トッププレイヤー
プレイヤーイベントは3話で終わる予定だったんですが、どうしてこんなことに…
あと少しで終わります。
エキシビジョンマッチに参加するプレイヤーについては事前に名簿を貰っているし、リュドミラとうっかり八兵衛から他のプレイヤーのスタイルについても簡単には聞いてある。細かなスキル構成は当然知りようがないから憶測ではあるが、俺の気配感知で捉えられそうにないのは7人ってところだろう。まあ、気配感知で見つけたところでどうにもならない力の差がありそうだけど。
他に近くにプレイヤーがいるのか探りながら森まで抜ける方法を考えていると、遠くから乾いた発砲音が響いてきた。それを皮切りに色々なところで銃撃戦や狙撃戦が始まっている。音が響いた瞬間、反射的に岩場を飛び出した。銃はホルスターにしまったまま、竹筒から次々とアイテムを取り出しては投擲する。それは以前から試行錯誤を繰り返し、作り上げた新しいアイテムだった。
≪上煙玉 レア度2 重量1≫
紙玉に発火装置をつけ、中に発煙薬を詰めた煙玉。麻布を引き抜いた熱で着火して使用する為、炸裂までのタイムラグがある。より発煙力の強い素材を基に作り上げてあるため、煙玉に比べて発煙量が多く、発煙時間も長い。
発煙薬の量:8
製作者:カイ
上煙玉は俺の進路上で弾け、辺り一面を白く煙る世界へと変えていく。煙の中を移動できるように次々と煙玉を投擲しながら、全速力で森へと駆け抜けていった。
このまま行けばすぐに森に着く。そんな考えがよぎった瞬間、何かが腕の先を掠めたように感じ、次に腹の真ん中に違和感を感じると同時に俺の体は大きく横に弾き飛ばされていた。
どこから狙われたのか、どうやってこの煙の中で俺の居場所を正確に捉えたのか、それは分からない。しかし、このまま横になっているのは最悪の手でしかない。すぐさま起き上がると今度は不規則に方向転換をしながら森へと向かった。
その後も数発の銃撃を受けたが、直撃することなく森に駆け込むことができたのはラッキーだったとしか言いようがない。
「撃ってきたのは少なく見ても3人、あれだけ視界を悪くしても当てられるのはさすが攻略組ってところだな。温度感知とか持ってたりして」
ステータスを見てみると、3つあったライフマークが2つに減っている。どうやら腕を掠めた一撃はセーフとみなされたらしい。
さて、改めて森を見回すと小さく見えていた森もそれなりの規模があるようで、光を遮られた薄暗い空間は涼しげでもあり、不気味でもあった。よし、ここでなら自分の力を最大限に発揮できる。
森を奥深くまで進み、短時間で設置できる罠をいくつか設置することにした。設置にかかった時間は5分程だったろうか、仕掛ける罠は厳選したつもりではあったけど、これはかなりのロスだ。森の外では散発的に銃声が響いている。
「問題はどうやって誘い込むかなんだけど。一発貰う覚悟でアピールしてみるか」
準備を済ませたら細心の注意を払って森の端に向けて進んでいった。途中で何度か“気配察知”にかかるプレイヤーもいたけど、森にまで入ってくるプレイヤーはいなかった。草を踏み分ける音にすら注意して足を動かし、念入りに周囲を調べたうえで、上煙玉を取り出した。
「一番格下のプレイヤーからのお知らせだ。何人くるか」
そう、俺が参加者を事前に知っているように、参加プレイヤーは全員名簿を受け取っている。そこには名前以外に簡単な経歴が載っている。うっかり八兵衛なら射撃大会の優勝の他に狩ったことのあるレアモンスターの名前が。俺の欄に載っているのはただ一つ、キャプテングリズリーの単独撃破のみだ。それは他のプレイヤーと比べてもはっきりと劣っている内容だった。だからこそ、これが最大の挑発になる。森を主戦場にしている中級猟師からの、空へと広がる煙にどれだけのプレイヤーが応じてくれるのか。
全力で投擲した上煙玉は、上空で炸裂して瞬く間に広がっていった。結果を待つことなく、森の中に駆けていく。
「おいおい、そっちから誘っておいて逃げるのはどうなんだ?」
遠くから大きな声が聞こえる。一度振り返って確認したのは革製品で全身をまとめたいかつい男の風貌、こいつは俺と同じ中級のランバックだな。俺との距離は60メートルもない。それで撃ってこないのは当てる自信がないか、射程の範囲外のどちらかだろう。
「ブースト!」
大きな声で宣言されたスキル名、それは効果こそ薄いが身体能力全般を底上げするスキルだ。2人の距離が見る間に縮んでいく。30メートルを切ったあたりで銃声が響いた。弾丸は近くの木に当たり、俺に命中こそしなかったが、走りながら撃ってあの精度は十分に優秀だと言えるだろう。
全力で目的地まで走り、2本の木の間に、低く白い糸が張ってあるのが見えた。その糸を足にかけ、引き抜く様に走り抜ける。数秒後、大きな音とともに辺りを煙が覆った。
森でほぼ無風、こんな環境ならすぐには煙は晴れない。その間に場所を移動し、ランバックが出てくるのを待った。しかし、ランバックはいつまで待っても出てこない。近くにあった大きめの木で身を隠しているようだ。
「煙が晴れるまで待つつもりか」
その方がやりやすい。もしもに備えて予定の場所までぐるりと森の中を回り、静かに銃を構える。ランバックもこの機に攻撃を仕掛けてくるのを察しているのか、突然立ち上がると大きな声で叫んだ。
「“ウインドカッター”!」
ランバックから発せられた3つの刃は、煙を簡単に切り裂いてしまっていた。そして煙は風の作り出した通り道に向かい煙幕が消えていく。煙の晴れた先に立っていたランバックは銃と杖を手に不敵に笑っていた。そのまま距離をゆっくりと詰めてくる。すぐに撃ってこないのは、優位を確信しているからだろう。
「よお、いい手だったが、これは予想できなかったろ」
「煙幕の弱点をよく知っているようで」
だけど、俺の策はこれだけじゃない。
ランバックが銃弾を放つと同時に木立ちの陰に飛び込んだ。弾丸をやり過ごしながらナイフを2本取り出し、木から身を乗り出すような形でランバックの頭に向けて“投擲”する。
モーションもタイミングも目の前で見られながらの攻撃だ。1本は右に逸れて、残りの1本も避けられて当たり前。こっちとしても弾かれなければそれでいい。ランバックはそれを軽く身体をかがめる事で避けていた。
「おいおい、わざわざあんな派手に呼び出しておいてもう手がないってことは…」
「まさか」
ランバックの上の枝がさりと音をたて、一瞬だけどそっちに気をとられた。その隙に失敗作の煙玉を投げる。思わずといった様子で数歩後ろに下がり、仕掛けを踏み抜いて足にとらばさみが噛みついていた。そして、ランバックは身体が硬直したかと思うとばたりと倒れた。ステータスを確認すると、無事に成功しているのが分かる。
≪ランバック 状態:麻痺≫
銃を構え、しっかりと狙いをつけた射撃は胴体を貫き、ランバックは光の粒子となって消えていった。どうやらすでに2発喰らっていたようだ。
ひとまずの勝利に安堵はある。ただ、モンスター相手に何度も試してきたとはいえ、事前設置型の罠ってのは使いどころに難ありだな。今回みたいなタイプの罠はピンポイントで踏ませないといけないから、角度とか位置の微調整が難しい。
「聞いてはいたのでござるが、実際に見るとこれは巧妙な策でござるな」
気配感知は切ってはいなかった。むしろ、撃つときには集中を使っていたから気配感知の精度も上がっていた。それでも銃使いのトッププレイヤー、うっかり八兵衛の接近を察知することはできなかったようだ。
「見てたのに撃たなかったってことは、戦いにきたわけじゃないのか?」
「まさかで候、カイ殿とは技術の粋を尽くして、正々堂々と戦いたかったのでござるよ」
その言葉と表情に、すこしの嘘もないことは良くわかっている。短い付き合いでもわかるほど八兵衛は良い奴で、強さは化け物じみている。自分の強さに絶対の自信があるからこそ、俺に先手を譲ってくれる。逆を言えば、そこにしか勝機はない。
「それじゃあ、遠慮なくやらせてもらうぞ」
「いざ尋常に、勝負にござる」
とりあえずは、まだ一度も見せてない戦法からだ。ナイフを投擲しつつ後ろに下がり、常に樹木で射線を遮るように立ち回る。ナイフは狙いを正確についたようで、ナイフがトラップを起動させ、3つの玉が八兵衛に向かって飛んでいった。
「ほう、いきなりの搦め手でござるか」
「正々堂々、俺の出来る限りの工夫をさせてもらう」
それを聞いて嬉しそうに、にやりと口を歪ませると八兵衛は遠距離用の狙撃銃をスコープも使わずに構えた。飛んでいった玉を正確に撃ち落とす。それでも残る2つは間に合ったようだ。炸裂した二つは閃光玉と刃玉だったようで、激しい光と刃物が八兵衛に牙を剥いた、はずだった。
「どうなってんの」
「いやはや、古典でありながらいざ自分が受けるとなると効果は劇的であるな。危うく一撃を貰うところであったでござる」
そう、八兵衛は無傷でその場に立っていた。つまり、あの閃光の光をもろに浴びながら、飛んでくる無数の刃を避けたことになる。知り得る限りの感知系スキルの可能性を考えたけど、正直なところ特に思いつくものがない。もしかしたらリアルスキルの類だろうか。
「今のを避けるとか人としてどうなんだよ」
「さすがにリアルじゃ無理でござる。しかし、ここでの身体能力があればできることもある。それだけのことで候。それに、これだけで終わりではないのでござろう?」
当たり前だ。そう答える代わり手頃な石を拾い上げ、それを放り投げた。放物線を描いた石は八兵衛の足元に落ち、カチリと何かが動く音がする。罠が動いたことがわかったのだろう。八兵衛は一足飛びに下がり、その場に人の頭ほどの石が飛んでくる。でも、本命はそれじゃない。
飛び退いた八兵衛は周囲でなる音に気付いたようだ。音の位置に気付き、走りだした。
「させるかよ」
すでに投げていたナイフが進行方向を阻み、八兵衛の歩みを遅らせる。これなら避けられないと思えるようなタイミングで、うっかり八兵衛を巻き込むように、爆発と同時に火柱があがっていた。
「こんな代物まであろうとは、予想もしていなかったでござる」
「だろ?」
「まあここまでは猟師というよりも忍者でござるが。使ったアイテムについては聞いてもいいのでござろうか」
「魔法石だよ。少し前に知り合いで開発した奴がいて買ったんだ。それにしても、これも避けるのか」
俺の発言を聞いてうっかり八兵衛は口角をあげる。すべてを避けきったと思っていたのだろう。一瞬だけ見せた気の弛み、俺のチャンスは最初からここにしかない。ここまでのは一瞬の隙を突く為の仕掛けなのだから。
竹筒から小さな箱のようなのアイテムを取り出した。八兵衛に向かって放り投げられたそれは、地面に接触すると同時に蓋を開き、大きな一枚の板が地面に突き立つ。それが4つ、八兵衛の周りを板が取り囲んでいた。
「これはっ、」
拳で板を叩く音が聞こえるが、その板は堅く分厚く、そして重たい木材を使用している。肉体をそこまで鍛える必要のない銃使いには、そう簡単に破れはしないはずだ。八兵衛も気付いていると思うけど、このままでは俺の銃撃だって通らない。でも、この仕掛けには一つの工夫があった。
攻略組なら戦闘経験も豊富だ。どんな方法を見つけ出すかもわからない。だからこそ移動の時間も反撃の隙も与えてはいけない。装弾数の限界まで板に向かって射撃していく。5発の弾丸はしっかりと1枚の板に穴を作っていた。ただ1枚、その中心の強度が低く、薄く作ってある部分を貫通して。
銃声が止むと辺りには森の音がかえってきたかのように葉のさざめきや風の通る音が聞こえていた。遠くに響く銃声の他に、人工的な音は含まれていない。それに気づき、俺はすぐに距離を取って木陰に隠れた。木の檻に視線を向けつつも弾倉に弾丸を詰めているのは、日頃の訓練が体に染みついていたからかもしれない。
「嘘だろ。これで終わらないとかどうなってんの」
銃撃を仕掛けた板は他に比べて脆い。それに気づいたのだろう。数発の弾丸が根元に撃ち込まれ、ゆっくりと一枚の板が倒れていく。そこにはダメージのエフェクトすらない、無傷の八兵衛が立っていた。
「む、おらんでござるな。しかし、今のは危うかったで候。これだからカイ殿は面白いのでござる。次は何をしてくれるのやら」
一人そう呟いて笑っているが、こっちが事前に仕掛けた罠はすべて使ってしまっている。残るアイテムの種類や組み合わせを考えてはみたが、さっきのでだめなのであれば効果の程は疑わしい。
「とはいえ、さすがにこのままは終われないしな」
気持ちを切り替えて次の罠の準備を始めようとした時、“気配察知”がもう1人のプレイヤーを捉えた。最大まで広げた状態で捉えたという事は、隠密系を持っていないということ。そして、森の中を八兵衛に向かってまっすぐに進むそれは、顔馴染みのプレイヤーな様な気がしてならない。