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父が保有する本は様々なジャンルがある。
大抵は、農業に関連しそうな本や、歴史書のようなものだけれど、普通の物語も存在する。
これもその一つらしい。
『嘗て、世界は今よりもずっと裕福だった。
魔術という技術は街の至る所で使われていて、
夜は昼間のように明るく、
人々は病気も知らないかのように健康で、
物にあふれていた。
人類の数は爆発的に増え、
経済という概念が瞬く間に人々を豊かにしていく。
まさに彼らは世界の頂点だった。
けれど、そんな幸せは徐々に崩壊していく。
幸せに慣れた人々の間で差別が横行した。
自分さえよければいいという傲慢な心は、やがて人以外にも及ぶ。
人々の心の拠り所だった宗教も、家族も、利益を求めた。
当時、世界には人類以外に多くの動物や種族が世界に共存していたが、
人々は今の生活を維持するために、他の種族を迫害して奴隷にし、
無残な死を遂げて世界から消滅した種族も多かった。』
僕は無意識に眉をひそめた。
まるでかつて僕の住んでいた世界のようだ。
たまたま僕が生まれ育った国…というか時代は、恵まれていた。
けれど世界規模でみれば、戦争をしている国もあったし、周りの国に追いつけ追い越せで動物や環境を無視して壊滅状態にしている場所もあった。
もっと小さい視点で言えば、学校や職場で虐めなどは当たり前のようにあったし、利益を求めるために多くのことを犠牲にすることだってある。
つまり、この話に出てくる世界は他人事のようには思えなかった。
『悲劇は遂に起こった。
ある日、永遠に続くであろうと思われた日々は突然幕を閉じる。
魔xxxによって。』
僕は首を傾げた。
文字が消えている。
ぽっかりと。
写本した時のミスだろうか。
写本の劣化であれば周辺の文字もかすれていたりするが、周囲の文字に欠陥はなさそうだ。
まぁ、相変わらず読み難い字ではあるが。
じっと見つめていても消えた文字は復活したりしないので、仕方がなく先を読み進めることにする。
もしかしたら、後の文章にここを修飾する言葉などがあって、単語はわからなくとも意味は分かるかもしれないし。
そう思って、ページを一枚めくって、びっくりした。
だって、文字がぽっかり虫食い状態のページが複数ページにわたっていたのだから。
えー!これじゃわからないじゃないか!
文字は単語にもならないくらい、ぽかぽかと抜けまくり、
文章として読むのは無理だ。
誰だよ、この写本作ったやつ。
僕はブツブツ文句を言いながら、結構なページを飛ばしていく。
本のページも終盤になって、ようやく文字抜けがなくなってきた。
僕はとりあえず、読めそうなページから読んでいくことにした。
『世界は終わりを迎えた。
人類はかつての栄光を忘れ、それ以外の生物もまったく違う形へと変わっていく。
時の流れとともに…。』
終わりかよ!
っていうか、後のページ白紙なんだけど!?
何なのこの写本!
起承転結の真ん中抜けちゃ、物語としてNGでしょ!
僕は舌打ちをしたい気分で、本を出窓に置いた。
表紙には古びた文字が並んでいて、僕にはまだわからない文字だ。
その下にはサブタイトル的な文字も書いてあり、そこは何故か中身と同じ文字。
僕はため息交じりでちらりと視線を向けただけで、木箱の椅子から降りた。
しかし、なんて本なんだ。
もう二度と読まないぞ、この『ファーロス物語』!
せっかくの読書の時間だというのに、実に不愉快だ。
デューグも戻ってきていないし。
どうしようかなぁ…本、書斎に戻しに行こうかな。
で、新しい本を借りてこよう!うん!
僕は置いた本を持ち上げて、ぷりぷりしながら書斎に向かった。