2日目の終わり
「あ~、死ぬかと思った」
人の思いってものは一度声にして外に出すと落ち着いたり定まったりしやすいものだと昔何かの本で読んだことがあったような気がして、とりあえず声に出してみると案外馬鹿に出来ないものだな。ようやく落ち着いてきて周囲の様子にも気を配れるようになってきた。
同時にいつものアラートが鳴っているのにも気付く。早く確認してみたい気持ちはあるが、まずは集まってきたみんなに謝ろう。あれは完全に俺のミスなわけだし。
「おいカイ。やってくれたなこの野郎。まさかあの場面であんな曲芸じみた事してくれるとは夢にも思わなかったぞ」
「いや、ヨーシャンクと楓のフォローがなきゃ死んでたよ。そもそもあいつに追われたのも俺の装填の位置が不味かったわけだし」
少しは怒られるかとも思ったが、富士はニヤニヤと笑いながら軽く小突いてきた。常日頃からゲームは楽しんでなんぼと言い張る友人にとっては魅せる良いプレイだと映っていたようだ。今後もあれを要求されたら期待に応えることなんて出来ないんだが。
「いや、本当に驚いた。私の予想が甘くて最初が駄目だったからな。正直敗北も仕方ないと思っていた。殊勲はカイの素晴らしいリカバリーだ。おかげで助かったよ」
「リカバリーというよりは死に物狂いの産物だけどな」
それを聞き、結果オーライだと笑う富士。まったく、こっちは割と本気で寿命が縮んだ気がしてるんだけどな。
「それにしてもカイ。気になったのだが、2回失敗した後に突撃を正面に切り替えたのは理由があったのか?」
ヨーシャンクはこのパーティの頭脳だ。その辺のことははっきりとさせておきたい方らしい。まあ、そんなに大層な理由はないんだけどな。
「俺が回り込んだ時の反応が早かったし、もしかしてフォレストホースは銃への警戒がやたらと高いのかと思ったんだよ。それに、富士があいつを抑えられるのは正面で組み合った時だけだったし、そこで俺を狙って横への力が加わったから抑えられなくなった。それなら正面からいくしかないかなと」
「凄いですね。たった2回やってみただけでそんなことまで考えていたんですか」
「素晴らしいな。とはいえ、こちらから聞いておいて正答を出さないというのもすっきりはしないか。今回のボス、フォレストホースはタンク役を無視してのアタッカーへの攻撃が多いことで専用の攻略スレが立った経緯がある。そして数多くのプレイヤーによる分析の結果、奴は側面からの攻撃を極端に嫌う傾向があることがわかっているんだ。そこについては今回は他に近接アタッカーがいなかったからな、気付きようがない。ということでほぼ正解と言える」
おおぅ。そんなん知ってるなら先に教えてくれよ。ヨーシャンクいわく、モンスターの中にはそうやって特定の何かを嫌がってそっちに攻撃を集中するやつが結構いるらしい。だからこそ、その上で敵を引き受け続けるタンクは楽しいって富士は言うけど。
それにしても戦闘の展開と今の話を聞くと、どうも俺が死ぬのも織り込んでいる作戦な気がしなくもないな。そんなことを考えていると、戦闘前に気付いた疑問も思い出していた。
「そうだ、終わったら聞こうと思ってたことがあるんだった。出発の時は俺が戦力になるかわからなかったんだよな。なのに何でわざわざフォレストホースが出るかもしれない泉の水質調査なんて受けたんだ?3人だと勝ち目薄いんだろ」
ある程度は予想していた質問だったのかもしれない。その事かと頷くとヨーシャンクからいくつがあるがと前置きをしたうえで理由を教えてくれた。
「公表はないから自分達で探せという事なんだろうが、実はVLOにはよくあるRPG的なストーリーが無数に存在している。あくまでサブストーリーとしてだがな。その中には最初、若しくは一定数までの条件を満たしたプレイヤーしか体験できないものもある。だが、今回の泉の水質調査はクリアすれば誰でもその後のストーリーを進められるようになる類のものだ。富士から事前にカイのスタイルを聞いた限り、マナウスの町で発生するストーリーから選ぶなら一番ハードルが低いというのが一つ目だな。なにせこれをクリアすることで複数のクエストが発生した上で、その内の1つがカイ向けだ。それとこの泉の水質調査には表示されてない報酬があって、なんと技能玉が二つ貰える。初期装備や初期スキルの選択を間違えたと感じているプレイヤーへの措置でもあるんだろうが、まあ俺達としては戦術に幅を持たせる良い機会になる、これが二つ目だな」
「技能玉二つはでかいぞ。それだけでこれまでとは違うプレイが出来るようになるからな。俺はそれで身体能力向上系のスキルを増やして底上げしただけだけど、ヨーシャンクと楓は属性とか補助とか生産系のスキル増やしてたよ」
富士の言葉に二人は頷きながら答えてくれた。
「私は生産にも興味があったので、そっちもとってメンバーのフォローも出来たらなと」
「うむ、やはり魔法使いをやるなら複数属性を扱いたいしな。おっと、詳しくはここで話す内容ではないし本題に戻ろう。三つ目だな。先程はいるかいないかといった言い方をしたが、このクエストではフォレストホースはボス扱いなので必ずいるんだ。さらにこれは特殊イベント戦闘に属していると思われるのだが、クエスト未達成のプレイヤーがパーティーに入っていると、全滅しても与えたダメージは累積して泉の前からリスタート出来る。まさに初心者の為のクエストと言えるな。あとは訓練を詰めばソロかつ初心者でもこの森のモンスターは十分に狩れるが、あいつだけは例外でパーティー戦闘のいい練習台になる。で、最後は富士の一押しだったからだ」
「他はわかるんだけど、最後のは別にいらないだろ」
どうせ派手な戦闘がしたかったとか、強敵の方が燃えるとかそんなろくでもない考えがあったんだろう。しかし、予想に反して富士は真剣な表情で話し出した。
「いや、必要だって。VRMMO始めたばっかだと思った以上のリアルっぽさってのを感じるから、誰だって死に戻りは嫌なんだよ。これは傷つくのも同じでさ、そういうのが漠然と怖くて戦えないって奴も多いくらいだし。やっぱその辺はリアルの感覚がしっかりあるし、それ自体は良いことなんだけどな。でもここはゲームの中で、言っちまえば異世界とか別の世界とも捉えられる場所なわけだし、ゲームならとことん楽しみたいだろ。そこでまずは死を一度体験してみる。その為のクエストでもあると俺は思ってんだよ。俺もそうだったんだけどよ、やっぱり自分で体感するとゲームとして慣れるんだ。リアルだとあるはずの痛みも軽減されてるし。そうやって最初に慣れてった方が後々を考えてもいいかなと」
「結局死に戻りはしなかったんですけどね」
「ぶっちゃけそれは予想外だった」
「いや、いいんだけどさ。それなら納得できるところもあるし」
「ついでだが、こちらからもう一つ。色々とレベルが上がってるとは思うんだが、先程の戦闘スタイルはかなり特殊だ。ある程度それを繰り返していたし、なにか取得可能なスキルが生えてきてないだろうか」
そういわれてインフォを確認する。レベルアップについては戻ってからでもいいので後回しだ。もしかしてこれのことかもしれない。
≪スタイルの確立により、新たなスキル「アクロバット」を取得可能になりました。取得に必要な技能ポイントは1Pです≫
「あった。アクロバットが生えてる」
「跳躍あたりと思ったがそっちか。普通なら近接戦闘職の中でも身軽さを売りにするプレイヤーが取得できるようになるものなんだが、やはりスキルは条件を満たせばだれでも取得可能という事だな」
「で、やっぱとるのか?」
富士は早く見せろと言わんばかりの態度だけど、今は技能ポイントがない。とりあえずはマナウスに戻ってからになるが、これは色々な場面で生きそうだ。
「そうだな。スキルのアシストがあれば今度はもっと上手くやれるかもしれないし」
「2日目なら十分過ぎると思いますけど」
「互いの疑問も解決したことだし、そろそろ戻ろうか」
「ああ。さてと、何が上がったか楽しみだ」
帰路も戦闘が続くのかと覚悟していたが、他のパーティーとのすれ違いも多く、彼らが大体仕留めてくれていたのだろう。けもの道を歩く分には散発的な戦闘のみの安全な帰り道となった。
帰路の最中、3人とは様々な話をしたが気になるのは残りのパーティーメンバーだ。1人は剣士でもう1人は槍使いらしい。今回は都合がつかなかったがいずれ会うこともあるだろうしそれはそれで楽しみが増えて良いことだ。
行きにあれだけ時間を掛けたというのに帰りはあっという間だった。
町に戻るとまずはクエストの報告を行った。報酬とアイテムは一度富士に預け、後で分配してもらうことにしている。そのため技能玉を2個受付職員から受け取り、すぐに使うとログを確認する事にした。
さて、俺のはどうなっただろうか。
《銃スキルがレベルが5になりました。技能ポイントを1獲得しました。残り技能ポイント3P》
《隠密スキルがレベルが5になりました。技能ポイントを1獲得しました。残り技能ポイント4P》
両方上がっているしついに技能ポイントを自力で手に入れられたな。さっきの今ってことはそれだけフォレストホースの経験値が美味いってことだ。というかあの戦闘では隠密が生きる機会なんてなかったように感じたけど、常時発動ってのは別に発動時間だけが条件になるわけじゃないのかもしれない。疑問もあるがとりあえずは新しいスキルだ。真っ先に生えたばかりのスキルを取得する。
《アクロバットスキルを取得しました。残り技能ポイント3P》
全員が確認を済ませると今度は報酬の分配だ。今回は泉までのドロップ品は分配、採集品は各自の物としフォレストホースのドロップ品は俺がもらう事になった。最後のドロップ品についても等分配であるべきだと主張したが、イベント戦闘の扱いとして特殊品のドロップの為イベントクリア者は受け取ることが出来ないらしい。ということで、クエスト報酬の400リールと《野生猪の肢肉》を3個、《野生猪の皮》を4枚を受け取った。その他初めて手に入れた戦利品が沢山あった。
≪蜘蛛の糸 レア度1 重量1≫×3
マナウス近郊の森に生息する蜘蛛の糸。丈夫で服飾に用いられることもある。
≪蜘蛛の牙 レア度1 重量1≫×2
マナウスの近郊の森に生息する蜘蛛の牙。軽量で加工が簡単だがもろい一面もある。
≪森猿の皮 レア度1 重量1≫×5
マナウス近郊の森に生息する猿の皮。毛が短く比較的脆いために価値は低い。
≪エルラントの実 レア度1 重量1≫×1
森猿が好んで食用に用いることで有名な木の実。硬い皮の中には甘い果肉が詰まっている。
≪ドラーの実 レア度1 重量1≫×4
マナウス近郊の森に自生する植物の実。森猿の主食として知られている。
≪ジェイル レア度1 重量1≫×15
マナウス近郊の森に自生する茸。乾物や鍋の具材、薬の材料と幅広く利用されるマナウスの特産品。
≪森馬の皮 レア度1 重量1≫×2
マナウスの森に生息している野生馬。黒く艶やかな皮は人気がある。
≪黒き蹄鉄 レア度2 重量2≫×4
黒鉄で作られた蹄鉄。馬が装備することで移動時の肢の負担を軽減できる。
≪黒石の欠片 レア度2 重量1≫×1
イベントアイテム。マナウスではあまり見られない黒石の欠片。
さて、初のレア度2のアイテムも気になるが、まずはイベントアイテムだ。てっきりクエスト報告の時に勝手に進んでいくのかと思ってたんだけどそうでもないらしい。富士達はこれについては教える気もないらしく、「自分で楽しめ」だそうだ。
「さてと、それじゃあ今日はここまでってことにするか。今日は楽しかったな。また行こうぜ」
「ああ、非常に有意義な時間だった。ぜひまたクエストを共にしよう」
「おう、こっちこそ森に連れて行ってもらえて助かったよ」
「次はのんびり出来るといいですね」
挨拶を済ませると3人は三々五々にログアウトをしていった。富士のパーティーだし、また近いうちにでも会えそうだな。
残った問題は黒石の欠片をどうすればいいのか、それだけだ。このままだと何もヒントのないままぼんやりと立ち尽くすことになってしまう。
これからクエストについて調べるのもありなんだけど、泉の位置が森の入り口に近いとはいえ、都市外のクエストってのはやっぱり時間が掛かってしまうものだ。すでに時間は7時を回ってしまっていた。
「疲れた。とりあえずはリアルで夕飯だな」
夕飯を終えてからは再びログインをしたが、明日もあり、イベントにどれくらい時間が掛かるのかもわからなかったこともあり、ボアを狩って過ごすことになった。
週末の2連休のほとんどをゲームに費やすなんて久しぶりだ。でもたまにはこういう過ごし方もありかな。
こうして俺の新米猟師としての二日間は怒涛の速さで幕を閉じた。




