2−2 『繋げば繋がり』
「こちら、当園のマップと、一日分のパスポートになります。アトラクションをご利用の際は、係員にこちらを提示していただく形となりますので、お忘れなきよう。それでは、ドリームワールドを、ごゆっくりお楽しみください!」
響子が叔父にもらったという二枚のチケットを差し出すと、受付窓口の女性が、地図とパスポートを渡しながら説明をしてくれる。それを聞きながら、秀一が地図を、響子がパスポートを受け取った。
地図は縦長で片手でも持ちやすく、パスポートは、紛失防止のために首掛け用のストラップが取り付けられている。
どちらも色鮮やかなデザインで、プリントされた、泡を思わせる球状の物体が確かに『夢』っぽい。
駅の改札に似た入り口を通って園内へ。日曜日ということで午前中ながらも人は多く、入場には少々の待ち時間を要した。やや狭い通路を抜けると、一気に視界が広がる。
地面は茶色く舗装されていて、それはオーソドックスな遊園地と大差ない。隅の方は芝で埋められているのもよくある形式だ。ただ、場内を分ける壁の役割を果たすのが、地図やパスポートにもプリントされている泡? になっていて、ところどころには、カラフルなバルーンが空に垂れるように伸びている。不思議で浮遊感のある雰囲気だった。
「なるほど。これが、響子の言ってた通路が特徴的ってやつかぁ」
「この辺りは以前と大きな違いはないみたいね」
秀一が納得の声をこぼすと、首にパスポートをぶら下げた響子が思い出すように言う。
横目に顔を覗くと、普段の二割増しくらいで目つきがキツい。先ほどまで首元のストラップに髪が引っかかって悪戦苦闘していたのでやや不機嫌だ。入場待ちの際には少量の涙すら目尻に浮かべていた。
「なによ」
「いや、なんでも」
「そう」
目尻の涙を指摘した際には「うるさい」と睨まれてしまったので、今度は流すことにした。普段でさえつり目気味の響子が不機嫌になると、それはもう、非常に怖い。もう一度睨まれると、今度は秀一の方が涙目になりそうだった。
そんなこんなで、大量の泡とバルーンを眺めながら、響子と歩く。どうにも、夢に浸るのは難しそうな状況だ。
ところどころに目立つ虹の案内板が、一先ずは方向を示してくれている。
場内の雰囲気が柔らかいからか、響子の目つきは徐々に治まりを見せているように、秀一には見えた。
あと少し間を取れば、普段通りに戻るだろう。
諸悪の根源とも言える首元のパスポートを指先で弄ぶ程度には、頭が冷えてきている。
それとは関係ないが、遊園地で首かけのパスポートは不安感がある。髪でなくとも、どこかに引っかかってしまいそうだ。
今のところ、夢の浮遊感よりは心配の方が勝っているのだが、それでも歩き続けるほかなかった。
△
「右手と左手、どっちがお好き?」
いきなり秀一の正面に回った響子が首を傾げながら両手を突き出してきたのは、それからさらに歩を進めた頃のことだった。その目元は普段の範疇にまで戻っており、嫌な感じは消えている。
「………………ナニソレ?」
ただ、いきなりあざとさ満点の仕草を狙ってくるのは唐突すぎて、秀一の目が疑問符の形に変形しそうになる。いや可愛いけど。
「あなたに気をつかわせてしまったから、お詫びに好きな方を握って歩く権利を与えましょう。今なら手汗ももれなく付いてくる! ということよ」
広げた両手を空に掲げながら、女神のような優しい声音、テレビの通販のような声音、普段通りの声音と、声を使い分けながら響子が続けた。細くてしなやかな手に、秀一の視線はついつい奪われてしまう。
と、そこでハッとなって、「いや、手汗に価値を見るなんてどこの変態だ! 俺はそんなマニアックな性癖所持しとらんぞ!」叫んだ。
「え、美少女の体液はご褒美って、あなたのよく見てるサイトに書いてあったのだけど」
「そのサイトは女の子が見ちゃ駄目なヤツね! ……なんで俺がよく見るサイトを知っているのかについては、怖いので不問にしとこう」
いやホント、なんで知ってるんだ。自分のプライバシーが随分と不安定な立場にあるような気がして秀一の身が震える。○○○や▲▲▲なんかもバレちゃいないだろうな。もしそうだったら、冷や汗モノだ。
「まあ、冗談はさておいて。こほん、改めて、右手と左手どっちがお好き?」
咳払いで流し切れる冗談なのだろうか。いや、そもそも冗談なのだろうか。響子は何も言わずに再び手を差し出してくる。
「……じゃあ、右手で」
結局、秀一はその手を握ってしまうのだった。右手には荷物があるので、左手で、彼女の手を握る。自然、二人は横に並ぶ形になった。
左手をニギニギ動かすと、肉の気配がないほどに細い手なのに、妙に柔らかい。お詫びくらいの価値はあると豪語するだけはある、なんて思わず納得してしまった。
「さっきまではごめんなさい。変なことでイライラしてたわ」
「気にしてないよ、ほんの数分だし。んじゃ、こっから楽しもう」
秀一は響子と手をつないで歩き出す。すぐさま手汗が出てくるが、ほとんど気にもならなかった。
「……気にならないってことは、良かった。俺は変態じゃないらしい」
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