Hello, island. - 3
「なるほど。さっそくバレました、と」
「う……ごめん」
「別に謝る必要はないけどねー」
少女から逃げ切り、シャワーを浴びて着替えた後で緒織は学園長室で事の顛末をライラにかいつまんで説明した。
ちなみにその間、ライラはパソコンから目を離すことなく驚異的なスピードでやけにボタンの多いマウスを繰り、間断なくキーボードに何かを打ち込んでいたが、話はしっかりと聞いていたようだ。
「で? その女の子っていうのはどんな子だった?」
「どんなって……こう、小柄な子だった。長い赤毛で、【魔人種】だと思うけど……」
そこで一度、言葉を区切って。
「……角が、右にしかなかった」
通常【魔人種】の角は左右に一本ずつあるというのが緒織の知識だ。
「ふむ。それならまず間違いなくこの子ね」
そう言ってライラはマウスを放し指を弾く。すると執務机に置かれた分厚いファイルが開き、一枚の頁が外れて二人の間に浮かんだ。
「……ティア・プロセルピナ?」
そこに書かれた名前を読み上げる。
頁には先程の少女の顔写真と、名前に始まる様々なプロフィールが書かれていた。
写真に写る少女は、やはり右側に一本しか角がない。
「ティア・プロセルピナ。【赤の世界】出身の【魔人種】、年齢は地球換算で緒織と同じ一五歳、今年の入学生。身長一五三センチ、スリーサイズは上から七八――」
「そういうのいいから!」
視線はモニターに向けたまま、読まなくていいデリケートな部分を空で読み上げ始めたライラを赤面しながら止める。
ニヤニヤしているあたり故意犯だろう。聞いてしまった以上ライラに代わって心の中で土下座する緒織だった。
「まぁちょっと訳有りな子でね。一年半くらい前から八衢学園で面倒見てる子なの」
「ああ、それで……」
異議を申し立てる国もあるが、神門島――旧沖ノ鳥島は日本領ということもあって日本語を公用語に定めている。法律も基本的には日本のものだ。
そこで一年以上生活しているのなら、少女が流暢に日本語を話していたことも納得がいく。
「でも、訳有りって?」
「そうね……端的に言えば、彼女は棄て子なわけ」
少し考えてから、ライラは言葉を選んで説明を始めた。
「緒織も気になったように、あの子は本来あるべき角が片方欠けてる。【紫の世界】出身の私にはよくわからないけど、彼女がいた【赤の世界】で、それは凶兆と言われてるらしいの」
「それで、棄てられた?」
「一応、現地のスタッフ経由で実家に問い合わせたけど『十三歳まで育ててやっただけ有情』って感じだったわ……胸くそ悪い話だけど」
忌々しげにライラは吐き捨てる。
「とにかくそういうわけで、緒織とは親なし同士でお仲間ってところ?」
気分を切り替えるように敢えて明るい口調でそういうライラ。
しかし、当の緒織は頭を振る。
「全然違うよ。僕らはもう親の顔も覚えてないから悲しいとも思えない。けど、この子は……」
物心付くかどうかという頃から、緒織と妹は施設で育てられた。実の両親は大きな事故に巻き込まれて死んだと聞かされている。
その時に緒織たちを助けた縁で、ライラは兄妹の様子を見にわりと頻繁に顔を出し、今では年の離れた友人のような、家族のような間柄になっている。もっともそれには、緒織が特殊過ぎる異能を有していたことも関係しているのだが。
しかし、今の話を聞く限り、このティアという少女は親に棄てられ、天涯孤独になったのだ。その悲惨さは自分たちと比べるべくもないと緒織は思った。
「……うん。今のはちょっと考えなしだった」
ライラも自分の失言を認めて肩をすくめた。
「でまぁ話を戻すと、【魔人種】っていう種族は角を媒介にその異能を振るう。つまり角こそが【神威】の象徴なわけだけど、この子はそれが半分しかない。だからあっちじゃ『創世の女神ディアミナに見棄てられた忌み子』って扱いなわけ」
「ふぅん……」
地球だと身体的特徴に宗教的理由を付けて差別するなんて前時代的な考え方……で済む話だが、事実として創造神がいる異世界ではそれで終わらないのだろう。
「その生まれつき半分以下しかない分を補おうとしているのか、ティアは勉強熱心というか、とにかく好奇心旺盛な子なのよ」
「あぁ。それで僕の異能にやたら食い付いたわけだ」
「ご明察。そんなわけだから、このままだと今後も顔を合わせるたびに追いかけられるかしらねぇ」
その様子を想像する。今朝は二人以外に人目のない屋外でのことだったが、これが大勢の生徒がいる前でとなると――
「……ちょっと、遠慮したいかな」
単純に面倒という以上に、目立ちたくないというのが緒織の希望だった。
「やっぱりそう思う?」
「そりゃね。だって僕が八衢学園に入学したのは普通に生活したいからだし。そう提案したのはライラでしょ」
緒織は異能を持ってこそいるが【神授世代】ではない。それをライラの強権で庇護しつつ、解析するために緒織は神門島に来たのだから。
なのに周りで騒がれては意味がない。不用意に異能を使った緒織の落ち度とはいえ。
「そ、こ、で」
ッターン、とキーを打ちながら。
「緒織の入る寮だけど、今決めた。赤の寮に行きなさいな」
「……はい?」
ライラの提案の真意が読めず、首を傾げた。
「だから、逃げ回ったら追いかけられるんだったら、逆にこっちから飛び込んでやればいいってわけ」
「いやその理屈はおかしい」
関わりたくないのだというのに、自分から近付いてどうする。
「残念ながら、興味持たれた時点で逃げるという選択肢はないのよねこれが。緒織は知らないでしょうけどあの子は一度興味を持ったら本当にしつこいわよ?」
「それをどうにかするのが学園長の務めでしょうが」
一縷の望みにすがってライラの役職に訴えかけてみるが、
「生徒同士のいざこざにいちいち口を挟むんでなく、当事者で解決出来る場を用意するのも教師の役目だと私ゃ思うけど?」
「ぐ……」
わりと真っ当な意見で論破されてしまった。
「ま、いざとなったら私の方からも口利きはするから、まずは自分で頑張りなさいな。それでこその男の子、でしょ?」
「……はぁ。わかった、やってみる」
フォローの約束を取り付けただけマシだろうと緒織は自分を納得させた。
「……ところで、さっきから気になってたんだけど、なにやってるのさ?」
相変わらずモニターを注視するライラに訊いてみる。
「んー? ネトゲネトゲ。まったく、こっちは年度始めで忙しいってのに春イベなんか始めちゃって……」
「……仕事しろよ、このダ魔女」
堂々と職場で遊ぶ【精霊種】の姿に、緒織は溜め息を吐いた。