それは失敗の連続から
リュドミラや八兵衛との会議をした週末、俺はマナウスの森にある泉近くのポータルエリアに来ていた。そして、俺の目の前には、モザイクがかかったかつてはアイテムだった何かが置いてある。そう、俺はこのポータルエリアの隅っこでひっそりと活動を始めたのである。
ああ、俺を残念な目で見る周囲の視線が痛い…
今回リュドミラから受けた初心者支援のプレイヤーイベント。俺はボランティアで参加するんだと思っていたが、どうやらクエスト依頼と同じように考えていたらしく、リールが支払われることになった。これで俺は目標としていた金額に到達したわけである。
すでに鉄心達は製作を開始してくれているが、完成した時に借金でというのはあまりに申し訳ない。正直リールが足りて心からホッとしている次第だ。
非常に幸運な形で最大の懸念事項から解放され、突然空いた時間。それならば、何事も挑戦からということでこれまで死にスキルとなっていたあるスキルのレベリングを始めてみたものの、リアル通りにというわけにはいかずに悪戦苦闘が続いていた。
リアルスキル持ち特有のVRMMOあるあるとして、VLOでは実際の方法を知っていて実戦に移しても、スキルレベルが足りずに失敗するというのがある。試行錯誤の中で今回は比較的簡単な具だくさんみそ汁を作ったのだが、まさかそれも失敗するとは…
もうわかっているとは思うが、今俺は料理に挑戦している。
「救いはアイテム破棄すればその場で消えることだな。ああ、それでも食材が無駄になるからなんか悔しい」
今回、料理スキルのレベリングを森の中で行っているのには理由があった。それは出発前に寄った親交のあるギルドハウス、ハンドメイドでのアイテム受け取りまでさかのぼる。
料理スキルを上げることを考えていた俺は、本来なら1日を冒険者ギルドが所有する共用の炊事場を借りて行う予定だった。それがいつもの宿をチェックアウトしようとした時に待望の連絡が舞い込んだのだ。それはとても簡潔な内容だった。
『発注されてた装備が完成したよ。今日なら午前中は時間があるからそっちも大丈夫そうならぜひ来てくれ。いやぁ、知り合いと合作というのは苦労したけど、とてもいい仕事が出来たよ。 ウッディ』
俺はログイン前に立てていた予定をすべて変更して受け取りを優先することにした。なにせ俺にとって最大の望みを叶える待望の装備だったからだ。
全力疾走でハンドメイドに直行すると、扉を勢いよく開けた。中にいた数人が驚いたようにこっちを見て、その反応でようやく気持ちが先走っていることに気付く始末だ。子ども時代の遠足前夜やクリスマスの朝を思い出してしまう。
苦笑ともに頭をさげてウッディの工房へと早足で向かう。しかし、俺が階段を上がる前にウッディの方から声を掛けてきた。
「ははは、連絡すればすぐにでも来ると思っていたよ。まさかそんなに息を切らしてくるとは思ってなかったけどね。あんまり急いで誰かとぶつかってもいけない、ここは余裕をもって歩いていこうじゃないか」
長い茶髪を後ろで纏めた、ウエスタンスタイルのハットをかぶった温和な男、ウッディはそう言ってマイペースに階段を上がっていく。錦と共に住人やプレイヤーとの交渉を担当することが多いらしい彼にとっては、俺の動きは簡単に予想できていたようだ。浅葱色のオールインワン…だったかな。それを着てのんびりと歩く姿を追ってウッディの工房に入った。普段は全身がウエスタン、作業中は汚せないから帽子だけがウエスタンハットらしいけど、正直今の服装はおかしいと思う。誰か指摘しないのだろうか。
疑問を持ちながらもウッディの工房に入ると、中央の作業台の上にそれはあった。
「これか」
「いいできだろう?まあ、色々あってまだ試作段階なんだけどね」
交わした会話はこれだけだった。そのまましばらく遠巻きに依頼の品を眺め続け、ようやく一歩を踏み出す。手に取ったそれはずしりと重く、手に心地よさが伝わってくる。
≪セルグ・レオン試作型 レア度3 重量3≫
攻撃力:D
反動:C
正確性:C+
連射性:F
耐久:D
攻撃タイプ:射撃
射程:最大1Km
最大装弾数:4発
名もなき銃匠によって生み出されたボルトアクション方式の銃。4条のライフリングと箱型弾倉の導入により、正確性の向上と4発までの射撃を可能とした。無煙火薬と金属製弾薬を使用し、より威力と正確性が向上した銃。整備を怠ると排莢時のボルト操作時に薬莢が詰まりやすくなるなど、運用には丁寧な整備と技術を要する。
木製部はリゼル材、金属部は黒鉄を使用している。
俺の待ち望んだボルトアクション方式の銃がようやく手に入った。しかも、名前からしてそうだとは思っていたけど見た目のシルエットがかの高名な名銃にかなり近い。あれはとてもいい銃だ。2人が相当力を入れて作ってくれたのが見ただけでわかる。
今は試作型だけど、方向性が定まったからには後は細かな変更を入れながら、より良い素材で作ればいいだけだ。できれば今後もこのシリーズに合わせた銃を使っていきたいところだな。
それに今回は劣化金属は使わず、木材も慎重に選んだ一品だ。性能はニードル銃をはるかに凌ぐことだろう。一通り眺め、触り、ボルト部の動作を確認した後は台座に静かに戻した。そしてもう一つの品に目をやる。それは木目の綺麗な一品だった。
≪アランの背負箱 レア度3 重量5≫
最大収納重量:450
部屋数:8
耐久:B
かつてイシュルド大陸を探検した冒険家アランが使用していたとされる背負箱。重量はあるが容量が大きく、大小の部屋が8室あることが特徴。非常に頑丈でアランの冒険記の中では、奇襲を受けた際に武器として使用された記述が残るほどである。
≪アランの竹筒 レア度2 重量1≫
最大収納量:50
部屋数:2
耐久:C
かつてイシュルド大陸を探検した冒険家アランが携帯用に使用していたとされる荷物入れ。軽いミル竹を使用している為、耐久は程々だが携行に便利な一品。左右の切り口を布で絞ることで収納を可能にしてある。アランの冒険記の中では、背負箱を紛失した時にも竹筒を身に着けていたことで最低限のアイテムを確保し、生存した記述が残っている。
竹筒と一緒に背負ってみると黒壇の背負箱よりもはるかに重く、慣れるのに時間が掛かりそうな印象を受けた。でも、これでドロップと採集品以外のアイテムを入れることができる。その気になれば遠方への短期遠征も可能そうだ。
「さて、どうかな?」
「凄いな。予想以上だ」
ウッディの問いに応える間も、視線は新しい装備にくぎ付けになっていた。これは、すぐにでも試したい。そう感じさせてくれる一品だ。
「ボルトアクション以外はこっちのアイディアに任せてくれるなんて言うからこっちも力が入ってね。特に単発の火力に大きな差が出るから、弾倉をつけるかどうかで結構向こうと揉めたんだけど、ソロならこっちの方が不測の事態にもリカバリーが出来るんじゃないかってことで装弾を4発にした。これ以上は銃の強度とそもそもの火力に問題が出てしまうから今回はこれが限界かな」
「まったく問題ないな。それに、これならこれまで以上に戦略に幅が出る」
装備の代金を支払い、二つの装備を受け取るとその足で冒険者ギルドに向かう。背負箱のアイテム入れ替えをするためだ。これでようやくコツコツと買いそろえていた道具がようやく日の目を見ることになる。
引き出しと重量配分は野営道具に40、調理と調合道具に30、銃の整備道具に90、調味料に20、ドロップ食材に70、ドロップ素材に70、採集品に50、罠類に70になるように作ってもらっている。入れるものは事前に決めていたため、入れ替えはそんなに時間が掛からずに済んだ。
こうして必要な物が揃った訳だが、アイテムが揃うとそれを使いたくなってしまうものだ。その誘惑に勝てず、今回の料理は森で行う事に決めた。泉前のポータルなら安全に宿泊が出来るし、泉があるから水の確保も楽だ。
こうしてあっさりと誘惑に負け、明日も仕事が休みなのをいいことに料理スキルのレベル上げは一泊の野営付きになったのである。
最低限の食材を揃えると残りは森で探すことにして出発したいところだが、まずは戦闘の準備からだ。右手でボルトを上げ、そのまま手前に引く。開いたチャンバーと呼ばれる弾倉にジャムの原因とならないように丁寧に弾丸を入れていく。弾を入れた後はボルトを元の位置まで戻し、横に倒す。これで終了だ。
うん。ボルトアクション特有のガシャリという金属的な作動音がたまらないな。
ちなみに、最大装弾数とは弾倉に入れられる弾丸数を示している。よって弾倉には4発だが、それに弾丸を撃ちだすチャンバー部分にもう1発を事前に入れておけるので、実質の最大連射数は5発となる。
準備を終えると森に向けて歩き出した。隠密を取得したばかりの初期の頃とは違い、今では隠密を発動させて視界に入らないように動くと、ボアなら10メートルまで近づかないと気付かなくなっていた。ということで、今回は試射を兼ねて安全マージンをとることにする。獲物はボア、距離は目算で50メートルくらいだ。
獲物を見付けたら3点保持をしっかりと行い、見出しをつけてから引き金を絞る。乾いた発砲音と共にボアはその場に崩れ落ちた。
銃を左手で持ち、右手でボルトを倒して手前に引き出すとチャンバーから薬莢が飛び出す。宙を舞う薬莢は空中でガラスが割れるように砕けて光に変わる。ボルトを元の位置に戻して倒せば装填が完了だ。周囲の警戒を続けながらも、その性能に驚きを隠せなかった。
「嘘だろ。こんなに違うのか」
たった一度の射撃に衝撃をうけた。ウッディの誇らしげな顔がよぎり、その自信はその後の狩りですぐに証明された。
これは間違いなくニードル銃とは一線を画す性能だ。ボア相手では真価は計れないかもしれないが、正確性が劇的に上がっている。訓練所で試せば集弾性が向上していることもわかるはず。照門と照星をつかった見出しも、これまでより効果を発揮しているように感じる。連射性としては、ボアに気付かれても突進を始める前には2射目を撃てるというのが大きいな。これで戦闘がかなり安定する。
課題は、本来の性能を発揮すれば200メートルの距離でも十分に狙える銃。それを使って50メートルの的中率が7割くらいと俺の技術が追いついていないことか。これについては今後も訓練を詰んで上達するしかない。
新たな武器に満足しつつ、狩猟と採集を続けて昼過ぎにはポータルエリアについていた。簡易テントの設置も終わり、水も確保し、その辺の石でかまどを作って火種を使って火を熾す。残すところは料理スキルのレベルを上げるだけだ。一度ログアウトして簡単に料理をして昼食を済ませ、ログイン後にまた料理をする。なんとも奇妙な感覚があるけど、ゲームを楽しむためには気にしたら負けだと思っている。
そして、意気揚々と料理を始め、数々の失敗を続けて今に至っていた。
「まさか、こんなところに思わぬ敵が潜んでいるとはな」
最初に挑戦したのはマナウスの森の採集物とボアの肢肉のスープだ。野菜を切ることは問題なく、ボアの肢肉も捌ける。問題は火にかけてからだった。なるべくシンプルに調理したほうがいいと考え、煮立った鍋に肉と野菜をぶち込むことに。途端に実験失敗みたいな煙のエフェクトが出たと思うと、そこには食べ物になるはずだったなにかが出来上がっていたのだ。アイテム欄を見るとこんな表示になっていた。
≪産業廃棄物 レア度1 重量1≫
調理に失敗することで生み出された食べ物になるはずだった何か。おどろおどろしい見た目が食材の無念を表現しているように見える一品。
「いやいやいや、産業廃棄物って…」
下準備は出来たし、鍋に入れるまでは良かったんだけど。それ以外の、というよりもスキルレベルが足りていないからかもしれない。流石に最初から背伸びをし過ぎたという事で、今度は簡単な炒め物をやってみることにした。
持ってきた葉物とジェイルを刻み、肉を一口大に切り分け、肉から熱したフライパンに入れる。うん、今度はいい感じだな。フライパンからは香ばしい香りが漂ってきた。程良く熱が通ってきたところで野菜を投入する。今度はいけそう、そう思ったとたんにさっき同じ煙が上がり、フライパンは産業廃棄物で満たされていた。
「またか。でも、さっきよりはまだいけそうな気がする」
今回は肉を焼くところまではかなり良かったような気がする。問題は、野菜を投入した瞬間に失敗したことだ。野菜の調理が問題なのか、それ以前に複数の食材を混ぜること自体が難易度が高いのかもしれない。
そこで思い出したのはVLO開始当初のアイラの屋台だ。結局アイラの屋台に行く機会はそこまではなかったが、顔を合わせた時に主力商品は串焼きだと言っていた。もしかして、あれは単にそれを売りにしていたわけじゃなくて、それが一番安定して作れるっていう事だったのかのかもしれない。汁物は途中から追加したって言ってたしな。
「よし、それならまずは何が出来るのかから試していくか」
色々と試して分かったのは、スキルレベルが1や2の段階だと食材をそのまま焼くくらいしか出来ないということだ。よってそれからはひたすら切り分けたボアの肢肉をフライパンで焼き続けた。
「まさかの1人バーベキュー。これはどうなんだろう」
ただ炙っただけとはいえ、美味そうに焼き目のついたそれはとても香ばしく自己主張をしている。ということで焼きあがった肉から塩を振って食べていたのだが、VLOでは一応満腹がある。その気になれば食べ続けられるんだけど、さすがに食べ過ぎでバッドステータスになるのは避けたいところだ。
自分で食べられなくなると焼き上げた肉を周囲の初心者らしきプレイヤーに配り、素材がなくなると狩りに行き、また肉を炙る。終わりのないループの中で、時折ログアウトをしては夕食や家事を挟みながらも、気付けば日が落ちていた。




