プレイヤーイベントと新しい出会い
今後の投稿ペースについては活動報告を見て頂ければと思います。よろしくお願いします。
2日間の料理修行の後も平日の間は料理と銃の練習に費やし、土曜日の朝を迎えるとマナウスを出て会場を目指した。
西側の門を出て街道から逸れた先に小さなテントが立っており、朝7時だというのにそこにはすでにちらほらと人影が見える。そのうちの一つは俺を見付けると手を振って招き入れてくれた。
「来たわね、カイ。今日はよろしく頼むわよ」
快活に笑うリュドミラは赤軍風の将校軍服に身をつつんでいた。薄く煤けたような緑の服に、胸元には2つのポケット。ズボンも同色の物で揃え、茶色でブーツタイプの軍靴を履いている。いつもの姿とは違って雰囲気も引き締まって見える。リュドミラ、形から入るタイプだったんだな。
「それって能力高いのか?」
「まさか、雰囲気重視よ。こういうコスプレ的な服を専門に造るギルドがあってね、せっかくだから新兵訓練風にコーディネートしてみたの」
そう言って胸を張るリュドミラ。気にならないのならいいんだけど、そもそも真夏にその恰好は暑くないのだろうか。
俺の集合時間はまだ先だったのだが、早めにインしたことだし準備の手伝いをと申し出ることにした。すると、後ろから声を掛けられた。
「カイ殿。おはようでござる」
「ああ、今日はよろしく頼む」
八兵衛はいつも通りの着流しで、今日はトンボ柄だった。こちらこそとからから笑う目の前の男は手を振って本部へと歩いていく。
リュドミラに手伝いを申し出ると、それなら本部の方の手伝いを頼むと言われ、一際大きなテントに向けて歩いていくことにした。
今回の初心者講習は本部を中心に会場を4つに分け、そこをさらに分割して行うことになっていた。スケジュールは、銃の扱いについて・射撃体験・連携について・実地戦闘と4つの時間に分けられ、会場ごとに特色の違う内容を行う事になっている。参加者は本部でもらえるパンフレットを見て好きな物を選ぶ形式だ。
「で、俺は2限目からでいいんだよな」
冒険者ギルドの職員と思しき人がテント前においていったやたらと重い箱を持ち上げ、本部の中へと運んでいく。荷物運びを手伝いながら、一応俺のスケジュールも確認しておくことにした。事前に聞いていたのとは色々と違っていても困るからこれは必須だ。
「そうね。最初は銃の特性とか扱い方を短く座学にするだけだから。カイは初めてだし、まずはどんな感じなのか見ててちょうだい」
「助かるよ。で、3限目からが気になるんだけど、なにこのソロ向け特別講習って」
そう。俺の担当する授業は2コマ続けて特別講習と書いてあった。そして、借りたパンフレットの講習内容にはこんなことが書いてあった。
『来たれソロ志望者!銃は使いづらい!?そんなのはもう昔の話。ベテランのソロ狩猟者、カイがみんなの疑問にわかりやすく答えてくれる!ソロでも戦えるノウハウ講座!』
違うよね。これ、絶対最初に言ってたのと違うよね。ベテラン?Q&A?ノウハウ?そんなこと言ってなかったはずだ。確か、打ち合わせではソロでの戦い方の基本と簡単な実地を通してのサポートがメインだと言っていた。それがどこをどう間違ったらこんな誇大広告もいいところの内容に誇張されることになったのか。
リュドミラは顔を背けることなく俺を睨みつけ、そして言い放った。
「私は最初の案でいいと思ったのよ。でも他のメンバーがもっと期待感が持てるような内容が良いって譲らなくてね。そうなったわ」
「そうなったじゃないよ。というより無駄にハードル上げるべきじゃないってあれほど言ったのに。それに、内容が変わったんならまずはそれを伝えといてくれ」
「そうね。それについてはごめんなさい。あそこの変態侍がその方が面白いって譲らなかったのよ」
話しが聞こえたのかどうなのか、リュドミラの刺すような視線の先からは盛大な咳が聞こえてきた。よし、八兵衛には今度必ず制裁を下すことに決めた。俺が生み出した産業廃棄物をその口にねじ込んでやる。
「この際ついでだから言っておくわ。カイは前に自分の実力をぎりぎり中級って言ってたわよね。でも私たちの常識からしたら、カメレオンベアをソロ討伐しようなんてプレイヤーがぎりぎり中級なんてありえないのよ。普通に見積もっても中級上位はあるわ」
「だからそれは前に言ったはずだ。3か月分の金策をたった1戦につぎ込むアイテムだよりの極端な戦術だから目指せたって」
「そうかもしれないけど普通のプレイヤーはそんなことしないわ」
荷物を持ったリュドミラはそれだけ言うと本部に入って他のプレイヤーと話し始めていた。
カメレオンベアはあのサブイベントでしか遭遇報告がないが、すでに狩っているプレイヤーの情報から中級パーティーならそこそこの苦戦で倒せるモンスターだと言われている。そのレベルじゃなければ俺だってあんな無茶をしようとは思いもしなかった。
このイベントが終わって落ち着いたらに挑戦するカメレオンベアとの1戦。それは相当の調査や実験が必要だったうえに3か月に1回しか発揮できない。そんな安定からかけ離れたものは実力ではないと俺は考えている。
「お疲れでござる。何かリュドミラに言われたでござるか?」
「何でもないよ。あと八兵衛には今度俺のスペシャルメニューを食わしてやるよ」
「おお、それは楽しみでござる」
準備を終え、9時を回ると少しずつプレイヤーが集まってきた。早くに来たプレイヤーはどうやら前回からの継続の参加者のようで、講師プレイヤーに声を掛けて何やら話す姿も見られた。晴天に恵まれ、これは参加者も増えてくれそうだ。
その後も順調に集まり、10時の開始時間には600人を越える参加者が集まっていた。この辺はさすがに二つ名持ちのネームバリューがある面々が揃っているおかげだ。
主催者のリュドミラが簡単な挨拶と説明を済ませると、参加者は目当てのブースに散っていく。最初の時間はそれぞれの銃が持っている得意な距離という特性に合わせた、近距離、中距離、長距離用の銃の紹介だ。後ろからどんな様子か覗いていくと、熱心に聞くプレイヤーもいるけど興味のなさそうなプレイヤーもいる。まあ座学より早く撃たせろってのは分からなくはないけども。
銃についての解説や撃ち方のレクチャーがつづく中、途中で切り上げて本部に戻るとすでにそこではサポートを行う冒険ギルドの職員が慌ただしく準備を進めていた。俺も本部のテントに入り、一緒になって準備を始めていく。
今回は冒険者ギルドだけでなくマナウス騎士団の協力も取り付けられたことで、数種類の銃を用意出来たらしい。それを次の時間の参加者に合わせて分配していかなければならない。舞台裏の慌ただしさはまさに戦場だ。
作業が終わり職員とお茶を飲んで一息ついた頃、運動会の朝のような花火の音が響いた。恐らく、これが1限目の終了の合図だ。この後休憩時間を挟んで射撃体験が始まる。
配備が終わると今度は慌ただしく小銃のブースへ向かう。そこでは射撃体験希望者が5列に並んで自分の順番を待っていた。
「こんなに中距離型の銃が人気あるなんて。もっと遠距離の銃の方が人気出ると思ってたんだけどなぁ」
今回が初参加らしいすこし慌てた様子の運営プレイヤーから一つの列を任され、俺も初心者の射撃体験を手伝い始める。俺がいる列は中距離用の銃の端で隣はリュドミラ、反対側は少し離れて隣りのブースの長距離用の銃を担当しているうっかり八兵衛がいた。列の整理が始まるまでにと耳を澄ますと2人の指導が聞こえてくる。
「違うわ。姿勢は悪くないけどそれじゃあ硬くなり過ぎね。これから撃つってことはあまり考えないようにしてタオルを絞るように、銃を動かさないことを意識するといいわ」
「そうでござるなぁ、的のほうを見てみるでござる。じぃっと見ていたら、くわっとなる瞬間があるでござろう?その時に撃てば当たるで候。構え方?そんなの適当で構わんでござる」
八兵衛ちょっと待て。思わず突っ込みそうになるが、よく見ると教わっているプレイヤーも楽しそうに撃っている。あれもプレイヤーが楽しめるようにという配慮なのかもしれない。入り口は楽しい方が良いのは間違いないだろうし。
すぐに列の整理が終わったらしく、一人目が緊張した様子で歩いてくる。サポートのメンバーが初参加のプレイヤーに銃を渡し、こっちに爽やかに笑いかけてきた。
「それじゃあよろしく頼むよ」
「ああ、せいぜい恥をかかないように頑張らせてもらうさ」
銃に触る事すら初めての正真正銘の初心者から、数回は撃ったことのある初心者までと色々いた。銃を使いたいという気持ちがあって来てはいたものの、参加者は緊張した表情や期待に満ちた表情を浮かべるなど様子は様々だ。それが銃をもって驚き、撃って驚き、的に当たって喜ぶ。簡単なアドバイスをしながらもそんな様子を見ているとこっちも楽しい気持ちになっていく。
プレイヤー人口を増やすための取組みの中でリュドミラが目指そうとしていたこと。それが少しだけわかったような気がした。
銃の撃ち方の講習を始めて40分を超えた頃、再び花火のような音があがった。それを合図に本部のプレイヤーが2コマ目が終わったことを叫び、参加者は休憩に入る。そんな人の流れを尻目に、俺は使った銃を本部まで運んでいた。
「あの、次の講習を担当している先生ですよね」
声をがした方に目を向けると2人のプレイヤーが立っていた。一人は男の子で、青い髪で目を隠した少年だ。もう一人は少女で魔法使いなのか杖を持っている。少年は少女に引きずられるようにして立ち、少女は知らないプレイヤーに声をかける緊張からか耳が真っ赤になっていた。
「えっと、わたしはマリーユといいます。それでっ、こっちが弟です」
「そっか。今日は参加してくれてありがとう。君はなんて言うのかな」
姉であるマリーユの後ろに隠れながらもしっかりとこっちを見ている少年に名を尋ねると、顔を引っ込めてしまう。姉に背中を押し出されてようやく前に立つとおずおず口を開いた。
「ガウェイン」
物語、それも西洋の英雄伝が好きとみた。俺にとっての入り口はあれではなかったけど結構仲良くなれそうだ。
「マリーユは魔法使いみたいだし、ガウェインが銃使いになりたいのかな」
俺の問いにガウェインは頷いた。隣からは溜息が出ていたけど別に気になるようなことではない。誰にだって得意なことも苦手なこともある。それだけだ。
休憩時間はまだ残っていたこともあり、せっかくだからと荷物を本部に返した後に話してみることにした。講習を受け持つといっても特に必要な準備なんてない気楽な身、それなら話でもしていた方が緊張しなくて済みそうだ。
本部に戻ると芝生の上に荷物をおろし、ついでに飲み物を3つもらう。さすがに8月、VLOでも夏の盛り迎えてそろそろかなり暑くなる時間だ。飲み物を2人に渡し、適当な場所に座る。すると、2人も向き合って座った。
「2人とも、ここまで参加してみて楽しかった?」
俺の問いに二人は目を輝かしていた。この表情を見れただけでも、今日参加した意味がある。
「わたしはガウェインの付き添いに来ただけなんですけど、それでも一緒に撃たせてもらって、初めて銃に触りました。恐かったですけど、ああやって的に向かって撃つのなら私でも楽しめそうかなって」
マリーユは申し訳なさそうに言ったが、それは別におかしなことではないはずだ。誰だって銃と聞けば戦争だったり争いをイメージしやすいしな。まあガウェインは単純に楽しかったようで、髪の毛の下の目が一際輝いていた。
「あの、私達はいつもは2人で遊んでいるんですけど、今度私の友達もVLOをやることになって。それを知ってからガウェインがソロをやるって聞かなくなったんです。でも、ソロなんて危ないですよね?」
なるほどね。マリーユは友達がきても今後もガウェインと一緒にプレイしたいと思っていて、ガウェインはマリーユが友達と一緒にプレイできるようにしたいのか。どっちも互いの事を考えている優しい姉弟のようだ。
ガウェインに目を向けると、何を言われても絶対に自分の意思を曲げないと目が主張している。でも、それでいて俺の目にはどこか必死なようにも映っていた。彼なりに思うところがあるんだろうな。
「ちなみにガウェインは今は何を使ってるんだ?」
俺の問いに答えはなく、代わりに腰に佩いた短剣を見せてくれた。盾は使っていないようだけど、他に使っている武器はない。短剣1本でやっているのだろうか。隣で俺達のやり取りを見ていたマリーユはとうとう我慢が出来なくなったのか、溜息をついて口を開いた。
「それだけでわかるはずがないでしょ。ごめんなさい、ガウェインは短剣と格闘のスキルを使ってるんですよ」
「なるほどね。今のスキル構成を生かして銃を使うなら、短銃と格闘の組み合わせが良いのかな。あとは銃に斬撃が出来るようにしてみるか銃と短剣を片手ずつ装備するのも面白そうだ」
ガウェインはそんな言葉を聞いて目を輝かせて頷いている。本人もそっちに興味があるなら決定か。
「それじゃあ受けるのは短銃の講座かな。あそこの担当は、誰だったっけ…」
「あ、いえ、受けたいのはカイさんの講座ですよ」
おや、と思うがガウェインの方も頷いている。俺は短銃は触ったことすらないのだが。その上今回の講座の中ではそこまで銃についても触れるつもりがない。そこは他の攻略組プレイヤーがやってくれるだろうから、俺はそれ以外の所を埋めるつもりだったのだ。
「銃の使い方を聞きたいのはあるんですけど、ガウェインも猟師をしてみたいみたいで。でも銃は短銃っていうのがいいみたいだし、それで前回はガウェインだけ短銃の講座を受けたんですよ。なので今回はカイさんの方を受けるんです」
そう言ってマリーユはにっこりと笑っていた。しかし、短銃と短剣と格闘を組み合わせて猟師をやるとは。果たしてそれはなんていうスタイルになるのか。見当もつかないけどそれはそれでおもしろうそうだ。
「そっか。決めてるんなら特にどうこう言う事もない。そろそろ時間だし行くか」
「はい!」
やっぱり返事の代わりに頷くだけのガウェインも立ち上がり、講座の場所に向けて歩き出した。話している間は感じなかった緊張が強くなっていくのが分かる。いっそ誰も聞きに来なければいいのに。2人の背中を眺めながらそんなことを考えて歩き出した。