表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君の描きたい物語  作者: 車輪
第2章 『夢を見る』
15/32

1−3 『下校途中、コンビニにて』

 放課後となり、部活に向かうもの、帰宅するものが入り混じって騒めく廊下を抜けて、靴を履き替えて校舎を出る。

 校門近くにある広場の、石像が飾られている『いつもの場所』に響子の姿を見つけて、肩を揃えて歩き出す。


「そういえば、今日は住野に絡まれたよ」


 ちょうど校門をくぐったあたりで、秀一は、ため息まじりに言葉をこぼした。


「やっぱり?」

「やっぱりだ」


 頷きながら答えると、彼女は苦笑して言う。


「昨日は逃げ回ったけど、結局こうなるのなら、逃げる必要はなかったわね」


 顔色は変わっていないが、響子の足も痛むのだろう。秀一に向けられた瞳には、やや真剣味を帯びた後悔がある。

 秀一も、表には出さないながらも、足が引き攣る感覚に嫌気がさしていた。


「まあ、響子と一緒に捕まるよりかはマシだったと思っておくよ」


 響子は有る事無い事話すだろうから。

 とぼとぼと、足が上がっているのかも定かでない状態で、家路を行く。秀一はボーッとしながら、響子はフラつきながらといった感じだ。


 夏休みを目前として、今日は真夏日であるらしい。昨日も十分に暑かったのだが、今日はその比ではない。何より、傾いた日差しが強烈だった。


 校門からしばらく直進し、民家の前を通って、踏切を渡る。その辺りは海に近く、ふわりと吹き抜ける風も潮の匂いを纏っている。平日だから開けているが、毎年この時期は、海水浴に訪れた多くの客で賑わうものだ。


 周囲には、その客を狙って幾つかの店が立ち並ぶ。そこだけ、田舎という言葉が似合わない。

 そんな普段の通学路を、度々雑談を交わしながら歩き、また、度々無言となって耳を澄ませる。

 それが、二人のいつもの下校だった。

 ただ、夏場はもう一つ、行程が追加されることもある。


「コンビニに寄りましょう!」

「言おうと思ってた!」


 汗が絶えない季節である。この時期に限って、二人は学校帰りにコンビニに立ち寄り、アイスクリームを購入する。

 二人の帰り道はここで三分の一ほどだ。先はまだまだ長く、それを乗り越えるためにも、小休止がなくてはやっていられない。

 アイスクリームのもたらしてくれる冷気は、まさに、そんな二人が求めているものだった。


「いらっしゃいませー」


 コンビニに入ると、肌を涼風が撫でてくれる。汗が冷やされて、軽く身震いが起きる。

 このコンビニの冷気による歓迎も、夏場にしかない楽しみだった。


 とはいえ、長居しすぎると、今度は店から出る気が失われてしまう。

 さっさとアイスクリームを選ぼうと、秀一は響子の手を引いて店内後ろの売り場に向かう。そこは小学生や主婦らしき女性で賑わっていた。

 人間、暑さを前に抱く感情などそう差異はないものだ。


 朝から大勢がここを訪れたことが想像できるが、アイスは補充されたようで、山ほど並んでいる。

 その中から棒アイスを一本ずつ掴んで、小学生たちがレジに向かった。主婦たちは選ぶ気があるのか怪しいほどのんびりとしている。

 秀一は棒アイスを、響子はカップのアイスを手に取り、ちょうど小学生たちの後ろに並ぶ。彼らは「当たるかなー?」と目を輝かせている。当たらないだろうな、と秀一は思った。


 無事アイスクリームを購入し、店を出る。隣のレジに並んだ人たちを上手く避けてから、自動ドアを通過する。

 そのとき、店に入ってくる男とすれ違う。

「叔父さん」と、驚いた顔で響子が言った。


「叔父さん?」秀一は首を傾げる。そういえば、この辺りに来ていると言っていたような。


「ああ、誰かと思えば、響子ちゃんじゃないか」


 男、すなわち響子の叔父がその声に反応して、入っていったはずの店から出てきた。

 響子の母親が四十代後半だったから、叔父もそれに近い年頃であるとイメージしていたが、その立ち姿は想像よりよりずっと若い。三十代半ばほどに見える。


「こんにちは。お仕事の帰りですか?」


 ペコリと頭を下げる響子に、叔父さんは頬を掻くようにして、

「いや、ちょっと合間にコーヒーを買いに来ただけだよ。仕事の方は、まだまだ終わりそうもないんだ」

 と嘆く。


 長身でスタイルが良く、独特の存在感がある男だった。そんな大人が、情けない声で仕事の泣き言を漏らすのが、アンバランスで可笑しい。

 住野千秋のような無闇な明るさではなく、もっと別の要因で、人好きのする空気感を漂わせている。


「それで……少年は響子ちゃんの彼氏くんだね? たしか、秀一くん」


 そんな雰囲気のまま眺めるように見つめてくるので、「はいまあ」と、恋人の親族を相手にすることに多少の照れ臭さはありながらも、秀一は頷いて肯定を示した。


「よくわかりましたね」とも付け加える。


「いや、先週食事に行った時に姉さんが————おっと、『響子ちゃんのお母さん』だった。が、話してたから。それに、ドリワのチケット渡した時に彼氏と行くって言ってたしね」

「あ、チケットの件はありがとうございました」

「いやいや、ああいうのは使わないと勿体無いからね」


 チケットのお礼をにこやかに受け入れられる。その姿に、大人だ、と秀一は思った。


「ドリワ、楽しかったかい?」


 叔父さんが響子に訊ねる。


「はい、とても」


 と顔をほころばせる響子に、「それは良かった」と幾度か頷いてから、


「じゃあ、僕はコーヒー買って、そのまま仕事に戻るから。まだ大丈夫とは思うけど、アイスは溶かさないようにね」


 やや急いだ様子で、店内へと向かっていった。


感想等、お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ