聖地にて
前回ブックマークが100件を越えて喜んでいた。今日見たら10倍になってた。正直自分でも何を言っているかわかりません。混乱の極み!感想をくださった方、評価していただいた方も含めありがとうございます!
とても嬉しかったのでもしかしたら週の真ん中あたりでもう一話あげられるかもしれません。
遠目に見ていた時にはかなり小さく見えていた木々も、近くに寄ってみると自分の背丈の3倍くらいはある。鬱蒼という言葉が似合うくらいにむせかえるような、緑と茶が複雑に混ぜ合わされた色彩だった。
すでに心は沸き立ち、今にも走り出したい衝動に駆られている。そう、俺はこの時を待っていた。猟師の狩りの基本はやはり森、静寂の中での獲物との真剣勝負。その緊張感を感じられる狩りこそ求めていたものだ。俺は猟師の聖地ともいえる森を前に、尽きることのない感慨に浸り切っていた。
「カイ、そろそろいいか?とりあえずポータルエリアになってる泉の前まで一気に行かないといけないんだけど」
「あと1分、いや20秒。このまま入ったら興奮しすぎてまともに戦える気がしない」
「本当にカイは変わってるな」
「確かに少し変態さんみたいですね」
何やら3人とも呆れている、というよりは若干馬鹿にされているようにも感じるが、パーティーを組まない限り今の俺では来れそうもない。その感謝もあり、あまりの嬉しさに心が広くなっているのも重なって今なら何を言われても許せそうだ。
喜びに打ち震えてはいたがいつまでもそのままでいるわけにはいかず、事前に相談していた通りの隊列で森を進む。先頭を富士、中央にヨーシャンク、両サイドに楓と俺だ。富士が敵を引き付けて足止めし、ヨーシャンクが攻撃と援護を受け持ち、楓と俺は先制攻撃と周囲の警戒が主な仕事だ。
足を踏み入れた森は春の新緑に包まれ、傾きだした日差しが木漏れ日を生み出していた。風が吹くと木々は騒めき、木漏れ日が揺れる。手のひらサイズの蝶が花にとまり、小さな木立の合間に蜘蛛の巣が。鳥のさえずりも遠くに聞こえている。昨日、初めてこのゲームを始めた時と同じか、それ以上に現実感があった。
森の様子に感動をしていたが、そこはやはりモンスターの領域。すぐに楓が何かに気付いたようだった。
「敵がいます。富士さんの右前方の、たぶん30メートルくらい先です」
「よし。そのまま楓が先制、俺とヨーシャンクで追撃だ。カイは周辺の警戒を頼む」
富士が静かに指示を出し、楓は立ち止まると弓を構える。視線の先にいたのは1匹の蜘蛛だった。大きさはボアと同じくらいだろうか。標準サイズですら相当な見た目だが、このサイズは何というか、グロテスクの一言に尽きる。
≪スパイダー パッシブ≫
名前になんの捻りもないのはボアと同じか。周辺に目を走らせながらも楓の様子を窺う。
富士がぎりぎりまで近づき、ハンドサインを送ると楓は弦から指を離した。矢は狙い通りスパイダーの頭部を射抜く。歯ぎしりのような鳴き声と共にわさわさと近づいてくるが、それを富士は何の躊躇もなく飛び込み、足を切り払っていた。蜘蛛の動きが鈍ったところで横に跳ぶと、タイミングよく開いた射線を通った火の矢が着弾だ。流れるようなコンビネーションに思わず溜息が漏れる。が、何より思ったのはあれだ、俺いらなくね?
「気にすんな、集団戦になったら嫌でもカイの出番あるから」
「お前はエスパーか何かか?」
「ふふ、阿吽の呼吸だな。まあ我々はβからの経験があるからな、コンビネーションには一日の長があるというものさ」
なぜか富士に心の声を暴かれ、ヨーシャンクに慰められてしまった。だが、さっき思っていたことはなにも戦力についてだけじゃない。それはあれだけの動きの中で味方、というか富士を避けて敵にきっちり当てられるのかということだ。えっとね、これはむりゲーですわ。でもまあ物は試しって言うし。まずは一戦やってみてから考えよう。
「います。カイさんの左20メートルくらいです」
「こっちも視界に捉えた。が、こっからじゃ当てられる気がしないな」
「射程5メートルじゃ仕方ないさ。でも一応10メートル付近で撃ってもらっていいか?その後にこちらで追撃を掛ける」
「了解」
なるべく音を立てないよう静かにスパイダーに寄っていく。10メートルまで寄っても気付かれないのはモンスターの知覚範囲もあるんだろうけど、もしかして森だと隠密の効果が上がるんだろうか。今度色々と調べてみよう。とりあえずはしっかり狙いをつけて火つけ棒を差し込んでいく。炸裂音と共にスパイダーは吹き飛び、動かなくなった。当たれば一撃か。
「やった、のか?」
「やめるんだ富士、これ以上ないフラグになってしまう」
「あの、ここで全滅はちょっと…」
「おい、俺が当てたのがそんなに不満か」
「いや、そういう事じゃねぇんだけどさ。茶化したのは悪かったが正直驚いてんだよ。さっきはあれだけ攻撃して倒したスパイダーが今回は一撃だぜ。命中精度と連射性さえ改善すれば相当な戦力になるだろ」
いや、それが一番大きな課題なんだけども。それもスキルレベルとか技量とかでカバーできない面だろうし。それでもあの距離でも当たることがわかったことが収穫だ。これで少しは自信になったかな。と思ったのも束の間、その後3連続で外してちょっと凹むといういつぞやの再現をしてしまった。
う~ん、やっぱりこの銃で長距離戦ができるようになるのは難しいかもしれない。そこで、俺は考え方を変えることにした。要は低い命中率でも戦いさえできればいいわけだ。少し考えればすぐに方法は浮かび、それは周りのフォローが期待できる今が試す機会なような気がしてくる。
俺の悩みを後押しするかのように、楓が新たなモンスターを見つけていた。
「囲まれちゃいました。富士さんの前に10メートル、私の右に5メートル、ヨーシャンクさんの後ろに12メートル。3体に囲まれました。集団ですし恐らくフォレストモンキーかと思います」
「ちっ、ポータルまであと少しだってのにやってくれる。最悪俺が2体受け持つが、いけるか?」
「やらねば全滅だしな」
「なるべく早く倒して戻る。それまではヨーシャンクを中心に生き残り優先だ」
「俺が1体を受け持っていいか。やってみたいことができた」
「よし、じゃあ俺とカイが一体ずつでいこう。ヨーシャンク援護頼むぞ」
「任せろ」
富士は気合いを入れるためか、大きな声を上げるとフォレストモンキーに向かって突進していった。まああそこは心配ないだろう。ヨーシャンクと楓は既に後方のフォレストモンキーに照準を合わせている。となると俺は必然的に右の奴という事になるな。
さてと、自分から大口を叩いた訳で、やっぱり発した言葉には責任を持たなければ。1メートルほど進むと明らかに樹上でガサゴソと葉の揺れる音が聞こえていた。
「キィー!」
「危なっ!」
先手必勝とばかりに樹から飛び降りてきたフォレストモンキーとの距離を詰めようとしたが、奴の腕にはヤシの実並の大きさの木の実が抱えられていた。それを俺目掛けて投擲してきたのだった。間一髪で躱すと今度はクルミのような実を口から吐き出しそれを立て続けに投げてくる。装甲が薄いとかそれ以前に、あれには絶対にあたりたくない。
距離を詰めたい俺が走り、跳び、転ぶ。そして俺との距離を保ちたいフォレストモンキーが次から次へと種を飛ばす。泥仕合の様相を呈しながらも根競べが始まった。
距離を詰めようと数度に渡りチャレンジしていったが、3メートルを切ると投擲を避けるのがぎりぎりだ。それ以上近づくと被弾しそうで、諦めて距離をとることで攻撃を捌き続けること数度、分かったのは直線で詰めるのは無理だってことだった。
最初のプランを早々に諦めると次は目標を中心に円を描きながら距離を詰めていくにした。常に横に移動していることでクルミをやり過ごせたこともあって簡単に肉薄できそうだ。だけど、大事なのはここからだ。最後の一吹きを避けたのに合わせ、一気に近づくと銃口をフォレストモンキーに押しつけた。
「これなら外しようもないだろ」
炸裂音と共にフォレストモンキーが仰向けに倒れる。当たればこいつも一撃みたいだな。
戦闘に夢中になっていて気付いていなかったけど、距離を詰めるのに時間を掛け過ぎて途中から富士達が遠巻きに見ていたようだ。
「それはもう銃使う意味あんのか?」
「もはや近接戦闘職だな」
「銃ってこういうのでしたっけ」
途中から戦闘を見ていた3人の感想は置いといて、なぜかそこはかとない達成感があった。当たらないから精度を上げる。それも確かに一つの方法だった。でもそもそもの精度の向上に限界があるのなら動いていても確実に当たる位置で撃つ。いずれちゃんとした銃を手に入れても生きる戦闘法のような気もするしこれはしっかりと身につけよう。
「なんでそんな満足げなんだよ」
「いや、なんか方向性が見えた気がして」
「あれが方向性ですか。随分と個性的な気がしますけど」
確かに銃使いとしては少々ずれているのかもしれない。それでも銃を使い続けたいならこれが一番の方法だとも感じていた。そんな決心を伝えるとその後は軽口を言い合ったり、森での戦闘についてのアドバイスなどを受けながら進むことになった。しかし、やっぱり森は敵が多い。結局ポータルエリアまでにボア、フォレストモンキー、スパイダーと連戦を続けることになってしまった。
ただこれまでより厳しい敵との戦いには得られるものがある。アラートが鳴っていたから期待はしていたけど、ポータルエリアについてから確認するとそれなりの成果があったようだ。
≪銃スキルがLv3になりました≫
≪隠密がLv3になりました≫
≪植物知識がLv2になりました≫
≪動物知識がLv3になりました≫
「どうだ?何かしらランク上がってるだろ」
「銃と隠密と…」
「いや、別に言わなくても構わないさ。というよりなにが自分のスキル構成の露呈に繋がるかがわからない。あまり戸外では口外しない方がいいかもしれないな」
「そうなのか?」
「はい、VLOは都市とポータルエリアを除く全てのエリアでPKを行えますから。聴覚系スキルを鍛えて会話を盗聴、相手のスキル構成を把握した上でPKに及ぶという事例がβでは結構ありましたので」
「なるほど、勉強になるな」
まだ初めて二日しか経っていないということもあってあまりPKについては意識していなかったが、もっと注意深くいかないとどこで足元を掬われるかわかったもんじゃないってことか。これからはその辺の安全管理もしっかりしないと。
今回の戦闘の反省も生かして試したいこともあるがまずは依頼の達成からか。ボアとフォレストモンキーの討伐は必要数に達したし、水質調査は水を持って行けばいいからまあこれから。問題はこれだな、ジェイルってなんだ?さっきちらっと見た目はキノコってことを聞いたけど、どんな形かはわからない。
「なあ富士、ジェイルってどんなキノコなんだ?」
「見た目はまんま椎茸だな。最初の町のクエストだし、この辺の食材だとほとんどがリアルの見た目とか名前が一緒なんだよな。それでも特産品みたいないくつかのオリジナルの野菜もあって、ジェイルはマナウスの特産だ。まあ椎茸っていっても本来の3倍以上あるけどな」
「モンスターとかじゃないだろうな」
「初めて来たときは私も思いましたけど、ちゃんとキノコでしたよ」
「まあ気持ちはわからなくもないがな。泉までの途中で見つかるからすぐにわかるさ」
ポータルエリアで装備の点検を終えると富士を先頭に泉に向けて出発した。そして森の中の細い小路を進むとすぐにジェイルは見つかって疑問は解消されることになった。確かに巨大な椎茸だな。それも倒木の側に相当な数が生えていて取り放題だ。納品用に手近なものを採取するついでに自分用もちゃっかり確保。これで椎茸が食べられる。
「富士さん、上に2体です!」
「よしきた、俺が1体抑えとく、カイはもう1体を撹乱、ヨーシャンクは援護、楓は周辺警戒!」
俺のスタイルが固まってきたことで、ようやくパーティーでの役割も定まってきた。タンクの富士が足止め、漏れた敵を俺が撹乱してヨーシャンクと撃破。楓は周辺警戒と全体への援助だ。戦い方の意思統一がすむとこれまでよりも戦闘がずいぶんと楽になったような気がする。
パーティー戦への参加はそれだけではなく、俺の銃の技術アップにも繋がった。これまでのソロでの戦闘だと1体のみを自分のペースで相手にしてきたが、ここではいつ何体のモンスターに襲われるかわからない。毎回戦闘後に再装填の時間をもらってパーティーの負担を増やすわけにもいかず、歩きながら装填する技術が身に付いてきている。
続いていた戦闘が一区切りつくと、森を進みながら富士がいつもの口調で話しだした。
「そういやさ。リアルでも泉ってのは野生動物が憩う場所だよな」
「でもってことはここでもそうなわけか」
「毎回ではないようなんだが、そこにはフォレストホースというモンスターがいてな。掲示板では専用の対策スレが立つレベルだ」
「そんな恐ろしい場所になんで俺を連れてきたんだよ。そういうのはメンバーが揃ってるときに行ってこい」
「もしかしたら今回はいないかも知れませんよ」
「いや、いたほうが絶対面白いって」
富士め、何てことを言ってくれる。その表情はニヤリと笑っていて絶対に面白がってるし、いることを確信しているようだった。まあ実際にいたらやるしかないのも事実。問題はフォレストホースがどんなモンスターなのかってことだ。
「で、そいつはどんなモンスターなんだ?勝ち目はあるのか」
「毛色は黒でがたいが良くてよく跳ねるな。あとは森の中だからあんまり走ったりはしないよな」
「それじゃ何も伝わらないんだけど」
「あのですね、見た目は黒い馬なんですが大きさが 競走馬というよりもばん馬みたいに一回りは大きいんです。森林地帯で暮らしている為かあまり走るのが得意ではなくて、戦闘の時にはパワーを生かして前足や後ろ足で踏み潰したり蹴り上げて戦うことが多かったです。」
「なるほど、それでよく跳ねるってことか」
要は走るのが得意じゃないってだけであとは某傾奇者の愛馬みたいなのがいるってことだろ。うん、気持ちの準備は必要だがまずはいないことを祈ろう。
道中はひたすらモンスターを狩り、30分程進むと、視界が開けてきた。そろそろ泉だろうか。
休むことのない連戦が効いたのかアラートが立て続けになっている。ここまでくると富士たちにも美味しいらしくいくつかのレベルが上がっているようだ。とはいえここはいつモンスターに襲われるともわかったような場所ではない。とりあえずは泉についてから確認することで意見は一致している為迷わずに突き進んだ。




