも2、3クラスしかなく十分に部門優勝が狙える場所にあった。しかし合唱部門、演劇部門となると他のクラスが半々ほどあり非常に厳しい戦いが容易に予想できた。
クシャトルはその緊張をしている組に入っていた。(う〜、ちゃんと出来るかな…もし、みんなの足を引っ張るようになったら…)その時後ろから肩を叩かれた。
「どうしたの?」
「あ、朋子ちゃん」
1年生の時、3組だった飯縞朋子は、クシャトルと同じクラスで仲良くなっていた。
「緊張しているの?」
「うん…」
飯縞はクシャトルの肩を叩いて言った。
「大丈夫だって。これまでちゃんと練習したんだから。クシャトルちゃんなら、ちゃんとできるって」
「ほんとかな…」
「うん。本当に」
クシャトルは自信を取り戻したようだった。
「分かった。ありがとう」
「どうって事ないわよ。さ、出番よ」
飯縞に導かれて、クシャトルは舞台へと、自らの現在を忘れる事が出来る場所へと足を踏み入れた。
クシャトルの劇が終わってから、スタディンはステージの脇にいた。
「良く出来たな。あんなややこしい文章」
「お兄ちゃん!なんでここに…」
その時、周りの視線が二人に集中している事に気がついた。
「とりあえず、なんでここにいるの?」
「いや、労いの言葉をかけに来ただけだ。それよりもイブを見なかったか?」
「イブちゃんなら、照明係だからもうそろそろ降りてくると思うよ」
「そうか」
「スタディン!なんでここに…」
上に続く階段から降りてきたイブがスタディンを見つけるやすぐに言った。階段を一段飛ばしで降りてきてスタディンに駆け寄った。
「いやさ、この後、暇だったら一緒に展示とか見ないかなーって言う誘いに来たんだ…」
突然、イブはスタディンに抱きついた。周りは驚いていた。
「もちろん、いいよ」
イブは体を放しながら言った。
「でも、ちょっと休んでからね。ここの照明って熱電球だからすごく熱くて…」
「ああ、分かった」
周りはやれやれと言う顔をしていた。そして、脇の小部屋から全員、外へ出た。
外へ出た途端に、スタディンとクシャトルは、また師団長を見つけた。
「お久しぶりです、師団長殿。会議の様子はどうでしたか?」
「まあまあだな。君達も知っているだろうが今回の事件を受けて全ての15歳以上の男女に選挙権を与えると言う、前代未聞の出来事をした国民投票となる。そんな事よりも君達の舞台はもう終わったのか?」
「ええ、つい先ほど上演は終了しました。しかし今日、各部門の上位が決定し、それらは翌日に再上演する事になっています」
「だったら、また明日来れば君達のが見れるという事だな」
「運がよければの話ですが」
「だったらそれでいい。また明日来る事にしよう」
その日、文化祭の全ての演目が終了して体育館に集合した時、再び事件が起こった。
「第301回清正美高等学校文化祭各部門優秀賞を発表します」
生徒会長が前に出た時であった。一発の銃声が体育館の静寂を切り裂いた。だれもが発砲の主を確認しようと後ろを振り向いた。その、集中した視線の先に誰かが立っていた。しかし、その者は既に生きてはいないような感覚があった。
「キャ―――――!」
パニックに陥った群集に対して、スタディンは上に銃口を向け発砲した。
「貴様は誰だ!」
誰もが静かになった一瞬をつき、その存在に対して言った。それを言いながらも軍部全員にどうにか連絡を取り、銃を持ちながらその存在に対して繰り返した。
「直ちに銃を捨てよ。さもなくば発砲する」
スタディンは再三再四言ったが、その者は聞いているようではなかった。逆にスタディンに対し発砲し始めた。5発連発し、その後玉切れとなったようだった。その瞬間、包囲している軍関係者は一斉に発砲し始めた。硝煙の煙が消えるころその存在は倒れていた。
「生徒会会則第59条に基づいて清正美高等学校軍部門最高指導者イフニ・スタディン将補、当人がその権限を用いて本現場より何人たりとも、警察が来て事情聴取が行われるまで外に出る事を認めぬ。無論、本事件の当事者は我々であり被疑者は死亡しているがいかなる理由であろうとも、死者を蘇らせる事はしてはならない暴挙である」
スタディンは体育館にいる全員に対して言った。
「警察へ誰か連絡をしたか?」
事件が発生してから8分後に警察が到着した。
「被疑者は?」
「射殺した。こちらに対し、14:08に無言で発砲。その直後こちらは威嚇発砲を繰り返し、14:10にこちらに銃口を向け複数発発砲。その後、正当防衛としてこちらが発砲。後は見ての通り。体育館の玄関に死体が一つ転がっている状態です」
スタディンが警察の事情聴取に対し的確に、そして簡潔に答えた。
「その時間は確かなのかね?」
「ええ」
「じゃあ、なんで死体がもう腐っているんだ?」
「それは、こっちに聞かないで下さい。襲撃した時には既に死んでいました」
「そんなバカな話があるものか。死体が動くなんていう事が」
「目の前のものを受け入れなければ、それは真実なるものではないと先人も言っています」
「……とりあえず、今日はここまでだ。何かあればまた連絡する事があるかもしれない」
「分かりました」
スタディンは、臨時に設置された取調室であり現場である体育館から出た。
「どうだった?」
体育館から出ると、クシャトルがこっちに歩み寄ってきた。
「どうって?」
「発砲した事とか死体が動いた事とか」
「さてね。もう、本件は自分の手から離れ別の次元へ進んだ事がわかったから。今回の事件の捜査は警察がやってくれるだろうし、何かあればこちらに連絡が来るだろう」
「そうね」
「とりあえず帰る事にしよう。先生達も聞かれているけど何かあれば連絡が来るだろうし」
スダディン達はそのまま家に帰った。
第59章 文化祭襲撃の犯人
その後、1週間してから師団長がスタディン達の家に来た。
「失礼するよ。師団長だが、スタディンとクシャトルはいるか?」
「はい、ここにいます」
「実は、1週間前の清正美高等学校文化祭襲撃事件の黒幕が分かったんだ」
「誰ですか?大体の検討はついていますが…」
スタディンが、師団長を家にあげた。師団長は、座りながら言った。
「国外追放を受けたキャサリン・サルミャンだ。彼女は秘術を使って死体を操っているらしい」
「秘術…つまり、彼らは違法行為をしているのですね」
「しかし、そうとも言えないのが実情だ。彼らが国外追放先に選んだのは、先の宇宙大戦時我々の敵として戦ったインフラトンだ。彼らは我々と対峙している。ことあるごとにこちらの息の根を止めようとしている。しかし、こちらもそれに対抗してきた。だが、もうそろそろ限界がきている。彼らはこちらを倒すためにはいかなる手段も問わないだろう。それがいかに違法行為だったとしても、特に宇宙戦争当時敵艦隊を制圧した君達は彼らからみたら目の上のたんこぶ的な存在のはずだ。だから、君達は真っ先に狙われるだろうと思ったが…」
「その予感は的中しました。彼が自分達を殺すと言う目的だったとしても、すでに死んでいる存在だったので問いただす事は出来なかったでしょうが、周りを取り囲んだ時真っ先に自分を狙いました」
「だったら、確実に君達は命を狙われている。どうする?」
「どうするも何も。相手が自分達を狙っていると言うならば、こちらはそれに受けてたちましょう」
スタディンはクシャトルを見た。
「私もお兄ちゃんと同意見です。彼らが私達を狙うなら、消したいと思うなら、その前に相手を倒すまでの話」
「これは心強い」
師団長は微笑み、そのまま帰った。
「さて、とりあえずどうしようか…」
師団長を見送りながらスタディンがつぶやいた。
「相手が来るのがいつかさえ分かったらこっちも作戦立てれるのに…」
クシャトルはそう答えた。
さらに、3週間経った。しかし、何事もこの間は起きなかった。
終業式の日、再び誰かが攻めて来た。スタディン達はちょっと用があって第2師団にいた。そこを狙われた。
「緊急警報!緊急警報!師団敷地内に不審者侵入!繰り返す!師団敷地内に不審者侵入!敵は、動きは鈍いが攻撃力は非常に高い!警戒せよ!警戒せよ!」
スタディンとクシャトルはベル内の年に1回の簡易点検に来ていた。他の乗組員も乗船していた。今日は何も用がなかった、アダム、イブ、シュアン、クォウス、ルイ、瑛久郎、愛華、佐和泉水、佐倉友美も乗船していた。
「緊急警報!?」
それを聞いた時、瞬く間にスタディンはテキパキと戦闘態勢を整えた。
「非常事態警報発令。緊急要員以外は全て所定の位置へ。アダム達は客室にいて。そこから出て行かないように」
「分かった…ちょっと待ってクォウスとルイは?」
アダムが周りを見渡して、初めて二人がいない事に気がついた。スタディンはため息をついて言った。
「とりあえず、ベル、二人を探してくれ。それと通常の手続きに則り、戦闘指揮室に必要な人員を呼んでくれ」
「了解しました」
「では、行動してくれ」
スタディンとクシャトルは戦闘指揮室に、他の人達はスタディンが指示した客室に向かった。
「船長、クォウスとルイを見つけました」
ベルが戦闘指揮室に入った途端のスタディンに言った。
「どこだ?」
「それが…最重要基幹区域です」
「なんで、そんなところに?」
スタディンはそんな問題を差し置いて、アダムとイブにその場所と共に教えて行くように指示した。さらに、ベルは言った。
「船長、敵が、本船を取り囲んでいます。生命反応は無し、しかし、行動できるのは、現在は忘れられていた魔法によって生かされているように見せかけられています。これはそれぞれの魔法を断ち切るだけでなく、本体自体も消滅させないと行動は止まりません」
「さて、どう戦うか…」
一方、アダムとイブはスタディンの情報を元にして、最重要基幹区域と呼ばれる場所に向かっていた。
「一体、ここは、何なんだ?」
アダムはその物を見て驚いていた。それは巨大なタンクだった。学校の校舎よりも大きそうに見える中には液体が入っており、それが時々あちこちで光っているのだった。
「きれー…」
イブがその光に見とれていた。そのタンクのたもとに二人はいた。
「あ、アダムとイブだ」
「二人とも、なんでそんなところにいるんだ?」
「気の向くままに来たら、ここまできちゃった」
ちょっと失敗したかなと言う顔をして、二人はアダム達と合流してその部屋を後にした。
スタディンは師団長に連絡を取っていた。
「なぜ、いけないのですか!これは緊急事態なのですよ。本船の近くまできています。早く発砲許可を!」
「…だから、許可は出来ない。現時点、憲法改正の発議後、軍は行動が出来ないように議会から戒められている。その禁を破った時はいかなる罰も覚悟の上だと言う事だろう」
「じゃあ、どうしたらいいんですか?」
「船内に入れろ。そして水際作戦で行け。正当防衛の線で進められるだろう」
師団長はそれだけ言った時点で突然切られた。
「どうした!」
スタディンは聞いた。
「ベル、何があった?」
「電波障害です。Lv.10、つまり最高レベルです」
「最高レベルの電波障害?それをする事ができるものといえば…」
「第47惑星系だけにある超高性能レーザーです。最高指向性なのでどこまで行ってもほとんど性質は落ちる事はありません。現在始動されているレーザー類の中で最も高性能です」
「第47惑星系はどこの領土だ?」
「先の宇宙大戦の休戦条約によって、ワイナロが領土権獲得しております。さらにワイナロはインフラトンと同盟関係にあります」
「決まりだな。ワイナロとインフラトンはこの機に乗じて戦争をしようとしているんだ」
非常事態警報発令下の船内は赤黒い光に満ちていた。今、その事に気づいたスタディンは、しかし、気付くのに遅すぎた。
「敵、船内に侵入!」
「非常事態警戒警報宣言発令、全乗務員は速やかに船内攻撃の位置に着け。ベル、放送よろしく。それと敵進入区域の遮壁始動」
「放送終了」
スタディンとクシャトルは、船内に入ってきた敵を撃退するために、現場に向かった。
「ベル、アダム達に伝えてくれ。その場にいるように」
「了解」
スタディンは、駆け足で現場に向かった。
遮壁で隔離された扉の向こう側には敵がうじゃうじゃいると言う状況でスタディンとクシャトルは光輝剣を取り出していた。
「じゃあ、ベル、始めてくれ」
「了解」
ぷしゅーと遮壁が開いた。その途端に、敵が生きているか死んでいるか分からないような半分腐りつつある死体、しかもそれが大量に押し寄せてきた。瞬間的にスタディンとクシャトルが光輝剣を輝かして突き進んで行く。後ろの方では、まだ中途半端に動ける物に対してマシンガンを無造作に打ち込んでいっていた。
「さて、これで1回戦終了かな?」
スタディンがうっすらと額に汗を出しながら言った。
「その前に質問。この死体、誰が片付けるの?」
二人の後ろには累々と屍が転がっていた。すでに廊下の床はまったく見えないほどであり、足を入れたら数cmぐらいめり込むほどだった。一部は白骨化しつつあるものもあった。そこら中で腐食臭がしていた。
「とりあえず言えるのは、ベル、掃除係を後で呼んどいてくれ」
「了解」
後ろの残党処理が終わるのを待って、次々と遮壁を解放していった。
船内に侵入した者を全て片付けるのに、3時間以上かかった。
「ベル、船内隔離措置終了、但し外部遮断は継続」
「了解」
全ての遮壁が開放されたが、外の画面を見ると続々と敵が船に近づいていた。
「さてと、彼らを一発で片付けられる方法ってあるだろうか」
「私達がいるじゃない」
戦闘指揮室に来たのは佐和泉水と佐倉友美だった。
「ああ、そうだった。この船には今、魔法が使える人達が多数乗船しているんだった」
「私達にも手伝わせてよ」
「いいのか?後の掃除が大変だが?」
「いいよ、そんな事ぐらい」
佐和は普通にさらりと言った。ただ、こう付け加えた。
「あ、でも、掃除代だけはちょうだいね」
スタディンは、最後の言葉を無視して言った。
「だったら話は早いな。ベル、この船の乗り込んでいる全ての魔法使用可能者を作戦室に呼んでくれ」
「了解」
スタディン達は、すぐに作戦室に向かった。
集まったのは、ベルの乗組員以外の全員だった。
「さて、これより防衛活動を開始する。本作戦は……」
その時、誰かから連絡が入った。
「こちら、連邦政府兵部省大臣だ。第2師団、宇宙軍のイフニ・スタディン将補だな?」
「はい、そうです」
「君の所が、テロ攻撃にあっていると言う情報を受け取った。君には、現時点を以て本作戦の部長に任命しいかなる戦闘行為も許可する。この情報は、すでに第2師団師団長に連絡済だ」
「了解しました。感謝します」
「以上だ。健闘を祈る」
そのまま連絡は切れた。すぐにスタディンは師団長に連絡をいれその情報が正式に発令した物と確認。すぐにベルの全武力を投入しようと考えたが、そうするとこの町ごとふっ飛ばしかねないと言う結果が出た。
「さて、ではこれより魔法作戦を開始する。本作戦は連邦政府より正式に認可されたものであり、本作戦の立案者は自分である事をここに明言する。さて、内容は自分とクシャトルが使える光輝剣と言う武器がある。それを使用するが今回は敵の数が多すぎる。そうすると、二人だけの魔力では対応できない可能性がある。そこでだ、ここにいる全員の魔力を光輝剣に集めそれで攻撃しようと思う」
佐和が最初に言った。
「私はいいけど、どうするの?神の力はここにいる人の中でもばらばらだと思うけど…」
「ま、どうにかなるさ」
スタディンとクシャトルはそう言って集まっている人の顔を見渡した。
「さて、他に質問がないなら、このまま行こうと思うが?」
こうして、作戦は始まった。