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クラスメイトとゆるーく平和に過ごす方法 - 2

 地上五〇階建て、神門島の中央に聳える全面ガラス張りの円筒形の建造物。

 レトロ風味な街並みが多い神門島でほぼ唯一の近代的なこの建物こそ、八衢学園の校舎である。


「改めて眺めると、大きいよな……」


 校舎を仰ぎ見て思わず驚嘆の溜め息を漏らす緒織。

 見れば他にも数名の生徒が、その威容に圧倒されたのか足を止めて茫然と見上げている。


「高校っていうより、大学みたいだよね」

「私に同意を求められても困る」


 隣の異世界人(ティア)はといえば、一年以上見続けているため今さら驚くこともないといった風だ。


「そういえば、一昨日もここで練習してたっけ」


 ティアとの出会いを思い出す。今二人が立っている場所から現場は五〇メートルも離れていない。


「でもなんで、あんな朝っぱらからここに?」

「別に。練習の後で図書室にも寄りたかったから。……寮にいたら誰に絡まれるかわかったものじゃないし」

「?」


 最後の方は小声でよく聞こえなかった。


「まぁいいや。それより早く入ろうか――」


 と、言いかけたところに、


「――どいてぇえええええ! どくにゃぁあああああああ!」

「へ?」


 叫び声に振り返るのと、突然の衝撃が緒織を襲ったのは殆ど同時だった。


「へぶらっ」


 油断していた緒織は変な声を吐きながら宙を舞い、さらに数メートル地面を転がり、ようやく停止した。


「オーリ……ヤ無茶(ムチャ)しやがって」

「いや、死んでないからね?」


 運よく何の被害もなく、踞る緒織に合掌するティアに思わずツッコミを入れる。


()ぅ……なんだったんだ、今の」


 全身の痛みに悶えながら立ち上がり、後ろを見ると、


「きゅう……」


 緒織やティアと同じ年頃の少女が、大の字になって目を回していた。

 二人と同じ制服。だが緒織たちのネクタイやリボンが緋色なのに対し、この少女は若草色。

 焦げ茶色のボブカットに、健康的な引き締まった四肢。その頭の横に伸びたネコ科の動物に似た大きな耳が、今は力なくしなだれている。


「えっと、もしもーし? 大丈夫ですかー?」


 打ち所が悪いかもしれないため、触れずに声をかける。


「……にゃ?」


 然程間を置かずに少女は目を覚ました。

 むくりと上半身を起こすと、金色の瞳でぼんやり辺りを眺めていたが緒織にピントが合った瞬間あわあわと慌て始めた。


「うわぁあああああごめんなさいにゃあ! 急いでたのにゃわざとぶつかったんじゃないのにゃ!」

「あ、あぁ。うん、わかったからちょっと落ち着いて。ね?」


 土下座して何度も頭を下げて謝る少女に、被害者であるはずの緒織の方が申し訳なくなってくる。

 その騒ぎに、登校中の生徒たちの視線が集まり始める。


「ほ、ほら! なんか目立っちゃってるし! いいから君も立って!」

「わ、わかったにゃ」


 緒織に手を引かれて、ようやく少女も立ち上がった。


「うぅ、重ね重ねごめんなさいですにゃ」

「もういいよ、大きな怪我もなかったし……それで君は?」


 ぴくりと耳を動かして、ネコミミ(?)少女がはっとした顔になる。


「申し遅れましたにゃ。新入生のミフィラタンテロロニケですにゃ。長い名前だから気安くミケって呼んで欲しいのにゃ」


 ミケと名乗った少女はびしっと敬礼のポーズを取る。


「……あなた、【獣人種(ライカン)】よね?」

「そうですにゃ。【魔人種(ディアボロス)】のお嬢さん」

「ティアよ。こっちはオーリ。あなたと同じ新入生。……で、それにしてはやけに日本語が……その、堪能なようだけど?」


 微妙にオブラートに包みながら、ティアが尋ねる。緒織もそのことは気になっていたので思わず頷いた。


「?」


 最初は何のことかわからないようだったミケだが、やがて察したのか「あー」と苦笑して。


「実は……ミケは【獣人種(ライカン)】だけど【緑の世界(ティルナノグ)】の生まれじゃないのにゃ」

「? それってどういう……」

「ミケのおとーさんは【緑の世界(ティルナノグ)】の初代外交特使なのにゃ。けど日本が気に入ったから任期が終わっても何かと理由を付けて日本に居座ってるのにゃ。だからミケも日本生まれの日本育ちなのにゃ!」


 えっへん、となぜか自慢気なミケ。


「じゃあ、その『にゃ』っていうのは……」

「にゅふふ、ミケのこの耳を見てわからないかにゃ?」


 ぴこぴこと耳を動が上下に動く。ふさふさの毛並みに思わず触りたい衝動を二人はぐっと堪えた。


「いや、猫っぽいなぁとは思ったけど……」

「その通りにゃ!」


 びしっと人指し指を突き出すミケ。


「ミケの耳は猫に似てるのにゃ! だからミケも、猫の喋り方をリスペクトすることにしたのにゃあ!」

「あぁ、なるほ……ど?」


 猫の手でポーズを取るミケに一瞬納得しかけた緒織だが、実際はその二つが全然繋がっていないことに気付いた。


「つまり、えーと……ミケの趣味?」

「そうとも言うにゃ」

「そうとしか言わないと思うけどなぁ……」

「あざといなさすがネコミミあざとい」


 とりあえずこの件に関してはもうツッコまないでおこう。緒織のアイコンタクトにティアは無言で首肯した。


「ところで、なんだか急いでたみたいだけど?」

「あ――そ、そうだったにゃ! 急がないと入学早々に遅刻するのにゃあ!」

「遅刻……?」


 ティアが腕時計を見る。昨夜合わせたばかりの時計はまだ入学式の時間まで一時間近くあるとを示している。

 それに、ミケ以外に慌てている生徒も見当たらない。むしろゆっくりと歩いているくらいで、つまり――


「……それ、たぶん時計の見間違いだと思うんだけど」

「へ?」


 ぱたと落ち着き、ミケもポケットから携帯を取り出して確認する。

 たっぷり三〇秒ほど画面を凝視して、


「にゃぁあああああああ~」


 気の抜けた声を出しながら、その場にへたりこんだ。


「ぜ、全力で走って損したにゃあ……」

「あはは……ご愁傷さま」


 しかし、疲れた表情だったのもつかの間。ミケはさっぱりした笑顔で立ち上がった。


「ま、てぃっちーとおりりんに会えたから善しとするにゃ」

「……てぃっちーと?」

「おりりん……?」


 一瞬それが誰を指すのかわからなかったが、この場にはミケの他にちょうど二人しかいない。


「袖振り合うも多生の縁にゃ。それに二人からはいい人の匂いがするのにゃ」


 すんすんと鼻をひくつかせる【獣人種(ライカン)】の少女。

 彼らの【神威(サクラメント)】の種類は【強化(パンプアップ)】、五感や身体能力、果ては直感などを純粋に高める異能だ。

 今、ミケはその能力で緒織たちの気性を『匂い』として認識しているのだろう。

――と、


「オーリ……私って臭う?」


 自分の袖を鼻に当てながら、ティアが真顔で訊いてきた。


「たぶんそういう意味じゃないと思う」

「ささ、そんなことより早く校舎に入るにゃ、入るにゃ!」


 二人のやり取りもお構い無しに、ミケはその背中を校舎へと押して行った。

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