銃使いの必須とは
連続してあげているので読み飛ばしにご注意ください。
まさかのリュドミラの知り合いで、しかもエセ武士弁口調の男がこっちに寄ってきた。うわぁ、これはまた濃いプレイヤーと知り合いなんだな。方向性は全く違うけど、青大将と同じ匂いがする。リュドミラもかなり濃いキャラしてるし、類は何とやらってやつだろうか。
「前から思ってたのよ。あなたTPOって知ってる?なんなのよ、この素敵な雰囲気の店に着流しって。雰囲気ぶち壊しじゃない」
いや、リュドミラの格好も雰囲気ぶち壊してるけどな。そう口から零れそうになって、ミハエルの惨劇を思い出してあと一歩で思いとどまった。危ない、俺はまだこんなところで死にたくはないんだ。が、目の前の男は一切の自重をしなかった。
「いやいや、リュドミラ殿の格好も時代感ぶち壊して候。拙者にとっては目のほよ…うぉっほん、目に毒でござる」
「わかったわ。うっかり、ちょっと表出なさい」
「あのう、拙者うっかり八兵衛であるからして。略すなら八兵衛が良いでござる。それに、表で戦ったら賞金首になるから嫌でござる」
頬を膨らませる侍の破壊力もある。が、そんなことよりもリュドミラがプルプルと震えている。それを見て俺は静かにカフェオレに口をつけた。どうかこの怒りが俺にだけは向きませんように。いやむしろ、なにがなんでもミハエルを呼んでおけばよかった。なんだかんだであいつはリュドミラとの相性がいいみたいだし。…決して避雷針に使おうなんて魂胆ではない。うん。
同時に思う事がある。うっかり八兵衛は賞金首になると言い切った。それはつまりそういうことだ。世の中は広い。
「というわけで自己紹介が遅れたでござるな。拙者はうっかり八兵衛で候。拙者はモフモフパラダイスというギルドに所属する銃士にござる。今回はリュドミラ殿の初心者講座を一緒に行う仲であるからして、仲良くしたいのでよろしく御頼み申す」
「あ、ああ。こちらこそよろしく頼む。それよりも、いいのか?リュドミラが凄い顔で睨んでいるんだけど」
「構わないでござるよ。リュドミラ殿はとても広い心の持ち主、この程度のやり取りはいつもの事でござる。それと謝罪を一つ、実はカイ殿をコーチに招集するという話は1回目の時から挙がっていたのでござる。まあ初回は攻略組が中心となるから流れたのでござるが、再度候補に挙がってから、拙者が数日張り付いて様子を見させてもらってござった。挙動からこちらに気付いていたとは思うのだが、かなりやりにくかったでござろう?」
なるほど、少し前まであった監視の目はこのお調子者の侍の仕業だったわけか。理由を聞けば理解はできるし、こうしてしっかり謝罪された後に蒸し返すほどのことでもない。笑って気にするなと伝えるとニコニコと飲み物に口をつけている。
さっきからうっかり八兵衛はにこやかに話しているけど、その隣りからは舌打ちといつか殺すっていう物騒なワードが聞こえている。こんなんで初心者講座は本当に大丈夫なんだろうか。そんな不安をよそに目の前のコーヒーフロートを一気に飲み干したリュドミラは、お代わりを頼むと少し落ち着いた様子で口を開いた。
「話しを戻すわ。カイの疑問点はこんなところかしら」
「そうだな。やっぱり、銃使いの講座だから銃の構造から教えるってのは違和感あるし」
「なるほど、体験を重視してそれぞれのプレイヤーの希望スタイルごとにグループを作り、そこでスタイルに合った方法や技能も教えるのでござるな?」
さっきまでの話をカウンターで聞いていたんだろう。特に遅れることなく話についてきてくれる。リュドミラとしてはもっと基本に沿った、堅実な方法が好みなようだったので、一応補足しておくことにした。
「ちなみにさ、リュドミラと八兵衛にとっての銃使いに必要な能力ってどんなのなんだ?」
「「射撃能力」」
恐ろしいほどに息の合った返事だった。まあ当たり前ではあるけど。リュドミラが心底嫌そうな表情をしているのはこの際見ないことにした。話しを進めよう。
「その他には?まさか射撃能力さえあればどうとでもなるとは思ってないだろ。というより二人の考える射撃能力についても知りたいところではある。まあ汎用性とか考えなくていいし簡単な説明でいい。自分ならこれが必要ってのを考えてくれ」
その問いに2人は答えを探して頭を捻っている。沈黙が訪れると、俺はカフェオレをゆっくりと飲んで答えを待った。窓の外に目をやると、曇り空だったのが少しずつ雨粒が落ち始めているようだ。往来の人々も少し早足になっている。これは、今日は本格的に降りそうだな。
「私ならまずは連携ね。フレンドリーファイアをしないってのと、私自身がターゲットにならないこと。なってもタンク役の延長上にいるようにするのを徹底しているわ。それに銃は他よりも連撃が弱いから他のメンバーの先の動きを把握するようにしてる。あとは銃剣を使う時は近接戦闘になるから機動力の確保も大事だと思ってるわよ」
なるほど、リュドミラは銃は中距離の使用を想定していて、そこに銃剣を装着した近接戦闘をミックスしているようだ。その中で求めているのは乱戦でも戦える連携と誤射のない射撃力。攻撃を避けられるだけの敏捷性か機動力ってことか。もしかしたら銃使いの中で一番多い、オーソドックスなタイプなのかもしれない。
「なるほど、連携と機動力か。八兵衛はどうだ?」
腕を組んで悩んでいた八兵衛がようやく顔を挙げた。そこまで悩むという事は、正直これまではそこまで考えてプレイしたなかったのかもしれない。が、モフパラって攻略ギルドの1つのはずだし、そんなんでいいのだろうか。
「まず拙者は銃しか使わないでござる。それも長距離狙撃派で候。よって、まずは見つからない隠密能力と遠くまで見える視力でござろうか。それと拙者はキックバードの相方がいるから、騎乗した状態での射撃能力は必須であるなぁ。移動は乗っているから、移動能力は特にいらないでござる。あとは当然味方に当てない技術も欲しいで候」
うっかり八兵衛は狙撃手スナイパーのようだ。長距離狙撃に必要な隠密能力と、対象を正確に捕捉する視力強化系のスキルが必要らしい。そして、さすがはモフパラ、移動用のモフモフできるモンスターはしっかり確保しているようで、さらにはそこからの射撃能力か。
「俺は森での狩りを専門にしてる。その中で特に必要なのは走力と隠密系スキルを最大限に生かせるフィールドを選定する力だ。それがあれば極端な話しだが、射撃能力は二の次でもいいと思ってる。森林戦闘でソロなら外しても誤射の心配はかなり減るしな」
2人とも俺の答えにさすがに呆れている。自分の主力武器の技術向上を二の次でいいと言ってしまえば流石にそうなるのは分かる。でも、大事なのは考え方の違いに気付くことだ。その為に少し誇張して話すくらいはこの際容赦してもらおう。
「射撃能力が二の次ならどうして私に指導を頼んだのよ」
「二の次ってのはさすがに誇張が過ぎるけどな。でも考えてみてくれ。空想というか理想ではあるけど、罠の組み合わせとスキルの併用で完全に見つからないまま戦闘を継続できるなら、その気になれば前と同じようにゼロ距離射撃でも戦えるだろ。でも実際にそんなことが無理なのは俺が一番よく知っている。それでもソロなら戦闘中に何があろうと1人で戦わないといけない。だからこそ、戦闘中に数回しかチャンスがなかったとしても、一度見つかってから自分を隠すための能力が必要だし、罠の誘導とか必要に応じてかなりの距離を走ることだってある。生きていないと狩りすらままならないんだからな。射撃の話に戻して極端なことを言っていいなら、俺に欲しいのは相当に走って息が上がった状態で正確に撃つ技術ってことになる」
そこで一度言葉を切って二人の反応を窺った。多少なりとも混乱している様子を見ると、俺の求めるスタイルは攻略組におけるセオリーからはかけ離れているようだ。効率を考えたら採用はあり得ないことは最初から分かってはいたけども。
「そうやって考えるとさ、リュドミラたちが想定した支援は本当に彼らが求めるものなんだろうか。俺はソロで森林をメインにした猟師だから、正直周りとの連携を考えたプレイは必要ない。さすがに俺のスタイルは極端かもしれないけどさ、俺達みたいなプレイヤーは参加しても望みの情報は得られないし、それは他のスタイルのプレイヤーの中にも一定数はいるんじゃないか?」
「カイ殿は、そういったプレイヤーごとの要望に応えられるプログラムにするべきだってことを言いたいのでござるな?」
「言いたいことは分かるわ。でも時間と人員が限られてる以上、すべてに対応するのはかなり難しいと思うわよ」
俺もそんなすべてを補えるとは思っていない。これは収益を得ることが目的でもなければ、スキルのすべてを授けるような類のものでもない。それぞれが持つ、試行錯誤の果てに磨いたスキル外スキルを伝える必要もない。要は新規銃使い希望のプレイヤーにその先の漠然とした展望を伝えられればいい。それを伝えると、先に反応を見せたのは八兵衛だった。
「拙者はいいと思うでござる。必要なのはざっくりとしたプレイスタイルに合わせたグループを作るくらいで、それも指導側のプレイヤー数に合わせて調整すればいいと思うでござるしな」
「…そうね。その方が銃使いが増えるならやるべきね。それじゃあ具体的な内容を検討しましょう。決まり次第他の講師陣にも連絡を入れるわ」
その後は深夜近くまで話し、ある程度まとまったところで会議は終了となった。細かな内容はリュドミラがまとめ役になって当日までにスケジュールを送ってくれるそうだ。最初に思っていたより大掛かりなプレイヤーイベントになりそうだけど、たまにはこういうのもありか。
そして、当日までの間に披露できるようにしたいスキルについて、俺は密かに決心を固めていた。