初心者支援と射撃体験
丁寧に頭を下げたスタッフを尻目にリュドミラは颯爽と本部の机を飛び越えた。その眼は本部の端で休憩をしていたプレイヤーを捉え、そちらへと歩き出す。しかし、和装の狙撃手はそれを許すつもりはないようで、楽しそうに声を掛けてきた。
「いやぁ、カイ殿の講座内容を聞いて4コマ目は空けておいて良かったでござる。攻略組のプレイヤーが2人にベテラン狩猟系プレイヤーが1人。どう考えても過剰戦力でござるが、結構楽しみにしていたのでござるよ」
リュドミラのこめかみに青筋が浮かび上がったような気がした。が、うっかり八兵衛が立候補した以上他のプレイヤーは遠慮するだろうな。なにせ、こないだまでやっていた公式イベントでの銃関連のコンテスト、射撃部門での中・遠距離の優勝者だ。中距離2位のリュドミラもいることを考えるとたしかに過剰戦力なのは否めない。マナウスから出ることを考えると参加者の身の安全の保障が条件だったこともあって、このくらいはしないといけないのかもしれないけど。
結局引率は2人に決まって参加者の元へと戻ると、みんなトッププレイヤーの登場に驚いていた。そりゃそうだよな。この2人は銃使いではなくてもスレで名前が挙がるような有名人だし。
「さて、俺とリュドミラ、うっかり八兵衛が引率だ。何かわからないことがあればその場で何でも聞いてくれ。それじゃあ出発!」
今回のプランは草原での戦闘の経験。明らかに緊張感の増した6人の参加者を尻目に、実に気楽な様子の引率者が3人。マナウスの森方面に向かって歩き出した。
草原では野兎がいつも通り草を食べている。でも今回の獲物はこいつじゃない。この大きさは初心者には酷すぎる。ということで、獲物はボアだ。
「これから参加者にはボアを撃ってもらう。まずは見本を見せながら説明するからここで待っていてくれ。ちなみに射撃時の姿勢なんかはもう聞いてると思うから省略しても大丈夫か」
「えっと、私はそこの八兵衛さんから教わったのですが、正直感覚的過ぎてよくわかりませんの。もう一度お願いしてもよいかしら」
「よし、それなら構えの基本からおさらいしようか。銃の基本は色々あるんだけどまず構えから…」
リュドミラが八兵衛の脇腹に肘鉄を叩き込むのを横目で眺めつつ、正しい構えについて伝えていった。
「後は見出しなんだけど、こういう銃には照星と照門がある。これを正しく使えないといけないんだけど、簡単に言えば照門の真ん中に照星が来るようにすること。それと視点は見出しを優先して、標的はぼやけたまま捉えること、これが大事だ。最後にトリガーを引くわけだけど、実はここが一番の難問だ。慣れていないとトリガーを引くときは銃口が下を向いてしまい、的を外すことが多い。見出しをつけたら余計な力は込めずタオルを絞るようにゆっくりと引くとか、他にも色々とあるそうなんだが正直どれも難しい。とりあえずは撃った直後の見出しのズレを確認して修正していくといい」
説明を終えて参加者、というよりもリュドミラの様子を窺う。両手を腰に当てて話を聞いていたリュドミラは話の内容に同意を示すようにうなずいていた。よかった、一応は及第点といったところか。
「さ、それじゃあボア撃ちの見本を見せるとしよう」
スキルの隠密を切り、ボアが引っ掛かるまで進んでいく。黒い影が動き出したのを確認すると素早く参加者の元まで戻った。
「ボアの特徴は猪突猛進を体現する攻撃方法だ。発見した敵に向かって。文字通り一直線に突進をしてくる。このあたりだと大きさも手頃でいい練習になるだろう。まだ肉もそれなりで売れるから赤字にはならないだろうし」
説明しながらボアとの距離を測っていく。セルグ・レオンであればもう射程距離に入っているけど、今回の参加者が持っているのはグレース銃だ。そこまでの射程も正確性もない。そこで、以前やっていたチキンレースを見せる事にしていた。
ボアが10メートルくらいまで近づいてから引き金を引く。発砲音と共にボアが転がった。ナイフを突き立て、ボアが光に変わったところで参加者の方を振り向く。
「とまあこんな感じだ。今回は俺がモンスターを引き付けて一人ずつ撃っていく。もし外してもリュドミラか八兵衛がフォローしてくれるから楽しんでいこう」
「最初はわたくしがやりたいですわ!」
勢いよく手を挙げたのはエレノアだった。弾の装填を済ませるのを待ってボアを釣り出す。突進を始めたボアを相手に、十分に引き付けてから撃った弾は僅かにその身体を掠めただけだった。
「ひっ」
止まることを知らないボアの突進にエレノアから短い悲鳴が聞こえるが、悲鳴が聞こえるよりも早く、ボアは地面を転がり始めていた。同時に小さな舌打ちと微かな笑い声が聞こえている。どうやら先にあてたのは八兵衛の方だったようだ。
「いや、そんなんで競われても困るんだが」
「別に競ってないわよ」
「そうでござるよ。たまたま拙者の弾丸が先に当たっただけで候」
リュドミラの顔に青筋が浮かんでいる。周りの参加者はどうなるのかとハラハラいるし、これ以上は駄目だな。
「これ以上無駄に争うならチェンジするぞ」
俺の一言でようやく静かになった2人と引率を続け、全員が2回ボアを撃ったところで休憩をとることにした。ポータルエリアじゃないから定期的にボアに見つかるとはいえ、攻略組が2人いる集団なら特に問題もない。
安全を保障した狩りではあったけど、それでも参加者の方の緊張はそれなりだったようで表情が固い。配った飲み物を飲んでようやく一息ついたようだった。
「さて、実際にボアを相手にしてどうだった?」
参加者の緊張が解けてきたところで聞いてみると、真っ先に答えたのはライヘルトだった。この中で唯一、2発とも当てたプレイヤーだ。
「私はVRMMOをやるのが初めてだったので正直緊張もしましたし、何よりも怖いと感じました。でもそれよりも楽しいと感じました」
ライヘルトと同意見の参加者がほとんどだったらしく、口々に怖かった、でも楽しかったと話す参加者たち。狩りの楽しさも感じてもらえたようで何よりだ。
「さて、せっかくだ。猟師飯って言えるような大層なものではないけど、今回みんなが狩ったボアの肉ではこんな料理が作れる。良ければ食べてみてくれ」
そう言って取り出したのは練習を繰り返してようやく安定して作れるようになったボア汁だ。ここ最近はVLO内で毎日飲んでいたから正直飽きてきたところではあるが、他のみんなは楽しそうに食べてくれている。
「ほほう、これがカイ殿の料理でござるか。素朴ながらもどこか懐かしい、拙者好みの味でござるな」
「やっぱり、リアルの豚汁と違ってこう、野性味っていえばいいのかしら、ワイルドな感じはするわね」
「なるほど、こうやって自分で料理をするようになれば、より出費を抑えられるということですか」
様々な感想が出てきたが、まあ概ね好評というところだろう。俺自身まったく納得していない味ではあるが、スキルレベルを考えればこのあたりが妥当な評価だろうな。残った時間はボア汁を食べながら、雑談をしながら過ごすことになった。
本当は森にまで足を延ばせたらと考えていたけど、この後に最後のイベントがある。それまでには戻らないといけない。
「さて、それじゃあ少し早いけど戻ろう。リュドミラと八兵衛にも準備があるし」
そう言って立ち上がると、参加者も立ち上がった。そのまま全員で本部を目指して進む。すでに太陽は頂点を過ぎ、風ですらかなりの熱を帯びている。
本部には200人くらいの参加者が残っていた。全員、これから始まるイベントを楽しみにしているようだ。スタッフに交じり、リュドミラも人の輪に入っていくとなにやら打ち合わせを始め、確認を終えると声を張り上げる。
「今日の最後のイベント!闘技場でのサバイバルゲーム観覧希望者はこのままマナウスの闘技場に入って!」
そう。俺が参加を決めた理由の一つである講師陣によるサバイバルゲーム。ゲームでしか実現できない、闘技場にありとあらゆるオブジェクトを置いて作り上げた天然の迷路でポイントを競う全員が敵のPVPだ。トッププレイヤーの実力を肌で感じることのできる機会なんてのは滅多にない。俺も当然参加者の1人だ。
「これには教官は参加するのですか?」
そんな風に聞いてきたのは隣にいたライヘルトだった。頷くことで返事をすると、楽しみにしていますと激励を受けた。他にもエレノアからは指導教官なら活躍しろと言われ、ガウェインからは無言のエールを送られたような気がする。それにしても、いつから俺は教官になったんだ。
「まあ程々に頑張ってくるよ」
それだけ言うと俺も闘技場に向かった。闘技場はギルド通りから奥に入ったところにある。かなり大きな建物だ。まああくまでゲームだし、設定次第で内部空間の大きさはいくらでも変えられるからそんなに大きく作る必要はないんだけど、イメージを壊さないように配慮されてるんだろう。そういえば、富士達が参加した闘技大会のイベントもここでやっていたはずだ。
今回はこれから銃を使いたいと初心者に思ってもらうためのイベント、ということでPVPのルールもかなり変則的にしてある。どんなに戦っても経験値は入らず、使用したアイテムはPVP終了後に元に戻る。新しいスキルなんかを獲得した時に性能や動きを確認する時に使うモードだ。
事前に決めておいたスキルになっているはずだけど、改めてウインドウを開いて問題ないことを確かめると闘技場の門を抜けた。
闘技場のフィールドは観客席から見るより明らかに大きく、プレイヤーが簡単に隠れられるような岩場から、小規模な森、果ては小川や丘も再現されていた。フィールドの高低差も大きく、かなりテクニカルな戦場といった印象を受ける。
「それにしても、ここまで作り込む必要があったのかしら。なんかうっかりに乗せられただけな気がしてきたわ」
溜息とともにリュドミラがそんなことを漏らしているけど、これには全力で反対意見をぶつけないとならない。それはひどく個人的で、それでいてただの好みによる意見でしかないけど。だって、こんな環境でサバゲーなんて本当なら絶対にできない。ロマンがあるだろ。
「いやいや、せっかくのデモンストレーションなんだ。あらゆる場所の戦闘が見れた方がお得だろ」
「それはそうなんだけど、これがなければ私達はあんな額の持ち出しをする必要なんてなかったはずなのよね」
「何か言ったでござるか?さぁてリュドミラ殿、今日も拙者が勝たせてもらうで候」
漫画的な、音が鳴ったんじゃないかというくらいの勢いでリュドミラのこめかみに青筋が浮き上がった。この瞬間に、周りのプレイヤーは絶対にあの2人には近づかないことを決めたはずだ。少なくとも俺は近づかない。勝負の邪魔してやられたんじゃせっかくのPVPを楽しめないし。
「みなさんいいですか!それではこれからエキシビションマッチを始めます。戦闘開始位置はランダムなのであと1分そのままお待ちください!」
大きなアナウンスが流れると参加者は静かになり、さっきまでとは真逆の様子をみせていた。さすがにトッププレイヤー達は雰囲気からして違う。周囲を観察していると突然、体の周りが光の輪のようなエフェクトに包まれた。瞬きをするとすでにそこは大きな岩が乱立する荒野に変わっている。
「参加者の転移を確認しました。それでは今回のエキシビジョンのルールを説明します!制限時間は15分、参加者は21名!アーツにアイテム、魔法なんでもありのルールで戦ってもらいます。ただし、いつもの戦闘と違う点として、今回は体力がありません。変わりに攻撃を3回受けることでゲームオーバーとなります。一撃を受けたら一定時間は無敵時間がありますのでご安心を。そして攻撃をヒットさせるとポイントが付与され、プレイヤーはこの総ポイントで競ってもらう事になります。弾や攻撃が当たれば1点、頭や心臓などの急所に当てたら3点です。その他に、5分ごとに生存者は1点が加算されていきますよ。そして今回はあくまで競技終了時の点数で競ってもらいます!つまり、途中でゲームオーバーになっても最終的な獲得ポイントが多ければ優勝が狙えるというわけです!さあ、説明はここまで、それではエキシビジョンマッチを開始します!」
大砲を撃ったみたいな大きな音が鳴り響き、俺を包んでいたエフェクトが光の粒子となって消えていく。身体が動くようになったことを確認するとすぐに隠密と気配察知ををオンにし、岩陰に背中を付けた。
俺はここでは一番の格下、そう考えて動く。それはこのエキシビジョンに参加する上で最初に考えていたことだった。だからこそ取るべき選択肢は2つしかない。自分のスタイルを貫くか、新しいことに挑戦するか。それなりに悩みはしたけど、今回はこれまで培ってきたスタイルがどこまで通用するのか、何が課題になるのか、それを知るためにいつも通りの戦いをすることに決めていた。
「なんにせよ、森に入れないと始まらないか」
フィールドの配置は大体把握しているからどっちに進めば森があるのかはわかる。というか隣接してたはずだから岩場の端から4・50メートルくらい走ればいいだけのはずだ。だけど問題はそこに行き着けるかどうか、これに限ると言っていい。気配感知の効果範囲を何度も変えながら、集中を併用して精度を上げる。すると3人のプレイヤーが引っ掛かった。
「最低でも3人いるな。俺が察知できないレベルの隠密系スキル持ちは恐らくソロと遠距離特化プレイヤーくらいか」