リゼルバーム
6章最後の掲示板回を数日前にひっそりあげてます。短いですがよければそちらもどうぞ
「長老?お館から出るなんて珍しいですね」
「うむ。今日は中々調子が良くてのう。してそちらの方が?」
「はい。以前に助けてもらったカイさんです」
どうやらこの白い毛のコボルトがこの里の長老のようだ。緩やかなローブを着て杖を突く姿は好々爺然としている。ただ、さっきの登場を一切感知出来ない辺り、少なくともウェンバーと同レベルかそれ以上のスキルを持っている存在だ。歴戦の強者でもあるのかもしれない。
「初めまして。マナウスで猟師をしているカイといいます。この度はウェンバーに誘ってもらって伺いましたが、少しばかりこの里に滞在させていただければと思っていますが、大丈夫でしょうか?」
「ああ、構わんとも。同胞を救ってくれた恩人ですから、何もない場所ですが好きに滞在して下され。それにしても良い季節に来てくださいましたなぁ。今はまさに恵みの季節、我が里の様々な味を楽しんで頂ければ我々にとっても喜びです」
それから長老はいくつかウェンバーと話した後に去っていった。会話というか、何か報告めいている感じなのがすごく気になるな。まあほとんど声も拾えてないからそんな感じがするというくらいだが。
「さてと、それじゃあまずは荷物を置く場所からいきましょうか」
「いや、それもありなんだけど、まずはこの色々採った物を何とか出来ないか?」
あ、と一声あげた後、頬をポリポリとかきながら俺から生け捕りした獲物を受け取る。
「それじゃあまずは交易所からいきましょうか」
ウェンバーに案内してもらいながら、改めてリゼルバームの様子を見てみる。
マナウスよりもかなり小さな、それでも小さな村よりは広いくらいだろうか。村の形は円形で、奥半分は住宅が並び、その手前の半円状のスペースは広場を囲むように店舗や屋台が並んでいる。住宅地の奥にはシンボルツリーと言っていたリゼル大木が聳えている。
広場では子どものコボルトが追いかけっこをしている。周りにいるのはその親達だろうか、なにやら楽しそうに話をしている。突然やってきた俺に興味のありそうな視線を向けてきてはいるが、そこまで警戒されているようには感じないな。むしろ好意的ともいえるかもしれない。
「さあ、ここですよ。チャナルの交易所っていいます」
そこは、木を組み合わせ作られた小屋のような店だった。ただ広場に向けた壁がなく、中の様子は筒抜けで、屋台営業の規模を拡張したような感じだな。
ここは里の入り口から一番近いお店で、今はちょうど持ち込みの客もいないのか、軒先で寝そべって干し肉のようなものを齧っている茶色い毛並みの店主が見えた。
「おや、ウェンバーじゃないか。そこの人間は前に言っていた冒険者かな?」
「そうです!紹介しますね、ここのチャナル交易所を営んでいるチャナルです。僕とは幼馴染みたいなものですね」
「始めまして、ウェンバーに招待してもらったカイです。少し滞在させてもらおうと思っているのでよろしくお願いします」
挨拶を聞きながらむくりと起き上がったチャナルは咥えていた肉を一気に食べ切り、にこりと笑いながら言った。
「しばらくいるならそんなかしこまらないでよ。僕たちコボルトはのんびりがモットーの種族だし、適当な言葉づかいでも不満とかないから」
「そうか、じゃあよろしく頼むよ」
「あいよ~。ところでウェンバー、今回の首尾は上々かい?」
「ふふふふふ、今回は途中でカイさんに会えましたからね。2人分の収穫ですから期待してください」
自信満々に成果を披露するウェンバーに、最初は疑っていたのか期待してしないようだったチャナルが少しずつ前のめりになっていく。ウェンバーがすべてのアイテムを取り出すと、今度は俺が道中で渡された素材を渡していった。
「へえへえ、ほおほお。素晴らしいね。最近は実りの季節だってのに収穫が伸びなかったからね、これは助かる」
「そうでしょう。あ、そういえばカイさんはここの通貨を持っていないはずなのでひとまずカイさんの分の報酬だけでももらいたいのですが」
「そうだねえ、まあこんなところかな」
そう言って差し出されたのは見たこともない、半透明の石のような物だった。
《ティタン レア度1 重量1》
とある王国で使用されている貨幣。別名妖精石と呼ばれているがその中でも最も安価な物。
「当たり前だけど通貨はリールじゃないんだな」
「ええ、実はリール自体は僕たちも知っているんですけど、ほとんど見かけることがなくて。それでこれを使っているんです。ここを北西に進めば見つけられるので」
今回チャナルから受け取ったのは6300ティタン。はっきり言ってこれで何をどれくらい買えるのかは全く分からんな。というかこれはマナウスでも使えるのだろうか。
「そうだ、ティタンはちゃんと人間の村に行けば買い取ってもらえるはずだから安心してね。あと、なにか採ったり捕まえたりしたら持ってきてくれればそれも買い取るからよろしくね」
とりあえず納品を終わらせた俺達はチャナルの交易所を離れ、滞在する施設に案内してくれた。それは住宅地を少し中に入ったところにあり、ほとんどの家が一戸建てのなか、かなりでかいログハウスといった見た目だった。
「実は、カイさん以外にも何人かここを訪れている人がいるんです。それで皆さんが集まって過ごせるのがここくらいなものなので、宿泊はここを使用してもらっているんです」
「え、他にも人間がここに来ているのか?」
「いますよ。カイさんは記念すべき10人目のお客様ですね」
嬉しそう言っているが、あの見つけさせる気のないメモから他にも辿り着いているプレイヤーがいるとはな。いずれはそのプレイヤー達にも挨拶をしたいものだ。
建物に入るとやはり巨大なログハウスのような造りで、2階建てになっている。各自一部屋があたるらしい。その他の共有スペースも一通り案内してもらったが、調理道具から風呂まで一通りそろっている。ログハウスの中央は吹き抜けになっていて談話室となっているようだ。これなら他のプレイヤーと顔を合わせるのもそう遠くはないだろうな。
最後にもう一度部屋に戻り、アイテムの整理を行い背負箱は置いて出かけることにした。何かあっても竹筒があればなんとかはなるだろう。
「よし。準備できたよ。それじゃあ案内を頼むよ」
「はい!それじゃあ行きましょう」
促されて最初に向かったのは、家が立ち並ぶ地区の小さな茶屋だった。
「ここは広場のお店と違って普段はそこまで開いてないんですけどね。ここのおばあちゃんが作るお菓子が美味しいんですよ。今なら森の恵みを使ったタルトがあるんです」
「それ、お前が食べたいだけだろ」
笑いながらツッコミを入れつつ、向かったのは他の家と変わらない一軒家だった。これは教えてもらわないとたどり着くのは無理だな。
運のいいことにお店は開いていて、せっかくだからとカルメのパイとやらを頼んでみた。一応保存食のバーを食べていたからサクッと食べれそうな名前の物を選んでみたんだが、片耳がないコボルトお婆さんはニコニコとしながら商品を取りにいった。
「はい、おまちどうさん」
「ありがとうございます」
どうやらカルメとは、タルトに乗っている黄色やピンクのベリーの事らしい。甘酸っぱく爽やかな味わいのパイだ。これは、アイラに話したらここまで連れてくることになるかもしれない。ウェンバーはミミンのパイというナッツ系のパイを食べていた。カルメのパイよりもしっかりとした、食事の代わりにもなりそうな重量感のあるパイだな。
「そういえば、夏から今までは狩猟採集の生活をしていたのか?」
「僕はそうですね。大体は冬に向けての準備で食べられるものを探していましたよ。僕の他にも30人くらいが毎日森に入っていて、成果がチャナルの交易所に集まって、それがそれぞれの加工品を作る場所に分散。日々の生活に必要な分は広場のマーケットに並ぶ感じですかね。ちなみに畑もあるのでそっちの世話を仕事にしているコボルトもいっぱいいますよ」
「なるほどな、ちなみにここってどのくらいの人数が住んでるんだ?」
「えーと、細かな人数は分かりませんけど確か300人くらいだったと思います」
コボルトが隠れ住む地ってことでかなり小規模な集落をイメージしていた。でもついた時にわかったのは、想像以上に大規模な集落だってことだ。それを運営するんだから、役割も明確で運営体制もしっかりしていなければならない。
そんなことを考えながら、次の場所に案内してもらった。そこは小さな図書館で、300種類ほどの蔵書があるらしい。使用には許可がいるらしいけど、ウェンバーの紹介なら問題ないようだし、今度少し覗いてみようか。
ここまではリゼルバームの入り口から右回りに案内してもらっている。そして、今目の前には見上げていると首が痛くなるような巨大なリゼル大木が聳えている。つまり、半分を回ったわけだ。
「これはここのシンボルのリゼル大木です。魔法で外からは見えないようになっていますけど、中からは外が見えますから展望台としての役割も果たせるんですよ」
自慢の施設だという事はウェンバーのピンと張った尻尾を見ればわかる。でもこれは、あれだな。たぶんそうに違いない。
「なあ、これって入り口なくないか?」
「へ?そうですね」
「どうやって上に行くんだ?」
「登りますね」
「どこかに梯子とかは」
「ないですね」
ですよね。そんな気はしていた。たぶんコボルトってのは自然とともにあるからみんな登攀スキルなり木魔法なりが使えてサクサク登れるんだろう。乗ったところからの景色は気になるけど、さすがに挑戦はないかもしれない。というか俺のスキルレベルじゃ無理だろ。
「さてと、ここから反対側を回るんですけど、住宅地には特に観光になりそうな場所がないのでこのまま真っ直ぐ広場に出てしまいましょう」
「わかった。ちなみに広場はさっきの交易所の他だと食料、道具、武器防具の商店ってところか?」
「そうですね。ここだと鉱石が貴重なので、革製とか木を生かした商品が多いですね」
「それは気になるな」
そうして広場に戻り、商店を端から端まで見て回り、ウェンバーの案内が終わった。色々と気になるアイテムを見付けられたのもあるけど、24時間営業の酒場で色々な依頼を受けられるのが分かったのも収穫だな。明日からは依頼を請けつつ、少しずつ買い物をしていくことになりそうだ。
「今日はありがとうな。おかげで色々と見て回ることが出来たよ」
「いえいえ、僕で良ければいつでも買い物に付き合いますよ」
広場を後にしようとすると、家に帰ろうと友達と別れた小さなコボルトがこちらに走ってきた。
「ウェンバー、一緒に帰ろう?」
「あれ、ミミレル。今日は図書館で勉強じゃなかったの?」
「う」
「勉強は大事だっていつも言ってるよね、さぼってたんなら母さんに言いつけるよ?」
駆け寄ってきたときは嬉しそうに振られていた尻尾がみるみる下がっていく。毛並みと言い尻尾といいどう見ても兄妹とかなのだろう。
「ちがうもん。今日は早めに終わって、バルメ先生からお使い頼まれてたんだもん。冬が近くなると歩くのが大変だからって言ってた」
「そっか、偉い偉い。もうお使いも終わったんなら一緒に帰ろうか」
「うん!」
せっかくの兄妹の時間だ、俺はミミレルと軽く挨拶をし、ウェンバーとは別れてログハウスに戻ることにした。
ログハウスにはまだ人がいないらしく、すぐに部屋に戻ると今日あったことを思い返す。
木に登って、ウェンバーに連れられて森を進みながら採集して、リゼルバームを案内してもらう。楽しいが、中々に目まぐるしい一日だったな。
夏越しの目的を果たし、達成感とともに俺はログアウトをした。