森がもつ顔
「冬の森ってのも趣があって好きなんだが、これはちょっと困るよなあ」
マナウスの森を進み、ウェンバーの待つリゼルバームへと向かっていた。足を進めると、ぎゅっという雪を踏みしめる音が鳴る。振り返ると俺の足跡が後方まで続いていた。いま現在、俺を最も悩ませているのは、ソロの立ち回りへの影響が大きい音と足跡だ。
音は隠者のスキルでほぼなくせるが、MPがそこまで多くない俺だと常時使用は難しい。さらには、亜人達の知性は人間の住人と大差ない。敵が亜人種である以上、足跡は居場所がばれる最大のリスクになる。この辺は考えてきた対策がどれだけ効果を発揮するか、試しながらになるだろうな。
課題はそれだけではない。
「このあたりのはずだな」
目印にしている樹を見つけて進路を変える。初めて雪が降った頃にここで道を間違えのを思い出す。
このひと月の間に木々の葉はほぼ落ちきり、雪が降った。この変化は劇的だったな。知っている場所と知らない場所を無理やり合成したみたいなおかしな感覚だった。勝手知ったるはずの場所のはずが、気づけば迷子なんてことにもなりかねないほどだ。
さて、そんな冬環境だけど、この2週間で雪は徐々に積もってきている。イベント期間が2週間あることを考えると、これからまだ環境が変わることだって考えられるな。気温と移動速度への影響は気にするようにしておくか。まあ、とはいえゲームだ。除雪しないと進めないみたいなことにはならないと思うけど。
そんなことを考えているうちにリゼルバームに到着した。隠れ里に入ると、小さな子どもが雪を喜んで遊んでいる。この緊張感のなさはコボルト特有の感じだな。
「カイ!やっときた!」
声の方を見ると一直線にモフモフが走ってくる。大きく振れる尻尾がわかりやすく感情を表している。俺は飛び掛かられる前にドライフルーツを取り出し、放り投げる。一直線に向かってきたはずのそれは、放物線を描くそれに気づくと軽やかに跳びあがってつかみ取った。
「これは!干したリーリムの実ですね!やっぱりこれはいつ食べても美味しいですよね!秋の瑞々しい美味しさもあるけれど、こうやって干しても味わいが深くなっていい!」
盛大に尻尾を振りながらドライフルーツを食べるウェンバーの後ろには、妹のミミレルがついてきていた。何も言わずに同じものを差し出すと、嬉しそうに食べ始める。
フルーツをくれる人だと思われたのか、近くにいたコボルトの子どもが集まってきたため、全員にドライフルーツをプレゼントし、子どもたちが去った後、ようやくパーティーの申請がやってきた。
「おまえなあ、コボルトのエリートなんだろ?なに子どもたちに便乗して余分にもらおうとしてるんだよ」
「いやあ、思ったよりドライフルーツが美味しくて!これってカイさんが自分で作ってるんですか?」
「ああ、ようやく納得できるだけのものができ始めたよ」
「これって人間独特の作り方なのかなあ。僕たちが作るのと結構味が変わるんですよねえ」
「コボルト族のドライフルーツも好きだけどなあ。この戦いが終わったらレシピ交換でもするか?」
「ぜひ!あ、そういえば、冬の美味しい食べ物探しがあ」
「絶対やらん」
今回の北部侵攻作戦の参加の仕方を相談した時以来の再会ということもあり、話は尽きない。
互いに装備は整えてきているため、そのままリゼルバームをでてきたの森ルート作戦支部を目指す。
リゼルバームの中では食料の話をすることが多かったが、外に出てからは装備やスキル構成の話が中心になっていった。俺としては冬の隠密行動の経験値が足りないからな。情報はいくらでも欲しいところだ。
「ウェンバーは冬の隠密行動での音とか足跡ってどうしてるんだ?」
「僕ですか?音はスキルとかで消しますね。足跡は雪で消えそうならそこまで気にしませんけど、それ以外なら木の枝を渡ってます」
「その手があったか。まあ木魔法あってこそか」
「そうですねえ。これまでは居場所がばれたらまずかったですから、足跡に一番気を使っていました。でも今回なら単独で奥に行かないならそこまで気にしなくてもいいかもしれないですね」
「すぐに踏み固められるしなあ」
流石は森の申し子、リアルスキルも含めて森の活動に慣れている。今回はカメレオンローブの視覚阻害と消音系のスキルを最大限生かす構成がよさそうだな。
話しながら自分のスキル構成をいじっていく。ひとまずはこんな感じで試してみようと思う。
射撃銃L8、パルクールL9、フットワークL6、気配感知L16、隠者L5、隠蔽L29、登攀L26、魔力強化L22、魔力操作L25、精密投擲L12
全体的に少しずつレベルが上がっている。まあ魔力強化については効率が悪いので本格的な戦闘が始まったら外す予定だ。
スキルの調整を終えた頃、ちょうど作戦支部が見えてきた。大きなテントがいくつか立ち並び、その周辺を柵が囲んでいる。かなり大きく作られており、全体的な見た目はテントで作った村、といったところだろうか。中央には一際大きなテントが堂々と建っている。
検問をしている兵士に冒険者であることを伝え、中に通してもらう。作戦支部が北側、中央がクエストカウンター、西側が装備やショップ関係の施設で、東側がレストランや宿泊施設になっている。南側が今いる場所で広場でなっており、木材や鉄など物資が山積みされている。作戦本部だけあってかなりの規模だな。
中央のクエストカウンターでは、すでにたくさんのプレイヤーが集まりクエストを吟味していた。クエストを受けたプレイヤーは早々に森の中に姿を消していく。
プレイヤーや住人の姿が増えると、それだけ視線を感じるようになってきた。注目の的なのは俺じゃなくてウェンバーだけどな。今回は亜人種との共闘が大々的に告知されているけど、それでもこっちの陣営で戦闘に参加できる亜人種ってのはそこまで多くはない。
コボルトがそもそも人間に対して友好的ってのもあるけど、ウェンバーはコボルトの中でもさらにそれが顕著だ。手を振ってくるプレイヤーには笑顔で手を振り、そのたびに黄色い歓声が上がっている。
「大人気だな」
「ふふん、それほどでもありますね!やっぱり僕はコボルトのエリートですから!人間も見る目があります!」
鼻息も荒く、尻尾を高々と上げて自信満々に話すが、たぶんそういうことではないんだよなあ。
「そうだ、クエスト受注がてらちょっと野暮用こなしていいか?」
「はい、ここは人間が沢山ですからね。人間のやり方があるならカイさんに任せます!」
そのままクエストの受注カウンターを通りすぎ、作戦支部のテントに向かう。入り口に立っている衛兵に声をかけた。
「すみません、私はカイという冒険者なのですが、こちらにヒーコさんはいますか。知り合いなので少し声をかけたいのですが」
「ヒーコ殿ですか。少々お待ち下さい」
少し待つと兵士が戻り、支部の中に通される。外から見ると箱型で三角屋根のテントだが、内側からは木材や金属をつかった骨組みが見えている。天井が想像より低く、すべて木を張っているので2階があるのだろう。かなり大きな施設だがいくつか暖炉があるからか、かなり暖かい。
衛兵は一番奥にあるテーブルに向かう。そこには年配の騎士と数人のプレイヤーが集まり話していた。プレイヤーの一人がら顔を上げ、目が合った。
「カイさん、いいところにきてくれましたね」
「よう、一応挨拶をしておこうかと思ってな。今回はよろしく頼むよ」
作戦会議でもしていたのだろうと察し、軽く挨拶をしてすぐに去ろうとするが、なぜか年配の騎士から呼び止められた。髪を後ろでまとめて小さなポニーテイルをつくっている女性の騎士だ。
「少しいいかしら」
「はい、時間はあります」
「突然申し訳ないわね。私は今回の北西侵攻路を指揮するアーリンジャー・リルハイムよ。なかなか骨のある若者と聞いてるから、期待しているわ」
表情も口調も柔らかい。しかし偉い人間特有の、どこか圧にも似たオーラを感じ、自然と背筋が伸びる。これはかなり高位の騎士とみた。
「はい。今回は森ルートを中心に戦いますので、よろしくお願いいたします」
「ずいぶん固いわね。こんなおばあちゃんに気を使わなくてもいいのよ」
「アーリンジャー様、それは流石に無理がありますよ」
「あら、そうかしら。こんなおばあちゃんからしたら、未来のために戦う貴方たちはすべて孫みたいに感じてしまうものなのよ」
ヒーコとアーリンジャーは仲が良いのか和やかに談笑している。呼び止められた理由はよくわからないが、いくつか情報を仕入れてとっととクエストを始めるか。
「ヒーコ、いまのところの冒険者が受けているクエストの傾向とか、敵の動きってあるのかな」
ヒーコはテーブルに大きな地図を広げる。それはリゼルバームを拠点に周辺を調査した時の地図だ。とはいえあれからさらに探索が進められているから、地図も高精度になっている。
テーブルの隅にある小箱から黒い石を1つと白い石を3つ取り出し、それぞれを地図の上に乗せられた。地図の黒い石は現在地だな。白い石はそこからは少し先の左、中央、右に分かれて置かれている。
「カイさんはこれがなにかわかるかしら」
「さすがにな。黒い石は現在地。白い石は以前に発見した広場のポイントだろ。てことは侵攻してここに拠点を作りたいってところか。拠点化に必要な物資は広場に積んである資材を使う感じか」
「そうですね。カイさんなら補給ルートはどう敷きますか?」
「ルートか。確かこことここに大きめのくぼ地があるから補給部隊は通せないはず。補給を考えるとこのルートでとっていきたいって感じかな」
ソロで、時にはウェンバーと一緒に、周辺を回りながら採集やらクエストやらをしていた時の記憶も掘り起こし、話しながら指でルートを指し示す。なぜかアーリンジャーが満足げに頷き、笑顔を見せた。
「いいわね。頭のいい子は大好きだわ」
「ふふ、合格ですって。じゃあカイさんにヒント。敵もこちらと同じでゲリラ的に動いてきています。ですが、概ね中央に上級が、西側に中級が、東側に初級相当の敵が布陣しています。となると、カイさんに何を期待するかも大丈夫ですね」
「なるほど、森ルートの中でもさらに強さで3ルートに分かれてるのか。それなら俺は西側で、序盤は威力偵察しながら索敵と情報収集だな。姫様がマナウスに駆け込んだ時点で敵も全面衝突は覚悟してるだろうし、本格的な拠点の奪い合いまでにまとまった情報を渡せるように頑張るよ」
「よい情報を期待しているわよ、カイ」
話を終えると支部を後にする。案内してくれた衛兵に礼を言うと、今度はそのままクエストカウンターに向かった。
「どんなことをするか、決まった?」
「そうだな。ウェンバーはさっきの拠点にしたい場所の位置、覚えてるか」
「うん。真ん中の拠点から補給の道が分かれて、繋げるとYの字みたいになるよね」
「そ、つまり森の中に3ルートあって、それぞれが足並み揃えて進まないと拠点をとれても補給ができないってことだ。確保する拠点の順番は、上級の中央、次が中級の西と初級の東だな。そこ取ってしまえば中央の拠点から補給を受けながらそれぞれのルートが奥に進めるはずだ」
話がややこしくなってきたのか、ウェンバーは尻尾が垂れ下がり、うーんと唸っている。コボルトは感覚的に生きてるからこの手の話はあまり好きじゃないのかもしれないな。
「簡単に言うと、俺たちが全力で戦う時までに、たくさん情報集めようってことだ」
「なるほど!それならわかります!」
再び尻尾が復活し、生き生きと歩き出した。俺は情報収集系のクエストを適当に受注してそのあとを追う。支部の策の外には3つのポータルがある。なるほど、自分たちのレベルに合わせてルートは選べってことか。
「それじゃあ行きますか」
「ああ、よろしく頼むな」
「もちろんです!」
西ルートに向かうポータルに入ると、一瞬だけ光に包まれ、その後は同じ場所に立っていた。違うのは周りにたくさんいたプレイヤーの姿がないことだ。さすがはソロから1パーティー推奨ルート、始めるとこうなるわけか。
感心していると、ポーンとアナウンス音が鳴る。クエストの始まりの合図かと思ったが、どうやら違うようだ。
《同行者が能力上限を超えているため、スキルキャップが施行されます》
なんのことかとウェンバーを見てみると、ウェンバーはのんびりとした表情のまま、口を開いた。
「カイさん、なんかできないことがいっぱい増えた!気がする?」
いや、そこで首を傾げられましても。
考えられるのは上のレベル帯のプレイヤーが下のレベル帯のクエストを荒らさないためのシステムだろう。まあ、予想通りではあるし、気にするほどではない。できることは道中で確認するとして、ひとまずはイベント最初のクエストを始めるとしよう。




