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筋肉の祭典

 イシュルド大陸に昇った太陽がちょうど天上に差し掛かったころ、俺は青大将とともにリリアン郊外でそれを待っていた。青大将は道着のズボンだけを身にまとったまま仁王立ちのままピクリとも動かない。ただでさえ大きな体が威圧感でさらに大きく見えるよ。

 そういえば、黒べえの依頼は昨日のうちに終わらせている。相変わらずの追跡者ストーカーと、殻にあたると弾丸を簡単に弾くシェルジュに大いに心を乱され、散々な内容ながらもなんとか依頼は完遂できた。貝類とはもうしばらく戦わなくていいな。本当に疲れたよ。まあ、良い出会いと買い物もできたからいずれ使いたいところだな。


「そういえば、まだデデブキングについて何も聞いてなかったんだが、どんなモンスターなんだ?」

「ふむ、そろそろ教えてもいいであるな。まずデデブなのだが、これはリリアンの周辺に生息しているカエル型のモンスターである。大きいものだと70センチ近くあってな、冒険者プレイヤーの武器や道具を舌で奪っては丸飲みにしてしまう厄介なモンスターである」


 なにそれ、随分と面倒くさいモンスターがいたものだ。というかその上のキングがいるとかもう聞きたくないのだが。悲しいことに俺の願いは伝わらず、青大将はそれは嬉しそうに語ってくれた。


「デデブキングなのだがな、奴はデデブを統べる王。他よりも大きな2メートル近い体躯を誇り、舌だけでなく格闘技すら嗜む吾輩の好敵手ライバルなのである。まあ前回勝てなかったというだけで、今回は奴を食材として持ち帰ることになるのであるな」


 おいおい、あれだけ決闘的な雰囲気漂わせておいてただの食材探しの旅だったのか。内心では肩を落としてはいたが、正直ちょっとカエル料理も気になるところ。倒した暁には何か作ってくれたら嬉しい限りだ。


「吾輩は今回はデデブキングとの一騎打ちに専心したくてな。そこでカイには周囲に出てくるデデブの討伐をお願いしたいのである」

「ちょっと待ってくれ、そういうのは最初に言ってくれよ」


 どんなモンスターと戦うのかで出来る準備は変わってくる。今回はある程度距離を置いて戦う事を念頭に、急いで罠の準備を始めた。


「どう考えても時間足りないな。というか事前に言ってくれないと用意が出来ない…」


 ぶつぶつと呟きながら内容を整理し、短時間で準備できる罠を用意していく。今日も追跡者ストーカーがいるようだけど、これまでも特に何も仕掛けてはきていない。とりあえずは気にしないで依頼失敗だけは避けられるようにしていこう。サブクエストの方で慣れてきているとはいっても、この常に見られているという感覚は案外ストレスになるものだな。


「カイよ、どうやら来たようである」


 青大将からそう言われたのは、罠の設置を始めて30分ほど経った頃だった。そこまでの数は用意できなかったけど、何とかなるだろうか。

 デデブキング、それはリリアン近郊に住むカエルの王。それが威風堂々と歩いてくる。しかも二足歩行で。特になにかを装備しているようでもなく、全身は薄緑色にテラテラと輝いていた。姿が近づいて初めてわかるのはその大きさ、2メートル近くって言ってたけどあれはそれ以上はありそうだ。

 王者の脇には小さなセコンドなのか小さなカエルが2匹、付き従っている。俺の相手はあれという事だな。

 2人は小さな土俵の中まで進み出て向かい合っている。


「今日はわざわざご足労頂きいたみいる」

「ゲコ」


 なんか、やり取りが成立しているように見えるな。カエルはゲコしか言ってないのに不思議なものだ。


「この戦いで、長かった因縁に決着をつけようぞ!」

「ゲココォ!」


 いや、大した因縁なんてないよね。今日で2回目の出会いだよね。そう突っ込みたくなったけど、デデブキングの方がそれに乗ってるから黙っていた。青大将は腰に手を当てて振り向くと口を開く。


「では、万事よろしく頼むである」

「任された。決闘に邪魔が入らないように全力を尽くすよ」


 俺の言葉を受けて深く頷き、目の前にデデブキングに向き直る。集中している様子で、静かに睨み合っていた。周囲を見回すと、いつの間にか観客のデデブが増えてきている。まだ6体くらいだけど、デデブキングがピンチになったら突然加勢に入るらしい。まずいな、一番苦手な対多数の戦闘じゃないか。


「いざ、尋常に…」

「ゲッコォォォ!」


 二人はいきなり距離を詰め、拳を繰り出し始めた。互いにステップを多用し、繰り出した拳を弾き、避けて反撃を仕掛ける。見ている感じではデデブキングが優勢に見える。周囲では押しているデデブキングを応援するべく、ただの観客と化したデデブが声を張り上げていた。

 声援に後押しされたのか、デデブキングは強烈な一撃を見舞ったあとに一度距離を取り両手を地面につく。そのまま口を大きく開けると舌が勢いよく飛び出した。首元を真っ先にガードした青大将の右腕に巻き付いく。腕にぐるぐると巻き付いた舌は締め上げるような音をたてながら、青大将を引きずり始めた。


「あれはまずいな」


 周りのデデブのことをとやかく言えないな。思わず加勢したくなってしまう。それでも青大将は動じることなく全身に万力を込めて引き込まれるのを耐えていた。しかし、このままじゃジリ貧だ、じりじりと引き込まれ、いつかは呑まれてしまう。

 俺の不安をよそに青大将はにやりと口元を釣り上げ、全身から赤いオーラが立ち上り始める。富士の時よりも強烈に発せられるあれはバンプだろうか。


「そう来ると思っておった。それでは今度は吾輩の技も披露しようではないか!」


 自由な左手で舌を掴み、逆に全力で引き返す。すると、アーツで能力を引き上げたのが良かったのか、引き合いに敗れたデデブキングは宙を舞っていた。青大将は両腕を構えて構えると、両手を握りしめ回った。


「ダブルラリアットか…?」


 それは思わず疑問を浮かべたくなるようなラリアットだった。回転が速すぎて土埃が巻き上げられ、周りの観デデブも目を閉じているほどだ。その凄まじいまでの回転を加えられた腕に吸い込まれたデデブキングは、車両事故かと疑うくらいの音を立てて吹き飛ばされていく。回転を終えた青大将も目が回っているのか青い顔をしていて、あれは自分にもちょっと以上にダメージが入ってそうだ。


「うぷ、まだだ、まだ吾輩の攻撃は終わってはおらん」

「ゲ、ゲゴォ」


 更なる技を予告して青大将は走り出す。そのまま踏み切って宙を舞い、両腕を広げて胸を使ったプレスを見舞っていた。だがデデブキングもたいしたもの、両足を踏ん張り、クロスガードで受けきっている。素晴らしい好敵手を前に互いに笑みを湛え、再びボクシング中心の戦闘に戻っていた。

 見ていた俺からは凄く嫌な溜息が出ていたと思う。あれだけは絶対に受けたくない。だって、マッチョで上半身裸のおっさんのボディプレスだよ?リール積んで頼まれても断るね。でも周りを見ると興奮しきり、デデブ達のテンションは最高潮のようだった。今なら2匹くらいなら簡単そうだ。


「むっはぁ、やりおるわ!しかし、吾輩は前回の吾輩にあらず!今日の為に自慢の体躯を磨き抜き、新たな技を得て戻って来た真の益荒男ますらお!その技を今ここに披露しようぞっ。デデブキングよ、喰らうが良い!」


 気付けば組み合い、転ばせ、マウントをとって戦っていた青大将が突然距離をとり、そんなことを叫んだ。ギャラリーもざわついているなか、青大将からは赤、次に青、その二つが合わさって紫に変わったオーラを纏っている。

 デデブキングも警戒を強めたのだろう。姿勢を低く保ってなにが来ても対応できるように備えていた。しかし、青大将の動きはその警戒すら上回っていた。突然ギアを上げたかのような、2段階は早くなった動きで後ろに回ると強烈なローキックで相手に尻餅をつかせ、その体を抱きかかえる。そして、勢いよくその巨体を持ち上げて後方にねじ込んだ。バックドロップだ。凄まじい音とともにデデブ達から悲鳴のような歓声があがる。

 そして起き上がる前の体を逆さに抱いて、今度は跳んだ。空中で回転を加えられ、勢いよく地面に向かった。地面を抉る大きな音とともに、デデブキングの頭は地面に突き刺さり、体だけが見えている。


「スクリューパイルドライバー…?」


 格闘技には詳しくないからあっているかもわからないが、呆気にとられた俺の口からは自然とつぶやきが漏れていた。そして、攻撃はまだ終わっていない。横からは相変わらず悲鳴に近い鳴き声が聞こえている。地面から這い出て転び、なお起き上がろうと手足をばたつかせていた巨体をさらに掴み、もう一度バックドロップを決めたのだ。


「うわぁ~、痛そう。これで終わらないってことは相手も相当なタフネスってことか」


 デデブキングはそこまでしてもまだ体力が尽きないようで、何とか立ち上がろうともがいている。それを見て懸命に声援を送るデデブ、その声援を背に受けて一言つぶやき、にやりと笑みを浮かべて立ち上がるデデブキング。それは熱い、ひたすらに熱い少年漫画の一コマを見ているようだった。

 デデブキングは不敵に笑い、3本の指でクイクイと挑発を行う。青大将は走り、勢いをつけて跳ぶ。今度はボディプレスではない。両足を揃え綺麗に跳んだそれは、ドロップキックだった。顔面に食らったデデブキングはごろごろと転がるが、再び立ち上がると何かを鳴き声を張り上げながら反撃に出る。舌と両手を駆使したコンボ技のようだ。


「ゲゴップ…ゲ、コ。ゲコゲコ、ゲ、コ、ゲコ!」

「カイ!備えるである!」


 なるほど、ここでギャラリーが動くのか。俺は銃を構えると、いつでも撃てるように構えをとった。デデブキングは戦いの中で何度も周りを制止するような仕草を見せていたが、それを振り切って一匹が加勢に向かう。全体が動き出したのを見計らい、引き金を引く。まずは1体。

 俺としてはカエル肉に興味があったのだが、これはどうやらイベント戦闘に属しているらしい。撃たれたデデブは舞台から這い出ると膝をつき、悔しそうに戦況を見つめている。つまり、ドロップがない。

 気落ちした俺に構うことなく、突然上がった発砲音にほとんどの視線がこっちに向かう。一度銃口を下げて装填を済ませると次に狙いを決めた。イベントが終わってこの方、ずっと訓練を続けている立射。その心得を呟きながら。


「獲物に対して少し半身、肩幅に開いて立つ。次は…」


 次はパッド、ストックの固定だ。試行錯誤の中でストックは自分の体の大きさに合わせて、少し削って角度を調整してある。それを腕と鎖骨の間に下から食い込ませる。次にチーク、頬をストックに当てストックが上にずれてこないように固定する。最後にアーム。反動を抑えるために手に銃身を乗せるように置いた後、力まないようにしっかりと固定した。3点保持の基本だ。


「正しい射撃は正しい姿勢と見出しから」


 放たれた弾丸は、狙い通り2匹目のデデブに吸い込まれた。この弾丸の軌道も的に当たるまでじゃなく、標的がいなかったときの軌道、着弾点までをイメージして「撃ち抜ける」ように意識している。最近になってようやく少しはまともになってきたところだ。


「ゲコっゲコっ」


 デデブの中でも青大将と俺のどちらを狙うのかがはっきりとしていないようだ。好都合とばかりに装填を行いながら次の獲物を定めていく。基本的には俺に舌が届く相手、次に青大将を狙っている相手の順にターゲットを決めている。そして、新たに青大将を狙う事に決めたデデブが会場の端に足を踏み入れ始めていた。

 それに気づくと地面に落ちている縄から一つを取って勢いよく引っ張った。


「ちょっと見えなくなってもらうよ」


 この闘技場を作り出している石畳の枠。その中に仕掛けたいくつかの罠、そのうちの一つが発動して強烈な閃光を放つ。近くにいたデデブは目がくらんでいるが、今は昼な上に快晴過ぎて効果の程は疑わしい。正直効果は薄く、そこまでの足止めにはならないだろう。

 装填を終えると俺に照準を定めている別のデデブに弾丸を撃ち込んだ。これであと3体。


「素晴らしいではないか!この調子で邪魔が入らないように頼むである!」

「はいはい、そっちこそとっとと倒してくれていいよ」


 軽口を叩きながらも互いに獲物を見据えている。残りは遠巻きに青大将を狙っているな。それならこれでどうだ。

 俺は地面に落ちている2本の縄から1つを選んで引き抜く。今度は炸裂音とともに刃物が3本飛び出した。舞台の中央で戦うであろう青大将の方には飛ばないように細心の注意を払っていたが、実際にうまくいくと正直ほっとするな。刃物はデデブにあたることはなかったけど、後方に下がらせることくらいは出来たようだった。


「ゴコっゲココっ」


 一体が今にも青大将に舌を飛ばそうとしている。装填が間に合わないと感じた俺は、今度は腰の竹筒からアイテムを取り出した。いつぞやに使ったとらばさみの軽量版だ。それをデデブに向けて投擲する。とらばさみはデデブにあたると横腹に食いつき、引かれた蜘蛛糸によって転がった。


「あれは後回しだな」


 とらばさみを外そうと転げまわっているデデブをよそに、刃玉で狙ったデデブに狙いをつけた。発砲音と共に撃ちだされた弾丸は、デデブの腕を撃ち抜いた。つまりは外してしまった。まだまだ未熟である。すぐに追撃の準備を始めるが、それを制したのは青大将だった。隣には満身創痍のデデブキングが倒れている。


「よくやってくれた。この戦いは吾輩達の勝利である」


 よく見るとデデブ達は動きを止め、目に涙を溜めて悔しがっている。最後の横やりも失敗、敗北を受け入れたようだ。会場の中央では青大将がデデブキングを助け起こしていた。デデブキングは何かを必死に青大将に伝え、青大将はそれに対して大きく頷いている。

 いや、絶対何言ってるかわかってないと思うんだけど。拳を交わした後なら分かり合えるの?なんということでしょう。肉体言語は種族の壁を越えるのか。


「ゲゴ、ゲココ。ゲコゲゲコ、ゲコッコゲッコ。ゲコ、ゲッコゲコッゲ、ゲコ!」


 デデブキングが何やら周りのデデブに演説をしている。聞いているデデブは頷き、そして歓声をあげた。まさにカエルの大合唱だ。そして、デデブキングは突然両手にチャンピオンベルトを取り出し、それを青大将に巻いていった。周りからはさらに大きな鳴き声が上がる。もうなんなんだ、これは。

 新たなチャンピオンとなった青大将は、悠然と会場を後にすると俺のところまで歩いてきた。


「助かったである。おかげで念願のチャンピオンベルトが手に入ったである」

「カエル持ち帰って料理するんじゃなかったのか?」


 俺の最後の突込みに表情を緩ませると、彼はこう言った。


「あれは気合いを入れるための言葉の綾に過ぎんよ。獲物であるならいざ知らず、熱い拳を交わした友を食すなど吾輩は望んでおらぬ」


 彼はそのまま会場を後にした。デデブ達も三々五々に会場を後にする。残された俺は、なぜかものすごく疲れていた。


「今日の戦いは、一体なんだったんだ…?」


 俺の問いは澄み渡る青空に溶けていった。


今回の話し、というよりは青大将の戦闘スタイルについては一応元ネタがあります。

ちなみにSFCのソフトのとあるキャラクターですね。ニッチ過ぎかつ描写力が足りなくて伝わらない気はしますが笑

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[一言] ザンギエフだろこれ(ストリートファイターⅡ) スクリューパイルドライバーに対空ダブルラリアット!
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