2−4 『目を閉じる』
夢に包まれるような気分に、電子音が滑り込んできて、秀一はハッとなる。泡が割れたようだった。
そのメロディはどうやら、正午を告げるためのものらしい。
「ん。もうお昼か。どう? 食堂でご飯でも食べない?」
電子音の音楽に聞き入りながら、響子に提案する。激しい運動をこなしたので、秀一の腹は程よく空いていた。普段の昼食よりは早いが、何か腹に入れておきたいところだ。
「……ぃぃんじゃないでしょうか…………」
「おー。なんか、俺以上に元気ないね」
「暑いのは、にがて、なのよ……」
あれ? 俺って暑いのが苦手な女子と互角に戦ってたの? うわ。我ながら体力ねーな。
秀一の体力への自信がガリガリと削り取られていく。毎年、夏場はどこかしらで似たような目にあっているような気がした。
しかし、体力強化に励み出せば、また納得いくまでやり続ける羽目になるのは目に見えている。完璧主義も困り者だ。時間が限られている以上、安易に手を伸ばすのは避けたい。今は、小説家を書くので精一杯なのだ。それを忘れてはいけない。
ただ、小説を書くのにもある程度の体力が必要なのは事実。いずれなにか始めたほうがいいのだろうとは思った。
マップを見ながら中央の建物に入る。この建物の一階が食堂になっているらしい。ちなみに、二、三階は土産物やグッズを売る店で構成されている。
腹を空かせた二人はすぐさま食券を購入して二手に分かれ、響子は席取り、秀一は注文へと向かった。
「カツカレーのAセット、冷やしぶっかけうどん…………以上でよろしいでしょうか」
秀一が食券を手渡すと、女性店員に簡単に確認をとられるので、それに頷く。
すると「では、これを席までお持ちになってください。お料理をお届けする際の目印になりますので」と手のひらサイズの機械を渡された。トランシーバーによく似た形状だ。
それを両手で転がしながら、既に席を取って座っている響子の元へと向かう。やたらに目を惹きつけるので、姿を探し出すのは簡単だった。
「ほいおひや」と、秀一が、席に向かうついでに汲んできた冷水をテーブルに置く。持ってくる際の手の心地良さから、飲んだ時の爽快な感覚も想像できた。
「ありがと」
言いながら、響子はコップを鷲掴みにし、そのまま凄まじい勢いで飲み干した。口を離す時に溢れる吐息には未だに熱がある。秀一も勢いよく、水を喉に流し込む。頭がキーンとなって、じんわりと溶けて、勢いが止まる。
響子のペースは真似できそうもない。
そんな風に、飲み干したと思えば勢いよく立ち上がって端の冷水器に向かい、コップいっぱいにして戻って来る響子を眺めながら、秀一も喉を潤すのだった。
結果、秀一がコップ一杯を空にする間に、彼女は冷水器との間を四回ほど往復した。それでようやく顔色が落ち着き、血走った目が回復する。髪を滴っていた汗も引いてきたようだ。
「ちょっとはしゃぎすぎたわね。午後からは肉体的負担が少ないアトラクションを楽しむことにしましょう」
「賛成。これ以上汗をかくのは死に直結すると思う」
だらだらとテーブルに突っ伏しながらの話し合いで、午後のスタイルが決定する。完全に、二人の体力は底をついていた。秀一の膝はカクカクと震え、響子は汗をかきすぎて髪が重たそうだ。入場から二時間ほど。すでに二人は満身創痍だった。
「お待たせいたしました〜。カツカレーのAセットと、冷やしぶっかけうどんになります」
そこに、昼食が運ばれてくる。秀一の前にカツカレーのセット、響子の前にうどんが置かれた。秀一から機械を受け取ると、運んできた店員はカウンターへと戻っていく。
「よくカレーなんて食べる気になるわね。さっきまで死にそうだったくせに」
「暑い時に熱いものを食べたくなるのが、男って生き物なのだ」
止まりかけた汗が再び流れ出すが、気にせず掻き込む。
響子はそんな秀一から「見てるだけで汗が出てくるわ」と目をそらした。こちらは対照的に、うどんをちびちびと口に含んでいる。
量は二回りほど違うのにも関わらず、結局、食べ終えるのはほぼ同時だった。
「そういえば、放送部の活動はどうなったの? たしか、夢についての番組をやるって聞いたけど」
響子は放送部に所属している。
普段はあまり活発な部活動ではないのだが、夏休み前の一週間は、昼休みに特別番組を流すらしかった。テーマは『夢』。なんだか、最近夢という言葉が頻繁に出てくるな、と秀一は思う。いまドリームワールドにいることもそうだ。
「予定では、生徒からゲストを呼んで、夢についてのインタビューが行われることになっているわ。ゲストは、『夢追い人募集!』のチラシを見て集まった人たちね」
「あー、そのチラシは見た………………にしても、よくあんなので集まったね。放送で夢を語る人の気持ちなんて、俺には想像もつかないよ」
「わたしは、あなたが出てくれるんじゃないかと期待してたのよ?」
「…………」
冗談じゃないと、秀一は首を振る。
もしもそんな事態になったら、引きこもりにでもなりそうだ。想像するだけで胃が引きつるのを感じる。ちゃんとゲストが五人集まったというのがそもそも、結構な衝撃だった。
「明日から放送だけど、響子には役目とかあるの? インタビュアーとか似合いそう」
「わたしは放送室にいるだけでこれといった仕事は受け持っていないわ。質問とか司会とかは、三年生の担当よ」
「そりゃ残念。やることのない昼休みがちょっとは楽しくなるかと思ったのに」
「やることないなら、放送に出ればよかったのよ」
「勘弁してくれー」
うぎゃあーと表情をゆがませて、これでもかと嫌な顔をする。そんな秀一の態度に、響子は苦笑するだけだった。「変わらないわね」と、呆れられる。
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