迷彩熊への挑戦
ようやく更新できました。かなり短めです。
また不定期ですが更新していきたいと思います。よろしくお願いします。
「まあ、こんなところだろう」
「ああ、完璧な仕上がりだな」
そこは、布と皮と革が入り乱れる無法地帯。そこで俺は装備の最終調整を行っていた。当然能力的には既に仕上がっていた。さっきまでしていたのは着た後の動きやすさや他の装備との取り合わせについて確認と最終調整をしていたのだ。
すべてが揃った。あの時指摘された戦闘方法についても見直しを図り、依頼していたアイテムは納品されている。今回の狩りは、今の俺の集大成になる。その思いは強く、俺が日に日に意気込んでいく様子は周りに筒抜けだったようだ。
ある日、猟師のおやっさん達がいつもの定例会をしている酒場に顔を出すと、赤ら顔のおやっさん達が続々とやって来て口々にまくしたてた。
「お~ぅい、カイ坊やぁい。最近やたらと意気込んでるじゃねぇか。おい、そろそろか?そろそろなんだろ?おい、いつだよ、さぁあ吐け今吐けすぐに吐け」
「おいおいおやっさん、それじゃあただの酔っぱらいじゃねぇか。で、カイ坊よい。俺らとしてはカメレオンベアの討伐は是非とも拝んどきたいわけさ。だからよ、やる時は声かけてほしいんだわ」
ここの副リーダー的な立ち位置の親父さんがそう言ってにやりと笑った。後ろにいる若い猟師達もそうだそうだと囃し立てている。カメレオンベアがなんなのかわからない他の客までそれは一体どんなモンスターなんだと興味を持ち始めてしまった。
おいおい、猟師の定例会をこんな入り口の席でやらかすから、話題がダダ漏れじゃないか。なんというか、無駄に注目されてとても気恥ずかしい。リーダー格の2人が大いに酔っぱらっているのが分かったところで、一番冷静な3番手の猟師を探すことにした。
寡黙だが腕の良い、口数の少ない猟師の兄さんはいつもどおり、一番端の席で静かに酒を楽しんでいた。向かいに座ると、店員がすぐにお猪口を持ってきてくれる。その間に腕利き兄さんのお猪口に酒を注ぐと、返しとばかりに注ぎ返してくれる。
「…どうした」
「報告と相談がありまして」
俺の言葉に特に反応は示さず、静かにお猪口を口に運んでいる。周囲は俺と腕利き兄さんが話し始めた時点で、自分たちの話しに戻っていた。店内が喧騒で満ちる中、ここだけ静寂に包まれている様な不思議な感覚を覚える。本当に不思議な住人だった。
「ようやく準備が整いました。今週末にカメレオンベアを狩ります。ついては、以前から話していた話しを正式に依頼したいと思います」
「わかった。猟師会には私から伝えておく」
呟くように話すと特に大きな反応を見せることもなく、静かにつまみを口に運んでいる。この人はいつもこうだった。腕だけなら間違いなくマナウスの猟師の中で文句なくトップだ。なのにそれを一切主張しないばかりか、周囲の仲間をそれとなくフォローして回っている。歳はほとんど離れていないのにこの差だ。こんな落ち着きが俺にも欲しいところだな。
「当日はマナウスの西側の森でカメレオンベアと戦います。以前は猟師会のみの観戦の予定だったのですが、どうも観戦希望者がかなり増えてしまいまして。俺の戦闘の様子はリアルタイムで見れるようには出来るんですが、相当騒がしくなるかもしれません」
「そうか」
とても短い返事だ。これで、本当に言いたいことは伝わっているから不思議だな。俺は傍らに下ろしていたアランの背負箱からいくつかのアイテムを取り出し、兄さんに差し出した。
「すみませんが、これをよろしくお願いします」
「引き受けた」
これで普段から西側を猟場にしている猟師にも面目が立つだろう。その辺は俺がしても良かったんだけど、この方がしっかりと治まる。彼等には彼等のコミュニティと、やり方があるのだ。それに従う方が良いことも多い。
伝えるべきことがなくなると、腹ごしらえをし、おやっさん達とも話し、いらないというおやっさん達にリールを押し付けて店をでた。大いに酔っぱらったおやっさん達の、謎のカメレオンベアコールに送られて。
それから、週末までは時間がある時に訓練を行うだけにとどまった。平日にまとまった時間が取れないこともあって、西の森で最後の地形確認を1回、そして訓練場での射撃練習を2回。特に射撃練習は試作型セルグ・レオンの慣らし撃ちとしてもとても有意義な時間だった。
週末の土曜日、俺はマナウスの森の西側に向かっていた。時間は5時とまだ日が昇って間もない時間だ。この時間に森まで来たのには理由があった。
森の入り口には数人の男たちがたむろしている。さすがに猟師達、朝の早さは特に苦にはならないようだ。頼もしい限りである。
「おやっさん達、朝早くからありがとう。今日はよろしく頼みます」
「あん?なに水臭いこと言ってやがる。これはな、おれらが好きでやってるだけだから気にするな」
「そう言ってくれると俺も嬉しいよ」
和やかな雰囲気の中、この日の為に用意した地図を3枚、取り出して猟師に渡していく。そこには、マナウスの森の西側の詳細な地図が描かれ、そこかしこにマークが付けられて走り書きがしてある。
「おし、ここに書いてあるように罠を設置してくればいいんだな?」
「はい、3人なら何の不安もなく任せられますから」
「おっし、任せときな」
「行ってくる」
それぞれが地図と罠の入ったマジックバックを手に森に消えていく。おやっさん、親父さん、兄さんという、マナウスの猟師で三本の指に入るメンバーの支援だ。はっきり言って、罠の設置は俺よりも上手いと感じている。
「俺も行くかな」
自分用の地図も取り出し、特注の罠の入ったマジックバックを手に森に入った。すべての罠の設置が終わったのは、森に入ってから4時間が経ってからだった。
すべての準備を終えて、俺達はマナウスの森に来ていた。総勢だと、ざっと40人程度だろうか。そのうち20人程度が住人の猟師仲間で、残りはゲストだ。主にハンドメイドとセントエルモのメンバーで、他には初心者講習に来ていた面々と、どこから情報を仕入れたのかリュドミラとミハエルも交じっていた。ここまでは全員が良く知っている面子だけど、最後に1人だけ珍客が来ていた。
その珍客は俺の前に進み出ると手を差し出した。なんと俺でも知っている、攻略組の中でもトップに位置している有名ギルドのリーダーだ。そういえば以前に富士経由のPvP申し込みの話が来ていたことを思い出す。あの時は金策に忙しすぎて断ったんだっけ。
「今日は招いてもらって本当に感謝する。forefrontのリーダを務めているエイビスだ。カイとのPvPを希望していたんだけど、かなり特殊な森林戦闘が見られると富士から連絡があってね。無理を言って見学させてもらう事になったんだ」
がっしりと握手を交わすが、ソロである俺の狩りがそこまでギルド単位での森林戦闘の役に立つ気はしないんだけどな。まあ、その辺は見てもらえばわかるしまあいいか。その後は他のメンバーからも激励を受け、時を待った。こういう時に猟師仲間やよく一緒にいるメンバーはどんどんと話しかけてくる。対照的なのは初心者銃士グループで、さっきから視線がきょろきょろと動いていた。まあ、攻略組と話題の生産ギルドがこれだけいれば当然ともいえるけど。
見知ったメンバーとの挨拶を終えると、端の方に固まっていた銃初心者のほうに歩み寄った。
「久しぶりだな。あれからはまだ時間は経ってないけど、最近の調子はどうだ?」
「私が銃の扱いに躓くなんてことがあると思っていたので?順調以外のなにものでもありませんわ」
俺の問いに威勢よく答えるのはエレノアだ。今日もお嬢様系ロールプレイは健在のようでなによりだ。ライヘルトはいつもの通り、精悍な顔つきで言葉を探し、はっきりと言い切った。
「お久しぶりです。先日の講習はありがとうございました。まだ命中精度は低いですが、日々の鍛錬で少しづつ成果が出ているように思います。試行錯誤の日々が楽しいですね」
俺としては、銃の扱いの試行錯誤を、そして狩猟を楽しむ同志が出来てこれ以上ないくらいに嬉しい。隣でガウェインが小さく頷いているし、そっちも本格的に銃にシフトしているようだ。
あの時のプレイヤーイベントからまだ日は浅いけど、参加したプレイヤーには俺も含めて大なり小なり変化があるようだった。参加したのは話の流れもあったけど、手伝ってよかったなと心から思う。
「さて、もう少しで時間だ。あの辺に大型のモニターが出るから良いところも悪いところも合わせて、これからの狩りの参考にしてくれ」
観戦用のモニターの設置予定場所を指さして説明を終えると森の入り口に立つ。何度も行った偵察の結果、カメレオンベアは狩人の証を装備した状態で森の入り口に立ち、それから5分ほどである程度近い位置に姿を現すことがわかっている。今日でついに、狩人の証しを巡る狩りに終止符が打たれるのだ。
いやぁ、本当に長かった。5月にこれの狩りを始めて今は8月だから延べ3か月の戦いだったな。遭遇すら稀で、小さくてすぐ逃げて隠れるのがやたらと上手いレアモンスターを4体狩り、ようやく挑戦できると思った矢先にNPCとの強制PvPがあり、最後はキャプテングリズリーよりも厄介なレアモンスターの狩りだ。
出現ポイントをゼロから探して、攻撃パターンを知り、色々な罠の効きを調べるために奴に挑むこと18回。挑んだ回数だけの死に戻りを経験してきた。そうして作り上げたやつの為だけの戦場。どうやっても大赤字のスペシャルコースだ。もう一度の挑戦は正直難しいとも思っている。だからこそ、今回で必ず狩って見せる。