反撃の狼煙
数分で観客のコボルト達は退場し、残ったのは長老と10人程度のコボルト達だけとなった。ウェンバーも残っており、ランバックが一人のコボルトに挨拶をしているため、恐らくはここまで俺たちを案内したコボルトなのだろう。
「さて、これで儂からの話は終わったかのう?」
「まてまて、本来の話はどうなった」
物語を聞いている間に長老の威光を感じなくなっていったのか、言葉遣いを意識することなく流れで突っ込んでしまった。長老も笑っているし、周りも気にしていないようだから今回は大丈夫だろうが、気をつけねば。
大賑わいとなったコボルト物語だが、ここまでは王国建国までの話だ。亜人種族が集まった経緯だけ分かっても対策のしようがない。それは他の仲間も気になるようで、近くのコボルトと談笑していたクリスが気になることを聞き始めた。
「いくつかお聞きしたいのですがよろしいでしょうか」
「おお、構わんとも。何が聞きたいのかね」
「では、王国の建国に貢献したコボルト族がこの地に居る理由。そして各地にある他の種族も含めた皆さんの目的。あとはそこに私たちが協力できることがあるかどうか、でしょうか」
長老はふむ、と話しながらちらりと隣のコボルトを見る。頷いたコボルトは展望台に誂えてある机に大きな地図を広げた。俺たちが持っている地図とは異なり、マナウス周辺についてはあまり詳しく載っていない。
「最後の質問については簡単に答えられる。儂らは正式に、マナウスの冒険者へ協力をお願いしたい」
「ということは、僕たちの知りあいをここに連れてきても構わないと?」
「いや、そこは少し慎重に考えたいところじゃな。コボルト族にも様々な者がいるように、人間すべてが正しく力を使えるわけではなかろう。それに、後々儂らはマナウスに使いを出すことになるのでな、その前にあまりに多くの冒険者を引き込むのはマナウスに対しても申し訳が立たなくなる」
この辺は交流を持とうとする都市間の政治や外交に関わる問題だから俺たちはなにも言えない。草の根交流が許されているだけでもよしとするべきなのだろう。
「次にコボルト族がここにいる理由じゃが、王国建国後に遡ることになる。ああ、さっきのは若い衆のガス抜きじゃ。今回は普通に話させてもらうぞい」
「あれはあれで楽しく見させてもらいましたよ」
ほっほと笑い、長老は地図に目を落とす。
「最初に知っておいてほしいことがある。妖精族とは非常に長寿な種族でな。良質な魔力を蓄えることで、半永久的に生きることが可能となるのじゃ」
「ということは、今も王国はギムレット王ということでしょうか」
「そうなるのう。さて、建国後じゃが、王となったギムレットは敵対した種族との融和に力を入れていった。これから先にいつか力ある種族の力が必要になる時がくると話していたようじゃ。当然力ある種族も、虐げられた力なき種族も反発するが、王は長い時間をかけてじっくりと取り組んでいった」
「蜥蜴人族が俺たちと交流できるのは、ギムレット王のおかげってことか」
ランバックはしたり顔で話を聞いている。
「王の治世は穏やかなものだった。最後まで反発していた鬼族や巨人族も最後には王を認め、従うようになっていったそうじゃ。しかしある時を境に状況が、変わり始めた。何が起きたか、わかるかな?」
これは流石に情報が何もない。俺は考えるがこれという答えが出てこなかった。周りを見ると大方同じようではあるが、ヒーコが軽く手を挙げる。
「人間の入植でしょうか。恐らく、入植によって王国に住まう種族の環境が大きく変わったのでは?」
「うむうむ。ヒーコ殿はよく学んでおるのう。ギムレット王は人間がどのような種族なのかが分らぬ以上、刺激をせずに見定める期間が必要と考えた。そこで、あらゆる痕跡を消し、山脈の奥へと籠る選択をしたのじゃな。しかし、それによって住処を大きく変えざるをえなかったのが鬼族じゃ。当時の鬼族の長は、王への忠誠を示した後、過酷な鉱山地帯の開発を自ら受け持った。其方たちの仲間がドワーフと交流を持っている地域のすぐ近くじゃな」
やはり、各地に散った異種族は何かしらの方法で連絡を取り合えているのか。俺たちの通話機能は一種の魔法扱いらしいから、コボルト達も似たようなものが使えるのだろう。
「数世代をかけて開発を続け、自分たちこそが王国の発展に大きく貢献をしている、という自負が鬼族にはあった。撤退の指示を受けた際、鬼族の長は激しく抵抗し、人間との武力衝突すら視野に入れていたという。しかし、ギムレット王はお認めにはならなかった。幾度も話し合いの場が設けられたが答えは出なかった。あわや王国内での内紛かとまで危ぶまれたのじゃが、最終的には鬼族の長が受け入れ、住処を移したのじゃ。しかし、この一件が鬼族の誇りに傷をつけたのじゃろう。徐々に王への意見に素直に従わなくなっていたのじゃ」
何かを悔やむような、そんな思いが滲むような声色だった。もしかしたら、この頃には長老も関わっているのかもしれない。
「儂らはこのままでは王国の安寧を揺るがしかねないと判断し、幾度も王に上申した。しかし、王はいつか必ずわかってもらえるとお話しされるのみじゃった。長き時をかけて安定を迎えた王国を失うわけにはいかないと、コボルト族は王には極秘で監視を始めた。しかし、鬼族は最も数の多い種族じゃ。その中ですべてを監視することなど到底できようはずもない。そして、鬼族の束ねる新たな長が現れた頃じゃ、ギムレット王は人間との通商を決定したのじゃ」
話を聞くに、人との通商決定は最悪と言えるタイミングだ。不老という長所も生かし、長期に安定した治世を敷いた王にしては不可解なタイミングだな。王国建国の話であった、他種族の説得を諦めなかった経緯からも粘り強い性格が伺える。だからこそこの決定には違和感がある。
「決定が不思議かの?それは他の種族でも取りざたされた。しかし、その時には王は執務以外では誰とも関わらなくなっていた。悠久を生きることができるとは、多くの者が羨ましがる。しかし、王にとってはどうじゃろう。すでに当時の盟友はなく、あらゆる民が頭を垂れる。そんな日々に嫌気でも差したのじゃろうかとも感じた。しかし、それは誤りじゃった。後になってわかったのじゃが、鬼族は新しい長となって力を急激に蓄え、かつての力ある種族を中心にかなりの数を水面下で従えておった。そしてついには、ギムレット王の娘の一人を取り込んだのじゃ」
王の身内から反逆者とは物騒だな。しかもわかったのは後ほどということは、それが理由で通商を結んだわけではなさそうだ。そんなことを考えていると長老は話を続けた。
「新たな長は武力だけでなく、鬼族には珍しい知略も持ち合わせていた。奴は力で王権を奪取するだけでは再び同じことを繰り返すと考えたのじゃ。そこで、王国に対して二つの計略を仕掛けた。一つは反乱までの物語を作り上げて正当性を主張し、民を味方につけること。そしてもう一つは王を支える種族の目をくらませること。儂らはまんまと踊らされた。鬼族の集落を中心に監視を続け、黒よりの白に見える情報を積み上げさせられた。その頃には王国や他の種族の集落で、粛々と謀略が進められていたとも知らずにのう」
気づけば長老はどこか遠くを見ている。恐らくここから、コボルトの都落ちの話が始まる。ここにいる長老はこの日々のすべてを経験している。そして…
「反乱は人族との調印式を翌年に控えたとある夜に起きた。儂が起きた時にはすでに王宮から火の手があがっておったよ。起きた時にはすでに負けを確信したが、だからと言って王をお見捨てになどできん。儂は若衆を中心に都からの脱出隊を組織し、速やかに王都から落ち延びるように伝え、手練れとともに王宮へと向かった。儂らは長く王の傍で仕えていたからのう、知っておる秘密の通路も多い。しかし、そのどれにも敵が待ち伏せ、次第に数を減らしていった。数百はおった同胞のうち王の元までたどり着いた時には数人になっておった。周りを敵に囲まれ、同じように集まったドワーフやエルフなどの種族とともに最後まで王をお守りしようと奮戦した。しかし多勢に無勢じゃ、儂らも倒れるまさにその時、王は一つの魔法を使った。その身の魔力を結晶に変え、王の証明となる指輪とともに自身を結晶石に封じたのじゃ」
長老は逃げ延びた道を辿るように、北の山脈からリゼルバームまでを指で示していく。周囲のコボルトは悔しそうに拳を握っていた。ウェンバーも同様で、尻尾が垂れ下がっている。中々に重たい話だ。他のプレイヤーも話の腰を折らずに静かに聞き続けていた。
「王は最後に思念魔法で命を授け、儂らを各種族の元まで転送した。当然のように王を支える種族は苛烈な追撃を受けた。可能な限りの人数を連れて出発した若衆も数を減らし、それでも何とかこの地まで辿り着き、儂らは姿を眩ましたのじゃ。王国の再興を託されてのう。これが儂らがここまできた理由であり、留まり続ける理由じゃな」
「お聞きしてもいいでしょうか」
ここまで静かに話を聞いていたクリスが遠慮がちに声をあげた。長老はクリスに目を向け、無言で先を促す。
「王はその後どうなったのでしょう。そして姫を擁する鬼族に対し、どのように王国を再興するのでしょうか。姫と鬼族の長は王都を抑えています。このままではあなたたちこそ反逆者とされるかもしれない」
「王は御身をかなり複雑な魔法で封じられた。悠久の時を生きて溜めた魔力で作り上げたであろう結界は、一族の血を引く姫でもそう簡単には解けぬ。そしてその身を飾る指輪は王の証。あれがなくては全ての種族を従えることなどできようはずもない。逆を言えば、王都を攻め落とし、王の身をお助けさえできれば鬼族の企みは土台から揺らぐことになる。とは言え姫は魔法の才覚を王から色濃く引き継いでおる。恐らくはもって数年であろう」
「それでは、かなり分の悪い勝負を行うことになると?」
「いや、実は王にはもう一人娘がおられる。魔法の才覚こそ姉に劣れど、王すら凌ぐ魔力量をお持ちの心優しき姫じゃ。ゆえに逃れた儂らは一つの策を立てた。それがそろそろ形となる。それをもって儂らは伏せる日々を終え、王国のために立ち上がることとなるであろう!」
長老が語気を荒げ、立ち上がった時だった。コボルト達は気色ばみ、毛を逆立てて大きな反応を見せる。続いで遠くからカンカンと、ここではあまり聞くことのなかった鐘の音が響いた。
「長老!狼煙です!他の種族からも緊急連絡が来ています!」
「わかった!コボルトの誇る我らが戦士たちよ!時がきた!お前達の奮戦こそが未来を切り開くと心得よ!」
「おう!」
「客人方よ。儂から一つ、依頼をしてもよいかのう?」
俺は突如動き出した物語に戸惑いが隠せない。しかし、さすがは攻略組と呼ばれる最前線にいる冒険者だ。クリスとヒーコは互いに目配せをして堂々と応じた。
「なんでしょうか」
「これより姫がこの地に参る。しかしその身は敵に狙われておる。姫の到着後、体制が整い次第儂らはマナウスに使者を出す。その際の護衛をお願いしたい」
「ぜひ僕たちにも協力させてください。必ず無事にマナウスまで送り届けて見せます」
クリスが答えるとアラートが鳴り響き、アナウンスが流れた。
≪緊急クエスト『危急を告げる使者』が開始されます≫
アナウンスが流れると同時に長老が懐から宝石を取り出した。宝石はひとりでに宙に浮かび、輝きを増していく。直視できないほどの光になり、手をかざして目を瞑る。しばらくするとガラスの砕けたような音とともに光は消えていった。
「お待ちしておりました。よくぞ、よくぞご無事で…」
「遅くなりました。鬼族の監視の目を搔い潜るのに時間がかかってしまいました」
目の前には子ども程度の大きさの、羽根を生やした少女が浮かんでいた。
こぼれ話~当時のメモより~
各種族での貢献地や評価が一定を超えることで開始。
王を支持し、隠れ里があるすべての種族の元に同時に姫が到着します。
ちなみにですが、次回アップデート後から他のプレイヤーも各地に赴くと、回想という形でストーリーを閲覧できるようになります。他のプレイヤーはおらず質問などもされないなど内容は簡略化されます。




