攻防の果てに
緑の布が巻かれた枝を見付け、藪を抜けると、そこには鈍色に輝く鉄の森が出来ていた。数を作ったこともあって製作費第2位となっている場所だ。俺が通るには簡単でカメレオンベアはポールをへし折らなければ通れない、そんな間隔で鋼鉄のポールが乱立している。その中を走り抜けながら、相手の様子に合わせて弾丸を撃ち込んでいく。
ここは着実にダメージを重ねていくための場所。地味な戦闘が続くが、かなりのダメージを与えられる。
そしてここにはもう一つの工夫がある。走りながらいくつも踏んでいくトラップ。左右の藪からはどんどんと矢が射出され、相手に当たることなくポールの間を飛んでいく。特に当てる気のない攻撃だと気付いたのだろう。警戒も薄く俺を追ってくる。
鉄の森の中で安全を確保しながら動き回っていると、カメレオンベアに変化が訪れた。徐々に動きを鈍らせていき、ついにはその動きを止めたのだ。その体には薄っすらと糸が絡みついているのが分かる。鉄心特製の鋼鉄の糸が何本も絡まり、全身を雁字搦めにしていた。
これがここでの最後の攻撃ポイントだ。火力を意識して連続で撃ち抜いていき糸が切れるのに合わせて距離をとる。その後は再び地味な戦闘を続けた。変化が訪れたのはカメレオンベアが力を込めた腕でまた1つポールを根元から折り、その隙に1発の弾丸が撃ち込まれた時だった。爪痕が2本に変わった時の様に、2本足で立ち上がり、毛を逆立てたのだ。
「思っていたよりも早い」
予想よりも早い最終局面への移行、しかしここは場所が悪い。すぐに鉄の森から出ようとするが、それよりも早くカメレオンベアの咆哮が響きわたった。かつてのイベントで戦った、キャプテングリズリーの咆哮を思い出す。HPを根こそぎ持っていくような尋常ではない火力。
何とか耐えようとポールの1つを掴んで屈むが、そのポールがはじけ飛び巻き込まれていく。こちらが用意したフィールドが仇になってしまった。防具の更新もあってこいつの咆哮は十分に耐えられるレベルなのだが、ポールを巻き込んだことでそれは致命傷となる。
「これは不味いな、もうあとは1発ももらえないか」
ポールを除けて立ち上がり、カメレオンベアに目を向ける。ペイントが剥がれて姿が見えなくはなったが、今ならまだ捉えられる。見えないなにかが振るわれたのか突然ポールがはじけ飛んだ。まだ残っている数本が払いのけられる前に位置だけでも分かるようにしなければ。走りながら辛うじて残っているポールが薙ぎ払われるのに合わせてペイントボールを投げると運よくヒットしたらしく、動くに合わせてペイントが目まぐるしく動いている。
「右腕か。まあ、当たっただけでも運が良かったな」
ここからは、視線を切ると何があるかわからない。このあたりの地形は目を瞑っても歩けるまでに把握をしている。地形を完全に把握し、踏破できるようになるためのトレーニングをしていることを知った富士は呆れていたが、恐らくスキルレベルとリアルスキルともに適正レベルに届いていない俺にはこの方法しかない。一振りではじけ飛んでいくポールと赤く染まった腕を見ながら攻撃を避け、後方へと下がり続ける。
激しく揺れるペイントを見ながら、全身の姿を想像していく。今回のカメレオンベアは体高が5メートル程度と中型だ。第3段階に進んだことで全身の毛を逆立てているはずだ。その攻撃のモーションを、身体で覚えてきた攻撃パターンを浮かべていく。腕が地面につき、唸り声を上げる。それをみていつでも跳びだせるように身構えた。
「それは、もう、知ってる!」
とはいえさすがの3段階目。全力で回避に力を使ってなお間一髪のタイミング。さっきまで立っていた地面が抉られ、頬を刃のような鋭い風が掠めていく。続いての咆哮は風属性のブレスだ。
正直、キャプテングリズリーとの戦闘でも似たような経験があるなと思い返す。あの時も今も、熊タイプのボスと戦うと碌なことにならない。ただし、ここからは何もさせずに徹底的に嵌めさせてもらう。
「最終局面だ」
遠目にも見えていた一際大きな樹、ついにその麓までやってきた。最後のトラップの入り口だ。踏み抜くと俺の体が中を浮き、太い枝へと運んだ。事前に表面を削ってあるので足場は安定している。近くに貼っておいたロープの1本を掴んで体を安定させる。
もしもにそなえてポーションを1つ飲むが、このHPじゃあと一撃でデスペナなのには変わりない。これが正真正銘最後のトラップだ。深呼吸をして気持ちを落ち着けていく。
カメレオンベアはすぐに登ってきた。ペイントが残っているのは腕だけだが、近くの太い枝で止まってこっちを見ているのが分かる。そう、俺の近くの枝でたった一つ奴が一足飛びでここまで来れる、そして唯一カメレオンベアの体重を支えられる枝に乗っている。
何も言わずにナイフを取り出し、掴んでいたロープを切り離した。それを合図に、カメレオンベアが乗っていた枝の支えがすべて外れる。急に足場が崩れる事にも慣れたのか、一瞬早くこっちに向かって跳びだす。
2本目のロープを切る。今度は頭上から鋼鉄の槍が勢いよく振ってきた。空中で避けることは難しく、それでもいくつかは払いのけている。しかし、空中で無理をしたことで体勢を崩し、ここには届かない。赤く染まった腕が俺へと伸びるが、空を切って落ちていく。着地をしようと空中で体勢を立て直しているのはさすがだが、地面に着いた途端に偽装していた地面は壊れ、その下に用意していた最後のトラップに落ちた。それは7メートルも掘り込んだ落とし穴になっていて、動きを阻害するように粘性の高い泥が詰まっている。カメレオンベアは何とか抜けだろうともがいているが、その度に体は沈んでいった。
俺は立っていた枝にうつ伏せに寝転び、真下に向かって銃を構える。動きの遅くなった今の状態ならあれはただの的だ。動きがなくなるまでひたすら撃ち込んでいく。カメレオンベアもなんとか脱出しようと少しずつ穴の端に進んでいく。
「嘘だろ…これで終わらなかったら確実に負けるんだが」
一体どうやったのか、手の届かない位置にあるはずの縁を掴み、その体が引き上げられる。そして俺の方を向いてブレスを吐こうとした時だった。1発の銃弾がカメレオンベアの目を撃ち抜き、一際大きな、悲鳴が響き渡る。ブレスは逸れて枝の根元に当たり一撃で枝をへし折る。
独特の浮遊感を味わいながら、俺はまだ銃を構えていた。空中でも出来る限り体勢を維持して銃弾を放つ。
放たれた銃弾は集中が最大状態で発揮されたことで、まるでスローモーションのように見えた。目で追える速度で飛んでいく弾丸はカメレオンベアの眉間に吸い込まれていく。ブレスを放った反動で動けないカメレオンベアは、避けることなくそれを受けた。
MPが切れて集中が維持できなくなり、そこからは一気に落下した。なるべくダメージを減らそうと銃を放り投げて四肢を使って着地する。当然そのまま地面に叩きつけられる。すぐにHPを確認すると、僅か数ミリを残していた。すぐに視線をカメレオンベアに切り替える。
カメレオンベアはピクリとも動かなかった。森には静寂が戻り、風が木々の葉を揺らす音しか聞こえない。
ホッとしつつも立ち上がり、カメレオンベアの近くまで歩み寄る。魔力の供給がなくなったことでその姿が晒され、泥にまみれたまま上空を睨みつける姿はまさに威風堂々を絵に描いたような姿だ。その体に解体ナイフを突き立てるとカメレオンベアは静かに光の粒子となって消えていった。
≪イベント:カメレオンベアを討伐せよ≫をクリアしました。
静かに拳を握りしめる。その拳が小刻みに震える。3か月、このために準備を進めてきた。それが今報われた。
「っっ、しゃあぁぁあああ!」
そのまま拳を突き上げ、気付けば声を上げていた。全身の血液が沸騰してみたいに熱い。感情が湧き上がってくる。喜びを爆発させていると、空間にヒビが入り始め、砕けて消えていく。途端にボイスチャットのコール音が鳴り響いた。
「うおい!まじかよ!やりやがったなおめでとさん!でだ、悪いがとりあえずすぐに戻ってこい!こっちはもうお祭り騒ぎになってるぞ!てか住人の猟師の連中のテンションがやばいから早く来てくれ!」
「おう、ありがと。おやっさん達か。わかったすぐに戻る」
富士とのやり取りを終えると、すぐにその場を後にした。感慨深さがあって、戦闘のルートを逆走するように進んでいく。到着は少し遅れるがそのくらいは許されるだろう。夏特有の熱風が木々の間を通り抜けるが、それすらも心地よく感じる。リキャストタイムが明けたポーションを飲みながらその森の中を進んでいく。
森の入り口まで戻ると、そこには今回の狩りを見に来てくれていた全員が勢ぞろいしていた。最初に飛びだしたのは予想通り富士だ。走って来て、突然のジャンピングラリアットを喰らった。
「あぶねえな!ポーション飲んでなかったらこれで死に戻る所だったぞおい!」
「うお、マジか!悪りぃつい勢いでな。それにしてもやりやがったな」
「まあな。とはいえどんな良い物がドロップしても赤字確定だし、リールもないからこれからどうしよ」
突然の愚痴に笑い出す富士。続いてやってきたのはセントエルモの面々だった。
「さすがはカイだな。恐ろしいほどに緻密に組まれたトラップ群だった。本当に素晴らしい」
「カイさんはさすがですね。ずっと準備していたから長期戦だと思っていたんですけどこんなに早く終わるなんて」
「ちょっとちょっと、なにあれやばくない?どうやったらあんな戦闘方法で勝とうって考えが出てくるの?ねえ、どうなってるのこの頭の中は!」
「おめでとうございます。それにしても透明化が出来るモンスターとは、出来れば俺も一度やってみたいです」
「あの、おめでとうございます」
一度に伝えられてなんと言ってるのかは全部は聞き取れなかったけど、1人ずつ礼を言っていく。そういえばミリエルも一言掛けてくれるくらいには慣れてきたんだな。そんなことを考えていると今度はハンドメイドのメンバーが声をかけてくれた。
「すごーい!さすがはカイさんだね。ねね、ちなみにお肉ってドロップした?カメレオンベアの肉はまだ流通してないんだけど、どうかな、どうかな?」
「いやあ、凄かったよ。これは俺達も全面的に協力したかいがあったってもんさ。戦闘をみた猟師さんとか、他のプレイヤーからの商談もあったし、これはもしかしたら大仕事が来るかもしれないよ!」
「さすがは吾輩の盟友たるカイであるな。見ているだけで血沸き肉躍るここちであったぞ」
「まったくだね。僕は戦闘は門外漢だけど、興奮したぁ」
「よくやった。おめでとう」
「ふふ、徹底した敵の分析と細かな地理の把握。それを元にした緻密な戦略。最後以外はほとんど危なげない戦闘だったな。果たしてここまで完璧に近い戦闘を出来るプレイヤーがどれだけいるのか。掲示板の反応が楽しみなところだな。とにかく、本当におめでとう」
全員にかなりの製作依頼をしていたこともあり、今回の陰のMVPは間違いなくハンドメイドのみんなだ。細かな注文を完璧にこなしてくれたから、今回の成果を挙げられた。一人一人に礼を言っていく。
その後は攻略組のメンバーやプレイヤーイベントで知り合ったメンバー、住人の猟師達からも祝福されることになった。一番テンションが高かったのはおやっさん達で、リーダー格のおやっさんは顔をくしゃくしゃにして祝ってくれた。
しばらくすると、おやっさん達は仕事が詰まっているようで渋々帰っていく。プレイヤーだけが残ると、アイラが全員に向けて声を張り上げた。
「あの~、これから私のお店で祝勝会を始めま~す!ぜひ参加していってください!」