1−2 『放送、1日目』
「なになに? なんかあった?」
「放送部だよ。ほら、先週くらいから言ってた」
首をかしげて尋ねてくる住野千秋。プリントも配布された上、教師からも簡単な説明があったと思うのだが、覚えていなかったらしい。
秀一が思うに、放送部は住野千秋のような人物にこそ、この活動について知っていて欲しかったのではないだろうか。
一人華のあるゲストがいるだけで、聴衆にもどこか気合が入るものだ。
少なくとも、彼女がゲストに選ばれるようなことがあれば、男子はそれなりに気にかけるだろう。
「あー、アケミが出るって言ってた。今日からだったんだ」
相槌を打つ姿を見るに、どうやら住野千秋の周囲には放送のゲストに応募し、選ばれた者がいるらしい。
相変わらず、放送で夢について語るということ自体が秀一にとっては考え難いことだったが、彼女らとは、そもそもが別の生き物のようなものなのだ。
その考えは、短時間ではあるが住野千秋と共に過ごして、より深まっている。
同じ『わからない』にしても、響子のほうがまだ理解の余地がありそうだった。
〜
音楽が小さく絞られ、BGMとして程よい音量になったあたりで、おっとりとした女の声で番組名が読み上げられる。これが、響子の言っていた先輩だろう。
放送初日ということで、簡潔に番組内容の説明がなされる。
ほとんど秀一の想像通り、インタビュアーがゲストと対談し、夢について語ってもらうといったものだった。
録音された音源を流すような手の込んだものではなく、ぶっつけ本番となるので、放送の出来はインタビュアーに大きく左右される。いかにゲストが語りやすい雰囲気を作るかが、かなり重要になってくるだろう。
そう考えると、田舎高校のちょっとした放送とはいえ、責任は大きい。
ドリームワールドでは、響子に、インタビュアーが似合いそうなどという言葉をかけたが、前言撤回、と秀一は思う。
淡々と進めるタイプの放送なら彼女は適任だろうが、相手を気遣った雰囲気作りまで役割に含まれるのであれば、事情が変わってくる。
響子は少しつり目であるのも相まって、それなりに硬質な雰囲気をまとった存在だった。
それは当然、放送部の面々も理解していたらしく、インタビュアーはどちらかといえば住野千秋に近い話し方で、しかし落ち着きも兼ね備えている。
少なくとも秀一には、まあまあの人選なのではと思えた。
『さて、放送初日のゲストは、二年生の田山涼くんでーす!』
『田山です。よろしくお願いします』
続けて、なぜこの放送に応募してきたのか等、軽いテンポでいくつか雑談にも似たやり取りが交わされる。本題の前に、ある程度、放送に対する緊張をほぐそうとしているのだろう。
田山涼はしかし、かしこまりながらも、もともとそこまで緊張していたわけではなかったらしい。表舞台に立つのには慣れているのだろう、と秀一は思う。
というのも、彼は野球部のエースなのだ。
こんなことでいちいち緊張していては、試合を乗り切ることができないだろうことは、野球の試合など出たこともない秀一にも想像はつく。
「田山っちも出るんだ、知らんかった」
感心した表情で住野千秋が呟く。どうやら田山涼とも親しい間柄らしかった。
この交友関係の広さはどこから来るのだろう。
放送では、「ズバリ! あなたの夢は?」と先輩放送部員が声を大きくして訊ねている。
身を乗り出している姿がなぜか頭に思い浮かんだ。いよいよ本題、といった感じだ。
『僕は、プロ野球選手になりたいんですよ』と田山涼は堂々と言ってのける。
「んー、そうだろね、田山っちだもん」
「………………それにしても、よくあんなに堂々と話せるよ。学校中が聞いてるってのに」
「確かにー。夢を語るのって、すっごい勇気いるよね。うー、考えただけで顔が熱くなってくるよ」
「なんか、住野にも夢がありそうな口ぶりだね」
言って、秀一は内心でガッツポーズをとる。
かなり自然に、住野千秋の『夢』の部分に話の矛先を向けることができたのではないか。
そして、彼女はどんな答えを返すのか。期待で耳のあたりが熱くなってくる。
心なしか、住野千秋の全ての動きが一瞬、歪んだ気がした。
今まで不自然なほど滑らかに、無邪気さを演出するように流れていた動作が、不意にぎこちないものになった。
「んー、なんか想像して勝手に盛り上がってたけど、よく考えたら私には夢はなかったー! なんでちょっと真面目モードになっちゃったかなぁあはは」
頭を掻きながら、どこか必死に笑い飛ばそうとする住野千秋。明らかに様子がおかしい。
その内心は読めないが、何か、夢に対して思うところがあるのは確かなようだ。
とはいえ、彼女の表情を見るに、これ以上の詮索は控えた方が良さそうだった。
放送では、田山涼がハキハキとした受け答えを見せている。
小学生の時に野球を始めて、プロ野球選手という夢を追い始めたこと。中学生の時に怪我をしてしまい、最後の年を棒に振ったこと。去年、先輩たちに混じってピッチャーとして大会に出場したこと。
自身の夢はぼんやりと滲んだものであるのに対して、田山涼のそれはしっかりとした実像が見えているように、秀一は思う。
秀一には知る由もなかったが、田山涼はすでに県内トップの投手と認められている存在だ。プロ野球選手という夢も、これからの活躍次第では、決して遠いものではない。
だからこそ、自信に満ちているのだ。
————いつか、夢に近付いた時、俺はどんな風だろうか。
秀一は堂々と夢を語る自分を想像してみるが、どうにもしっくりこなかった。
感想等、お待ちしております。