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おかしい、今回で森から出るはずだったのに笑
「ウェンバー!北からゴブリン部隊だ。数は6で1つはかなりでかい」
「あれはオーガですね。早めに仕留めちゃおう!」
俺はウェンバーとバディを組み、森の中を高速で移動しながら敵を探していた。今回の敵くらいならすぐに対応できそうだな。
「待って!西から追撃部隊が来てる!」
「足は?」
「早い!ゴブリンライダーだ!」
やばいな。俺たちはクリスタルを背負った非戦闘員の最大速度以上には早く動けない。視力や魔力検知型の敵ならどうとでもなるが、鼻の利くモンスターだとごまかしが効きにくい。その上騎乗して機動力がある、クエストとの相性は最悪だ。
「北の部隊は俺が引きつけて狩場に連れていく!ライダーは任せられるか!」
「誰に言ってるんです?僕はコボルトのエリートだよ?」
笑顔を見せたウェンバーは切り返して後方へと消えていく。その姿を確認することなくヒーコに通信を送った。
「敵ですか」
「ああ、ゴブリン部隊で数は6、内1体は推測だがオーガだ。敵のポイントは、ちょっと待てよ…あった。Bの4辺りだな」
報告を聞いたヒーコは数秒の沈黙のあとに素早く指示を返してくれる。
「了解しました。近くの部隊の位置を送りますので、このポイントまで誘導を御願いします」
「任せとけ」
短いやり取りで通信が切れる。その直後に俺がいるあたりの地図データが送られてきた。部隊を伏せてあるポイントもしっかりと記されている。あとは俺が下手を打たなければ大丈夫だ。
ゴブリン部隊に姿を見せ、オーガがついてこれる程度の速さでポイントまで移動する。走りながらも周囲の様子に目を配る。視界の端、木の陰に布切れのようなものが見えた。ここだな。
「あとは任せるぞ」
「ナイス誘導!」
味方の場所までの誘導を終えた俺はすぐに北方面の警戒に戻る。
「最初に聞いた時はそんなことできるのかと思ったけど、案外上手くいくもんだな」
今回のクエストは、コボルトのリーダーを大将に据えて副将の立場にクリスがつき、ヒーコが参謀として指揮を執って進められている。今のところは作戦が完全にはまっている形だ。ちなみに、クリスは最前線で敵を倒してルートを切り開いている。
本来は6人のコボルトを全員で守りながら進む予定だったが、ヒーコはこの戦力で敵の物量を受け止めきるのは無理と判断した。そこで守るのではなく、攪乱をしながら敵の部隊を各個撃破するための作戦を考え出した。
当然だが、護衛対象のコボルトには護衛につき、万が一に備えて3ルートに分かれて進んでもらっている。
その周辺にはメイン戦力となる部隊が散在している。そのさらに外側には俺みたいな森での活動経験が豊富なプレイヤーやコボルトが自由自在に動きまわっている。やっていることは簡単で、俺たちが敵を発見すると、それを連絡部隊に報告、その内容をもとに討伐部隊を動かして待ち伏せポイントを作る。後は俺たちが敵を連れていき、奇襲込みで最短討伐を行う、これだけだ。しかし、言葉でいうのは簡単だが、実行するのは難しいなんてものじゃない。更新される情報を随時取得し、モンスターに合わせて最適な部隊を派遣し、その穴を埋めるために他の部隊に連絡をして移動させる。その上で3つの安全なルートを考えなければならないのだ。ヒーコの補助に6人のプレイヤーがついているが、それにしても正気の沙汰じゃない。攻略組ということ以外詳しい話は聞いていないけど、一体どこのクランに所属しているのだろう。
「っと、この辺で使っとくか。“気配感知”」
数秒だけ気配感知を使用し、反応を見る。反応は13体。2部隊で北側に1つと少し西側に1つ。北は見当違いの方向に進んでいるから無視でいいな。
状況を整理すると俺は事前に渡されていた地図を確認する。地図を升目で区切り、横にはアルファベット、縦には数字が割り当てられている。自分の居場所を確認し、再びヒーコに連絡を入れる。
「また敵だ。場所はBの3北で、西が7体と北が6体で1部隊ずつ。北の方は北上中で、西はこのままだとさっき誘導した部隊に気づくかもしれない。モンスターの詳細は不明だ。」
「なるほど、先ほどの部隊は戦闘直後で被害が出ていますから別部隊を動かします。このポイントまでお願いします」
「おっけー」
ヒーコの背後からは数部隊から連続して連絡が入ったのか、連絡部隊のメンバーから助けを求める声が聞こえてくる。
新たに送られてきたスクリーンショットのポイントを確認した時だった。クエストが始まって初めて、ヒーコから連絡が入る。
「どうした」
「申し訳ありません。南側で哨戒部隊と思われる敵に見つかってしまったそうです。恐らくはかなりの部隊がまとまってやってきますので、私はそちらの対応を行います。落ち着くまではランバックさんと連絡をとって動いてください」
「了解した。できる限りのことはするよ」
「よろしくお願いします」
コールが終わった後、ランバックと連絡を取ることにした。簡単に状況を伝えると動揺したような答えが返ってくる。
「北側はヒーコが指揮してくれるから安泰だと思ってたんだけどなあ。どうすっかね、俺は頭つかって戦うのは苦手なんだよ」
今回の作戦は、コボルトの動向や痕跡を調査した時の情報を基にして考えてある。どこなら隠れやすいか、有利に戦える場所はどこか。あれだけスムーズに指示を出せるのは、この情報を誰よりもよく理解しているからだ。つまり俺たちが同じ方法をとってもこのレベルの成果は挙げられない。
話し合いの結果、俺がランバックに狩場のポイントを指示することになった。俺が狩場を伝えて、ランバックが近くの部隊に連絡する形だな。敵に見つかった後に逃げながら連絡するのは無理そうだし、見つけた時点ですぐに場所を決めて連絡できるように気を付けないといけないな。
「それじゃあ行くか」
「ああ、なにかあればすぐに連絡しろよ」
話を終えて北側に展開するとすぐに敵を見つけることができた。マップを確認して近くの狩場を見つける。すぐにポイントを伝えると動きだす。その辺に落ちていた太めの枝を拾い、ゴブリンに投擲する。
「さあ、こっちだ!ついてこいよ!」
今回はゴブリン5体のパーティーだ。森を駆け抜けながら振り向くと、何か喚きながらこっちに弓を射かけてくる。実は敵に遠距離武器持ちがいると少し難易度が上がってしまう。
「こっちを狙うときに立ち止まるから他と離れちゃうんだよなぁ」
「ギャギャギャ!」
だましだましゴブリンを引き連れてポイントに到着する。ポイント通過するときに反応したのは聞きなれた声だった。
「よし、あとは任せておけ」
「え?ランバック?」
「いいから行け!」
すれ違いながら困惑していると後方では銃声や剣戟の音が響き始める。
「いや、近場に部隊がいなかったなら仕方ないんだろうけど、この後すぐに敵を見つけたらどうすればいいんだ?」
こういうタイミングでの悪い予感というのは大体的中するものだ。戦闘の音に気付いたのか、前からゴブリンの部隊が近づいてくる。
「やるしかないか」
本来の俺の役割は索敵だ。ここで時間をかけると北側から押し込まれてしまう。可能な限り最短での討伐が必要だ。
「気配感知、隠密、集中を起動」
素早く木に登り姿を隠す。身を隠した後に現れたゴブリン隊は3体、ゴブリンソルジャーとアーチャーにマジシャンか。それとは別にここに向かいすごい勢いで駆けてくる反応が1つ。
敵の様子を確認する。ランバックたちに気を取られ、攻撃の準備を始めている。素早く照準を合わせてトリガーを引き絞る。ボルトを操作すると薬莢が飛び出した。
「ギャアアア!」
ゴブリンアーチャーは肩を撃ち抜かれて弓を落とし転がっている。ソルジャーは俺の姿に気付いてこちらに駆け寄ってくる。
「気配感知と隠密解除。次はあっちだな」
調査でかなりの数のゴブリンを討伐した結果からの推測だが、ゴブリンは登攀スキルを持っていないとされている。つまりは、木に登るのに相当のスタミナと時間が必要ということだ。
ソルジャーを捨て置いて杖をこちらに向けているゴブリンマジシャンに照準を定める。乾いた破裂音が響く。マジシャンは倒れてこそいない、しかし放たれたウォーターボールは的外れな軌道を描いて森の中に消えていった。
「ギャアア!」
「っと」
根性で木を登り切ったゴブリンが手を伸ばすが、俺は森に特化している。足場にしていた枝から隣の木へと飛び移り、そのまま蹴って元の木に向かって跳ぶ。最後に幹を足場に勢いを殺して跳び、着地した。
「まだまだ」
腰の竹筒から投げナイフを取り出し、マジシャンに投げつける。首元を狙ったが、腕を犠牲にして受けられる。マジシャンにしてはいい反応だけどここまでだな。ボルト操作を終えてさらに追撃の銃弾を叩きこむ。ゴブリンマジシャンは倒れて動かなくなった。
後ろをちらりと確認すると、ゴブリンソルジャーが木から飛び降りたところだった。手を地面について立ち上がれていない。登攀スキルなしで木に登って、跳躍スキルなしで高所から飛び降りたんだ、スタミナ切れだな。
立ち上がっていたゴブリンアーチャーは自分の弓を諦めたのか、ナイフを取り出す。でも、もう遅い。セルグ・レオン試作型からは薬莢が飛び出し、準備は終えている。トリガーを引き絞ると、ゴブリンはポリゴンとなって消えていった。
「ギャギャギャ!」
ゴブリンアーチャーも倒れ、スタミナ切れから立ち直ったゴブリンソルジャーに向き直る。
「MP切れで集中が切れたな。俺の銃には弾が残っていない。この距離で今から弾込めじゃあ俺は勝てない。でも、この勝負は俺の勝ちだ」
「ふっふっふ。さすがはカイさん。コボルトじゃないのがもったいない身のこなしだね!」
ゴブリンソルジャーの足元から突然蔓が伸びてゴブリンを拘束する。俺が登っていた木からウェンバーが飛び降り、着地と同時に拘束されていたゴブリンがポリゴンとなって消えていった。
「え、こわ。絞め殺すとかこわ」
「え、でもこの方が格好良い登場かなって思って。男たるもの格好良さの研究は大事かなって。そっか、次からは違う方法で出てきますね」
尻尾がわかりやすく垂れ下がり、声が萎んでいく。
「嘘だよ嘘、助かったよ。ありがとう」
「嘘!ということはあれはかなり良かったですかね!」
「60点くらいかな」
「手厳しい!」
この手のやり取りにいつも通り感があるな。と和みそうになるが、そこまで余裕のある状況じゃない。すぐに気持ちを切り替え、竹筒から取り出したMP回復ポーションを飲み干す。
こぼれ話
今回の特殊エリア内では従来モンスターはポップせずに敵陣営がポップします。
ライダー系で従来モンスターが少し出ますが、そいつらは敵陣営換算ですね。
ちなみにゴールするまでは無限ポップです。




