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森辺の戦い②


 過去に2回やられていることは頭の隅に追いやって、ハヤシとの距離を開けていく。十分な距離を確保すると、頭の中に叩き込んだ森の情報と、現在地を照らし合わせていく。そろそろ、仕掛け始めてもいい頃合いだ。

 竹筒から導火線タイプの爆弾を1個取り出し、火をつける。それをハヤシのルート上の脇に設置する。とくに周囲を警戒するでもなく、ペースを守って進むハヤシであれば、当てるのはそこまで難しくはない。ハヤシが通過したすぐ後にそれは爆発した。


「うおっ、なんだよ。こんなところに爆弾置いたの?いくらなんでも雑すぎない?」


 へらへらと笑いながら、どこにいるかもわからない俺に向かって大きな声で話しかけてくる。これまで俺に相当な回数やられているはずなのに、ここまで楽観的に戦うってのも、やっぱりサブイベント用のキャラクターだからこそなんだろうか。

 ちなみに、今となってはそこまでの脅威ではないハヤシだが、奴は純粋な近接戦闘職アタッカーで、俺とでは身体能力の差が大きすぎる。スキル構成も間違いなく身体能力フィジカル強化系と戦闘に直結するアクションタイプのスキルで固めている。

 戦闘を重ねて癖を知り弱点をつけるとはいえ、こっちが銃撃しようと姿を見せればあっという間に距離を詰められて敗北することだろう。だから俺は絶対に姿を現すつもりはない。チャンスが来るまでは陰に紛れ、今の戦闘を継続する。姿を現すのはそれが必要な時だけだ。

 散発的に罠を仕掛けながら移動し、頭の中に描いた森の地図と仕掛けた罠の場所、それを照らし合わせていく。背の高い木々の枝に目をやると、枝に黄色の布が縛りつけてあるのが見えた。


「よし、ここだな」


 さっきから嫌がらせのようにつかってきた爆弾を再び手にする。それをいくつか手近な枝にまとめて仕掛け、ナイフを取り出すと今度はかくれることなくハヤシを待ち構えた。あと15秒、10秒、5秒、来る。

 感知していた通りにハヤシがやってくる。俺の右手に収まっている何かには気付いているのだろう。それでも顔には薄ら笑いが張り付いたままだ。


「なんだよ。かくれんぼは終わりか?」

「ああ、そろそろその半笑いを引っ込めてもらおうかと思ってな」

「言ってろ」


 途端に、ハヤシの体に赤いオーラが現れた。だが発動を最後まで待つほど馬鹿じゃない。構えてから投げるのではなく、腕を振り上げる勢いでナイフを投擲する。ナイフを投げた勢いで少しだけ半身になった陰で左手を竹筒に突っ込んだ。

 アラートがなり、それを目の端で確認する。


「はっ、ナイフすらまともに投げられないとはな!そんなんが当たるとでも思ってんのかよ!」

「当たらなくても、効くよ」


 投げたナイフはハヤシを逸れて左に抜けていった。後方に飛んでいくナイフを見て、益々薄ら笑いを深くしてはっきりとこっちを見る。剣を握る手に力が入ったのが分かる。

 ハヤシが飛び出すタイミング。それを逃すことなく左手に持っていたアイテムを目の前に放り出して強く目を瞑った。

 目を閉ざしていてもわかる閃光が視界を白く染め上げる。炸裂音に続く絶叫で、ハヤシは隠し持っていた閃光玉の餌食となったことがわかった。

 さすがに至近距離だけあって、閃光玉とはいっても俺も無傷とはいかない。ダメージが入った時特有の衝撃が左手に走る。


「がぁ!この野郎がっふざけんな!」

「本番はこれからだけど、見えないんじゃ避けようもないだろ」


 ハヤシの隣に生えている大木を見上げると重々しい音が響き、上から大きな岩が落ちてきた。それは前日までに仕掛けた罠の1つ、落石トラップだ。しかし、それは大きな音を立てて、ハヤシの真後ろに着弾した。


「また失敗かよ。ピンポイントで当てないといけないのはやっぱり難しいな」


 外れたのを確認するとすぐに姿を消す。視力の回復したハヤシの怒り狂う声が聞こえた。何度戦っても思うけど、あいつは自分がターゲットになった時の堪え性がなさすぎる。

 その後も煙玉を使って背後から刃玉、音玉で注意を引いて背後から仕掛けトラップと、繰り返し、執拗に狙い続けた。

 姿を隠したままの戦闘に終始すること7分。ハヤシにはわかりやすいくらいの苛立ちが見えてるし、時間的にも頃合い、そろそろ狩り時だ。爆弾を使って少しづつハヤシの誘導を始める。閃光玉、音玉、携帯とらばさみ。様々なアイテムを使っての嫌がらせは確実にハヤシの判断力を奪っている。


 予定通りのポイントまでつくと、今回の練習用の1つ、蜘蛛の糸でつながれた連結爆弾を取り出した。それを事前に設置して、俺は大木の隣に立って堂々と姿を現す。俺を見付けたハヤシは開幕の頃に張り付いていた薄ら笑いは欠片も残っていなかった。残っているのは怒り、それだけに見える。


「よぉ、散々におちょくってくれやがって。いい加減俺もキレそうだわ、一瞬で終わらせてやるから覚悟しろよ」

「いや、ボコボコにしていいと言ったからそうしたんだが」

「ボコボコだぁ?俺のどこにダメージが入ってやがる!手前の小細工なんざ屁でもねぇんだよ!」

「だからさ、そうやって簡単な時間稼ぎに乗っかる癖、改めた方が良いよ」


 話しながら取り出した6本のナイフ、それをハヤシの前でちらつかせる。それを投げると同時に、連結爆弾によってハヤシの周囲が一斉に爆ぜた。一つは煙玉だが、残りは最大容量の刃玉だ。周囲は煙に包まれ、その中を無造作に刃が飛んでいく。罠が発動した感覚とともにアラートが鳴る。目の端で内容を確認して、仕掛けておいた罠の7割ほどが動き出したのが分かった。

 残りの罠の発動のためにナイフを投げ、隠密と集中を併用して木々の陰に飛び込む。そのすぐ後に、煙の中からハヤシが飛び出してきた。煙から飛び出すと同時に振るわれた剣は、最短距離を通ってさっきまで俺がいた場所を薙いでいた。

 ナイフによって発動した罠がハヤシの立つ場所に向けて石や爆弾を飛ばし、それに紛れて俺は音玉を投げていく。それが間断なく響き、森は騒音に包まれている。でも、まだ足りない。


「ちっ、どこに消えやがった!また後ろか?単純なんだよ!」

「ここですよっと」


 聞こえないことは承知でそう呟き、俺は特大の音玉を投げた。すぐに耳を塞ぐ。音玉は地面に着くより一瞬早く炸裂する。それはウッディと黒べえが協力して作り上げた謹製の品。俺の作った騒音レベルのおもちゃな音玉とは根本的に異なり、鼓膜を破りかねない音が衝撃波の様に突き抜けた。


「が、ぁ」


 あれを至近距離で食らって動ける奴なんていない。動きが止まったところで古典的なトラップが発動する。


「今度こそ当たってくれよ」


 それは一見すると丸太でできたブランコのように見える。ただし、サイズはかなり大きく、鐘を撞くような動きで、唸りをあげてハヤシに襲い掛かった。丸太が体に直撃し、弾かれて飛んでいく。幾度もの調整によって丁度良い距離を飛ばせるようにしたのだが、どうやらハヤシにはほとんどダメージが入っていない。ダメージ目的のトラップではないから仕方がないんだけども。


「くそ、何も聞こえねえ。その上足がふらつきやがる」

「ダメージが通らなくても効くだろ?で、本命はこれだけだから」


 ハヤシが飛ばされた先はこのトラップロードの終着点だった。待っているのはシンプルな仕掛け、ただのとらばさみだ。ただ、あと一歩分だけ、発動させるには届いていない。俺はいそいそと荷物をあさり、ロープを伝って降り、ハヤシの元まで行くとふらつく体を後ろから一押しした。


「な、にしやが、る」

「ただのとらばさみだよ。ただし、今回の予算の4分の1をそれに使ってる特製だ。それじゃあハヤシ、多分これが最後の顔合わせのはずだから」


≪黒鉄魔鋼のとらばさみ レア度3 重量12≫

黒鉄をキャプテングリズリ―の血で鍛え上げた魔鋼を使用したとらばさみ。踏み抜いた相手に食らいつき、継続ダメージを与える。

継続ダメージ:F

耐久:C

製作者:鉄心


 鉄は魔物の核を混ぜて鍛え上げることで性能が爆発的に上がる。それで作った特製のとらばさみだ。かすり傷くらいはあるだろうとハヤシのHPゲージを見ていると、微弱ながら減っているように見えた。これで俺の勝ちだ。


「ふざけんな!こんなんで俺が負けて、たまるかよ!」

「負けるよ。それはカメレオンベアが破壊するのに1分かかる。ハヤシならどんなに早くても5分は掛かるだろ。残り時間はあと1分だ。間に合わない」

「ふざけんな!ふざけんなよ!こんなもん、なんで!なんで俺がこんな奴に、畜生が!」


 とらばさみに攻撃を加えながら怒鳴り散らすハヤシを元に、俺は森の外れに向けて歩き出した。


≪制限時間を越えました。ルールにより、カイの勝利となります≫


 戦闘が終わると、自動的に森の前に転送された。そこには固唾を飲んで見守っていたメンバーがいて、彼らは歓声を上げて走り寄って来た。


「おっしゃあ!よくやったなカイ坊!」

「おお、これが森林戦闘の極意って事か。いや、何してるのかがまったくわからないから勉強にもならなかったわ」

「請け負っておいてなんだけどさ。最後のあれなに?あんな巨大な強制ピタゴラスイッチ作っちゃうとか発想がおかしいよ。人間を一定の距離を定めて飛ばそうとか、どうやったら思いつくんだろ」

「いや、見てただろ。大型の罠はほとんど外れたからな」

「違ぇねぇや。まだまだ甘いな坊主」


 口々に褒められたり詰なじられたり、讃えられるなかで遠くから殺気を感じて目をやると、ハヤシもまた転送されていた。目は血走り、見は見開かれ、歯ぎしりが聞こえそうなほど歯を食いしばっている。俺は全員を制してハヤシに向き直った。


「どれだけ納得が出来なかろうと文句があろうと俺の勝ちは勝ちだ。勝利報酬は貰うからな」

「この野郎が!次は絶対にお前を倒す、ギルドのメンバーを全員使ってでも、八つ裂きにしてやる!必ずだ!」

「できるならどうぞ。でもその前に覚悟しろよ?俺の勝利報酬はでかいぞ」


 PvPの前に俺が提示した勝利報酬、それは今回のPvPで使用したすべてのアイテムの補填だった。罠はアイテムカテゴリ上は「消耗品」の扱いになる。つまりは、1度設置したら2度と戻せないということだ。それもアイテムを「消費した」とみなされるから、設置して発動しなかったものも清算品目に含まれる。


「はあ?なんで俺がそんな、いや、いいぜ。その程度の額、手前ぇをPKしてすぐ、に…?」


 威勢よく噛みついていたハヤシにはどんどん上がる金額が見えているはずだ。それは8万を超えても未だに留まる様子が見られない。数字が10万を越えた時点で、何か不気味な物を見るような目でこっちを見始めた。


「気付いたか?今回のPvPで使ったアイテムには俺じゃしばらく獲得できないレベルのアイテムだって入ってる。それに他のアイテムを合わせればそれなりの値段になるだろ?」


 数字はようやく上昇を止めた。それを見てハヤシが青くなる。数字を覗き込んでいた富士は金額をみて呆れた表情をしている。そりゃそうだよ。たった1回のPvPの為に19万リールも使うとか、正気の沙汰じゃない。ぶっちゃけかなり危険な橋を渡った自覚はある。もしも負けてたら、カメレオンベアへの挑戦が1か月以上は遅れてしまうわけだし。


「は?19万リール?馬鹿じゃないのか。たった1回の決闘の為に?お前マジで頭おかしいだろ?」

「褒め言葉だと思っておくよ。はっきりと格上だってわかる相手と戦うなら、それくらいはしないといけないからさ。でもまあ流石に身に染みたから、カメレオンベアを仕留めたら自重することにするさ」


 これも繰り返し戦ってきたことで分かったことだけど、ハヤシの持ちリールは毎回7万くらいのようで、それ以上の支払いが必要な時には現物を売ることになる。これまでは5000リールとかだったから消耗系のアイテム売却だったけど、今回はそれでも足りないようだ。残りは装備の強制売却で徴収することになった。これも初の展開だ。今後レアモンスターを狩ろうとするたびにこのサブストーリーが続くとしたら、ハヤシの未来は果てしなく暗くなるかもしれない。


「さてと、無事解決したことだし、鉄心また不足分作ってもらっていい?」

「いいけど、今ちょっと立て込んでるから少しだけ時間をもらいたいかな」

「じゃあそれで、細かな品目についてはまた打ち合わさせてくれ。それじゃあおやっさん、片付けましょうか」

「おうよ!ハヤシをぶっ飛ばしてもらった分だ、しっかり働かせてもらうぜ!」


 片付けと聞いて、1人のプレイヤーの表情が変わっていた。言うまでもなく富士だ。彼らはまるで獲物を見付けた肉食獣みたいに目をぎらつかせている。いったい何だっていうんだ?


「おい、まだ罠は残っているのか?」

「一応いくつかミスした時の為に設置してあるよ。誰かが知らずにかかったら危ないからその撤去だ」


 一歩、また一歩と富士は距離を詰めてくる。ここまで来れば俺でも富士の目的が分かる。要はPvPがしたいってことだろうな。

 迫る1人と後ずさる1人の構図を見たアイラは状況を理解しているらしい。それはそれはいい笑顔でこっちに歩いてくる。あれはまずい、アイラがあんな顔をしている時は碌でもないことしか考えていない時だ。やめろ、やめてくれ。その口は開いちゃだめだ。抑えようとした腕は振り上げるまもなく、アイラは言い放ってしまった。


「ねぇねぇ。せっかくだからカイさんが仕掛けたトラップがなくなるまでPvPすればいいんじゃないかな?そしたらそれ見ながら私達は商談とか観戦できるし」

「お、それも面白そうだなぁ。よし、カイ坊!それなら俺達が今からいいもん持ってくっからよ。まだおっぱじめるんじゃねぇぞ?」


 なぜかおっさんはあっさり乗っかって走り去ってしまった。ねぇ、先に頼んだ罠の撤去は?他の猟師連中もどうしてそんな乗り気なの?

 アイラは鼻歌を歌いながらシートを取り出して場所を確保。更に鞄からは色々と食べ物を取り出し始めていた。…それ、絶対に今日は必要のないものだよな。まさかその試作品群を飲み食いして評価をリサーチするためだけにあんなこと言ったんじゃなかろうか。残った猟師連中も準備されている料理の数々を見て嬉しそうにしている。

 こうして、俺は罠が尽きるまでPvPを続けることになってしまった。結果としては、数戦して辛くも勝ち切った、森は俺の主戦場のはずなのに。釈然としないものもあったが、用意していた最大級の罠はしっかりと、念入りに誘導して富士を嵌めて、奴を地獄の底に叩き落としてやったから良しとしよう。その一戦だけは、完勝と言って差支えない試合展開だったことを主張しておく。


このエリアについての補足をひとつ。

今回カイが戦った場所は、ソロ用のシークレットイベントエリアで、条件を満たしていないプレイヤーは入れない仕組みとなっています。気付かずに足を踏み入れても、知らないうちにエリアから出てしまう仕様ですね。

条件を満たせば入れますし、複数人が入ることも出来ます。ただしエリア内で出会う事もなければそれぞれが使うアイテムや戦闘の影響を受けることもありません。オンラインゲームでいうところのチャンネルが違う感じだと思っていただければよいかと存じます。

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