1−1 『昼休み、おしゃべり』
「よっしの、くーん!」
案の定、昼休みにニヤニヤ顔で話しかけてくる住野千秋。
それが嫌だから秀一は、時間ギリギリに登校したり、休み時間に寝たふりをしたりと抵抗を重ねていたというのに、それをあざ笑うように彼女は明るい。
午前中、後ろの席からずっと観察していたのだが、興味のある素ぶりがなかったのでもう諦めたのかと思っていた。ここにきて気を緩めてしまった自分を殴りたい。
そのまま、住野千秋は「おべんと、食べよー」と勝手に秀一の隣の席に着く。
席の持ち主だったはずの男は、非常に爽やかに彼女に席を譲って、友人たちと学食に向かった。
こういう時に、人気者は有利だ。直接的でないとはいえ、これでは周囲全部が味方しているようなものではないか。かくいう秀一も、不思議と拒否の声を上げることができない。
完全に相手にペースを持って行かれて、口を噤んでしまっていた。
心に余裕を持たせるために、「これは例の『住野千秋観察』だ」と内心言い聞かせて、秀一も机に弁当を広げる。
そうすると、向こうから近づいてきてくれるのだから観察が捗るな、と横目で住野千秋を眺める余裕さえ生まれてきた。
隣で同じように弁当を広げてから、住野千秋が口を開く。
「んー、美味しそうなお弁当ですな。宮永さんの手作り弁当と見た」
「…………」いきなり核心から入るのか、コイツ。
俺が嫌がってることは知ってるだろうに。
秀一が沈黙で質問を押し流そうと試みるが、「だって昨日、ラブラブだったもんねー」だの「すっごかったなぁ、あの大ジャンプ! 二人の共同作業ってやつだね」だのと一人でペラペラうるさい。
昨日危惧したそのままの事態が起こっている。
しかし、喋れば喋るほど、住野千秋が漫画ノートの持ち主だとは思い難くなっていく。
軽い性格に、軽い口に、軽そうな胸。…………最後のは関係ないか。秀一はブンブンと頭を振る。
「え、宮永さんのおべんとじゃないんだ」
その首振りに反応された。
どうやらまだその話は続いていたらしい。あれだけ話が横道に逸れたら、本筋が頭から抜けているのがお約束だが、彼女は案外記憶力には優れているようだ。
記憶力のある考え無しって、なかなかにタチが悪いぞと秀一は思う。
話をそらして本題を有耶無耶にするというよくある戦法が、全く効果をなさないからだ。
「あー、弁当は母親製なんだよ。期待に添えず申し訳ない」
「そなのかー。てっきり毎日作ってもらってるのかと」
言いながら、住野千秋が弁当に箸を伸ばし始める。
ウインナーに白米、そのほかはほとんど野菜で、色鮮やかな印象だ。他人と昼食をとるのは珍しいので、秀一はついついそちらへ目を向けてしまう。
「ち・な・み・に、このお弁当は私のお手製ねー」
それに気づいた住野千秋が、行儀悪くも椅子ごと大きく仰け反り、箸で弁当箱を指しながら自慢げに言う。
良くも悪くも響子とは正反対な女だ。一つ一つの動作に艶が出るのが響子なら、それがないことで親しみやすさを与えるのが住野千秋だ。
ただ、秀一がその『親しみやすさ』に少しの苦手意識を抱いているのも確かだった。
「へぇ、すごいな。体にも良さそうだし」
こちらも弁当に舌鼓を打ちながら、とりあえず褒めておく。
すると、「いやー、そう言われると照れますなー」と見るからに調子に乗った表情で、住野千秋は頭を軽く掻いた。
それから秀一の弁当に体を向けて続ける。
「吉野くんのお弁当も美味しそうだね。そっちは男の子だから? お肉多めな感じだ」
「別に体育会系でもないのに、体力がどーのってうるさくてさ。まあ、今日に限っては、肉は大歓迎なんだけど」
弁当箱には肉の炒め物やチキンナゲット等が詰まっている。明らかにバランスを崩すほどではないが、それでも、住野千秋の弁当と比べると色が少ない。
中身はまとめて母親が作っているので、秀一と両親で中身はほぼ同じだ。
ちなみに、弁当に肉類が多いのは普段からで、それは母親が無類の肉好きであることに由来する。体力がどうのというのは、単なる後付けの思いやりだ。
肉は嫌いではないとはいえ、家でも学校でも肉尽くしなのはどうなのだろう。
普段はそう思うこともあるが、今日の秀一にはピッタリだった。
「なんで?」
「昨日足を酷使しすぎたから、たんぱく質欲しくて」
首を傾げる住野千秋に、太股のあたりを軽く叩きながら答える。
昨日の痛みは、収まりつつはあるが確かに今日に引き継がれていて、今も、椅子に接している腰に近い部分が鈍く痛む。月曜日の日課に体育が含まれていなかったのは幸いだった。
「あーっ! 私たちから逃げたからでしょ。それ」
「それも三割くらいはあるね」
残りは大体、ドリームバブルだ。あのアトラクションは、肉体的負担が大きすぎるせいで人気がないのではないだろうか。
思いながらも、秀一は弁当をパクつく。
住野千秋が「あれで三割かよー。私たち、結構本気で追いかけたのに」と膨れたので、弁当片手に「ははは」と愛想笑いで流しておいた。
ウインナー、ぱくり。米、ぱくり。料理名不明の肉、ぱくり。水筒のお茶、ごくり。
たびたび住野千秋が話しかけてくるのに最低限で答えながら、秀一はかなりの勢いで弁当を胃袋に収めていく。
「よっしーって意外によく食べるんだー」
隣から視線が飛んでくるので居心地が悪い。一方的に見られながらの食事は苦手だ。
そしていつの間にか吉野秀一に『よっしー』なるあだ名がつけられている。このまま引きずられて、気がついたらグループの一員になっている、なんて事態に陥りそうで怖かった。
秀一に対して住野千秋の食事ペースはかなりゆっくりで、ほとんど秀一の箸捌きの見学のようになっている。あと、たまに喋る。
ええい、うるさい! 一つのことに集中できないのか、コイツは。
秀一の中での漫画ノートの持ち主と住野千秋、二人のイメージがどんどんと重ならなくなっていく。
せっかく近寄ってきてくれたんだから直接聞いてみようかという思考が、一瞬浮かぶ。
似合わない行動には違いないが、今なら常識の範囲内の質問であれば、軽い感じで答えてくれそうだ。
秀一が頭を悩ませながらも勢い良く弁当を食べ進め、住野千秋はおしゃべりメイン。
そんな昼休みがしばらく続いて、秀一の弁当箱が空っぽになった頃に、最近街でよく耳にする軽快な音楽が流れてきた。
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