1−2 『告白』
「昨日、赤城が持ち主を探してたあのノート、あれ、お前のだろ?」
秀一は言った。
住野千秋の表情の遷移は、非常にわかりやすく驚愕を示す。機械のように硬く、ただそれだけを表している。
それを見て、秀一はウンウンと頷いた。
「その表情を見るに、やっぱり、そうだったみたいだ」
「い、いや、昨日のノートの話が、なんで私に繋がるのかなって、それが分からなくて。それに、ほら、てっきり告白されるものだと思ってたから、驚くよ、やっぱり」
白々しい嘘で誤魔化そうとしている、とすぐに秀一には分かる。
告白の話だって、本気で信じていた訳ではないだろうに。ただ、なぜそこまでして知られたくないのかは、まだわからない。
知られたくないのは秀一と同じだ。その考えはとてもよく分かる。
しかし、もしも自分が昨日の住野千秋と同じ状態に陥ったとして、小説手帳を失ってまで黙秘を続けることを選択するとは、秀一には思えなかった。そのあたり、秀一と住野千秋の考え方には違いがある。
自分の情熱を込めたノートを見捨てても構わないというくらい、住野千秋にとって、漫画の趣味は隠さなくてはならないものなのだ。
であれば、素直に認めるはずもない。
「やっぱり、知られたくないんだよな。だったらいいよ。告白しよう。
したくないけど、言いたくないけどさ。それでも認めないんだったら、もう、どうしようもない」
「何か、ワケがわからなくなっちゃった。今日の吉野くん、やっぱりちょっと変だよ」
「ああ、実を言うと昨日からおかしいんだよ、俺は。
でも、俺たちって似てるからさ、だから多分、聞けば分かると思うんだよ」
住野千秋は、その顔に困惑を浮かべている。
そこに、秀一は全てを勢い任せにして、言葉を叩きつけた。
「俺、実は小説家志望なんだよ」
そして、ポケットから出した小説手帳を、住野千秋の手に押し付ける。
住野千秋はされるがままに、秀一の手帳を握った。
「ちょっとだけど、俺の書いた小説だ。読んでみてよ」
響子以外は誰も知らないはずのこと、それも、自分から明かしたのは初めてだ。
言いたくない言いたくないと思いながら、それでも、人一人に伝えるくらい、できなくてどうする。これは、これから大勢に小説を読ませることの、予行練習だ、と秀一は自分に言い聞かせた。
見ると、住野千秋は少し落ち着いた顔に変わっていて、ペラペラと、小説手帳をめくっていた。
最初の方は単なるネタ帳だが、学校で短めの話が思い浮かんだ時に書き込んだ小説が、真ん中あたりに幾つかあるはずだ。
静かに手帳を読む住野千秋の様子を、秀一はじっと見つめた。
手帳はびっしりとは言わないが、半分以上は埋まっているはずで、当然、住野千秋が読み終わるまでにもそれなりの時間を要する。
そんなこともわかっていたはずなのに、この数分が数時間に感じるほど、時間の流れが遅く思えた。
校内では放送が開始されたようで、秀一の元にも、校舎内から音が漏れて聞こえて来る。ハッキリとは聞き取れないが、今日も、放送部の先輩が司会をしているのかな、と思った。
パタリと、住野千秋がノートを閉じた。
そして、なんと言ったものかと困った顔をして、言った。
「あんまり上手じゃないね」
「ぐっ」
秀一の顔がぐにゃりと歪む。自分が上手いと思ったことはなかったが、真正面から、それも困った顔をして言われると、苦しいものがあった。
「そんなことは分かってるんだよ。お前とは違って、俺はただの下手くそだ」
「なんで、私がノートの持ち主だと?」
首を傾げるその姿は、まるで計算されているかのように可愛らしい。
「実は、金曜日に住野の席にぶつかってさ。それでノートが落ちたんだよ。その時から俺は、もしかしたら住野が持ち主なのかなと疑ってたわけ。あとは…………」
お前の態度が分かりやす過ぎたんだよと続けると、住野千秋は驚いた。
「あれだけ表情がコロコロ変わったら、赤城も楽しかったろうな」
「あー、まあそうだとは思ってたんだけど、やっぱりアレ、ワザとだったんだ……」
やや悲しそうな雰囲気が、彼女の小さな体に漂う。俯くと、後ろで結んだ髪が一筋、さらりと流れ落ちた。
「でも、なんでなんだろ。私、何かしたかなぁ」
「人気者は辛いってことだろ。羨ましいとか、ライバル心とか、いろいろあるんだよ」
日曜日に住野千秋を見かけた際にも、秀一は、似たような感情の片鱗を見ていた。やはり、多方面から好かれるというのが気に入らない人間もいるのだ。
それにしても、住野千秋のような人間でも人に嫌われることがあるのだから、やはり人間関係は難しい。人気者じゃなくて良かった、なんて安心してしまった。
ふーむ、と住野千秋が大仰に頷いている。
「それにしても、吉野くんはよく見てるね、周りの事。アケミの考えだって、誰も気付いて無かったみたいなのに」
「まあ、ノートが住野の物だって知ってたからな。その前提で考えないと、多分分からないだろ。あとは、イメージかな」
「いめーじ?」
「赤城は人気者で、明るいイメージだろ。そんなことをするはずがないと、無意識に皆が思ってるんだよ。俺は、そう印象付けられるほど赤城と接点が無かった」
「なるほどー」と息を吐いている姿から、どうやら納得したようだ。
秀一は頭が良いわけでも、特別に広い視野を持っているわけでも無かったが、皆が漫画ノートにざわめいていた時に、一人だけ冷静だった。
そういうことが、偶然重なったのだろうと思った。
「で、本題に移るけど」
と、言うと、住野千秋は「ほんだい?」と瞳に疑問符を浮かべた。
そう、本題だ。
正直、秀一にとって、ノートの持ち主が住野千秋であることは重要ではない。知りたかったのは事実だが、それは昨日完遂されている。今のやり取りは、あくまでも確認だ。住野千秋に自分から認めさせるための儀式と言い換えてもいい。
これからの話、つまり『本題』は、そうしないと始まらないのだ。
ノートの持ち主は住野千秋である。その上で話さなければ意味がない。
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