1−3 『下校途中、コンビニにて』
放課後となり、部活に向かうもの、帰宅するものが入り混じって騒めく廊下を抜けて、靴を履き替えて校舎を出る。
校門近くにある広場の、石像が飾られている『いつもの場所』に響子の姿を見つけて、肩を揃えて歩き出す。
「そういえば、今日は住野に絡まれたよ」
ちょうど校門をくぐったあたりで、秀一は、ため息まじりに言葉をこぼした。
「やっぱり?」
「やっぱりだ」
頷きながら答えると、彼女は苦笑して言う。
「昨日は逃げ回ったけど、結局こうなるのなら、逃げる必要はなかったわね」
顔色は変わっていないが、響子の足も痛むのだろう。秀一に向けられた瞳には、やや真剣味を帯びた後悔がある。
秀一も、表には出さないながらも、足が引き攣る感覚に嫌気がさしていた。
「まあ、響子と一緒に捕まるよりかはマシだったと思っておくよ」
響子は有る事無い事話すだろうから。
とぼとぼと、足が上がっているのかも定かでない状態で、家路を行く。秀一はボーッとしながら、響子はフラつきながらといった感じだ。
夏休みを目前として、今日は真夏日であるらしい。昨日も十分に暑かったのだが、今日はその比ではない。何より、傾いた日差しが強烈だった。
校門からしばらく直進し、民家の前を通って、踏切を渡る。その辺りは海に近く、ふわりと吹き抜ける風も潮の匂いを纏っている。平日だから開けているが、毎年この時期は、海水浴に訪れた多くの客で賑わうものだ。
周囲には、その客を狙って幾つかの店が立ち並ぶ。そこだけ、田舎という言葉が似合わない。
そんな普段の通学路を、度々雑談を交わしながら歩き、また、度々無言となって耳を澄ませる。
それが、二人のいつもの下校だった。
ただ、夏場はもう一つ、行程が追加されることもある。
「コンビニに寄りましょう!」
「言おうと思ってた!」
汗が絶えない季節である。この時期に限って、二人は学校帰りにコンビニに立ち寄り、アイスクリームを購入する。
二人の帰り道はここで三分の一ほどだ。先はまだまだ長く、それを乗り越えるためにも、小休止がなくてはやっていられない。
アイスクリームのもたらしてくれる冷気は、まさに、そんな二人が求めているものだった。
「いらっしゃいませー」
コンビニに入ると、肌を涼風が撫でてくれる。汗が冷やされて、軽く身震いが起きる。
このコンビニの冷気による歓迎も、夏場にしかない楽しみだった。
とはいえ、長居しすぎると、今度は店から出る気が失われてしまう。
さっさとアイスクリームを選ぼうと、秀一は響子の手を引いて店内後ろの売り場に向かう。そこは小学生や主婦らしき女性で賑わっていた。
人間、暑さを前に抱く感情などそう差異はないものだ。
朝から大勢がここを訪れたことが想像できるが、アイスは補充されたようで、山ほど並んでいる。
その中から棒アイスを一本ずつ掴んで、小学生たちがレジに向かった。主婦たちは選ぶ気があるのか怪しいほどのんびりとしている。
秀一は棒アイスを、響子はカップのアイスを手に取り、ちょうど小学生たちの後ろに並ぶ。彼らは「当たるかなー?」と目を輝かせている。当たらないだろうな、と秀一は思った。
無事アイスクリームを購入し、店を出る。隣のレジに並んだ人たちを上手く避けてから、自動ドアを通過する。
そのとき、店に入ってくる男とすれ違う。
「叔父さん」と、驚いた顔で響子が言った。
「叔父さん?」秀一は首を傾げる。そういえば、この辺りに来ていると言っていたような。
「ああ、誰かと思えば、響子ちゃんじゃないか」
男、すなわち響子の叔父がその声に反応して、入っていったはずの店から出てきた。
響子の母親が四十代後半だったから、叔父もそれに近い年頃であるとイメージしていたが、その立ち姿は想像よりよりずっと若い。三十代半ばほどに見える。
「こんにちは。お仕事の帰りですか?」
ペコリと頭を下げる響子に、叔父さんは頬を掻くようにして、
「いや、ちょっと合間にコーヒーを買いに来ただけだよ。仕事の方は、まだまだ終わりそうもないんだ」
と嘆く。
長身でスタイルが良く、独特の存在感がある男だった。そんな大人が、情けない声で仕事の泣き言を漏らすのが、アンバランスで可笑しい。
住野千秋のような無闇な明るさではなく、もっと別の要因で、人好きのする空気感を漂わせている。
「それで……少年は響子ちゃんの彼氏くんだね? たしか、秀一くん」
そんな雰囲気のまま眺めるように見つめてくるので、「はいまあ」と、恋人の親族を相手にすることに多少の照れ臭さはありながらも、秀一は頷いて肯定を示した。
「よくわかりましたね」とも付け加える。
「いや、先週食事に行った時に姉さんが————おっと、『響子ちゃんのお母さん』だった。が、話してたから。それに、ドリワのチケット渡した時に彼氏と行くって言ってたしね」
「あ、チケットの件はありがとうございました」
「いやいや、ああいうのは使わないと勿体無いからね」
チケットのお礼をにこやかに受け入れられる。その姿に、大人だ、と秀一は思った。
「ドリワ、楽しかったかい?」
叔父さんが響子に訊ねる。
「はい、とても」
と顔をほころばせる響子に、「それは良かった」と幾度か頷いてから、
「じゃあ、僕はコーヒー買って、そのまま仕事に戻るから。まだ大丈夫とは思うけど、アイスは溶かさないようにね」
やや急いだ様子で、店内へと向かっていった。
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