『1章エピローグ』あるいは『2章前夜』
秀一は空を見上げる。
とっくに日が暮れている。
帰宅してすぐに風呂に入り、身体中に纏わりついていた汗を徹底的に洗い流したので、今は帰宅から一時間程度経過した頃だ。
その際に足のマッサージも念入りに行っておいたので、痛みは薄くなっている。
空を見上げるのは秀一の日課だ。
一日に一回は必ず、ゆっくりと空を見つめる時間を設けている。
日中は学校に出ていることが多いので、必然的に、こうして見上げるのは夜空であることがほとんどとなる。
いや、日中に時間を取れたとしても、やはり秀一は夜空を見続けるのだろう。
距離を感じさせない星の瞬きを、秀一はかなり気に入っていた。
だから毎日こうして部屋のベランダに出て、フチに肘をついている。
普段と異なるのは、そこから伸びる前腕が顔の方へ、指先が額へ伸びているということだ。
今日の昼下がり、急降下前のあの感触は、秀一が実感を持って手に触れるより前に、風に巻き上げられるように消えていった。
その感覚を思い出そうと額を撫でるが、どうしても実感を得ることはかなわない。
あれから先、帰ってくるまでの記憶も、正直おぼろげだった。
秀一は、思い出せないことをもったいなく思う。
記憶が混濁しているのは、ジェットコースターでグロッキー状態に陥った秀一が口を開かないのをいいことに、響子がさらにいくつかの絶叫系マシーンへ連行したことが原因だろう。
秀一も止めれば良かったのだが、体力も気力も限界で、思考も停止した状態だったために、勢い任せの響子を説得することはできなかった。
ジェットコースターを連れ回され、死んだ眼で観覧車に乗って、それで帰ってきた、はずだ。
具体的に何があったかはひとまず置いて、大まかにどのような流れがあったのか。
それくらいは、なんとか思い出すことができる。それ以上は、靄がかかったように見通しが悪かった。
そんな役に立たない頭でも、わかることが一つある。
それは、明日、住野千秋から好奇の視線を受けることになるだろうということ。
「…………あんまり関わりたくないんだけどなぁ」
目を輝かせて追いかけてきた時の住野千秋の姿を思い出して、秀一は辟易する。
明日はうるさくなりそうだなと、ただ思った。
ひとまず一章はここで終わりです。構成はアレですが、書きたいことは大体かけたのかなとは思います。
次章も今くらいのペースで更新していきたいです。
感想等お待ちしております。