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Hello, island. - 1

――一〇年前


「む……」


 燃え盛る炎の赤光を浴びてなお銀色に輝く髪を靡かせて、ライラ・ゲッターデメルングはその光景に目を細めた。

 周囲に積み上がる瓦礫の山。隙間から炎と黒煙を吹き出す危険地帯にあって、たった一ヶ所だけ破壊を免れた場所があった。


「まさか、あれを喰らって無事なんてね……」


 数分前。この大火災を引き起こした凶悪なテロリストの火炎球がこの建物を攻撃したのを、確保するために対峙していたライラは確かに目撃していた。

 しかし今、その建物は壁面にこそ大穴が開いているものの爆発も延焼もなく、テロが起きる前の姿を維持していた。

 そしてその直後にテロリストは突如として攻撃を停止し――否、まるで突然攻撃する手段を失ったかのように混乱しだしたところを、ライラは取り押さえたのだった。

 歩み寄り、穴から部屋の中を覗きこむ。


「………」


 部屋の中では、二人の子供が気を失って倒れていた。

 兄妹だろうか。五、六歳くらいの子供たちは似通った茶に近い黒髪で、男の子の方が僅かに幼げな女の子を庇うように折り重なっていた。


「防御系の【神威(サクラメント)】……いや、違う」


 火炎球が直撃した壁と比較して、部屋の中の被害が少な過ぎる。ただ防御しただけならその余波で周囲が吹き飛んでもおかしくはないはず。

 しかし、子供たちに触れた瞬間に火炎球が消滅したとすれば――



 ◇◆◇



 それから一〇年が過ぎて。


「ぶぇっくしょい!」


 濡れた髪をタオルで拭きながら、上倉(かみくら)緒織(おうり)は寒さから大きなくしゃみをした。


「いやははは、ごめんごめん」


 机を挟んで正面のソファに座るライラは苦笑しながら謝罪した。


「笑い事じゃないってば……」


 半眼で睨む緒織。とはいえ元々が優しい顔立ちな上この手の表情に慣れていないので凄みはない。

 あの後、島をぐるりと一周してから着陸しようとしたライラは、ついうっかり高度を下げすぎて愛用の箒にぶら下がる緒織を海面にダイブさせてしまったのだった。


「あ、でも日本語には『水も滴るいい男』って言葉があるじゃない。うん、言われてみたらちょっとイケメンになった気がする」

「気がするだけって、それ結局なってないよね……っくし」


 嘆息して出された紅茶を飲む。生姜と蜂蜜の風味と温かさが全身に行き渡ったところで、ようやく周囲に気を配る余裕が生まれた。

 今二人がいるのは八衢学園の学園長室。やけに大きなパソコンを置いた黒檀製の執務机の向こう、全面鏡張りになった一面から街の夜景が一望出来る。

 執務机と緒織たちが座る応接スペース以外の調度品は、壁に掛けられた五種類のタペストリーくらいだ。

 タペストリーにはそれぞれ赤地に七対の角を持つ竜、青地に翼を持つ魚、緑地に樹木の角を持つ獣、紫地に交差した杖と月、白地に五芒星が描かれている。

 これはそれぞれ、()()()()()()()()()()()()()()()()と地球の紋章だ。


「広さのわりには殺風景なんだ」

「なに? 分厚い本が押し込まれた本棚とか、妖しい呪具でも並んでれば雰囲気出た?」


 からかうように笑うライラ。おそらくここを訪れた者はほとんどがそういった反応をしたのだろう。


「いや。ライラのことだし大方『物が多いと片付けるのめんどくさい』とかそんな理由でしょ?」

「正解。さすがは緒織、私のものぐさっぷりをよく理解してるわ」

「褒めてないって。あとものぐさじゃなくて、たんに興味ないことにとことん無関心なだけだと思うけど?」


 その反動か、一度でも興味を持つと非常識なくらいアグレッシブになるのだが。

 でなければ、学園長という立場でありながら緒織を迎えに来たりするはずもない。いくら緒織に事情があるとしても、だ。

 さすがは『無駄に洗練された無駄のない無駄な行為』が信条と自ら宣言するだけはある。


「長い人生、楽しまなきゃ損だもの。一見どうでもいいことこそが人生を豊かにするものよ」

「五〇〇年以上生きてる魔女が言うと説得力あるなぁ」

「その発言は私的にどうでもよくないかなぁ? 江戸時代式の拷問(オシオキ)いっとく?」

「すみませんでした」


 長い耳をぴくぴくさせて笑うライラに対し〇フレームで頭を下げた。さすがに十六年にも満たないまま人生に幕を引きたくはない。

 箒で空を飛び、長く尖った耳に常識離れした長命。言うまでもなくライラは人間ではない。

 より正確に言うなら、この地球に生きてきた【人間種(ジン)】ではない。本来であれば異世界の一つ【紫の世界(ヨトゥンヘイム)】に住まう【精霊種(アールヴ)】と呼ばれる異世界人だ。


「さて、もう夜も遅いし。いろいろと手続きやら書類やらとあるけど、まぁ明日にしましょ」

「あぁうん、そうしてくれると助かるかな」


 正直に言えばシャワーを借りている間に数時間箒に牽引された疲れが一気に押し寄せて来たようで、出来るなら今すぐにでも寝てしまいたい。


「とりあえず外来用寝室を用意させておいたから。正式な寮の方は追々と」

「……校舎(ここ)で寝泊まりするのは駄目かな?」

「駄目。バレた時が面倒くさ……生徒は寮で生活する。この規則は変えられないのよねぇ」


 今面倒くさいと言いかけたことはスルーする。


「別にいいけど……むしろそっちの方が()()()時面倒くさくない?」

「それはそれで、いくらでも取り繕えるし。とにかく緒織は普通に生徒として生活していればいいの。少なくとも今はね」

「まぁ、ライラがそう言うなら」


 緒織も目立つつもりはないので素直に従う。


「ささ、残りの話は明日ね、明日」


 そう言ってライラは立ち上がる。

 それから、苦笑を浮かべて。


「今日は……その、悪かったわね。私の趣味に付き合わせて」

「あぁうん。それはもういいよ」


 生きた心地がしなかったし、最後はずぶ濡れになったがこうして終わってしまえば夜の散歩もまぁ、わりと、楽しくなかったこともない、と、思う。


「………」

「そこで真顔で考え込まれるとさすがの私でも凹むのよ?」

「冗談だよ、冗談」


 残った紅茶を流し込む。少し冷めていたが充分美味しかった。


「あ、そうだ。明日の朝、グラウンド使ってもいいかな?」

「日課のランニング? こんな時くらい休んでもいいのに」

「こんな時だからこそ、出来るだけ普段通りにしたいんだよ」


 ふむ、と少し考えて。


「グラウンドというか、この校舎の外周ならランニングコースもあるし、使っても構わないわよ」

「じゃあお言葉に甘えて」


 それからおやすみなさいと言って学園長室を出ようとドアノブに手をかけた緒織に。


「ありがとう、緒織」

「……それはお互い様。でしょ?」

「そうね……それと、ここに引っ張ってきた私が言うのもなんだけど、出来るだけ早く目的を見つけてちょうだい。必要に迫られてしなきゃいけないことじゃなく、緒織が望んで心からしたいことをね」

「そうするよ。なるべく早いうちにね」


 寂しげに微笑む銀の【精霊種(アールヴ)】に、緒織は優しく笑い返した。

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