呼び出しと依頼
久しぶりに時間があると、もっと書きたいという欲求がふつふつと湧き上がってくる今日この頃。
出来れば明日はあと2話頑張りたいと思います。
ハヤシとのPvPから1週間と少し経ち、俺はマナウスの喫茶店の一画に座っていた。 夜の喫茶店だというのに、今日はえらく混んでいるように感じる。それとも、俺が知らないだけで実は有名店なのだろうか。店内はレンガ造りの落ち着いた、少しばかり隠れ家の様にも感じられる良い店だった。こないだリアルで行った店を彷彿とさせる造りだ。完全に洋風の店内の中に場違いに感じる侍風の男がカウンターに座っているが、それもゲームならではの光景だな。
今日、この喫茶店に来たのには理由がある。富士が知り合いに見せたいからと録画していた森林でのPvPの動画、それがどんな経路か流れに流れてどうやらリュドミラの目に入ったらしいのだ。それを見たリュドミラは恐ろしいほどの剣幕で俺に連絡を取ってきた。話した内容を要約するとこんな感じだ。
『富士とカイのPvPを見せてもらったわ。確認したい事と貸しを返してもらいたいから一度会って話をしましょう』
そう、俺はリュドミラに借りがある。
俺の獲物が火竜槍からニードル銃に変わった頃、あまりの使い勝手の違いに新しい銃への適応ができていなかった。ようは至近距離での射撃以外が驚くほど当たらなかった。今思えば、あんな状態でよくキャプテングリズリーと戦ったものだ。イベント仕様で弱体化されてなければ間違いなく負けていたし、最後の一射は当たったのさえ奇跡に近い。
あの時の反省を生かして訓練場を利用して工夫は続けた。それでも狩りに出ると獲物への的中率が思うようには上がらなかったのだ。量産の目途がたった弾丸を考慮に入れても赤字の日々である。なんとかしようと悩み、銃の改善も考えた時、連絡をしたのがリュドミラだった。そこで学んだ銃の扱いが今は生きている。つまり、リュドミラは同じ銃使いの同胞でありながら、今では射撃の師匠的な立ち位置でもあるのだ。
最初の頃のやり取りを思い出して懐かしんでいると、すぐにリュドミラは現れた。今日はホットパンツに上がタイトなTシャツ、サングラスを頭にのせるという相変わらずのラフすぎるスタイルだった。今日は服装に合わせて髪を団子状に結い上げている。
「待たせたわね」
「いや、時間通りだ。俺が早く来すぎただけだよ」
挨拶を交わしながらどっかりと座ったリュドミラはコーヒーフロートを頼み、俺は今度はアイスカフェオレを頼む。店員がいなくなると、すぐにリュドミラはにやりと笑みを浮かべた。先日のハヤシとは全く違う、健康的な笑みである。
「見たわよ。随分腕をあげたみたいじゃない」
「あれじゃまだまだ。まあ師匠に褒めてもらえて恐悦至極で…」
「いつ私が師匠になったのよ。ちょっとコツ教えただけであとはカイが勝手に上達しただけじゃない」
溜息をつきながらそういうと、話題はすぐにこないだのPvPに移った。やれ罠をしかけ過ぎだの、やれ常識はずれ過ぎるだの、銃をもっと効果的に使えたはずだのと色々と容赦がない。容赦はないけど、それは正論で単純に勉強になるのと、それを楽しそうに伝えてくれるのもあって聞いていて楽しい。
まあ、罠の確認を含んでいたとはいえ、あれに関しては俺もやりすぎだとは思っていたし、罠仕掛け放題の夢のある戦闘がしたかったという理由が多分に入っているのでもうやらないけど。だって、メインの獲物ではない相手に大して事前設置型の罠を存分に使うために、特殊フィールドにもなぜか入れる住人猟師に頼み込んで依頼という形で請け負ってもらっている。設置罠分が補填されたところで赤字なのは間違いない。
話が一区切りついたところで店員が飲み物を持ってきた。それを飲んで一息つくと、今度は懐かしむような口調で話し始める。
「懐かしいわ。カイから射撃訓練の話がきて、いざ実戦を見てみたらいきなり伏射。主戦場っていうからついていって、森に入ったらまさかのゼロ距離射撃。はっきり言って馬鹿かと思ったわよ」
「はは、あの時はなにも知らないまま、思い付きと試行錯誤だけでやってたしな。一通り戦闘を見てもらっての最初の『あんた、頭のネジぶっ飛んでるわよ』ってのは未だに覚えてるよ」
「そうね、でも正直なところ今の戦闘見ても頭がおかしいって思うわよ。なんなのよあれ。だれがVLO内で強制ピタゴラスイッチ見せろって言ったのよ」
「その名はやめてくれ。それにほとんど罠は外してただろ」
そう、俺が用意していた仕掛け罠とその場で使う道具、これの組み合わせで追い詰める様子を見た富士からはいまだにピタゴラーカイとか呼ばれていたりする。本当にやめてほしい、そんな二つ名が認定されたら恥ずかしくて狩りに出られなくなる。
「はぁ。本当に、あの時のカイの上達を見て勘違いさえしなければ、今こんなことになってなかったはずなのよ」
「え?」
突然少しばかりイライラした様子で話し始めた。いや、さっきまでのテンションどこいったんだよ。しかし、リュドミラはそんなこともお構いなく、話を続ける。
「実はね、カイの訓練を見て思ったのよ。銃の使い手が他より少ないのって、確かに最初の銃がピーキーすぎるのもあるとは思うわ。でも、それ以上にみんな銃の扱い方が分からなさすぎるのよ。システムアシストにしたって身体の動きを補正するものだから、そもそもの構えとかから大きく間違っていたらどうにもならないもの」
「たしかにな。俺も銃自体の知識はあったけど実際に撃ってみようと思ったことがない。だから簡単には調べても、それが正しいのか検証したり、銃に合った射撃姿勢なんてことを考えるところまでは頭は回ってなかったし」
俺が頷いて言うとリュドミラは身を乗り出してそうなのよと力強く頷いた。俺はプレイヤーが好きな武器を好きなように選んで使えばいいと思っているけど、リュドミラは銃使いがもっといてくれたらという思いが強いようだ。自然と、その言葉には熱がこもっていく。
「だからね。私は初心者の支援をすることにしたのよ」
「初心者の支援?」
それは考えたこともなかった。俺にとっては武器の習熟の場所は訓練所で、実践の場所が森だったからかもしれない。でも、それで間違えた部分は多い。リュドミラの指導がなかったら、今も当たらない撃ち方で森に入っていたってこともあり得る。俺は、俺自身が未熟すぎて、プレイヤーの間口を広げるとかそういった考え方自体を持ったことがない。
「で、それはもうやったのか?」
「先週にやったわ。今は第3陣が入ったばかり、狙いどころだと思ったのよね」
「その様子だとそれは失敗したのか」
リュドミラはコーヒーフロートを飲み干すと、いくらか悩んだ後に小さく首を振った。つまり、初心者講座自体は失敗ではなかった。でも成功もしていない、そういうことなのだろう。話を聞かないことにはどう応えたらいいかもわからない。黙っていると続きを話し始めた。
「これでも準備は真剣にやったのよ。訓練場の職員と打ち合わせをして当日にはマスケット銃を借り受けて撃てるようにしたり、銃の構造とか基本的な射撃方法を伝えたり。攻略組の中にも私と同じ考えのプレイヤーはいて、彼等もコーチになってくれたから、指導の為に集まった面子だって悪くなかった。でも、最後にアンケートを取ったら、思っていたほどの反応はなかったのよね」
「そうか、それは残念だったとしか言えないな。で、それを聞かせて俺に何をさせたいんだ?」
「カイには貸しがあるからね。今週末にある第2回の初心者講座に参加してほしいのよ」
初心者講座に俺が?言われて真っ先に思ったことがつい口に出てしまった。
「いくらなんでもサクラは不味いんじゃないか?」
「違うわよ!カイもコーチをするに決まってるじゃない!」
一応言っておくけど、俺は借りのある立場だ。つまりは拒否権なんてものはない。実施は来週末らしく、一度ログアウトしてスケジュールを確認すると簡単に時間が取れることがわかって強制的に参加が決まってしまった。正直なところちょっと楽しそうだと思ったのもあって講習自体は結構前向きに捉えている。それに、講習の最後のプログラムに心動かされたのは間違いない。
話しを戻し、まずは講習の現状を知るところからだ。1回目がどんな内容だったのか、実際に使ったテキストを見ながら確認をしてみた。内容をまとめると、初心者講習会というのは大きく3つの時間に分かれていたらしい。まずは基本的な銃の構造と撃ち方知る時間。次にパーティーの中での銃使いの動きを学ぶ時間。最後に実際に撃ってみる時間。それを2時間くらいの時間の中で行ったようだ。
「それで、この内容はリュドミラたちが考えたのか?」
「ええ。これでも今後に役立つ内容をちゃんと考えてプログラムを作ったわよ」
「まだ聞いてなかったけど、もしかしてアンケには勉強になったけど思っていたのと違うって反応が多かったんじゃないか?」
リュドミラは少し驚いたようにこっちを見ている。いや、テキストを見れば相当考えてあるのは分かる。でもこれはあくまで攻略組が考える必要な技能だ。そういう意味では考えるスタート地点が間違っているんじゃないかとは思う。
「もしかしたら少し批判的に聞こえてしまうかもしれないんだけど…」
「いいわよ。足りない点があるならそれを知らないと解決だってできないもの」
「よし、それじゃあまずは…」
俺が疑問点や改善点を挙げ、リュドミラがそれに応え、もしくは内容をメモしていく。そんなやりとしていると、さっきからカウンターの侍風の男プレイヤーがしきりにこっちを見ているのに気づいた。こないだまで続いていた謎の視線もあったことだし、さすがにちょっと緊張する。
俺の視線に気付いたのか、リュドミラはそっちに目を向け、吐き捨てるように言った。
「ああ、気にしないで。あれは単なる勘違い野郎だから」
「むむむ、リュドミラ殿!いつ拙者を紹介してくれるのかと満を持して待っておったのにそれは酷すぎるでござる。横暴でござる!」




