表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君の描きたい物語  作者: 車輪
第2章 『夢を見る』
18/32

2−2 『ランニング』

 

 残念ながら、放課後のコンビニでは、期待通りに響子の叔父と会うことは叶わなかった。

 仕事で忙しそうだったので、毎日コンビニに立ち寄る訳ではないのだろう。

 昨日の出会いはほとんど偶然だったというわけだ。


 そして、普段通りの時間に、秀一は家に帰ってきた。

 母に軽く声をかけ、部屋に鞄を置き、今、再び玄関にいる。


 何のためかというと、ランニングに行くためである。

 秀一には体力がない。特に、ここ数日はそれが気になっていた。

 今日になって、足が万全の状態に戻ったため、ランニングを始めるつもりなのだ。そろそろ夏休みも始まる。その間継続できれば、それなりの体力もつくのではないだろうか。


 家を出発し、前の細道に出る。民家の立ち並ぶ小さな通りだ。右に行けば、小さな食事処が幾つかあり、左には田畑や農家が多い。今回、秀一は左を選ぶことにした。

 賑やかなのは右側だが、走るのは左の道の方が良い。田を縫うように走れば、トンボや蝶、カエルなど様々な生き物がいる。風も涼しい。小川のせせらぎが耳に心地良かった。

 秀一が、偶に自転車で通ることのあるルートだ。色々と新鮮で、まさに気分転換にはもってこいといった感じである。


 さらに進むと、交差点があるので、もう一度左に曲がる。農家の前を行くと、踏切があるので、そこを渡る。その先、古びた家と、ホームセンター前といった道のりを走り抜けていく。

 ホームセンター前には大河が流れており、それに沿って進めば河口がある。この海沿いを走るのが人気で、ランニングにはもってこいだと評判だ。今はまだ老夫婦が何組かジョギングしているだけだが、日が暮れる頃になると、もっと増えるはずだ。

 海側からの風を感じながら、砂浜を横目に、走る。

 ここまででも結構な時間が経過している。秀一の考えでは、コースはあと半分くらいだろう。

 秀一の額にはすでにかなりの量の汗が滲んでいる。息には、湯気そのものが噴き出しているかのように、熱気がこもる。伸びた髪は首元にべったりと張り付いてしまっていた。

 

 トンネルを抜けたあたりに駄菓子屋を見つける。


 小さな店だ。

 秀一も、この辺りに訪れることは少なく、店を目にするのは初めてだった。入り口前に安物のベンチと自販機があり、『安井屋』と看板が出ている。

 そこで、思った以上に汗が流れているのに気付いたので、秀一は、少しだけ休憩をとろうと思った。

 中に入ると、寂れた、埃っぽい匂いがする。金属でできた棚に菓子が並び、奥の冷蔵庫にはジュースがある。

 カウンターには、白髪の目立つ老婆が腰掛けている。元気はないが、愛想はいいようで、秀一に向かって「いらっしゃい」と笑いかけ、軽く手を挙げた。もともと細い目が、さらに細まっている。


「どうも。こんにちは」


 秀一も笑って挨拶を返す。少し店内を見て回った。奥に引っかけてある時計は六時過ぎを指している。普段、夕食は七時ごろに食べるので、それに間に合うように帰らなければならないのだが、まだまだ時間はあるようだった。

 結果、缶ジュースを一本ほど購入し、ベンチに腰掛けて飲んで行くことにした。

 水分が不足して体調を崩すようなことは避けたい。痩せることを目的に走っているわけではないので、特に水分を制限する必要もないのだ。


 ベンチは見かけ通り薄くて冷たかった。

 硬い割には、どこか安定感がない。が、これも『らしさ』というものだろう。それなりの雰囲気があるだけで、欠点も気にならなくなるものだ。

 秀一が買ったのはオレンジジュースだ。喉を鳴らして半分ほどを流し込めば、酸味が口いっぱいに広がる。

 眼前の水田、小さなトンネル、その上の、国道を走るトラックを眺めながら、意識をほぐして、脱力する。体はいまだに熱い。


 温い風が髪を揺らして、鳥が鳴く。どこからかキィキィと音が聞こえて来る。

 たまには、慣れないことをやってみるものだと秀一は思う。

 今感じているのどかさは、紛れもなく良いものだった。小説を書くにも、今日は集中できそうな気がする。良い案が出るかもしれない。


「さて、帰って頑張ってみるか」


 ひと息つくと、再びランニングを始める。太陽はようやく沈み始めたようで、辺りはオレンジの光を浴びている。影が長い。水田の、まだ緑の稲が反射して、眩しかった。

 これだけの出来事で、今日は良い日だったと、秀一は思った。

 






 ◉



 それからは、ほとんど普段通りの行動をなぞっただけだ。

 帰って風呂に入り、夕飯を食べ、小説を書いて、空を見る。

 そして、寝た。

 ただ、彼の物語はその翌日、大きな動きを見せることとなる。


感想等お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ