森辺の戦い①
こうして、幾多の困難を越えて、ハンドメイドから受けていた依頼を達成させることができた。依頼で足りなかった分は、平日の狩りの素材で何とか補填していくしかない。消費した銃弾やアイテムを調達し直し、残りは全部支払いに使う事となった。
結果として俺の残りの財産は30リール。貧乏生活再びである。
そして今日は約束の日ための最後の下準備が待っていた。そう、今日はカメレオンベアを狩る日ではない。それにも関わらず、数人の猟師仲間と、ハンドメイド、そしてなぜか富士が見に来ていた。
「おい、何しに来たんだ」
「せっかく見に来たのになんてこと言いいやがる。今日はサブイベントをこなすっていうから見に来たんじゃねぇか」
いつもの流れでいらないと言いそうになり、他に見に来てくれた人達がいることを思い出して、ぎりぎりの所で踏ん張ることができた。そのうちの1人鉄心がのんびりとした口調で話している。
「いやぁ、まさかこんなに集まるなんてね。そういえばさっきから猟師の人達からカイの使っている罠の生産を頼まれるんだけど。カイって実は凄い宣伝効果があるんだね」
「ふむ、そうなるとカイの装備が間に合わなかったのが痛いな。そうすれば尚のこと、新たな受注にもつなげられただろうに」
「それは、俺達の責任」
「ああ、だがカメレオンベア討伐の際にお披露目をすることで、さらなる受注につながるだろう」
いや、あれだけの生産をきっちりやってくれたんだから、俺には感謝しかない。なんせ、作ってもらっているアイテムは延べ42種類。うちいくつかは複数個作ってもらっている。そりゃ全額があんなことになるわけだよ。
「カイ坊、そろそろだぜぇ」
「ああ、行ってくる」
一歩を踏み出したとき、遠くで特有の鳴き声が聞こえた気がした。特に猟師仲間はそれに気づき、騒めき始めている。それにつられてか、富士達も何が起きたのかと猟師たちの会話に耳をそばだてている。
あれは間違いなくカメレオンベアの鳴き声だ。あいつは警戒心が強く、向こうに先に見つけられた時にはあっという間に逃げられてしまう。つまり、これがサブイベントの始まりの合図だった。
森は静かで、いつもと変わらない。しかし、森に入ろうとすると突然始まることになる。それを知っている俺が数歩踏み出して森に入ろうとした時、一人の男が森から出てきていた。
「やあやあやあ、久しぶりだねぇ、カイ君。いやはや、君はここ最近、ずっと俺が近くにいたことを知っていたはずだから、昨日振りくらいかな。うんうん、昨日振りでひさしぶり。こんな感じかなぁ」
「…2回目からはずっと同じセリフなんだよな」
目の前に立っているのは住人だ。ただし、住人でも珍しいPKを平然と行う危ない男。最初に会ったときは人型との、さらには死んだらいなくなる住人との戦闘ということもあって動転しながら戦ったことを覚えている。
こいつは間違いなくここ最近の俺の小さなストレスの原因だ。狩人の証を手に入れて以降、マナウス周辺で活動するときは常に誰かに見られている様な感覚を覚えるようになった。“気配察知”の範囲の前後をチョロチョロして集中を乱し、でも絶対に姿を現さない誰か。初めて倒した時に正体が誰なのかを知ったのを覚えている。
「まったく、これだけやられてるんならそろそろ諦めればいいのに。それにカメレオンベアだっけ、今回もあれが逃げたのは俺のせいじゃないだろう?たまたま先に出会って、こっちが気付く前に向こうが気づいちゃったんだ。俺はなにか悪いことでもしてしまったかねぇ」
しかし、この男、ハヤシとの戦闘も延べ十数回となったが、2回目からはセリフが完全に同じだ。更にはこっちからそれを指摘しても、まったく意に介さずに自分の話を進めてくる。今ではこの男とのコミュニケーションは諦め、サブイベントの消化として割り切っていた。
「おい、手前ぇはなんでこんなところにいやがる」
気付けば、猟師の3人が俺の前に並んで立っていた。3人が見に来たのはこれが初めてで、それは俺の知らない展開だった。ただ、話しの展開が変わったことよりも、猟師の面々の表情が気になる。どう考えてもハヤシをよく思っていないのは間違いなく、しかも確実に互いをよく知っているようだ。
「なんでって、やだなぁ。ただの散歩ですよぉ?朝の森って気持ちいいでしょう?そしたらカメレオンベアに会っちゃって。その上あんたたちにも会うなんて、今日はとんだ一日だ」
男はニヤニヤと笑って答えるが、その眼はずっと俺を見ていた。あれは挑発だ。俺が攻撃を仕掛けるその時を待っているのかもしれない。
「手前ぇが何をしたか、俺達が分からないとでも思ってんのか?」
「ああ、怖い怖い。これだから腕っぷしだけでやってこうって連中は困るんですよ。私はただ、どうしても見つかりたくなかった敵にばったり会っちまって、仕方ないから森の奥に置いてきただけだ。それじゃなきゃ俺だって死んでいた。それだけさ」
猟師のおやっさんは今にも飛びかかりそうな勢いだ。このままだと、本当に住人同士の戦闘が始まりそうな勢いである。俺としてはイベントの準備を早く済ませてしまいたい、その思いが強いこともあり今回は割って入らせてもらう事にした。
「ごめんよおやっさん。なにやら因縁がありそうなんだけど、今回はあいつの狙いは間違いなく俺だ。だから、今だけは抑えてもらえない?」
「…ああ、そうだな。これはカイ坊の戦いだ。だが、気ぃつけろよ。奴はsunriseの構成員だ」
これも初めて聞いた情報だった。前回までは、この後にハヤシからPvPの申請が来てすぐに戦闘になっていたのだ。この名前には聞き覚えもないし、それでいてVLOにおいてはプレイヤー以外は使っていないはずの英語表記の集団ってのが気になる。
「sunrise?」
「ああ、日の出なんて爽やかな名前を付けてるが、立派な犯罪者ギルドさ。こいつは他のギルドにもちょっかいだして悪さしている最低な野郎だ」
たまに見る掲示板の情報で住人がパーティーに入ったり、ギルドに参加できるのは知っていたけど、まさか犯罪ギルドなんてものにまでいたとは。まあ考えてみれば、ゲームの都合上最初は住人だけで基本的なギルドを組んでいるわけだし、プレイヤーメイドのギルドに住人が入れるのも当たり前ともいえるかもしれない。
「とりあえず、今回は悪かったと思っているんだよ。だって、カメレオンベアに勝とうと色々と準備しているのは見ていたからねぇ。それが、こんなところで邪魔された挙句に俺に負けて挑戦も出来なくなるんだから」
さて、話の流れは俺の知っているものに戻ったようだ。これで後はPvPを受けて、戦闘に勝利するだけとなった。
「さっきから色々と言ってくれているけど、ハヤシは何が言いたいんだ?」
「ふふふ、血気盛んなカイくんに朗報です。俺もちょっとカメレオンベアに興味出てきてさ、今後の挑戦権を賭けて、俺と決闘しようよ。」
「何を言っていやがる!マナウスで賞金首になっとる貴様を相手に決闘だなんて、正気の沙汰とは思えんぞ!」
おやっさんはハヤシの提案が理解できていないようだけど、俺にはだいたい分かっている。このサブイベントを繰り返してきた中で得た情報ではどうやら、ハヤシは狩人の証の効果について探っているらしく、アイテムをドロップするモンスターの情報を追っているのだ。
俺がこれまでにハヤシに負けたのは2回。初回はスタンプラビット、2回目はショートスネークの情報を奪われた。敗北のデメリットは、一時的にこのサブイベントに挑めなくなるくらいだけど、4敗した時にどうなるのかはわからない。
「受けるよ。それで気が済むのなら」
「よしよし、構わないさ。もう俺が負ける事なんてないんだから」
アラートが鳴ってサブストーリーの進行を伝える情報が浮かんでいる。このための装備を揃えている俺からすれば、問題があるのは戦闘が始まるまでの時間の潰し方くらいだ。
「まったく、サブストーリー進めるって言うから見に来てみれば、sunrise絡みかよ」
「なんだ、富士も知ってたのか」
「まあな。西の都市を進んでいけばそれ関連のストーリーがいくつかあるから楽しみにしておけ」
俺はハヤシに向き直った。まずはルールの確認。それが今回の肝になる。
「聞いておくが、俺はあんたの挑戦を受ける形なんだ。ルールはこっちで決めてもいいか?」
「別に構わないよ?でも決めたら一度確認させろよ。卑怯な手を使われたらたまったもんじゃないからさ」
よし、それならこっちの要望を入れたルールを設定しよう。PvP申請ウインドウを開くとルールを設定して、目の前のハヤシに送り付けた。今回の内容は10分の時間制限付きでHPを削り切れなかったら消耗の少ない方が勝ち、フィールドはオープンフィールドで、キャプテングリズリー戦でも使う場所を設定してある。道具とスキルに関しては戦闘中の使用も事前の仕掛けもオーケーなありありルールだ。そして俺の勝利報酬にはちょっと変わった内容にしてある。それは戦闘で使ったアイテムのリール補填だ。
申請を見たハヤシは薄ら笑いを浮かべたまま内容を確認していた。終わると一言。
「いいよ。こんなんで俺に勝てると思ってるんだからさ、本当にカイ君ってバカだよねぇ?」
そうして申請は受理された。戦闘は3分後、二人が森に入ったら開始だ。俺は1人座り込んで設定したスキルと装備を確認する。まあ、変更なんてないんだけどな。という事で今回はこんなスキル構成にしてある。
セットスキル:銃L21 敏捷強化L11 跳躍L23 アクロバットL18 投擲L26 隠密L23 気配感知L3 集中L19 罠製作L12 隠蔽L5
スキルについて確認していると、富士がいつものように口を出してきた。
「そういやよ、前に飲み屋で聞いた時にはスキル構成については話さなかったけど、結局何が変わったんだ?」
そういえば、こないだそんな話をしたような気もするな。俺が富士のスキル構成とスタイルをほとんど知っているように、富士も俺のスキル構成とスタイルをよく知っている。本当は本番を見に来ると思っていたから言ってなかったけど、隠すほどの事でもないか。
一応盗聴のリスクだけは警戒してチャットを開き、戦闘用のスキルの構成について説明していった。ほとんど変化はなく、変わったのは2つだけ。隠蔽と気配感知だ。
隠蔽は罠の設置に関するリアルスキルを上げたくて、いかに見えないように設置するか、いかに匂いが森と同化するようにするかってことを突き詰めている間に取得可能になったスキルだ。効果は設置した罠を感知されにくくなるほか、プレイヤーの痕跡もある程度消してくれるらしい。これは罠士トラッパーにとっては必須のスキルらしく、おやっさん達も大体これを取得していた。
もう一つは気配感知だ。VLO開始直後からお世話になっていた気配察知のレベルが20になったときにアナウンスが入り、気配感知へのスキル進化が出来るようになった。進化させるとレベルは1から育て直さないといけないけど、それでも気配察知よりも性能は上だった。仲の良い猟師仲間の中でも、おやっさんを含む3人しか取得できていないスキルだ。これにはもう一つ特性があるけど、相手がハヤシじゃ効果がないから、富士への説明は本番に取っておくことにした。
「ま、こんな感じかな」
「ふむ、てことはそこまでスタイルが激変することはないのか」
「なんか含みがあるような言い方だな」
なんでだよと笑いながら答えた富士は、ふと目を細めてハヤシを睨んだ。富士はPvPには積極的だけど、住人との戦闘はしたことがないはずだ。もしかしたらハヤシが消えていなくなるかもしれない、そんなことを考えているんだろうか。しかし、振り返った時の富士は、にやりと笑ういつもの表情に戻っていた。
「一応聞いておきたいんだけどよ。勝率ってどんなもんなんだ?」
「正直今となっては負けるのが難しいかな。どんな戦闘になるかはバトルビュー機能をオンにしてあるから、それを見てくれ。そもそもなんで今日の戦闘を見に来たのかは知らないけど、森林戦闘を見たいんだったら今回の戦闘は多分役に立たないよ」
それだけを伝えると、俺は森に向かって歩き出した。猟師組のおやっさん達の声援が聞こえる。絶対に負けるなとか、ギャフンと言わせろとかが聞こえるな。狩る対象が変わっても相変わらずみたいだ。そんな声援にちょっと元気をもらい笑みを浮かべる。
「へぇ、自信満々?負けた後に言い訳とかしないでねぇ?見苦しいだけだからさ」
「そっちもな」
こちとら対人戦闘なんてほとんどしたことがない。というかセントエルモとハヤシ以外とは戦ったことがない。そういう意味ではPvP初心者といえる。でも、ここは俺の得意な森林フィールドで、相手は勝手知ったるハヤシだ。しっかりと戦えば敗北はない。
2人がフィールドに踏み入り、PvPが始まった。ハヤシは長剣を構えて距離を縮めようと突っ込んで来て、剣を振り回してくる。俺は近距離で戦う事は避け、森の中を奥へと走っていった。
「へいへいへい、カイ君やぁ、そんな逃げるだけじゃあ俺には勝てないんじゃない?それとも引き分け狙いかな?そしたらあの有名なsunriseと引き分けたって宣伝しちゃう?俺、ギルマスに怒られちゃうかもしれないよ?」
わざとなんだろう、大きな声で、聞こえるように俺を挑発している。でも俺はこのVLOの中で実地で学んできた。森の中で平常心を保てない奴に猟師を名乗る資格なんてないことを。なんせそれでなんども痛い目を見てきたし。あいつのやり口も分かっている今、あんな見え透いた手に乗るはずがない。それでも、身体能力は向こうの方が高いらしく、徐々に距離は詰められる。
「そうらっ、モタモタしてるとズタボロになるぞ!」
目印を追いすぎて気配感知の方に意識が向いていなかった。気付いたのはハヤシの声があったからだった。走りながら反射的に頭を下げると、頭上を剣が切り裂いた。前に投げ込んだ閃光玉と煙玉で追撃をしのいだ後はひたすら、ハヤシとのかくれんぼを続けていた。ハヤシはどこまでも余裕を漂わせ、こっちの挑発を続けている。それを尻目に俺は気配感知でハヤシの動きを探り続けていた。
「やっぱり、この感じだと最近俺を見てるのってハヤシじゃないよな。あいつはそこまで隠密が上手じゃないし。それにしても、どう見ても脳筋アタッカーのハヤシを隠密必須のサブクエストで用意って、どう考えてもただのやられ役だろ」




