一方その頃後日談~戦いの映像を添えて~
1週間後、全プレイヤーに対してVLOの運営から新イベントの告知が行われた。その際に、一つの映像再生アイテムが送られている。残酷描写があるため閲覧注意と書かれた映像再生アイテムだ。俺はそのアイテムをマナウス城の会議室で受け取った。
その場には貴族と思われる住人がいるが、プレイヤーは俺だけではない。あの緊急クエストに参加したプレイヤーは全員が招待されている。当然リアルの都合で来れなかったメンバーもいるが、クリスにヒーコ、ランバックなどは揃っている。ついでに言うと、なぜか俺の隣では鼻息荒く、座っていてもパタパタとよく動く尻尾をもつモフモフがいた。
「ねえねえカイさん。なんかいい匂いがします、どんな味がするんでしょうね!」
「うん、わかったから。わかったからちょっと黙ろうか。人間社会では空気感ってやつが大事なんだ」
「いい空気は心を軽くしますからね!でも、それならマナウスはもっと緑を増やすべきだと思いますけどね」
だめだ、クエストの時以来であろう城訪問に浮足立っている。そっとアイラ謹製のフルーツバーを取り出す。匂いでわかるのだろう。尻尾の動きが激しくなり、期待に満ちた表情でこっちを見ている。こら、よだれをしまいなさい。
「これあげるから静かにしててな」
「はい!もうずっと静かにしてますね!」
くすりと笑い声が聞こえる。周りに対してすみませんと小さく伝える。しかし、緩めの空気はここまでだ。会議室に3人の騎士が入ってくる。1人だけ鎧が立派で、将軍みたいな立ち位置の騎士なのだろう。
その姿をみて、クリスとヒーコが立ち上がった。2人には珍しく、驚いたような表情をしている。
「これはゼファー卿、ご無沙汰しています。まさか卿がいらっしゃるとは思いませんでした」
「はっは、そう硬くならないでくれ。今回はクリスやヒーコがいると聞いてな。顔を見ておこうと思ったまでさ。詳しい話は2人からしてもらうことになろう」
明らかに偉いのであろうオーラが漂う人物が、二人の冒険者の顔を見るためだけに出てくるのか。クリスは有名人だけど、本当にヒーコって何者なんだろうな。
クリス達が席に座ると、ゼファーの後ろに控えていた銀髪の騎士が進み出る。手には俺たちさっき運営から配布された映像記録アイテムを持っていた。俺は詳細は知らないが、何があったのかは知っている。それは俺たちが緊急クエストをこなす裏で起きて、ここ最近で最も大きな戦いとなったと聞いている。掲示板に張り付いているプレイヤーなら詳細を知っているだろう。
「今回の集会の進行を任されています。マナウス騎士団所属のアーデル・ツェルライトです。よろしくお願いします」
麗人という言葉の似合う女性騎士だった。その手の掲示板では有名人らしく、プレイヤーの数名がざわついている。
「まずは今回のクエストの達成への感謝を伝えさせていただきたいと思います。今回のクエストは冒険者諸兄が個人として、コボルト族からの依頼を受けた私的依頼という形になります。本来であれば成否や意義に関わらず、マナウスが関与することはありません。たとえ今回のように報酬すら示されていないボランティアに近い依頼であったとしてもです。しかし、今回は事の重要性があまりに大きく、もしもこのクエストが失敗していたら、今後にも大きな影響を残すことになったのは明白です。よってマナウス領主、エルステン様は異種族護送のクエストに参加した冒険者に特別報酬を渡すことをお決めになりました」
ここが城の会議室で、わざわざ呼び出されたからにはこの後に重要な話があることがわかっている。プレイヤーは思い思いに小さく喜びを表現していた。俺も例外ではない。なにせ主武器を半壊させてしまったからな。これで少しでも補填できればいいんだが。
「詳しい報酬内容は話が終わってから確認してください。では、本題に移ります。まずはこちらの映像を見ていただきます。この中にはいないかと思いますが、戦闘の映像や人の生き死にに関わる映像を苦手とする方がいれば教えていただければと思います」
人の生き死にとはいえ、これはあくまでもゲームで、流れるのは運営が編集した映像だ。それならここにいるプレイヤーは大丈夫だろう。特に誰も何も言わず、アーデルは手にしたアイテムを掲げる。
「では、こちらをご覧ください。これは諸兄らがコボルト族の護送を行ったのと同日に起きた出来事です。場所は北の野良鉱山、栄枯の馬留めです。ここはマナウスが冒険者の力を借りて砦化を進めていた最中でした」
映像記録アイテムから光が伸び、壁に映像が投影される。ここは確か夏に金策で鉄心と行った場所のはずだ。確信が持てないのは、建物が改築なんてレベルじゃないくらいの変化があったからだ。あの時は大きめの山小屋兼馬留めだったんだが、映像では数百人規模以上で駐留できる砦になっている。魔改造にもほどがある。
「ほぼ完成していますね。以前行った時には2階部分が手つかずでした」
「はい、住民や冒険者の生産者が力を貸してくれましたので。…そろそろです」
アーデルの声が硬くなる。心なしか、拳を握りしめているようにも見える。映像では、人々が協力して砦建築を進める活気のある様子が映し出されている。職人が金槌をもち、頻繁に叩いては状態を確認して微調整をしているなか、ふと顔を上げた。視線は山脈の北側だ。職人だけではない。丸太を持っていた青年も、飲み物を配っていた女性も同じように北を見ている。
「おい、なんの音だ?」
「騎士団に聞いてみましょうか」
「ああ、なにかあれば俺たちにも指示があるはずだ」
映像が切り替わる。視点が高いな。先ほどの砦の物見台だろう。そこには2人の兵士がアイテムを手に遠くの監視をしていた。多分遠見の筒かそれの上位互換のアイテムだろうな。異変に気づいたのは北方面を関していた兵士だ。
「おい、あれはなんだ?煙が上がっているぞ」
「なに?あそこは確か、そうだ騎士団の部隊が今頃あのあたりを通っているはずだ」
「これまでにあんな風に煙が上がったことなんてあったか?」
「ないな。嫌な予感がする。俺は下に降りて報告してくるよ」
兵士が梯子に手をかけた時だった。北を見ていた兵士が大きな声を上げる。
「まて!何かいるぞ!」
「ホーンラビットか?」
「いや、あれはゴブリンだ!しかも大量にいる!」
兵士の視線の先、まだ遠いが確かに大量のゴブリンやモンスターが湧き出している。なるほど、状況としては大外の騎士団を一気に壊滅させ、電撃戦を挑んできたというところか。
「すぐに下に知らせてくる!」
兵士の一人は勢いよく梯子を降りていき、残った兵士は屋根についた小さな鐘を鳴らす。力の限り鳴らし続け、声を張り上げた。
「敵襲!敵襲!北の山道より敵襲あり!」
再び場面が変わり、壮年の騎士が慌ただしく鎧を纏う。鎧を着ながら、周囲の兵士に矢継ぎ早に指示を出していた。
「第1から第4までの部隊は北方面にて戦闘準備!第5部隊は住人の避難を急がせよ。荷物は捨て置き最速でこの場を離れるのだ!情報部隊は周辺を巡回中の部隊に狼煙を出して帰還を急がせよ!マナウスにも緊急連絡を入れるのだ!」
「は!」
騎士は鎧を纏うと走り出し、作戦本部へと急ぐ。そこにはすでに4人の騎士が揃っていた。
「状況はどうだ」
「こちらからの使者は切り捨てられました。戦闘は避けられぬかと」
「敵の規模は?」
「あの数です。千は下らぬでしょうが、放った偵察隊が誰一人戻ってきません。詳細は不明です」
壮年騎士は深く息を吐く。目を閉じ、数秒が経ち、立ち上がった。
「この砦を軸に戦うしかあるまいな」
「ですが、防護柵はまだ十分には機能しません」
「それでもだ。我らが引いても奴らが立ち止まる保証などない。追撃でもされてみよ。犠牲となるのは力なき民となるのだぞ」
騎士は黙り込み、砦の地図を凝視する。戦うことは避けられない。できるのは、この砦を生かしきることだけだ。
「我らは戦う!敵の目をここに引き付けるぞ!冒険者にも触れを出せ!総力で迎え撃つ!」
騎士たちは勇ましく応じ、駆け足で去っていく。壮年騎士は厳しい表情で地図を睨みつけていた。
切り替わった画面には多くの兵士と冒険者が映っていた。手には武器を持ち、士気も高く戦闘の開始を待っている。
物見台や砦の中にいる兵士は弓をつがえ、いつでも射る準備ができているようだ。先ほどの若い騎士が腰の剣を抜き振り下ろす。その瞬間、大量の矢が放たれて戦闘が始まった。一部のプレイヤーが砦を飛び出してモンスターに突撃する。
「一番槍はもらったああああ!」
「っしゃあ!手柄上げるぜ~!」
そこからは乱戦だ。リスポーンできる冒険者が前線に飛び出し、その隙を騎士団が埋める。最初こそ一気に押し込むが、徐々に押し込まれ始めている。柵の外で始まった戦いは気づけば押し込まれて砦の広場に移り、最後には砦の内部にまで及んでいた。指揮官である壮年騎士のもとにもゴブリンやオーガがやってくるようになり、そのたびに切り払って退けている。壮年騎士の元に6人のプレイヤーがやってきた。NPCとすら思うような統一された装備をしている。
「そなたらは」
「閣下、お逃げください。私たちが最後の殿を務めます」
「ならん!私はここで戦い抜かねばならん!」
「閣下にはわかっておられるのでしょう!これが敵のすべてではない。であれば、狙いがマナウスの可能性もあるのです!その時、閣下なしでどうやって敵に対抗するのです!」
壮年騎士は拳を握りしめる。そして最後の場面転換があった。砦は燃えている。すでに騎士団の姿もなく、敵を押しとどめているのは2つのクランだった。最前線で剣を振るうプレイヤーが叫ぶ。
「ここが正念場だ!閣下が無事に戻れるまでの時間を稼ぐ!残ったプレイヤーは自由に戦って構わない!指示が欲しいものはここにこい!あと少しだ!戦い抜くぞ!天翼騎士団は俺に続け!」
あれが、有名クランの天翼騎士団か。凄まじい力で敵の包囲を破り、縦横無尽に暴れまわっている。その後ろで整然と戦っているのは別のクランだな。鎧の様式が違う。
「天翼が攪乱を受け持っています!僕たちは最後まで前線を維持します!最前線槍隊!今!」
指示を受けて最前線のプレイヤーが一斉に動く。全員が同じスキルを使ったのだろう。ノックバックのあるスキルで敵が後方に弾かれ、その隙に後ろから新たな部隊が飛び出してくる。前線を入れ替えて補給をしているのか。練度がえげつないな。特殊部隊の訓練でもうけているかよ。
最後の戦線を持たせていた2つのクランだが、それでも限界がやってきた。徐々にプレイヤーの数が減り、しかし敵はいまだに健在だ。
「ここまでだな!時間は稼いだ!撤退するぞ!」
「天翼を援護しながら引きます!最後まで気を抜かぬように!魔法部隊は右に展開だ。焼き払え!」
魔法部隊から放たれた魔法で一面が焼け野原に変わる。範囲の敵を殲滅したことで距離が空き、その隙にプレイヤー達は速やかに引いていった。
残ったのは焼け落ちた砦と大量の亜人種、モンスターだ。亜人種たちも相当な傷を負っているように見えるな。最後に亜人種の陰から出てきたのは、3メートルはありそうな巨人だった。全身にダメージのエフェクトが刻まれているがそれを気にする素振りはなく、手に持った大槌を振り上げて咆哮を上げる。つられてモンスターたちも声を出し、勝鬨のように響き渡っていた。
映像が消える。会議室には沈黙が流れ、誰一人として身じろぎすらしない。数分たち、最初に動いたのはアーデルだった。
「以上が北で起きた戦いの一部始終です。我々はあの敵と戦わねばなりません」
「ゼファー殿、あなたも参戦したのですね」
指揮を執っていた壮年騎士は今、俺たちの前に座っている。
「そうだな。騎士たちと冒険者の奮戦によって生かされた」
「この情報と同時にもたらされたのが、各種族からの使者です。そこから私たちは事の全容を知ることができました」
「敵は来ますか?」
アーデルは答えない。代わりに答えたのはゼファーだった。
「必ずくる。しかし、敵にも相当の打撃を与えているからな。早くてもひと月、実際にはそれ以上の期間があると考えてよいだろう」
「今回の使者護送に参加した諸兄らは戦闘力だけでなく、異種族との絆を有しています。それはこれからの戦いに必要なものとなるでしょう。私たちは、諸兄らに次の戦いへの参加を依頼したいと考えています」
公式からの告知、公開映像と各プレイヤーから齎された情報により、過去最大規模のイベントの開始が確実となり、プレイヤーは俄かに騒がしくなる。
かつてない規模の戦い、人類と亜人種の生存をかけた戦争が始まる。
こぼれ話~過去のメモより~
いくつかの種族のエンカウント条件
エルフ族
一定以上の魔法習熟度(最低2属性の基本属性魔法と派生属性魔法1種の取得+複数の魔法関連のスキル取得)とマナウスの図書館で魔法関連の書物を10冊以上読破していることが条件。条件を満たしたプレイヤー限定で図書館にエルフの痕跡を思わせる書物が追加される。書物を見つけ出し、条件を達成しているプレイヤーのみ(条件を達成していればパーティー可)で痕跡の地を見つけるとフラグ発生。でも警戒Maxでスタートのため、ある程度のコミュ力必須かも。レアクエストと思い情報を秘匿したことでプレイヤーエンカウント最小
コボルト族
ソロプレイ時間が一定時間以上かつ森でのソロプレイ時間が一定以上かつ特定のクエスト(カイはカメレオンベア討伐で達成)を攻略していること。複数の隠密系、看破系スキルの取得と習熟か住民からの一定以上の評価があること。コボルトは定期巡回で森を高速移動しており、ルートを被らせることとアクシデントのタイミングが合うかどうかが一番の難しい
かなりエンカウントが楽な部類
鬼人族
戦闘系のビルドかつ一定以上の習熟。『更生者』がフラグモンスターを倒すとエンカウント率が上昇。ゴブリンなら1体倒すと0.001%上昇する。各異種族の緊急クエスト受注後にレアモンスターとして鬼人族とエンカウントでき、一定以上の戦闘評価を得ると鬼人族のレジスタンス加入クエストが発生する。一応ですが人類の味方ルートです。
複数プレイヤーが同じ場所で狩りをする関係上1人あたりのモンスター討伐数が下がる。結果としてトロールやオークナイトなどの強敵を倒した猛者しか到達できず非公開の更生者の条件が邪魔をし、エルフに次いでエンカウントが少ない。
『更生者』(プレイヤーには非公開。かつて住民からの信頼を失い、その後に信頼を取り戻した場合に運営かシステムがレッドリストやイエローリストから解除したプレイヤーの総称。システムの方の判断は住民からの評価と直結しているため、実はそこそこいる。ちなみにハラスメントBanは一発でブラックリスト入り。




