猟師と銃職人
タルネウとの死闘から1週間が経ち、俺は順調にウェンバーの探索を進めては、いなかった。いや、方針が固まったこともあってあとは見張るだけなんだけど、それを差し置いてでもやるべきことが出来たからだ。
ここはハンドメイドのギルドハウスの、ウッディの作業部屋。木を最大限に生かした落ち着く空間になっている。
銃使いにとって最も大事な装備である銃のアップデート、ウッディにはその今後の猟師生活に必要なプレイヤーの紹介を頼んでいた。そしてついに面会の許可を得られたらしいのだ。
連絡を貰った俺は即決でウェンバー探しを脇に置き、喜び勇んでハンドメイドに来た次第である。
「わざわざ呼び出して済まないね。カイに頼まれていたガンスミスの紹介、ようやくできそうでね」
「前回の銃の時にも迷惑かけてたのに毎回済まないな。本当に助かるよ」
俺の言葉にウッディは朗らかに笑いながら首を振った。
「気にしなくていいよ。こちらこそいつもカイには儲けさせてもらっているからね。持ちつ持たれつだよ。前に連絡した時に簡単な条件は載せておいたけど、準備は出来ているかな?」
「ああ、なんならプレゼンの予行演習でもしてみせようか」
本番にとっておくよと流されながら、ウッディと出発する。プレイヤーの多い大通りを進むのかと思いきや、すぐに細い道へと入っていく。俺の知っている職人はみんな人目につくところに工房を構えてたけど、これから会いに行く人物はどうやら違うようだ。
話を聞くと、どうやら普段は知り合いのプレイヤーを通してしか作品を販売せず、人前には姿を現さないようだ。その性格も相まって作業場は小さな路地を進んだ先にあるらしい。静かな場所で、黙々と作業を行う、そんな活動を好む職人が集まる職人通りに工房構えている。
「話を聞く限り、昔気質な無口な職人って感じがするな」
「いやぁそんなことはないよ。認められてしまえばむしろ色々と便宜も図ってくれる懐の深い良い人さ。っとここだね」
ウッディが足を止めた先には、看板すら掲げていない民家にしか見えない小さな家が佇んでいた。いや、よく見ると扉には小さなプレートが下がっている。
「銃工房“アズマ”か」
「そう、ここが僕が知る限り最高の銃職人の工房さ」
ごめんください、そう言ってウッディが引き戸の扉を開ける。いや、引き戸ってよく見たらマナウスに合わせた外観ではあるけど、そこかしこが和風なというか和洋折衷みたいな感じになってるな。
そんな感想を抱きながらもウッディに続いて一言入れてから家の中に入ると、そこはプレイヤー拠点のハウスだけあり、外観とは大きく異なる広々した空間だった。
全体的に和に寄せられた内装で、ぱっと見た感じでは和風な見た目以外は一般的な鍛冶場とそこまで変わらない。しかし、そこはガンスミスの工房だけあり、半分のスペースは銃身と思しきパーツや分解でもしたのかというような細かいパーツが広いテーブルの上に並んでいる。
「なかなかに壮観だろう?ここが当代きってのガンスミス、アズマの工房さ」
振り返ったウッディは爽やかな笑みを浮かべながらそういうと、静かにテーブルに歩みを進め、表面をなでたり脚部の接合部を確認したりと何やらチェックをしている。
え、この空間で俺はいったいどうしろと?そう思いながら、しかし、その辺の物に触れるのも憚られるので、とりあえずぼんやりと立っていると、奥の階段から渋めの声を響かせながら老人のアバターのプレイヤーが下りてきた。
「よう、ウッディかい。お前さんに造ってもらった作業台は中々に使いやすいぞ。丁寧に使っているからな、まだまだ傷んではおらんだろう?」
「そうですね、これなら当分は補修は必要ないかと」
「おう、必要になったらまた連絡するんで、その時はよろしくな。でだ、このプレイヤーがこの間言っていた奴かい?」
ウッディに声を掛けながらも、値踏みするような目だけがこちらを向いている。その姿は歴戦の職人が自分の作った武器を持つに足るかを調べている、そんな一種の緊張感すら感じてしまう。
「始めましてアズマさん。お会いできて光栄です。私は猟師のカイと言います」
「おう、話はウッディから聞いてるよ。なんでも森に分け入って生産職好みの素材を集めてくる物好きなプレイヤーだってな」
すると、先程までの鋭い表情はどこへやら、豪快に笑い声をあげながら近づいてきた。
向かい合ってみると体格はかなり大きく、やせ細っているとでも表現するべき体格だ。それでいて深い髭を蓄えており、職人然とした服装を執事服に替えてしまえばすぐにでもお屋敷で働けそうな見た目をしている。
「さてと、簡単には聞いてるが、細かいことは依頼主から聞くべきなんでな。オーダーメイド、作ってほしいんだって?」
「はい。少しばかり特殊な素材を持っているんですが、最近プレイスタイルが固まったので使い道が決まりましてね。ぜひアズマさんに一丁仕上げてもらえないかと」
アズマさんはどこからか取り出したキセルを咥え、作業台の近くにある小さな応接セットを指さす。詳細は座ってから、逆に言うなら少なくとも話は聞いてくれるという事だろう。
促されるままに対面に座ると、奥から女性のプレイヤーがお茶を盆にのせて現れた。アズマさんとお揃いの、しかし女性的な色味をした和風の作業着をきたプレイヤーに頭を下げつつ、お茶を一口。あ、これ自分用に欲しいくらい美味しいのだが。
さて、一服もしたことだしそろそろ話を始めねば、とはいえ向こうが口を開かないのは、俺から先に話をしろっていう事だろう。
「まずは依頼の前に、今使っている銃を見てください」
「おう」
短いやり取りの間にインベントリから銃を取り出し、アズマに渡す。アズマは手に取るとまずはあらゆる角度から眺め、各パーツを興味深そうに確認している。
「きっちり元通りに戻すからよ、ちょっと分解してもいいかい?」
「ご自由にどうぞ。見てもらってから話をした方が良いですよね」
「いやぁ、やりながらでもいいなら聞くぞ。お前さんも忙しい身の上だろう」
俺が整備をする時の数倍の速さで銃を分解し、各パーツを検分しながらアズマさんは答えた。であればこちらも話を進めてしまおう。
自分のプレイスタイル、それに合わせて銃をどのように運用していきたいか。現状の銃での利点と限界。それを踏まえた上での新しい銃に欲しい性能。細かなパーツ一つにいたるまで確認をしていたアズマさんは、確認を終えたのか再び銃の形に戻して返してきた。
「なるほどなぁ、確かに今の話し通りのスタイルを貫くんじゃあ、そいつだと力不足だな。とはいえ、これを手放すつもりはないんだろう?」
にやりと笑みを浮かべながら聞かれるが、こいつは今後も俺がメインで使い続けることになるのは間違いない。1つ頷きながら言葉を返す。
「もちろんです。今後も愛用しますよ。でもこの銃だけで狩りをつづけるのはさすがに難しいので」
「そりゃそうだろうな。だが、さっき言っていた性能が欲しいなら、生半可な素材じゃ容量が足りねえのも分かるはずだ。その為の素材、当てはあるのかい」
「あっても買い取りじゃ手が出ないですね。自分の中では、可能性はこれだけかなと」
そう言って取り出したのは、ゲームを始めたばかりの頃、今考えればほぼほぼ運のみで手に入れたある鉱石だった。
ゴトリと鈍い音を鳴らして置かれた鉱石を目にして、アズマさんの姿勢が今日一番で前のめりになる。その手はゆっくりと伸びていき、黒の結晶石を掴みとった。
「おいおいおい。こりゃあ本物か?いやなるほどな、これなら確かに…」
それきり小さく何かを呟きながら考え込み、話しかけても返事すら返ってこなくなってしまった。
どうしようかとウッディの姿を探すと、作業台に乗っている細かな道具類を点検していたはずのウッディの姿がない。え?しばらくこのまま待機?
結局、さっきの女性プレイヤーと同じように奥からウッディが出てくるまでの5分間、沈黙耐久レースをさせられたのだった。
「さて、カイの話は終えたのかな」
「そうだな。でも肝心のアズマさんはこんなんだし、作ってくれるのかはなんとも」
「あ、またレア素材見てフリーズしてる。本当にすいません!すぐ元にもどしますから!」
ウッディの後ろから現れたのは先程のお茶を持ってきてくれたプレイヤーだった。アズマさんに数回声をかけ、それでも反応がないことを確認するとおもむろにレンチを取り出して振りかぶり
…え?ちょま、レンチ?待って、それ殴るやつじゃないから!しかも何用なの?いくらなんでもそのレンチでかすぎるから!たんこぶじゃすまないから!
慌てて止めに入った俺とウッディによってレンチは辛うじて振り下ろされることはなく、その騒ぎでようやく気づいたのかアズマさんが顔をあげた。
「どうしたんだルーミ。そんなおっかない顔して、いや、なんだ。そうだな。きっと俺が悪いんだな。すまんな、だからあれだ。その大砲整備用のレンチは一度下ろしてだな、話しをしよう。な?」
「そうやっていつもいつも自分の好きなことにばっかり熱中して、他人の話しを全然聞かない!だからおじいちゃんは玉鋼を愛してる変態だとか、夜な夜な作品に話しかける変態だとか、刀抱きしめて徘徊する変態だとかそんなことばっかりおばあちゃんにいわれるんだよ!」
ああ、リアルな方面での祖父と孫でしたかと思いつつ、間違いなくリアルの本職が刀匠というとてもレアな方だという事が察せられてしまった。あと完全にこの人面白い方向で残念な人だ。
再び振り上げられたレンチと、ひとまず槌で頭を引っぱたけば話を聞くと孫に教えたお婆さまも大概だなと感じながら再び止めに入る。
「あ、なんか本当にすみません。お客様の前で本当にもう、なんていうか」
「いや、すごい面白い物見せてもらえたんで」
「というかせっかく面白い掛け合いのコンビなのにこのままロールプレイで終えてしまうのかとハラハラしていたよ。ルーミさんを引っ張り出してきて良かった」
「ウッディさん!」
カラカラと笑いながら漫才じみた場面にウッディが混ざるが、それで一段落したのだろう。咳ばらいをしたアズマさんが口を開いた。
「なんちゅうか、すまなかった。昔からいい鉱石みるとつい癖でな。まあ、これなら木製部分はウッディがおるわけだし、お前さんが言っていた条件は満たせそうだな。ただし、問題は1つ」
「はい。それを俺が使いこなせるのかですね」
「いや、その辺はウッディから話は聞いとるし銃の手入れも見たから構わん。というか銃はある程度のステータス以外は技術がものをいうからな。あとはお前さんの努力次第だろう」
一体ウッディは俺のことをどうアズマさんに伝えたのか気になるところである。視線に気づいたのか、ウッディは小さくウインクをしながら答えた。
「僕はカメレオンベア戦を短く編集して見せただけだよ」
「さいですか」
とはいえ、概ね作ってくれるという前提で話をしてくれてはいる。後は残る問題とやらだけど、なんだろう。
「リールですかね」
「うんにゃ、いい仕事ができるなら金なんぞ後払いでもいいわ。その辺はウッディを信頼しておる。問題はこいつの特性だ」
ゴトリと再びテーブルに置かれた黒の結晶石。思い出すのはこいつの説明文だろうか。すでに滅亡した魔法都市で生み出された魔法鉱石で鉱石としての強度と、魔法適性の2面性を持つらしいけど。
「お前さんは完全物理職だろうが、こいつは運用に魔力が必要な機構になる。その辺が大丈夫かっていうことだな」
「え」
言葉の意味を考えるのに30秒はかかっただろうか。これ、もしかしてプレイスタイルの構築をやり直す必要もあるのか?
「それって魔法使い並みの魔力が必要になる感じですかね」
「いや、元々連射性能は捨てていいという話だし、その分のリソースを魔力タンクに使えばそれなりに補えるはずだ。とはいえタンクに魔力を補充するのに時間はかかるから魔力があるに越したことはないだろうな」
正直ほっとした。危うく別の鉱石を購入するために金策に走る必要が出るところだった。まあ諸々のスキルを使う兼ね合いで最低限の魔力は使用していたし、俺は事前準備を周到に行う必要のあるタイプだ。魔力チャージに時間が掛かるくらいのデメリットは受け入れるべきだろう。
「いや、それくらいのデメリットなら気にしないでくれ」
「そうか。ならこの製作、アズマ工房のアズマが請け負った」
こうして俺は新しい銃の製作を約束してもらい、再び先行きの見えないコボルト探しを再開することになった。