第2編第3部
第42章 スタディンとクシャトル
「…………」
「船長、起きましたか」
「…ここは……」
「ベルの中の医務室です」
「そうだ、クシャトルは?」
スタディンは動きにくい体を無理やり動かそうとしてフラッシュに止められた。
「まだ眠っています。吸入した麻酔の量が多かったので、死にかけていました。しかし、今は目覚めるのを待つだけです」
「…そうか」
スタディンは医務室の天井ばかり見ていた。フラッシュは書類を渡した。
「あなたがいなかった間に、大統領が失脚し元々の大統領に戻りました。それと副大統領がいなくなっていたのですが、心当たりはありますか?」
「おそらく自分が殺したのだ。彼は素粒子レベルにまで分解した。魂すら原形をとどめないほどに切り刻んだ」
スタディンは寝転がりながら、両手の手のひらを見ていた。
「そう、自分自身の手で彼を殺したのだ。しかし、それは良かったのだろうか。自分が彼を殺して本当に良かったのだろうか」
「それを決めるのは、船長じゃなくて彼らですよ」
フラッシュは医務室のドアを開け彼らを中に入れた。師団長達だった。
「師団長…」
「スタディン、今回のことは大変に残念に思う。しかし、君が今回のことについて不快に思っているのは、おそらく彼らの方が分かるんではないかな?」
そして、師団長が中に入れたのは、アダム達だった。
「アダム…」
「スタディン、大変だったな。スタディンが寝ている3日間の間に蜂起軍は崩壊し、大統領が失脚し、非常事態宣言と戒厳令と無期限外出禁止令が全部解除されたんだ。それで続々と帰ってきている」
「学校は…」
「全員、無事。無事じゃないのは君達だけ」
スタディンは少し笑い、「そうか…」と言った。そしてまた誰か入ってきた。
「…スタディン将補」
「大統領閣下、なぜこのような場所に?」
「今回、君には多大なる能力をいかんなく発揮してくれたと思う。それを賞して君に特別褒章を贈呈することを決めた。これで何個目だ?」
「さて、数えた事がないので…」
「そうか、じゃあ、みんな、準備はいいな」
「いつでも」
スタディンは、みんなの言っている意味が良く分からなかった。
「本当ならば、少将と言う地位は18歳以上でないと進級する事が出来ないんだ。しかし今回は特例として、少将相当官の地位を君に進呈し特別褒章を授与する。新暦367年5月7日、新中立国家共同体大統領、御手洗勇二」
そして、褒章は、クシャトルにも送られる事になっていた。
「だが、彼女は見ての通りですし…」
その時、ちょうどタイミングよく、彼女は目を開けた。しかし様子がおかしかった。
「…………………………………」
「どうした?クシャトル」
スタディンが心配になって声をかけた。
「……」
口パクをしているのだが、声が出なかった。
「もしかして、麻酔で…?」
「吸いすぎて、言語野に傷害が出たか…。ベル、緊急治療を」
「了解しました」
「すいませんが、大統領、その他一行、今回の授与を終えるとすぐに外に出てください」
そして、経験した中で、最も慌しい授与式が終了した途端に全員外に追い出された。スタディンは病室にいる事が許可された。
第43章 リハビリ方法
「ベル、これより言語野回復手術を行う。電磁パルス5秒照射」
「了解」
すぐに、どこからか、レーザーのようなものがクシャトルの後頭部に当てられた。しかし回復はしなかった。フラッシュは、言葉の意味がわかっているかどうかを確かめるために少し実験をした。
「クシャトル、今から君にいくつか質問をさせてもらうよ。「はい」だったら、首を縦に振って、「いいえ」だったら、首を横に振って。分かったか?」
1回縦に振った。
「……じゃあ、始めますよ」
その後、常識クイズ的な問題がいくつか続き、そしてこう結論付けた。
「スタディン、クシャトルは、純粋に声が出なくなっただけだと思われるよ。これは、言語野ではなく、運動野も係わってきていると感じるね」
「どうすれば、治りますか?」
「地道な努力しかないだろうな。生まれてきてすぐにした事をもう一度する必要がある。つまり、文字を見て発音をすると言う事だよ。君にもちょうどいいリハビリになると思うから、してみたらどうかな?」
「どういう事ですか?」
「君の場合は、筋肉が固まって動きにくくなっているだけと考えられるんだ。紙をめくるとか、そんな単純動作が一番いいと思うんだ。さて、とりあえずこれをやってみて」
そう言って、スタディンに渡したのは、文字が書かれた紙だった。
「これは?」
「言語学習用のカード。発声ができなくなった人達のために、こうして常備していたのだが…」
「でも、これ相当古いですよ。黄ばんでいるし」
スタディンが、パラパラとめくってみる。所々、虫食いのあとがあった。
「これ、いつのですか?」
「最後のページに発行年月日が書かれているはずだが?」
フラッシュが言ったのでそこを見てみると、「新暦48年4月2日:第47版第1刷発行」と書かれていた。
「これ、300年以上昔の物じゃないですか。なんでここに?」
「自分の、曾々爺さんが、これを考案したと聞かされたものだ。当時にも似ている物はあったらしいのだが、それぞれの発音しにくい分野に多岐に渡る選択肢を提示してそれを同時にするというものは当時なかったらしい。とにかく、練習しかないよ」
フラッシュにそのやり方を教えてもらい、スタディンは震える腕を押さえながら、どうにかめくっていった。クシャトルは、どうにか口の形をしているが苦しそうだった。
「リハビリは、とにかく気長にする事が最も重要になる。いつの日か、ちゃんと元のように発音できる日が来るのを願ってやり続けなさい」
第44章 苦難の兄妹
それから1週間後、スタディンは杖をついて歩けるまでに回復をしていた。しかしクシャトルは、簡単な発音が出来るぐらいまでしか回復しなかった。
「アー、イー、ウー、エー、オー」
「そうそう、だいぶ出来るようになってきたな」
スタディンとクシャトルは軍人病院に入院し、フラッシュから借りたあのカードでリハビリをしていた。
「じゃあ、もう1回な」
「アー、イー、ウー、エー、オー」
その時、誰かが近づいてきた。
「スタディン、どう?」
彼女は沢井だった。
「沢井、どうしてここに?」
「ん…ちょっと、ね。それより大変だったね。クシャトル大丈夫なの?」
今年、小2になったはずの沢井が、クシャトルの顔をじっと見ていた。
「クシャトルなら、大丈夫。でも、話せなくなった時の事も考えておくべきだったな…」
スタディンは下を向いた。
「…泣いてるの?」
「………」
何も言わなかった。スタディンはそのまま目に腕を当てたまま、どこかへ歩いて行った。
戻ってくると沢井とクシャトルが、さっきまでスタディンが使っていたカードで発声の練習をしている所だった。
「カー、エー、ルー」
「じゃあ、これは?」
「トー、モー、ダー、チー」
「それだったら、これは?」
「ヒヤー、クー、シヨー、ウー」
「なるほど…いわゆる小さい文字の音がまだ出来ないんだな」
スタディンが沢井の後ろにって立って言った。
「スタディン、いつからそこに?」
「ん?さっきから、いたけど?」
「そう?全然気づかなかった」
「ワー、ター、シー、ハー、ナー、セー、ルー、ヨー、ウー、ニー、ナー、テー、キー、ター」
「そうか、まあ良くなってきて良かったじゃないか」
「そうだよ、クシャトル、ちゃんと話せるようになってきたんだから、この調子だよ」
「ソー、ウー、ダー、ネー」
それから、2週間経った時、クシャトルはようやく普通に話せるように回復した。しかし、多少不自然になる時もあったが…
新暦347年6月1日。蜂起軍を率いていたキャサリン・サルミャン前大統領大杭並筒前副大統領、両名についての人民裁判が始まった。
第45章 人民裁判
ざわつく法廷。しかし、ここは連邦議事堂であり、本当は法廷ではなかった。だがこの件について特別に連邦議会が承認した裁判所として人民裁判所が設置され、6月1日人民裁判が始まった。
「静粛に。これより蜂起軍首領、キャサリン・サルミャン前大統領、大杭並筒前副大統領についての、人民裁判及び連邦憲法の要旨に対する関連の裁判を開始する」
現職の大統領である、御手洗勇二が裁判長をつとめ、現職各軍幕僚長が裁判官をしていた。
「被告人、両名とも、前へ」
裁判長が廷吏に命じた。手錠をされたキャサリンは廷吏に両脇を支えられて、ちょうど法廷の中央に置かれている証言台に連れていかれた。
「キャサリン・サルミャン、あなたは当人であると認めますか?」
「認めます」
「被告人、被告席へ戻りなさい」
廷吏が再び被告人席に連れていく。
「これより本法廷の開廷を宣言する。これより事実審理に入る。なお、現在提出されている証拠物件及び証人に対し、異議、もしくは訂正があるようならば、この場で申してください」
「異議無し」
被告人席の横には、弁護士が5人、同じ格好をして座っていた。検察側にいるのは、今回、特別に設けられた、「蜂起軍事件調査部」だった。
「では、検察側、被告側両方とも異議無しと認める。では検察側の証人、イフニ・クシャトル。証言台へ」
クシャトルは傍聴席から廷内に入り、証言台へと向かった。
「私は、本事件についていかなる事も事実のみを証言すると誓います」
右手を聖書の上に置き、左手を立て宣誓した。
「では、検察側からの質疑に入ります。検察側代表、前へ」
「はい」
検察側代表は、最高幕僚長として幕僚長会議の議長をしていて、さらに、現在の世界最高齢でもある、キャミル・ブリジトンだった。
「イフニ・クシャトルさん。あなたは、あなたのお兄さんである、イフニ・スタディンさんと共に、大杭並筒率いる、旧WPI機関に捕まりましたね」
「はい」
「そこで、何をされましたか?」
「はい、そこでは、私をきヨう化人間にするという名目で改造されそうになりました。いまところどころ発音がおかしいのはその後遺しヨうです」
「検察側からの質問は以上です」
「では、弁護側の質疑を」
「イフニ・クシャトルさん。あなたは強化人間にするという名目でしたが、詳しく、教えていただけますか?」
「はい、私が聞いたのは、脳幹を機械化し、骨格を強化ぷらすちツくに変更し、さらに、筋肉を人工筋肉に総入れ替えする。全ての神経系も光はアいばーに替え……。そこまでです」
「それ以上は、聞いていないと?」
「はい」
「分かりました。ありがとうございます。弁護側からの質問は以上です」
「では、次の証人」
………………
こうして、1ヶ月間、さまざまな証人が入れ替り立ち替り証言台に立ち延べ490人におよぶ膨大な量の証言が集まった。そして結審の日が来た。
新暦347年7月1日。人民法廷にて現地時刻正午より判決が言い渡される事になっていた。廷内に入りきらないほどの人数が集まったこの日、全宇宙中の人がその判決を見守った。
「被告人、前へ」
最初と同じように連れて行かれる、キッと口を真一文字に結び、裁判長である大統領をにらみ付けている、キャサリン・サルミャン。
「検察側の要求である死刑は、連邦憲法特別章第9条、全ての国民はいかなる理由があっても死刑には出来ない。と言う条項により棄却し、判決としては全裁判官の一致により、永久国外追放とし、本惑星系1光年以内に近づくと、無条件で拘束し再び追放する。………」
以降、スタディンとクシャトルには理解ができないような文章が延々10時間以上続き、閉廷の宣言がされたのが日付が変わってからだった。
第46章 ようやくの平常生活
この裁判の最中、スタディンとクシャトルは学校を休学して行っていたので結果として、大幅に授業から遅れていた。
「追いつくのが大変だ〜」
クシャトルが嘆息をつくのを横目に、スタディンは仲間と共に、クラスへ入って行った。
担任である、望月徹生がスタディンが入ってくるなり言った。
「お、久し振りに見る顔だな。どうだった?」
「大変でしたよ、いろいろとありましたから」
「ま、とりあえず、スタディンの席は…一番廊下側の一番後ろだ、そこに座っとけ」
「はぁ」
ため息とも取れるものをはき、言われた席に座った。
この日は、木曜日で1時限目から6時限目まであった。
「では、教科書、96ページ開いて」
1時限目は保健だった。
「じゃあ、食品衛生について。自分達、消費者が食べている食品のほとんどは、製造、加工と言う工程を経て、お店の前に並び、それを買って食べる事になる。これをするためには、まあ、この国には、自力で生産するだけの食品があるから、輸入は基本的にないが、別の国では、ほとんど大半を輸入している国もある。そのような国は、海外からの検閲を設けて、食品衛生が自国の基準にあっているかを確かめた上で、輸入をするんだ。それ以外にも、自国内で流通をしている全ての食品の内、冷凍食品以外に、消費期限か賞味期限のどちらかがつく事になっている。ただ、これについては、統一的な機関がなく、それぞれの会社にその裁量がまかされているのが事実だ…………」
このような説明が、1日一杯続いた。そして、スタディンは、途中で寝る事なくやり通した。
「ただいま〜」
ようやく帰ってきた家ではおいしいにおいに包まれていた。
「おかえりなさい」
由井さんが、キッチンで夕ご飯を作っているところだった。ちょうど、何かを大きななべで煮込んでいるところだった。
「それ、何?」
スタディンと一緒に帰ってきた、クシャトルが由井さんに聞いた。
「これ?これは、夕ご飯になったら分かるわよ」
それだけ言って、由井さんは再びなべの中をみていた。
スタディンとクシャトルは、とりあえず、夕ご飯までする事がなかったので仕方ないので、ネットで何か探す事にした。
「でも、何を探すの?」
「…適当でいいんじゃない?」
スタディンはそう言うと、清正美高校について調べてみた。すると大量の資料が見つかった。中には信憑性に乏しいものも含まれていたが。その中でウィキペディアと言われるサイトのページに飛んでみた。スタディンはそのページを読み上げた。
「清正美高等学校、学則施行新暦65年4月1日。現在579名在籍。有名人の在学者、軍関係者、イフニ・スタディン/クシャトル将補(彼らについては、それぞれのページを参照する事)。神学者、河内帥容(彼については、河内帥容のページを参照する事)」
その他さまざま載っていた。例えば、敷地面積、現在の学校長の名前、年齢、7不思議について………。
「結論として、相当有名な学校と言う事がわかった」
その時、アダムが帰ってきた。
「ただいま〜」
「おかえり、アダム」
「部活お疲れ。もうすぐ大会だっけ?」
スタディンとクシャトルが出迎える。
「そう、大変だからな。さすがに、腰が痛くなるんだ」
「柔道部だったな」
「そうそう、それに、副将しているから、休めなくてな…」
「アダムって、そんなに巧いの?」
「校内2位だな。さすがに主将に勝つ事はあまりないけどな」
「すごいな〜」
スタディンは、いいながら、パソコンを切り、階段を上がった。
第47章 2度目の冬休み
時は過ぎ、1学期の期末テストも終わり、終業式となった。
「では、これより、校歌斉唱」
そんなこんなで、冬休みとなった。
「では、みんな。次会うのは、9月1日だ。それまで、怪我も、病気もないように」
「はーい」
「じゃあ、委員長」
「起立、気を付け、礼!」
「ありがとー、ございましたー」
そして、校門から生徒が吐き出されるようにしてそれぞれの家路についた。
「もう冬休みか。なんか速かったな」
「欠点もなかったし、今回は、良かったんじゃない?」
「そうだな…」
スタディンが空を見ていた。クシャトルもつられて空を見る。
「…きれいだね」
「そうだな…」
クシャトルは前を見て、スタディンをみた。スタディンは、まだ上を見ていた。
「ただいま〜、あれ?誰もいない…」
家に帰ってきた、一行はふと、机の上に置かれている手紙を見た。
「あれ?兵部省の印だ…」
クシャトルは、その手紙の封を開けた。そこには冬休み合同訓練について書かれていた。
「全宇宙から集う四軍合同の訓練の開会をここに報告いたします。なお、日程は以下の通りです。詳細は、現地で発表します。
記:新暦347年8月3日〜10日。
内容:陸海空宇宙軍による、合同訓練。
場所:第1銀河系最中央惑星。但し友人等の乗船も許可されている」
「どこ?最中央惑星って」
スタディンはアダムに聞いた。アダムはすぐに答えた。
「第1銀河系最中央惑星は、この銀河系の中で最も中心に位置している惑星で人工的に作られた初期のころの惑星だよ。現在でも、数々の特異点として存在している伝説の星だ。でも、自分は行った事がないからどんな場所かは知らないな」
「そうか…」
月日は経ち、あっという間に合同訓練に向けての出発の日となった。重い荷物を持ちベルに乗り込んだのは、アダム、イブ、瑛久郎、愛華、スタディン、クシャトルだった。
「では、行ってきます」
「ああ、気を付けて」
船は、静かに出発した。
第48章 四軍合同訓練
特殊ワープ航法なるものをいつの間にか付けられていたベルは、あっという間に合同訓練の会場に到着した。
「ここが第1銀河系最中央惑星なのか…」
周りは、乳白色の星々に囲まれて、第3惑星のような黒い部分が見えなかった。
「そう、ここが今回の訓練の舞台」
その時、どこからか電信が入った。
「貴船の名称、認証コード、所属部隊、船長及び副船長名を述べてください」
合成音声っぽかった。
「本船はベルジュラック号、認証コード09270ME-47B11、所属部隊太陽系第3惑星第2宇宙師団、船長名イフニ・スタディン、副船長名イフニ・クシャトル」
「処理中……全て確認終了。第347回四軍合同訓練にようこそいらっしゃいました。今回の事務局を代表して礼をいいます。貴船は第48ドックに向かってください。位置情報及び詳細情報はそちらのAIに導入します」
ベルが言った。
「導入終了、自動制御開始、全操縦権限委譲完了」
ベルに操縦が移った事で、シアトスが暇になった。
「自分は部屋に戻っています。何かあれば呼んで下さい」
「分かった」
スタディンに一言声をかけてから、シアトスは自室に戻った。その時、食堂から声がかかった。
「船長、ちょっと来てください」
「分かった」
ちょうど、部屋に戻ろうとしていたシアトスと共に、スタディンは食堂に向かった。
「どうした?韃靼」
食堂では、ほうきを持った人が何名か何かと戦っていた。
「何が起きた?」
戦慄で震えている韃靼が指差した先には黒い何かが走っていた。
「船長!今すぐこの船全部を薫蒸してください!」
「しかしだな…」
韃靼はスタディンにつかみかかる勢いだった。スタディンはため息をついて韃靼に言った。
「この合同訓練が終わったらな、業者の方に頼んでおこう」
「必ずですよ。それまでの間、この食堂は使えませんからね」
「じゃあ、ご飯はどこで取ればいいの?」
「いや、一応休息室にフードプロセッサーなるものはあるが、この船の乗組員の誰一人として使い方が分からん」
スタディンとクシャトルが悩んでいるところに、運よくアダムが通って行った。アダムは今回も実験開発部に配属されていた。
「あれ?どうした、船長。悩み事?」
韃靼はアダムに言った。
「アダム、またこの船に乗り込んでいるのか?」
「いつの間に自分の名前を憶えたんだか…ええ、まあ。合同訓練に友人等も参加していいと書いてありましたから、それでついてきたんですがね」
「そうだアダム、ちょっと来てくれ」
スタディンは、アダムの腕をつかみ休息室へと向かった。
休息室を開けると、誰もいなかった。すぐにスタディンは入ってすぐ右手の壁に埋め込まれているフードプロセッサーをアダムに見せた。
「この機械か?」
「そうだ」
船は、ゆっくりと着陸をし続けていた。少しの振動を常時感じていた。
「これは、我が社の開発商品だな」
「エア・グループの?」
「ほら、この機械の右下、このマークはエアグループのマークだ」
アダムが指差したのは、500円玉ぐらいの大きさの正円の中にAIRと書かれたマークだった。
「じゃあ、使い方ぐらい分かるよな」
スタディンが言った。
「ああ、もちろんだ。まずは、こいつは人が近づくと反応して静かに起動する。ほら、この一番上にあるランプがオレンジ色になったら、起動した合図だ。それを確認してから、欲しい物をそのまま言う。例えば、「冷たい紅茶、ミルク・砂糖入り」。するとそれがそのまま出てくる」
アダムが言った直後に、ピーンという電子音がして、氷入りの紅茶が出てきた。色は、少し薄い茶色だった。
「こつは、温冷を言ってから商品名、添加物を言う事。飲料物は180mlで、固形物は材料なら1個単位で出てくるけど最初から調理されたもの、例えば、「温かいしょうゆラーメン」と言うと、360g出てくる。他のどんなものでも同じ。但しミルクは全体の3%、砂糖は0.5%しか出てこないから。もっと欲しい時は、「ミルク」と言ったら、さらに追加される。ただ追加の時には、最初の商品は取ってから言う事。そうしないと、とんでもない事になるから」
「とんでもない事?なに?それ」
クシャトルが言った。
「これは、したくないから、言うだけにするけど、それをすると物質の競合が起きて、一つの空間に二つ以上の物質が同時に存在する事になるんだ。それは通常物質下ではありえないことだから、フードプロセッサー内にあるAIが、それを察知して混乱をきたしてしまうんだ。そうすると、これは取り替えるしかない」
アダムは、最後を強調して言った。
「それだけは、徹底しておかないといけないな。じゃあ、料理長はここに配置換えだな。ベル、今回の合同訓練が終了するまでの間、韃靼綿誄を休息所のフードプロセッサー長とし他の食堂部職員を休暇扱いとする」
「了解しました」
「ま、そう言う事だ。がんばってくれたまえ」
韃靼の肩をぽんと叩き、スタディンは、到着したばかりの第1銀河系最中央惑星地表面に降り立った。
下船したスタディンは、まずクシャトルと一緒に宇宙軍の集会に参加した。そこで、今回の訓練の概要説明をしているからであった。
「今回の作戦の概要を説明します。今回、四軍合同訓練と称し、陸軍、海軍、空軍そして、我々宇宙軍、四つが力を合わし仮想敵の惑星を破壊していきます。なお、今回、実弾を使わず全て仮想弾を使用します。宇宙船については全てを集約するコンピューターにつなぎ、弾を撃つと言う行為自体をコンピューター上で再現します。その他の行為についても同様です。なお、全ての宇宙空間の軍が合同で作戦を遂行します。それぞれのAIに特殊なコードを打ち込み、作戦開始とします。下船する際は、このゴーグルを装着し作戦を遂行します。なお、総司令官は宇宙軍から選出するようにと指示を受けております。なので、抽選をし、その結果決定したいと思います」
そして、各船の船長が一番前に集合し、くじを引いた。その結果なぜかスタディンが副司令官となった。
「なんで、自分が副司令官?」
「あきらめたら?それも、運命なんだって」
クシャトルがスタディンに対して言った。アダム、イブ、瑛久郎、愛華が、船で待っていた。
「どうだった?」
「自分達が副司令官だ。この船は副指令船になる」
その時、ふと思ってベルに言った。
「ベル、全乗組員に連絡、「本船は、翌日本惑星中央標準時1200まで、待機となる。それまで、休暇とする」以上だ」
「了解しました」
アナウンス中、誰かから連絡が入った。
「船長、やっぱり駄目です」
「どうした?韃靼」
「あいつら、ここまで侵略してきました」
スタディンはため息をつき、アダム達と相談した。
「実はな、船内にどこからかゴキブリが侵入したらしくて、それで食堂部長が薫蒸して欲しいって前から言っていたんだ」
「それなら、早く言ってくれたら良かったのに」
アダムとイブが言った。
「どうしてだ?」
「エア・グループに不可能な業種などない。会社がないのはもちろん除くが。薬品全般の研究しているところがあって、そこが新たに殺虫剤として薫蒸剤を作ったんだが、いかんせん、実験できなかったんだ。それの実験としてこの船を使えるんなら無料でしてあげれるよ」
「ほんとか!」
韃靼は、非常に喜んでいた。
「じゃあ、アダム、今回の合同訓練が終了してから、そこに持っていくよ。どこにあるんだ?その実験施設は」
「第6宇宙空間にある、エア・グループが所有している、小惑星上」
「…冬休み中に終わるか?」
「さあ」
とりあえず、翌日になった。
「これより合同訓練を開始する」
総司令官となったのは、同じ宇宙空間の太陽系第4惑星特殊作戦用艦隊「飛魚」号船長のイフニ・ステ−ニュだった。
「全軍、特殊コード入力」
スタディンがそれを聞いて、
「ベル、コード入力「re-Hi!EZgawdk-koolppl」」
「入力終了、処理終了、接続完了。作戦始動」
「作戦開始。目標星系、第1銀河最中央惑星絶対座標、X=4790、Y=34612、Z=67491。各km単位」
「全船了解確認完了、出航」
スタディンが言った。そして、訓練の舞台に向かった。
「さて、今回の訓練は、各軍の連携を高めるためにする事を主な目的としている。その他にも各軍との友好関係を高めるのも目的としている。問題はこの惑星に存在する全ての生命体を敵とみなしてもいいと言う事だ」
スタディンは戦闘指揮室にて話していた。
「どういう事ですか?」
コミワギが返答した。
「実際の戦闘では、非戦闘員と戦闘員を区別してする事が重要になるが今回の戦闘訓練は非戦闘員が存在しないと言う状況になっている」
「それならば」
ステーニュから連絡が来ていた。
「非戦闘員は既に全員脱出しているという設定になっている。だから現在惑星上にいるのは戦闘員のみだ」
「なるほど」
「それよりも、見えてきたぞ」
「モニターオン、画面出力惑星全景」
そこには、青い惑星が見えた。第3惑星と良く似ているようだった。
「敵部隊はどこかに拡散している。本部を破壊すれば今回の訓練は終了。その後、先ほどの惑星に戻り講評をする事になる」
「了解!」
そして、戦闘が開始された。
「高角斜砲発砲確認。電磁バリア全船包囲」
そして、一部が光出した。連続した光の膜があちこちであった。
「総司令官、どんな攻撃してもいいんですよね」
「魔法でも実力行使でもなんでもありだ」
「了解しました」
回線を切ってから、スタディンが言った。
「ベル、全船連絡「我、最前線に行き、おとりになる」」
「全船了解、健闘を祈る」
「シアトス、操縦は任せた。敵の攻撃を一身に受ける。コミワギ、バリア全開、全エネルギーを費やしても構わない」
「了解!」
そして、敵の攻撃は確かにベルに集中した。そのすきに全軍は無事に地上に着陸できた。しかし、次々と軍は壊滅し、気がつけばベル一隻のみになっていた。
「ベル、全船連絡「応答されるべし」」
「発信、応答無し。味方全機壊滅確認」
「ならば、本船のみで、どうにかするしかないか…」
そして、スタディンはバリアを張りながら徐々に高度を下げた。
「コミワギ、誘導弾発射」
「了解」
パシュッと船尾から発射され、一瞬バリアがその部分だけなくなった。その瞬間に誘導弾は爆破されたが、スタディンとクシャトルの魔力でその破片は防がれた。
「我々に攻撃を加えている高角斜砲に対し確実破壊攻撃」
「了解」
コミワギとシアトスの息のあったコンビによって、ひとつ、またひとつと沈黙して言った。
「高角斜砲、壊滅確認。安全上陸開始」
そして、ベルは上空から確認されていた施設の一つに上陸した。すでに片っ端から破壊されていたが、この施設だけは爆破できなかったのだ。
上陸班は速やかにバリア機器を支給された。上陸班班長はスタディン以下19名で構成され船内班はクシャトルを班長として船内に残る全員で構成された。
「では、お兄ちゃん、がんばってね」
「誘導は頼んだ」
そして、ゴーグルをかけ、上陸した。
上陸すると陸軍兵士の屍が転がっているのが見えた。無論、合成であったが生々しさがあった。
「やれやれ、あそこの建物が本部棟だ。間違いないだろう」
「どうします?」
「どうしようもない。バリアを60%の稼働率にしろ。それからこれで切り込む」
それは、光輝剣であった。しかし輝きは半減していたが、武器としては十二部の性能だった。
「これを使う。コンピューターには既に登録されているからこれも武器として使える」
「ならば先に進みましょう」
「ああ」
スタディンを先頭にしてその建物に近づいた。あちこちから銃が出てきたがバリアによって全てを防いだ。
「そう言えば、陸軍も空軍も海軍も他の宇宙軍の船も、バリア装置があったのになんでやられたんでしょう」
コミワギがぼやいた。スタディンは言った。
「多分、バリアの変域の差だろう。我々が乗船しているベル号は史上最高の変域幅を有しているらしい。大体10^-4Hz〜10^90Hzまでらしい」
「同じ変域でこの機械も動いているんですよね」
「ああ、ほとんど変わらない」
一行は、そこまで話した時、何か見えない壁にぶつかった。
「これは…」
その時、ベル号から連絡が聞こえた。
「お兄ちゃん、その先になんか見える?」
「ああ、だが、なんか壁があるんだ」
「その壁は、光輝剣で壊せるけど、一人じゃ足りないの。私もこれからそこにいくから、ちょっと待ってて」
「分かった。ゴーグルは付けて来いよ。それとバリア装置も」
「分かった」
数秒後、クシャトルが来た。
「この壁なんだが…」
スタディンはクシャトルに見せ、クシャトルはベルに連絡を入れた。
「これから、この壁に傷を入れる。それをしてから私達が中に切り込んで行くわ。それでバリア装置は、最大可変に設定して。そしたら物理攻撃一般全て防げるけど、最大1分しか持たないから」
「了解」
「じゃあ、ベル。そちらのことは頼んだわ」
「了解しました」
「いくよ、お兄ちゃん」
「ああ」
そして、二人は手のひらを重ね合わせ光輝剣を作り出した。そしてその見えない壁に向かって突進し、バリアを切り裂いた。その時、向こう側から何かが来た。
「あれは…」
「この施設の警備兵みたいね。さて、さっさとやっちゃいましょう」
そう言うと、光輝剣を振り回して、出てくる敵をバッサバッサとなぎ倒していった。気がつくと、後ろの方で味方が拍手をしていた。
「さて、大方片付いたか。あとは、この建物の中の奴らか」
「そんなことよりも、もっと単純な方法があります」
「なんだ?」
「この建物を爆破するんです。偶然にもここに模擬爆薬があります」
「そうだな…」
スタディンはちょっとだけ考えてから、バリアを落しベルに連絡を入れた。
「そう言う事だから、この爆薬をセットした直後、回収してくれ」
「了解しました」
「では、セット、頼む」
数分後、爆薬の設置が終了し、すぐさまスタディン達はベルの船内に転送された。そして、それからきっかり10秒後、模擬爆薬は爆発した。
「施設は大破しました。しかし未だに勝利のマークは来ておりません」
「どういう事だ?」
「完全に破壊していません。これより30秒後、私の船より空襲を開始します。これより、浮上します」
軽い震動と共に、ベルは浮かび、一気に上空まで飛んだ。そして、そこから、爆薬を大量に投下し、中央コンピューターから勝利のコードが寄せられた。
第49章 薫蒸作業
「今回の作戦は、イフニ・スタディン将補がいなかったら確実に全滅だった。彼らに拍手を」
第1銀河系最中央惑星に戻った一行は、講評をしていた。それが終わると、そのまま第6宇宙空間に向かった。
「ここがその実験施設だ。既に連絡を入れといたし、薫蒸中の宿泊施設もこちらで確保しといた」
「すまないな、アダム。じゃあ頼んだ」
そして、スタディン達はエア・グループのホテルに泊まった。その間、アダム達は薫蒸作業を続けていた。
次の日、とりあえずスタディンとクシャトルは薫蒸作業を見に来た。
「アダム、どうだ?」
「さすがに時間がかかるな。これほど大きな船に対しての薫蒸作業は初めてだからな。いまは最上階から順番にしているところだ。最下階に到達するまで1週間はかかるな。それから、しっかり薬剤をしみこます事になるから、1日。その後薬剤を完全に船外に出さないといけないから、さらに1週間だな」
「計、2週間と1日か…今日、何日だ?」
「新暦347年8月12日」
「2週間と1日後は?」
「新暦347年8月27日」
「さらに3日後は?」
「30日だな…」
スタディンは、そこまで聞くと1回大きく背伸びをしてから言った。
「さて、宿題でもすっか」
それから、予定通りにどうにか作業は進み、8月27日に薫蒸作業が終了した。その間に、スタディン達は高校の宿題を終わらせ、さらに軍に提出する報告書も仕上げていた。
「今回は範囲が狭くて良かった。この2倍以上あったら、まだ終わってないな」
「そうだね」
スタディン達は船に乗り込み、急いで太陽系に向かった。