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君の描きたい物語  作者: 車輪
第2章 『夢を見る』
17/32

2−1 『火曜日、放送二日目』

 

 火曜日、つまりは夏休み開始まであと四日となった。


 今朝、登校の際に住野千秋に声をかけられたが、それ以降は目立った接触はない。

 声をかけられたというのも、ほとんど挨拶程度のものであったので、気にする必要もなかった。


 昨日の急接近はなんだったのかと言いたくなるが、それも、相手の心理に則って考えれば、なんとなく理解できた。

 人の噂なんてものは、興味も惹かれやすいが、同時に飽きやすいものである。特に、住野千秋のような人物にとっては尚更だろう。一日盛り上がったかと思えば、次の日には冷めている。そういうものだ。

 そんな住野千秋の態度は、秀一にとっては僥倖だった。

 昨日のようにグイグイ来られても居心地が悪い。それに、何よりクラスメートの視線が気になるのだ。


 人気者と一緒にいれば、当然、嫉妬されるかもしれないし、からかわれたりもするかもしれない。

 人気者は、自らが人気者だという自覚を持って、それを十全に意識した状態で『非人気者』と関わるべきだと、秀一は思う。

 彼らは、とにかく影響力が大きいのだ。

 だから、今まで通りに戻れるのであれば、それで構わない。ノートの持ち主が彼女であったとしても、それは変わらない。


 秀一にとっては単純に、昼休みは静かに弁当を味わいたい、というのもあるけれど。


 その点で言えば、今日は良い日だ。

 相変わらず肉料理多めの弁当を、自分のペースを乱されることなく、食べ進めることができている。

 時折、購買で買っておいたアップルティを飲みながら、舌鼓を打つ。

 豚肉を焼いた物をメインとして、野菜は申し訳程度の野菜に彩られる、内容は全くと言っていいほど普段通りだが、そもそも高校生男子の弁当などこんなものでいいのだ。むしろこれがベストと言っていい。


 食べ終えれば、残りのアップルティをゆっくりと喉に通しながら、余った時間を、本を読んで過ごす。

 それが、秀一の普段通りというものだった。昨日はやはり、住野千秋にペースを乱されていたのだろう。ああも頻繁に話しかけられると、本を読む気にはなれない。

 小説を書くにあたって、本を読むことは役に立つものだ。

 少なくとも、秀一はそう思っている。

 それは、『参考になる』とかそういう話ではない。


 ただ単に、面白い話を読めば、何故か、書く方にもやる気が湧いてくるということだ。

 モヤモヤして、ざわざわして、そんな状態が半日は続いて、それがどういう感覚なのか全くわからないままに萎んでいき、その時には、なぜか無性に創作意欲が高まっている。

 そういう読後感を得られるかが、秀一にとって、『優れた小説』と『そうでない小説』の基準のようなものになっている。

 もちろん、秀一の手に届くようなものは何かしら『優れた小説』であるのだろうが、そのあたりの裁断は好みによることになる。


 と、秀一がどこかの文庫の新刊(あらすじに目を惹かれた)を二〇ページほどまで読んだあたり、言い換えれば、食事終了から五分ばかり経ったところで、放送開始の合図である音楽が流れ始めた。

 昨日とはまた違うが、こちらも最近の人気曲なのだろう。

 教室には、肩を揺らしてリズムをとりながら、鼻歌を唄っている者もいる。

 司会の先輩放送部員が口上を述べて、安っぽい拍手の効果音がまばらに聞こえてくる。

 そして、ゲストの紹介が行われた。「本日のゲストは?」


 ゲストは女子だった。

 彼女は、緊張しているのかやや小さな声で、小学校の教師になりたいのだと語る。

 それからの受け答えはやや硬いものの、彼女が真面目であること、やや神経質な面があること、それから何より子供が好きであることは、秀一にも充分に伝わってきた。


 周囲の生徒はといえば、昨日の田山涼の時よりは、いくらか興味が薄いようだった。

 当然といえば当然か。他クラスでも知っている人の多い人気者である田山涼と、ほとんど話題になることもない女の子では、こうなることも仕方がない。

 興味があるか否かというのは、人間、意外と表に出てしまうものなのだ。


 ただ、彼女は、秀一には出来そうもないことをやっている。

 おそらく、そこまでの自信があるわけでもなく、田山涼のように、口に出すことに慣れているわけでもない。何が彼女をそうさせるのかはまるっきりわからなかったが、そこには少しの勇気がある。

 それは、自分にはないものであると、秀一は自覚していた。であれば、この放送を聞くことが全くの無駄だとは、言い切れない。

 そもそも、軽んじていい夢など、無いのだ。

 秀一は本を読みながら、放送に耳を向ける。


 そこまでの長さではない。

 司会の先輩が上手く緊張をいなして、放送自体もスムーズに回っている。

 秀一がさらに数ページほど読み進めた頃には、エンディング曲とともに、本日の放送は終わりを迎えた。

 ふと、右前方に目をやると、住野千秋が数人の仲間とともに席についているのが見える。


 響子の叔父であれば、ノートの持ち主探しに、何かいい案を思いついてくれるのではないかと、根拠もなしに思った。

 今日もコンビニに行く。その時に、会えないだろうか。

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