土下座とか大袈裟だから
「ふん。あたしと付き合いたかったら土下座でもしてみろっての」
対して好きでもない女子に、罰ゲームと称して告白をさせられた俺は、なぜか猛烈にイラついている。
売り言葉に買い言葉とはよく言ったもので、最初こそ『いや、あの、その』とか言っていた俺も、今では『別にお前のことなんか好きでもねぇけどさ』などと言い返している始末である。普通に考えて、いきなりただの同級生から告白をされたんだから、少しはドキッとするもんだろ。なのになんでいきなり上からな発言なんですかねぇ。
これがごく一般的な女子高生なら俺もちょっとは言い返さなかったかもしれない。でも目の前にいるのは、清楚系がタイプな俺のストライクゾーンからはかけ離れた存在、ストライクゾーンどころか観客席にいるんじゃないかというほどのかけ離れた存在である、いわゆる不良少女だ。いや、本物の不良(?)と比べたらそこまで不良じゃないかもしれない。現に同じクラスのチャラついた連中と話してるところは見たことないし、むしろ孤高を決め込んで、彼女の席の周りには誰も寄り付かないまである。それでも不良扱いされるのは見た目がチャラいからだろう。少しくすんだ金髪、時々見える耳には左右にピアス、スカートだって短いし、ブレザーの制服だってネクタイはしてない。そして極めつけは目つきの悪さだ。常に誰かを睨んでるような眼光。これだけ揃えば学校の中では不良扱いだ。
そして今回の罰ゲームに選ばれたのも、フラれる確率が一番高いからだそうだ。
「土下座」
「あ?」
「土下座してくれたら付き合ってあげてもいいよ。考えてあげる」
「なんで俺がお前なんかに土下座しないとならねぇんだよ」
「付き合いたいんでしょ? 私と」
「だからこれはそーゆーんじゃなくて……」
挑発するような嘲笑のような笑みを浮かべる。
なんかめんどくさくなってきたな。そろそろ適当に切り上げるか。どうせあいつらもその辺で見てるだろうし、あんまり長くても飽きるだろ。
「まぁいいや。付き合ってくれないならいいや。別にそこまでお前のこと好きってわけじゃないし。むしろ印象変わったわ」
「えっ、ちょっと」
「じゃあな」
「ちょっと待ちなさいよ!」
「あ?」
なんで引き留めるんだよ。
「勝手に告白しておいて、フラれそうになったからそれでおしまい? ふざけんじゃないわよ。人の気持ちをもてあそびやがって……」
「……榎木?」
「わかった。じゃあ土下座してくれたらここから去っていい」
「はぁ?」
「そっちの都合に付き合ったんだから、今度はこっちに付き合ってよ」
「なんで俺が土下座なんて……」
そう言って俺が榎木の顔を見ると、目が潤んでいるように見えた。
……悪いことしちまったか。
そう思ったのがすべての元凶だった。いや、この罰ゲーム自体が原因なんだろう。
俺は深くため息をつき、ゆっくりと地面に膝をつき、そのまま前に身体を倒しながら手をつけ、頭を下げた。
「……すみませんでした」
「そ、そうじゃなくて、そのまま告白してよ」
「はぁ!?」
「だって最初はそのつもりだったんでしょ? じゃあそれを言ったほうが辱めになるじゃない」
ぐぬぬ……。
怒るな俺、怒るな俺。これが終わればすべてが終わる。これさえ耐えればもうこいつと話すことなんて無い。落ち着け落ち着け……。
俺は上げていた頭をもう一度下げながら最初の言葉を口にした。最初とは全然気分の違う、嫌々な言い方で。
「……俺と付き合ってください」
「よろ……か、考えとく」
考える必要なんてねぇじゃねぇか。
俺は身体を起こして立ち上がり、膝に付いた土をパンパンと払うと、榎木に背を向けて歩き出した。
「あ、っと、水野!」
名字を呼ばれた俺は、顔だけ振り返った。
「その、ありがとう」
「……こっちこそ悪かったな」
再び歩き出した俺は、不快とも怒りとも喜びともなんとも言えない気持ちを悶々とさせたまま教室へと戻った。
教室へと戻った俺が目にしたのは、黒板に大きく書かれた相合傘だった。
そこには俺と榎木のフルネームがでかでかと書かれていた。