Hello, island. - 6
「まず始めに言っておくけど」
そう前置きして、緒織は説明を始めた。
「僕の異能については、正直なところ僕自身でもよくわからない。僕よりいろいろ詳しいライラですら自分では匙を投げたくらいだからね」
「異能が……よくわからない?」
「うん」
ぽかんとするティアに緒織は苦笑いで返す。
「ティアは朝の時点で僕の異能にある程度見当を付けてたみたいだけど?」
「……【神威】の封印」
肩を竦める緒織。
「だけど、そんな【神威】……封印なんて、聞いたこと……」
「そう。既存の【神威】八系統のどれにも入らない。他みたいに強いて色で表現するなら無色の異能? なんちゃって」
「ふざけないで」
おどける緒織。だがティアは鋭い声で両断した。
「そんなもの、あるはずがない。……いいえ仮に存在したとして、どうして大々的に公表しないの?」
「公表ね……じゃあ、さ」
ある程度は予想出来ていた反応に、緒織は静かに、寂しげに答える。
「【神威】を無力化する能力。そんなものの存在が明らかになったとして、どうなると思う?」
「それ、は……」
冷静に考えて、緒織が言わんとしている答えに気付きティアは言葉に詰まった。
「まぁ研究用のモルモットだろうね。人の形が残ってたらいい方、最悪臓器ごとに別けられてホルマリン漬けかな」
「……ぅえ」
その光景を想像したのか、ティアが嘔吐いたように口元を押さえる。
「それから少し先に進んで、もしその異能が再現出来るようになったりしたら?」
「……戦争?」
「だろうねぇ。少なくともライラはそう考えているし、僕もそう思う」
お伽噺の住人のごとき超常の存在である【異邦人】に地球人が一方的に搾取されずに済んだ最大の要因。それは科学力だ。
異能を持ち、それを利用することを前提とした文明を築いてきたためか、こと科学レベルに限ればどの世界も地球に遅れを取っている。
一部の技術は既に親交のためという名目で提供されているが、兵器開発などの重要分野は当然ながら門外不出。
だが、その危うい均衡が破れたなら。
「『隣界接続』直後の異界大戦が終わってからもう二〇年以上過ぎてる。それでも未だに【異邦人】を恨んでる人もいるし、【異邦人】や【神授世代】を怖がる人も多い。勿論その逆も、ね」
現在でも【異邦人】の居住区やその近隣では彼らを狙うテロが年に数度発生しているし、逆に【人間種】を狙った破壊活動も八衢学園が【孔】と世界間移動を管理するようになってからは減少傾向にあるものの、完全にはなくなっていない。
異能を持つ者を恐怖し排除しようとする者と、持たざる者を蹂躙しようとする者。互いに攻撃しては報復を繰り返す泥沼の状態だ。
「反対に、【異邦人】や【神授世代】にしてみれば、僕は彼らの安全を脅かすかもしれない危険な存在なわけで。なら、深く研究される前にサクッと処理しようとする過激派がいても、おかしくないと思わない?」
「……つまり、オーリはそういう混乱を避けるために?」
「そんな大層な理由じゃないよ。僕はただ静かに暮らしたいだけ。自分の命が惜しいだけの臆病者だよ」
茶化してそう締めくくってみたものの、ティアは納得しきってはいないのか、「むー……」と小さく唸っていた。
しばらくそうした後、
「ふぅ……わかった。オーリの言うことを信じるし、今聞いたことは誰にも言わない。約束する」
「本当に? ……ありがとう」
当初の目的が達せられたことに、緒織は安堵する。
「ただし」
しかしそれも束の間。ティアはぴっと人差し指を緒織に向けた。
「さっき、学園長は『自分では』匙を投げたって言った?」
「え? あ、あぁ。そうだけど、それが?」
「それってつまり、学園長以外でならまだ調べようがあるってことでしょう?」
しまった――と、緒織は絶句した。
「それに、【神授世代】じゃないのに【神授世代】だらけの八衢学園に入学する。でも自分のことは極力隠して静かに暮らしたい。それって凄く矛盾していると思う」
「……君のような勘のいい女の子は嫌いだよ」
「褒め言葉として受け取るわ」
苦虫を噛み潰したような緒織に対して、ティアはどこか自慢げだった。
「そうだよ、僕がこの島に来たのは自分の異能を学園の設備で本格的に検査するため。これでいい?」
「ん。素直でよろしい」
「こっちは全然よろしくないけどね……」
疲れた顔で背もたれに体重を預ける。
「……それで? それを確認してティアはどうしたいわけ? 脅迫?」
「そんなことしない。学園長には私もお世話になったから迷惑はかけたくないし、それに今誰にも言わないって言ったばかりじゃない」
「僕はもう迷惑かけられまくりなんだけどね……」
がっくりと肩を落とす緒織だが、その半分以上は演技だ。
ライラには違うと言ったものの、孤児でライラの庇護を受けたという共通点に緒織が共感を覚えたのも事実。
それに、時折見せるティアの小動物じみた挙動は、まったく外見は似ていないのにどうにも妹を彷彿とさせる。それが理由なのか、付きまとわられてもあまり不快感を感じないのだ。
――なんか、放っておけないんだよなぁ……
自嘲し、「よっ」と背もたれから離れてティアと向き合う。
「なら、ティアの希望は?」
「……なんか、急に前向きになられるとびっくりするんだけど」
「毒を喰らわば、ってね。こうなったら出来る限り付き合うよ」
しばらく訝んでいたティアも、緒織に裏がないと判断したのか、
「緒織には、私の特訓に協力して欲しい」
そう、はっきりとした口調で告げた。